番外編④ 城下町へ 初めての王都
「ルシナ、劇場って興味ある?」
カフェの仕事終わりに清掃をしていたルシナに、セイラは呼びかけた。
「劇場ですか?行ったことないですけど、観てみたいです」
ルシナは、にやりと笑うセイラに戸惑いながら答えた。
「じゃあ、チケットあるからあげる。ルキと行っておいで……あっほら、ちょうど迎えに来たじゃない」
ルシナが振り返るとルキが扉を開けるところだった。
「ルキ、待ってたわ。ルシナが劇場観てみたいって。王都に連れて行ってあげて」
店に入って来て、開口一番に話すセイラに、ルキは目を丸くした。
「セイラ、いきなりどうした?劇場って?」
「あぁ、ごめんなさいね。急に話して。お兄様からチケットを貰ったの。ルシナにお礼がしたいって。私とルシナの分だったのだけど、私が予定があって行けなくて……。だから、ルキ、連れていってあげて」
「それは構わないけど、ルシナの予定は?」
「あら、カフェの仕事なんて休めばいいじゃない」
「えぇー休んでいいんですか?」
「もちろんよ。カフェ自体、休みにしましょう」
セイラはそう言うと、手を合わせて名案とばかりに目を輝かせる。
「王都への馬車の手配は任せて。ルキも王都には詳しいし、宿屋も取っておくわね」
一息に言い切ると、セイラはそのままバックヤードへと消えていった。
(えーお泊まりー!?)
ルシナは思わず固まる。
そっとルキに視線を向けると、ルキは腕を組んだまま、何か考え込んでいた。
「……甘いもの、好きだったよな。王都に美味しいケーキ屋があるんだ。行くか?」
「……うん!行きたい!」
ルシナが笑顔で答えると、ルキもわずかに口元を緩めた。
その様子を、バックヤードの影からセイラがにやりと見守っている。
(ふふ……作戦成功。お泊まりデート、楽しんできて)
こうして、セイラの思惑通り、二人は週末に王都へ行くことになった。
アパートに帰ってから、コハナに王都に行くことを伝えると、「行けばいい。楽しんできて」と短く背中を押された。
「私、どうしよう……お泊まりデートだよ?」
「ルシナ、ルキの家に泊まったことある」
「ぐはっ……それは、酔っ払って……」
「……ルキに任せれば大丈夫でしょ」
コハナはじっとルシナを見つめ、ぽつりと告げる。
「えっ?それってどういう状況?」
「その時になれば分かる。これ以上は言わない。自分で考えて」
「そんなぁ〜」
ルシナが頭を抱えると、コハナは肩を震わせて笑った。
*****
週末、セイラが手配した馬車の前では、セイラとコハナが見送りに立っていた。
コハナは無表情のまま、じっとルシナとルキを見つめると、静かに手を振る。
コハナが作ってくれた髪飾りと、ルキに買ってもらったブローチが、朝の光を受けてささやかに輝いていた。
その横で、セイラはルキにそっと耳打ちをする。
「お兄様が何を考えているのか、分からないの。このチケットも……何か思惑があるかもしれない」
声を潜め、セイラは一言付け足した。
「ルシナから目を離さないで」
「……おい、それはどういう意味だ?」
ルキの声がわずかに低くなる。
「たぶん、なんでもないと思うわ。でも、お兄様が用意したものだから……念のためよ」
「……わかった」
短く答えたルキの視線は、自然とルシナへと向いていた。
王都までは、馬車で半日以上かかった。
思っていたよりも遠く、ルシナはルキにもたれかかりながら、馬車の中でぐっすりと眠っていた。
「なんか、ごめん。ずっと寝てた。重かったでしょ」
王都に着く少し前、ルキにそっと起こされたルシナは、よだれを流していないか口元を気にしながら、ルキを見上げる。
「いいや、大丈夫だよ……重くないし。ここまで馬車で寝られる人も、なかなかいないけどな」
ルキはくすりと笑い、ルシナの頭をそっと撫でた。
(うひゃ〜……ルキが甘い〜)
(流美は乗り物に乗ると眠くなる人だった……もしかしたら、その影響かもしれない)
「ルシナ、窓の外を見てごらん」
促されて外を見ると、王都の街並みが広がっていた。
想像以上に大きく、遠くには城の姿も見える。
「ルキ!見て、お城があるよ!シンデレラ城みたい!」
胸が弾むように声を上げた瞬間、流美の記憶がふわりと蘇る。
「シンデレラ城?……他の城を見たことがあるのか?」
「……えっと……夢で、かなっ。あはは」
咄嗟に笑ってごまかす。
けれど、ルキの視線が、わずかに鋭くなった。
「……そうか」
短く返したものの、どこか引っかかったように、ルキは窓の外へと目を戻した。
やがて馬車は王都の入口で止まる。
ルキはルシナの手を取り、馬車から降ろすと、そのまま門番への手続きを済ませた。
周囲をきょろきょろと見渡すルシナの様子に、ルキはくすりと笑う。
「さあ、行こうか」
「うん!」
ルキはもう一度ルシナの手を取り、そのまま王都の中へと歩き出した。
王都の街並みは賑やかで、多くの人が行き交っている。
それでも、流美の記憶と比べれば、どこか穏やかに感じられた。
城下町の雰囲気に胸を弾ませながら、ルシナはあたりを見渡す。
「ふふ……これじゃ、おのぼりさんね」
「おのぼりさん?」
ルキが不思議そうに繰り返す。
「へっ……?あぁ、私みたいに静かな町から来て、こういうところでキョロキョロしちゃう人のことを、そういうんだよ」
「そうなのか?初めて聞いたな。ルシナの国ではそういうのか?」
「……えーっと……うん、そうかなー」
ルシナは少しだけ視線を逸らしながら、曖昧に笑った。
「そうか……。先に宿屋に行って荷物を預けてから、街を見て回ろう」
「うん、分かった!」
案内された宿屋は、貴族も利用するような、格式の高い佇まいだった。
セイラから借りたワンピースと、ボルドーのハイヒールを履いて来て良かったと、ルシナはほっと胸を撫で下ろす。
同時に、少しだけ背筋を伸ばした。
ルキがフロントで手続きをしている様子を後ろから眺めていると、何やら様子がおかしい。
「どうしたの?」
ルシナが声をかけると、ルキは振り返り、少しだけ言いにくそうに口を開いた。
「どうやら……同室らしい」
「えっ……?」
一瞬、思考が止まる。
「セイラのやつ……最初からそのつもりだったな」
ルキは小さく息をついた。
「……いいよ。せっかくセイラさんが手配してくれたし、同室でも」
(……コハナが言ってたのは、これかー)
ルシナは内心の動揺を押し隠し、なんでもない風を装ってルキを見上げる。
「……嫌じゃないのか?」
ルキは一拍置いて、静かに問いかけた。
「うん……大丈夫」
ほんの少しだけ声が揺れる。
「……分かった」
ルキはそれ以上は聞かず、短く答えた。
やがて案内されるまま、二人は客室へと足を踏み入れる。
客室は広く、リビングスペースの奥に寝室が二つ備えられていた。寝室はそれぞれキングサイズのベッドが備え付けられていて、豪華な部屋だった。
「ひろっ!これってスイートルーム?流石、侯爵家……」
(ベッドが別にあって良かった……。一緒だったらドキドキしてたよ)
「スイートルームって何だ?入ったことがあるのか?」
ルキの視線が、わずかに鋭くなる。
「あぁ……憧れではあるよね。高いから泊まったことはないけど……」
「ホテルには泊まったことがあるんだ?」
「うん、旅行とかでね……って、ルキ?どうしたの?」
「いや……誰と旅行に行ったのかなって……」
ほんの少しだけ、声のトーンが低かった。
「えっ……と、友達とか、家族とか?」
言葉を選ぶように、少しだけ濁す。
「……そうか」
ルキはそれ以上は追及せず、短く答えた。
ちょうどその時、客室係が荷物を運び込む。
「セイラ様から、ドレスとタキシードをお預かりしております。劇場へお出かけの際にお召しくださいとのことです。どうぞご確認を。では、ごゆっくりお過ごしください」
そう言って一礼すると、客室係は静かに部屋を後にした。
「どこまで用意がいいんだか……」
ルキは小さくため息をつくと、ルシナに向き直る。
「荷物の確認が終わったら、城下町へ出て散策でもしようか。劇場は夜だし、まだ時間があるからね」
「うん!」
ルシナは頷くと、ドレスをそっと広げた。
濃紺のドレスには、パールが品よく縫い付けられており、ボルドーのハイヒールとよく合うデザインだった。
「素敵……」
思わず、声がこぼれる。
(これを着て、ルキと踊れたら……)
そんな想像がふとよぎる。
その時、控えめに扉がノックされた。
「さあ、ルシナ。城下町へ行こう」
「うん!行こう」
弾む心を隠しきれないまま、ルシナは明るく答えた。




