第百二十二段 出手の玉水
【本文】
むかし、男、契れることあやまれる人に、
山城の出手のたま水手にむすび
たのみしかひもなき世なりけり
といひやれど、いらへもせず。
【現代語訳】
昔、ある男が、将来の約束したことをやぶってしまった女に対して、
山城国の出手の玉水を手に掬って、将来は結ばれましょうと二人の仲を約束したのに、期待していた甲斐もない世の間柄だったのですね。
という歌を贈りましたが、返事はありませんでした。
【解釈・論考】
話の内容は端的です。分析が必要なのは約束を破った相手との関係性ですが、「ちぎる」という言葉が男女が夫婦になることを約束するという意味があるので、将来を約束した二人というふうに現代語訳をとりました。歌の中にもそれを示唆する言葉があります。
歌をみていきましょう。初句の「山城の」は山城国(今の京都府)のことです。「出手のたま水」はいまの京都府綴喜郡井手町(大阪府、奈良県の県境にほど近いあたりです)にあった清流の水のことだと言われています。三句目「手にむすび」ですが、この言葉がこの歌の中でもっとも重要です。「掬ぶ」という言葉は「左右の手を重ね合わせる」という意味があります。これはまた「重ねた手で水をすくう」という意味を持ちます。つまり、初句と二句目の「山城の出手のたま水」は三句目の「手にむすび」を導くための序詞なのです。手を重ねて水をすくう、その好意を「手にむすび」という言葉で表現することに意味があるわけです。さて、「手にむすび」は四句目と連結することで「むすびたのみし」になります。つまり、「結ばれる約束をしたのに」という意味になる訳です。水の流れる清らかな里で、さわやかな気持ちで将来を約束した二人だったのでしょう。しかし、女の方は心変わりをしてしまいました。それを嘆く歌である訳です。




