第百二十一段 鶯の花笠
【本文】
むかし、男、梅壺より雨にぬれて人のまかりいづるを見て、
鶯の花を縫ふてふ笠もがな
ぬるめる人に着せてかへさむ
返し、
鶯の花を縫ふてふ笠はいな
おもひをつけよ乾してかへさむ
【現代語訳】
昔、ある男が、梅壺という局からある人が雨に濡れて退出するのを見て、次のような歌を詠みました。
鶯が梅の花を縫いつけるという笠が欲しいものです。濡れているであろうあの人に、着せて帰してあげたいので。
返歌は次のようなものでした。
鶯が花を縫いつけたという笠は必要ありませんよ。その代わり私を想う恋心という想いの火をください。そしたら私の想いの火で笠を乾かしてお返ししましょう。
【解釈・論考】
「梅壺」というのは宮中の後宮五舎の一つ、凝花舎のことです。「壺」というのは建物に囲まれた中庭のことで、凝花舎の中庭には紅白の梅の花が植えられていたことから「梅壺」と呼ばれていました。この話では部屋から退出する女官に、中庭から降りしきる雨がかかっていたという情景がまず描かれています。
歌をみていきましょう。一首目の歌の上の句は、『古今集』神遊び(1081)の「青柳を片糸に縒りて鶯の縫ふてふ笠は梅の花笠」という歌を踏まえたものでしょう。この元歌のほうは「催馬楽」といって当時流行した歌謡曲にもなっていて音楽に合わせて口ずさまれてもいたようです。男は、当時の流行の歌を踏まえて、梅壺から退出する女官に梅の花笠をかぶせてあげたい、と優しさと好意を寄せる気持ちを伝えているという訳です。言葉の持つイメージが華やかであり、それでいて相手のことを思いやる気持ちが表れた美しい歌であるように思います。
女は男から贈られた歌のあたたかい風流な見立てと好意に感謝して、「梅の花笠よりも貴方の気持ちのほうが嬉しい」と、そういう歌を返している訳です。男の歌を部分的に変えただけの返歌となっていますが、それだけに詠唱したときによく響き合います。第十八段でも鸚鵡返しのような返歌が載せられていましたが、あちらでは皮肉の意味合いが込められていますが、このやり取りでは男の好意を素直に受け取り、さらに好意的な気持ちを込めて返しています。このように響き合う歌というのは、そこに込められた気持ちをよりいっそう増幅して表現するような効果をもたらすように感じられます。
女の歌の四句目の「おもひ」というのは「気持ち」「恋心」と「火」を掛けた掛詞であり、掛詞としては広く使われた典型的なものです。これがさり気なく差し込まれていることによってこれから恋が展開していく期待感に満ちた贈答歌となっていますね。




