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第百段 忘れ草 忍ぶ草

【本文】

 むかし、男、後涼殿のはさまを渡りければ、あるやむごとなき人の御局より、忘れ草を「忍ぶ草とやいふ」とて、出ださせ給へりければ、たまはりて、


 忘れ草生ふる野辺とは見るらめど

   こはしのぶなりのちもたのまむ



【現代語訳】

 昔、ある男が、後涼殿と清涼殿の間を渡っていたときのこと、とある高貴な御方のお部屋から、忘れ草を「これを忍ぶ草といいますか」といって、侍女を使って男の通り道にお出せになられていたので、それを頂戴して次のような歌を詠みました。


 これを見て人は、ここは忘れ草の生える野原だと思うのかもしれませんが、お言葉通りこれは忍ぶ草です。この名の通り貴女様が私のことを偲んでくださるなら、先々も私は貴女のことを想い続けていますよ。



【解釈・論考】

 この段は物語文の解釈が少し難解です。この段はまず男が、殿上の廊下を歩いていると、ある高貴な女の人の部屋の前に忘れ草が差し出されており、その忘れ草を「忍ぶ草とやいふ」と声をかけられる訳です。この箇所の意味をしっかり理解する必要があります。「忘れ草」は萱草という草花のことです。「忍ぶ草」は別名をやつめ草等とも言い、「忘れ草」に姿が少し似ている草花です。つまり「貴方は私のことを忘れているのでしょう。それなのに、私を想う気持ちを偲んでいるなんて嘘ばかり」と言っている訳なのです。男もこのメッセージをはっきり認識しているからこそ、忘れ草を受け取った上で歌の中で「こはしのぶなり」とはっきりと言い切っている訳です。そして「のちもたのまむ」といって「これかもよろしくね」と伝えているのです。

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