第百九段 人と花と
【本文】
むかし、男、友だちの、人を失へるがもとにやりける。
花よりも人こそあだになりにけれ
何れをさきに恋ひむとか見し
【現代語訳】
昔、ある男が、友達が愛する女を亡くしたときに次のような歌を詠んで贈りました。
はかないはずの桜の花よりも、人の方が先にいなくなってしまいましたね。花と人と、失って悲しむのはどちらが先になると思われていたでしょうか(もちろん花ですよね)。
【解釈・論考】
愛する人を亡くした悲しい気持ちに寄り添うような優しい歌です。歌の真意としては「こんなに早くあの人を失うことになるなんて、思いもよりませんでしたよね」といったところにあります。
歌をみていきましょう。この歌は『古今集』哀傷(850)に紀茂行(紀貫之の父)の歌として収められています。初句の「花」が何の花であるのか名言はされていませんが、花が散りゆく様子を故人との対比としている訳ですから、イメージにもっともよく合うのはやはり桜でしょうか。二句目と三句目の「あだになりにけれ」というのは「儚くなってしまった」「お亡くなりになってしまった」といった意味の言葉です。結句の「恋ひむとか」は「恋しいと追慕する」といった意味です。物語文に冗長な説明もなく、悲しい気持ちを慰めたいという気持ちが淡く心に沁み入る段です。




