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第百二十四段 思ふこと言はで止まむ
【本文】
むかし、男、いかなりけることを思ひける折にか、よめる。
思ふこといはでぞただに止みぬべき
我とひとしき人しなければ
【現代語訳】
昔、ある男が、いったいどんなことを思った折りのことでしょうか、次のような歌を詠みました。
心に思っていることなんていうのは、口に出して言わずにそのままやめておいてしまったほうがいいものなのだ。自分と心を同じにする人など、この世にはいないのだから。
【解釈・論考】
人生のある一点で振り返ったとき、このような感慨に至ることはあるのではないでしょうか。自分の心というのは自分自身だけのもの。人はそれを想像したり、思いやったりしながらさまざまの言葉を相手に投げかけてゆく、それこそがコミュニケーションな訳ですが、ときとして自制をもってして言葉を発さないという選択をすることも尊いことと言えるのではないでしょうか。自覚的に「これは黙っておこう」ができる人の言葉というのは、選び抜かれた言葉である訳ですから、言葉に込められた力といいますか、言葉の磨かれ方というのはよりいっそう深みのあるものになるのでしょう。




