第百十五段 陸奥の別れ
【本文】
むかし、みちの国にて、男、女、すみけり。男、「都へいなむ」といふ。この女、いと悲しうて、馬のはなむけをだにせむとて、おきのゐて都島といふ所にて酒飲ませてよめる。
おきのゐて身を焼くよりも悲しきは
都しまべの別れなりけり
【現代語訳】
昔、陸奥国(今の東北地方)で、ある男と女が共に住んでいました。あるとき、男が「都に帰ります」と言いました。この女はたいそう悲しく思って、せめて別れの宴だけでもしようといって、おきのいでの都島というところで、男に酒を飲ませて次のような歌を詠みました。
熾火が肌について身を焼くのよりも悲しいことは、貴方と私が都と島辺に別れてしまうことです。
【解釈・論考】
第十四段(「くたかけ」)を連想するようなお話です。あのお話と比較すると女の振る舞いや言葉選びが真っ当である分、別れの悲しさがいっそう強く読者の胸を打ちます。「馬のはなむけ」というのは「別れの宴」といった意味の言葉です。昔は旅の移動手段に馬を使うことが多かったので、このように言いました。「おきのゐて」はどこかの地名か、「沖の井手」という言葉であるとも考えられています。この場合、沖に突き出した土手のことで、「井手」は堰であるとみてもいいのでしょう。そういった地形のところに「都島」という名前の島か、何かがあったということであろうと思われます。
歌をみていきましょう。「おきのゐて」が地名であるにせよ、地形を表すにせよ、初句に置かれ、「熾火」の意味を含んでいる掛詞になっています。これによって二句目「身を焼く」という言葉が導かれる訳です。身を焼くほどの熾火ですから、これは思いの火、つまり恋心の暗喩と解釈することができるでしょう。その、恋心に身を焼かれるよりも辛いのは、都と島とで離れ離れになってしまうことです、というように下の句で言っています。「都島」という地名を表す言葉をうまく使って別離の悲しさを、恋することよりもなおいっそう辛いのだと叫ぶように詠みあげている訳です。心の底からの悲しみを歌い上げており、その心情があまりにもさりげなく導かれているという点で非常に巧みな歌であると思います。
この歌は『古今集』に小野小町の歌として収められていますが、一部の写本だけにしか記載がありません。こうした歌を墨滅歌といいます。




