76: 午後の来訪者
「セイラは眠ったよ。昨日は一睡もしてなかったからね」
ルキが戻ると、椅子に静かに座った。
「ルキが護衛騎士だったのは知ってたけど、セイラさんの妹だったんだな」
「あぁ……ジャスミン事件のあと、辞めて靴屋になったんだ。人とあまり関わりたくなくてな」
「そうだったんだ〜」
カイの明るい声が、日常を取り戻していく。
「今日は、カフェはお休みかな〜」
「ルシナ、セイラが一人でも大丈夫そうだったら、カフェをオープンさせていいって言ってたぞ」
「ほんと?このまま休むより、オープンしようかな。セイラさんも、少ししたら目覚めるかもしれないし」
ルシナは、一人でもこなせるくらい動けるようにはなっていた。
セイラさんのファンには申し訳ないけど、大丈夫だろう。
「手伝う」
コハナがルシナを真っ直ぐ見つめた。
「コハナ、パン屋は?」
「今日は休み」
「それなのに……来てくれたの?」
「うん。こうなるって分かってたから」
「……コハナ、すごいね……。セイラさん、午後には目覚めたりする?」
コハナは、ゆっくりと頷いた。
「今日は……カフェ、閉じない方がいい」
「……それって、予知?」
「うん」
「分かった。じゃあ、オープンさせよう」
ルシナが開店準備に取りかかろうと動き出した横で、ルキはコハナに視線を向けて訊ねた。
「コハナ、先のことは……あまり聞かない方がいいか?」
「うん……そうしてくれると、嬉しい」
コハナは目を細めて頷いた。
「はっ……!そうだよね!コハナ、私も気をつけるね!」
ルシナが慌てて言うと、コハナはゆっくりと頷いた。
「日常のちょっとしたことならいい。人生に影響することは、やめてほしい」
コハナは無表情で答えた。
「だよなぁ〜、他人の人生なんて背負いたくないよな〜。いちいち未来を聞かれたら大変だよぉ〜。俺もさぁ、『この薬飲めば治りますよね?』って言われるたび、苦しくなるもん……。じゃあ、午後にでもまた様子見にくるわ」
カイはコハナの頭を軽く撫でると、薬草屋へ戻っていった。
コハナは、目を細めたままカイの背中を見送った。
「俺もここに残ろうか?」
「ルキ、いいの?セイラさんも心配だし、いてくれると心強いな」
「分かった……。とりあえず調理用のエプロンだけ取りに行って、すぐ戻る。待っててくれ」
そう言って、ルシナの額に軽くキスを落とすと、ルキは店を出ていった。
*****
エプロンを持って戻ってきたルキは、白シャツに黒いスラックス。
少し長めの髪を後ろで一つに結び、黒のギャルソンエプロンを腰に巻いている。
(……か、かっこいい)
(長身に白シャツ……ギャルソンエプロンって、反則でしょ)
「ルキ、ありがとう。カフェ、オープンさせよう!」
手をぱちんと鳴らして、気持ちを切り替える。
カフェを開けると、常連客を中心に賑わいを見せた。
セイラがいないことに心配する人はいても、がっかりされることはなく、順調に客を迎え入れることができた。
中でも、ルキの存在は大きい。
普段目にしない、長身でやたらと姿勢の良いルキは、マダムたちに気に入られていた。
「あら?靴屋のルキくんじゃない?その格好、かっこいいわ」
「今日はアルバイト?よく見たらイケメンじゃない」
そんなマダムたちの声をスマートにあしらいながら、接客を続けていた。
話を聞くと、護衛騎士時代に仲良くなった執事から、お茶を出す作法を教わっていたらしい。
常連客のマージもやってきて、コーヒーを飲みにきた。
「セイラちゃん、心配だね。でもルシナちゃん、よく頑張ってる。これならセイラちゃんも安心だ」
そう言って、ルシナとコハナにチップを渡してくれた。
チップを渡されたコハナは、ぺこりと頭を下げると、ポケットにコインをしまった。
ルシナがカウンターの中で飲み物や軽食を用意し、ルキとコハナがホールを担当する。
人員配置も上手くいき、トラブルもなく午後まで乗り切ることができた。
「ルシナ、ありがとう。少し眠ることができたわ」
しばらくして、セイラが店に出てきた。
すっきりとした表情で、穏やかに微笑んでいる。
「コハナ、ありがとう」
コハナの頭をそっと撫でる。
「ルキもありがとう。カフェも手伝ってくれたのね」
セイラが店に出てきたことで、カフェはさらに賑わいを見せる。
(やっぱり、セイラさんがいないと、このカフェは盛り上がらないな)
ルシナは、そう思いながらセイラを見つめ、ふっと微笑んだ。
午後のピークタイムが過ぎた頃——カフェの扉が大きく開いた。
「あっ、セイラさん目が覚めたんだ」
カイの明るい声が店内に響いた。
「カイ……心配かけたわね。少し眠ったから大丈夫よ」
セイラは、いつものように激甘ミルクティーの準備を始める。
「それは良かった!やっぱり、眠らないのが一番体にこたえるからね」
カイはどかりとカウンター席に座ると、セイラはミルクティーをそっとテーブルに置いた。
「セイラさんの激甘ミルクティー、疲れが一気に飛ぶんだよ〜」
「ふふ……。ありがとう。それだけ、一生懸命働いているってことね」
セイラが微笑みかけると、カイは、えへへと照れ笑いを浮かべた。
カイがミルクティーを飲み始める頃には、常連客たちも会計を済ませ、帰っていく。
「みんな忙しかったでしょ。少し休憩しましょうか」
セイラはカフェの扉に『休憩中』の札をかけると、ルシナ、ルキ、コハナの分のコーヒーを淹れ、自分はレモンティーを口にした。
それぞれが思い思いに話をしながら、ほっと一息をついた、その時——
カフェの扉が、静かに開いた。
高貴な花の香りが、ふわりと流れ込んできた。
「セイラ、迎えにきたよ」
端正秀麗な顔立ちの、長身の男性が立っていた。




