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第百十八段 久しく音もせで


【本文】

 むかし、男、久しく音もせで、「忘るる心もなし。まゐりこむ」といへりければ、


 玉葛(たまかづら)はふ木あまたになりぬれば

   絶えぬこころのうれしげもなし



【現代語訳】

 昔、ある男が、随分と長い間、便りも寄越さずにいて「貴女を忘れてはいませんよ。今からお伺いしましょう」と言ってきたので、女は次のような歌を詠みました。


 玉鬘(たまかずら)は色んな木々に這って回っているようですけど、そんな心が絶えずこちらを想っていると聞いても嬉しくはありません。



【解釈・論考】

 話の内容は端的で分かりやすいかと思います。長い間連絡も寄越さなかった男からのアプローチをあしらうお話ですね。こうした気まぐれと言いますか、都合のいい声かけというのは受け取る側が真面目であるほど辛くなるものだと思います。


 歌をみていきましょう。この歌は『古今集』恋(709)に詠み人知らずとして収められています。言葉の意味の理解は難しくありません。上の句と下の句との間に若干の意味の展開がありますが、上の句の内容が色々な女に声をかけている色男のことだと分かれば、下の句の解釈も容易でしょう。

 歌の内容としてはこのように男からのアプローチに対して「別に嬉しくないです」といっているということなんですが、この歌を詠んでいる心情としては男に対して「まったく、しょうもない男…」とでも言うような、ある種のあきらめのようなものが含まれているような気がします。そもそも男のことが本心から嫌いになっているとしたら返事も寄越さないでしょう。上の句の「玉葛はふ木あまたになりぬれば…」も男を非難している割に表現、響きそれぞれどこか優しく、結句の「うれしげもなし」というのも長い溜め息と共に思わず漏れ出てきた言葉という印象を受けます。第百五段でみた、「白露は()なば()ななむ消えずとて玉にぬくべき人もあらじを」あたりはもうずいぶんはっきりピシャリと拒絶していましたが、それとくらべるとこの歌はずいぶんと柔和な響きをもっています。ここらへんは心情によるものなのか、まあでも本当に嫌気はさしてはいるのだけど女の性格によってこのような歌になったものなのかもしれません。

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