表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/32

32. 同じ歩幅で、これからも

「おはよう」

「おはよう、萌々香」


 今日から3学期ということで、我が家の朝は慌ただしい。よく晴れた空に白い光が、未だにお正月の雰囲気を運んでくる。

 

「げっ……ぞうきん忘れてた」

 いつも通り、結翔が慌てている。

「もしかしたらと思って、用意しておいたわよ」

「サンキュー! 母さん」


 今日はあやめちゃんが登校してくるそうで、冬休み明けだけど結翔の表情が明るい。


「今日、ポップアンドスター社に一緒に来る?」

「うーん……昨日のデザイン案、まだ頭から離れなくて」

「そっか。あれ、気に入ってたもんな」

「うん。だから、もう少しだけ」


「無理はするなよ」

「お父さんこそ。ちゃんとお昼、食べてね」


 2人はそれだけ言って、それぞれの準備に戻る。

 でも離れる前に目が合って、少しだけ笑った。

 くすぐったいけど優しいやり取り。やっぱりこんな風になりたいなって思ってしまう。


「行ってきます」

「いってらっしゃい、萌々香」



 ※※※



「萌々香ーおはよう!」

「おはよう、佳澄!」


「ねぇ、ちょっと聞いていい?」

「なに?」

「……冬休み、若松くんと何かあった?」

「なっ……なにもないって!」


「はいはい。その顔が答えね」

「佳澄、朝から勘良すぎ」

 

 そんなに私って分かりやすいのかな。

 ペンケースに忍ばせたピンク色のシャーペンを手に取ると、今日も頑張ろうって思える。

 顔を上げると、夏くんと目が合って胸が高鳴る――今日も部活が終わったら、一緒に帰れるんだ。



 ※※※



 吹奏楽部での3学期のイベントといえば、卒業式。

 毎年演奏する曲は決まっているので、今年も同じように楽譜を見ながら練習している。


 そういえば1年前の今ごろは、初恋の人のことを考えていてあんまり練習に集中できなかった。結局振られちゃうんだけど、あの時の痛みも……今となればちょっとした思い出になっている。


 初恋の人と付き合ったとしても、きっとうまくいかなかっただろうな。あの時は相手に何かをしてもらう、相手を頼ることしか考えてなかったし、恋人同士って楽しいことばかりだと思ってた。


 けど、夏くんと一緒にいてわかった。

 恋って盛り上がるだけじゃない。

 辛い時も一緒に乗り越えていくことが大切なんだ。


 ……ってまだ、恋を全部理解したわけじゃないけどね。

 私はピンク色のシャーペンで楽譜に書き込みながら、彼のことを思い浮かべていた。



「お疲れ様でしたー」


 部活が終わって片付けをしてから、体育館まで急いで向かう。割とすぐにバレー部の人たちが出てきた。

 

 夏くんは、私に気づくと小さく笑う。

「もも、お疲れ」

「お疲れ様、夏くん」


 ふたりで向かうのは、いつもの公園のいつものベンチ。

 どんなに寒くても、彼と一緒なら平気だ。

 ベンチに座って彼に寄り添うだけであたたかい。


「今日からあやめちゃん学校なんだよね? 結翔が張り切ってて」

「うん。あやめも楽しみにしてた。元気そうだったから大丈夫だと思う」

「良かった」


「そうだ、フルートもまた吹いてたよ」

「本当? 何だか嬉しい」

「絶対に吹奏楽部入るんだって言ってた」


 あやめちゃんなら、うちの吹奏楽部で活躍してくれるだろうな。その時は自分は卒業しているけれど、楽しみに思えてきた。


 

「……ありがとう、もも」

「え?」

「言いたかっただけ」

「夏くん……私も、ありがとう」


 

 その言葉が、冬空よりずっと澄んで広がる。

 そっと指を絡めると、自然に手が繋がった。

 

 手のぬくもりだけで、今日はもう充分だった。

 きっとこの先も彼と一緒なら――大丈夫。

 

 そう思えたことが、少しだけ大人になれた証みたいで、私はまた彼の手を握り返した。



 ※※※



 家のドアを開けると、いつもより賑やかな声が聞こえてきた。

「おかえり、萌々香」

「ただいま」


 リビングには、お母さんとお父さん、それから凛々子おばあちゃんと――松永先生の姿もあった。

 ちょうどその時、結翔が二階から降りてくる。


「みんな来てたんだ」

「たまにはね」

 お母さんが笑う。


「なぁ、今日の晩飯ってお寿司だよな?」と、結翔の声。

「結翔くんはお寿司が好きね」と凛々子おばあちゃん。


「今日は仕事、いつもより早く終わらせようと必死だったよね」と、お母さんがお父さんに言う。

「ハハ……いつもこうスムーズだといいんだけど」とお父さん。


 ――いいな、こういう空気。

 あたたかくて、ちゃんと繋がってる感じ。


「萌々香ちゃん、今日はどうだった?」

 凛々子おばあちゃんが聞いてくる。

「うん……普通」

 そう答えたのに、なぜかみんなの視線が少しだけ優しくなる。


「普通、ねぇ」

 お母さんが意味ありげに笑う。

「なにその言い方」

「なんでもないよ」

 そう言いながら、お母さんはどこか嬉しそうだった。


 ――もしかして、お母さんも。

 昔、こんなふうに帰ってきてたのかな。

 ふと視線を感じて顔を上げると、松永先生と目が合った。


「いい顔してるな」

「えっ」

「少し前より、大人になった顔だ」

 その言葉に、胸が少しだけくすぐったくなる。


「……まだ全然だよ」

「フフ、それでいい」

 迷いのない声だった。

「わからないまま進めるのが、一番大事だからな」


 ――ああ。

 この人の言葉は、ちゃんと残る。

 おばあちゃんやお母さん、お父さんの中にも、きっと。

 そして、今は私にも。


「……うん」

 小さく頷くと、松永先生は少しだけ目を細めた。

「いい恋、してるな」

「……っ!」

 頬が熱くなる。

「顔に書いてある」


「もう……!」

 思わずそっぽを向くと、後ろで笑い声が重なった。

 お母さんの笑い声。

 お父さんの、少し照れた声。

 凛々子おばあちゃんの、やわらかな笑い。


 ――全部、ちゃんと繋がってる。

 私はその真ん中に立って、少しだけ背筋を伸ばした。


 きっとこの先も。

 この人たちみたいに、誰かと一緒に歩いていく。

 そう思いながら、小さく笑った。

 

 ――この気持ちも、きっとどこかへ繋がっていく。

 



 終わり


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ