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第九十七段 老いらく

【本文】

 むかし、堀河のおほいまうちぎみと申す、いまそかりけり。四十の賀、九條の家にてせられける日、中将なりける翁、


 さくら花散り交ひ曇れ老いらくの

   来むといふなる道まがふがに



【現代語訳】

 昔、堀河の大臣と申す方がいらっしゃいました。四十歳のお祝いを、九条の邸でなされている日に、中将であった翁が次のように詠みました。


 桜花よ、散り乱れてあたりを曇らせておくれ。老いが来るという道が分からなくなるほどに。



【解釈・論考】

 堀河の大臣というのは藤原基経のことです。貞観十四年(872年)に右大臣に叙任されており、その邸は堀河にあったため堀河大臣と呼ばれました。後に日本で初めて関白の地位についたとされる人物です。これまでのお話の中で何度かみてきましたが、彼は二条后の兄で、在原業平らとは政治的にはライバル関係にありました。四十の賀というのもこれまでみてきた通り、平安貴族は十歳きざみにお祝いをするのが一般的で、その中でも四十の賀は寿命の短い当時、それ以降は老人であるという意味を持っていました。政治的にはライバル関係でもこうした儀礼の際にはやはり祝いの場に参加するのが社交というものなのでしょう。


 歌をみていきましょう。歌の意味としては基経が老いることのないようにといった内容になってはいます。しかし、歌の中に「散る・曇る・老いらく・まがふ」といった不穏な言葉が散りばめられており、捉えようによっては小さな棘がチクチクと含まれているようにもとれます。政治的には業平のほうが圧倒的に立場は下なので、基経にとってはこのくらい笑って受け流せるようなものなのかもしれませんが。

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