7. 夜のお喋り
結翔くんの部屋に布団を敷いて、俺は就寝することになった。
「なぁ、あやめちゃんって今なにしてるの?」と結翔くんが尋ねる。
「うーん……俺も詳しくはないんだけど、病気を治療してるんだと思う」
「へぇー治るのか?」
難しい病気なので、正直治るかどうかはわからない。だけど……。
「治る、と思う」
そう言うと結翔くんはホッとしたような表情。妹のことを心配してくれて優しい子だ。
「あのさ、中学校って楽しい?」
「うん。勉強以外はな」
「げっ……やだなぁ」
「ハハ……」
気づけば結翔くんは寝息を立てていた。
暗い天井をぼんやりと眺めていたけれど、なんだか落ち着かない。
「……お水でももらいにいくか」
俺は部屋を出て1階に降り、キッチンに行く。お水をコップに入れているとドアが開いた。
「……あ、若松くん」
「竹宮さん」
パジャマ姿の彼女が同じようにコップを取って水を入れていた。
「うち、眠れなかった?」
「あ、いや……そういうわけじゃないんだけど。目が覚めて」
竹宮さんはふっと笑って「私も」と言った。
暗い中、キッチンの明かりだけが彼女を照らしていて少し大人っぽく見える。
「じゃあさ、私の部屋でちょっと話す?」
心臓がドクンと音を立てる。この気持ちは何だ?
「……いいのか?」
「うん」
俺は緊張しながら2階に上がり、彼女の部屋に入った。教科書が積んであるデスクの端には、家族写真が飾られている。
「本当に竹宮さん家って仲良いよな」
写真に映る彼女は笑顔が眩しい。
「うん、お父さんとお母さんが仲良いの。あのふたり、中学生から一緒なんだよ」
「えっ!? それはすごいな」
「信じられないよね」
竹宮さんはベッドに腰掛けて、俺に「座って」と隣をポンとたたく。
横並びに座ると……距離が一気に縮まる気がした。
どうしてこんなに彼女を意識してしまうのだろう。
「だからさ、ちょっと憧れるんだよね。中学生で恋愛してそのまま結婚するっていうの」
「確かに。身近にいるとそうなるかも」
「うん……でも実際はうまくいかなくって」
少し竹宮さんが寂しそうな顔をしている。いつもと違う横顔が少し気になってしまう。
「けど、親みたいになるのは恥ずかしいなって思うこともあるの」
「それもわかる。反発したくなるよな」
「それそれ! 何あれ、カッコ悪いみたいな」
寂しい顔をしたと思ったら今度は笑っている。そんな彼女ともっと話していたい。
「俺の家は父さんが単身赴任してて、妹も入院してるから……今は母さんとふたりなんだ」
「そうなんだ。うち絶対お父さん嫌がりそう。お母さんいないと無理そうだもん」
「え、ほんとに?」
彼女のお父さんは、端正な顔立ちをしていて落ち着いてそうなのに……意外だ。
「若松くんは寂しくないの? お父さんやあやめちゃんがいなくて」
「うーん……学校や部活の毎日だからな。あやめのことは心配だけど」
「そうだよね……早く元気になるといいね」
そう言って優しく笑う竹宮さん。
胸にじんわりとあたたかさを感じる。
自分では平気なふりをしていたけど、誰かに聞いてもらいたかったんだな……。
「あ! それであのとき……健康祈願のお守りを?」
竹宮さんが気づいてくれた。校外学習で買ったお守りのことだ。
「うん、母さんがあやめに持っていってくれたんだ」
「そっか。きっと効き目あるよ」
こう言われると、本当にうまくいきそうな気がしてきた。
「ありがとう、竹宮さん」
その声が、少し震えていたのは自分でもわかっていなかった。
俺は彼女の部屋を出て、結翔くんの部屋に戻った。
さっきよりも自然に目を閉じて、そのまま俺は眠っていた。
※※※
朝になった。
雨はすっかり止んで外が明るい。
「おはよう、若松くん」
「おはよう」
竹宮さんは同じように制服を着ているのに、昨日とは少し違って見える。
朝食のトーストを食べて、学校に行く準備をした。
「えーもう若松くん帰っちゃうの?」と結翔くんは寂しそうだ。
「また会おう、結翔くん」
「おう!」
「ありがとうございました。助かりました」
俺は竹宮さんのお父さんとお母さんにお礼を言って、彼女と一緒に家を出た。
学校でも竹宮さんと目が合うと、さりげなく微笑んでくれる。それだけで、俺は今日も大丈夫だと思えるようになった。
※※※
(萌々香視点)
若松くんが家に来てくれた。
自分から「うち来る?」って言うなんて。けれどあのまま放っておくことなんてできなかった。
夜に私の部屋でお喋りしたのも楽しかった。そして、妹のあやめちゃんを大事に思う気持ちが伝わってきた。
私にも何かできたらいいのに……。
ん?
どうしてこんなことを考えるのだろう。
男の子には守ってもらうものだって思ってたのに。
ふと若松くんと目が合う。
ちょっとだけ口角を上げてみた。
昨日とは少し違う、あたたかな気持ち。
胸の奥で、こっそりトクンと音がしている。
「まさか……」
違う。
だって私が好きになる人は――
「萌々香!」
はっと気づくと、佳澄がこっちを向いていた。
「どうしたの?」
「な……何もないよ」
「ふふ。恋の相談だったらいつでも乗るから♪」
恋……?
いや、そんなことない。
私はただ、あやめちゃんのことが心配なだけ。
「……萌々香、顔赤いよ?」
「え……」
「前の恋を忘れるためには、次の恋って言うからね♪」
「ちょ、ちょっと……“まだ”そんなのじゃないって」
佳澄は何かに気づいたようで、
「ふふ。進展あったら教えてね!」と言っていた。
もしかして、昨日彼と話していた時間は――
何かの“はじまり”だったのかもしれない。
この気持ちの正体に気づくのは、いつになるだろうか。




