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第百八段 聞きおひの答歌

【本文】

 むかし、女、人の心をうらみて、


 風吹けばとはに浪こす(いは)なれや

   わが衣手のかわく時なき


と、常のことぐさにいひけるを、聞きおひける男、


 よひ毎に(かはず)のあまた鳴く田には

   水こそまされ雨は降らねど



【現代語訳】

 昔、ある女が、男の浮気な心をうらみに思って


 風が吹くたびにずっと波を被っている岩のように、私の袖は涙に濡れて乾くときもありません。


と、日頃の口癖のようにいっているのを聞いて、自分のせいかと思った男が次のような歌を詠みました。


 夜が来るたびに蛙が数多く鳴く水田は、雨は降っていないのに蛙の涙で水かさを増しています。



【解釈・論考】

 先行研究者らによると、この段の二首はもともと贈答歌ではなく、それぞれが独立した歌だったのだろう、と解されています。そのため内容・形式どちらの面でみても贈答歌としての響き合いの要素はあまり目立ちません。


 歌をみていきましょう。一首目の歌は紀貫之の歌とする説もあるようです。意味は取りやすいでしょう。上の句の「風吹けばとはに浪こす石なれや」は「男の浮気心にいつも私は泣かされています」という気持ちの暗喩ととることができるでしょう。「浪」は「なみだ」の掛詞でしょう。

 二首目の歌は、これがもし答歌であるならば先の歌の中から響き合い、応じる言葉を選んで採用するのがセオリーですが、そういった言葉はありません。意味的にも女の歌が「岩を越すほどの波に私の袖はびっしょりと濡れています」であるのに対して、「蛙が数多く鳴くから水田の水かさを増している」と言っており、「鳴く」の縁語で「なみだ」を想起できますが、キーワードによる歌の繋がりという点でいえば間接的すぎるように思われます。


 一応、「なみだ」というキーワードを通して二首の歌の対比を鑑賞するとすれば、女の歌が男の浮気心をうらむ歌となっているのに対して、男の歌は「蛙のあまた鳴く」と言っているので「お前に泣かされた男は数多くいるのだよ」と女の方こそ浮気者なのだ、と返しているとみることができるでしょう。

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