勇者の条件
このエルメドラにドラゴンという概念はない。
しいて挙げるなら女神ソルティアの使い『エルナガ』がソレに近いかな。
小説の挿絵をみるかぎりかなりドラゴンっぽい外見をしているし。
だからイドグレスは蜥蜴の王だし、その眷属もみんなトカゲだ。
まあ地球でもドラゴンは高貴な生き物みたいな印象あるしな。汚らわしい魔族をトカゲ扱いする気持ちはわからんでもない。
でもさ……トカゲもこんなにでかけりゃ、それはもうドラゴンと変わりなくね?
つうか恐れ多くてとてもじゃないがこいつのことをトカゲとは呼べんわ。
山かと見紛う巨体を惜しげもなく晒しながら、白銀のドラゴンは遺跡のど真ん中で大いびきをかいて眠っていた。
「おい、どうするんだリョウ。こんなデカブツが相手だとは聞いてねえぞ」
ミチルの文句はもっともだ。
おれだってドラゴンが相手だと知ってたら受けてねえよ。
あのクソアマめ、おれたちをハメやがったな!
いや、ハメたというよりバカにされてんだな。
無理難題を押しつけてさっさとご退場願おうってか。
性格ねじまがってんなあ。
……まあ、グチったところで状況は変わらない。
今、おれたちがやれることを考えよう。
当たり前だが戦うってのはなしだ。
こんなんに勝てるわけがないだろ常識的に考えて。
逃げる。
もちろん逃げるが……それだけではオーネリアスにただの臆病者だと侮られておしまいだ。
そこでビジネスチャンスは閉ざされる。
だから逃げる前に、一種の『勇気の証』みたいなのが欲しいな。
何がいいかな?
……そうだな、たとえばあの竜の鱗なんてどうだ?
陽光を浴びて煌めく美しい白銀の鱗。
勇者の証としては十分なんじゃねえかな。
こいつをオーネリアスの鼻先に突きつけてやれば、さすがに臆病者とは罵れまい。
交渉のテーブルにつかせることぐらいはできるだろう。
「というわけで田中、行け」
「えぇ――――――――ッ!!!」
えーじゃねえよ。こういうときのための勇者だろうが。
世界の奴隷らしく民のためにキリキリ働けや。
「ちょっと近づいて鱗をとってくるだけだ。簡単だろ?」
「気安くいわないでよ! あんなでかいの相手にできるわけないでしょ!」
「おまえマイラルじゃ魔王軍相手に戦ってたじゃん」
「あっちの魔族は、みんな人間ぐらいの大きさのリザードマンだったんだよ!」
「おまえはいずれ魔王と戦う予定だってわかってる? 魔王はあれよりでかいかもしれんぞ?」
田中の顔がサァーッと青ざめる。
やっぱり気づいてなかったんかい。
本当にただの操り人形状態なんだな。
まさに昔のおれだな。
だからこいつの将来も手に取るようにわかる。
今はまだいいが、いずれ勇者であること以外にアイデンティティがなくなり、それを傷つける奴にはものすごい攻撃的になるぜ。
まっ、かつてのおれの苦しみをぞんぶんに味わうんだな。
だが、それはそれとして、今はこいつに働いてもらわんと困るな。
適当に誉めてやればすぐに調子こいてやるんだろうが、それはおれのプライドが許さない。
「魔王との前哨戦だと思って気楽にやれや」
「だから無理だって!」
「日本に帰りたくないのか?」
「え?」
「おれは、日本に帰る鍵はウォーレンにあると考えている」
何しろあそこはおれが最初に飛ばされた地だからな。
あそこにはきっと何かがある。
もちろん日本に戻る気はないが興味はある。
時間があれば一度調査してみたいと常々考えていた。
「おれがウォーレンに戻れなければ調査もクソもない。日本に帰りたけりゃ、おまえはおれに協力するしかない」
おれはブタをおだてて木に登らせているマイラルやオーネリアスの連中とは違う。
きちんと利益を提示して、そのうえでこいつを利用する。
奴隷相手だって対価は要る。
キブアンドテイク。商人なら当然の行為だ。
「選べ田中。たとえわずかでも日本に戻れる可能性に賭けるか、それともここで一生勇者をやるか」
もっとも、こいつがどうしてもやらねえっつうならおれがやるけどな。
ま、そこまで心配しちゃいないがね。
「……やるよ。日本に帰るためなら、なんだってやってやるさ」
……少しは肝が据わってきたじゃねえか。
ゴミ呼ばわりはもうやめてやるよ。
「行ってくる。リョウくんたちはそこで待っていて」
田中は震える足でドラゴンの眠る遺跡の中に足を踏み入れた。
そうだ田中、それでいいんだ。
神さまからもらった力なんてカンケーねえ。
オーネリアスのいうとおり、勇気を振り絞り恐怖を乗り越えてこそ勇者だ。
認めてやるよ。
おまえは今、間違いなく勇者だぜ。
「ふぅ……ちょっと休憩」
って、いきなり休むんじゃねえ!
さっさと鱗を取ってこねえとドラゴンが起きるぞボケッ!
「よし行こう」
くそ、何をするにもチンタラしててイライラするな。
そういやこいつは昔からそういう男だったな。どれだけ大きな力を握っても、持って生まれた性質は変えられないってか。
だがそれでも足は確実に前へと進んでいる。
忍び足で遺跡の奥へ奥へと向かって、田中はとうとうドラゴンの尻尾の前までやってきた。
ここまで近づいてもドラゴンはまだ起きない。
まあサイズが違いすぎるから当然か。
これは――行けるか!?
「こ、これの鱗を取ってくればいいんだよね」
そうだ! 行け田中!
そっとだぞ! そぉ~っとだぞ! そいつをぜったいに起こすなよぉ!
「竜の鱗って……どこについてるの?」
鱗なんて全身くまなくどこにでもついてるだろ!
つうかこの際、鱗じゃなくてもいいよ! 体の一部なら何でもいいから!!
「もうちょっと奥のほうに行ってみようかな」
おい、あんまり欲張るなよ!
強欲なのはいいことだが時には謙虚になることも大切だぞ!
ていうかおまえ、今何か踏まなかったかァ!?
次の瞬間、ただでさえバカでかい体がさらに大きくなった。
ドラゴンがその長い長い首を持ち上げたのだ。
田中ぁ……てめえ今、竜の尾を踏んだだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?
「人の子よ、我に何用か?」
あかん、こりゃしんだわ。
グッバイ田中。
次回「田中死す」。デュエルスタンバイ!




