作戦会議
マイラルの首都ベルサークの酒場にて、おれはゴルドバと作戦会議をしていた。
「ここの飯は美味いな! おかわりをよこせ!」
「……おれのカネじゃねえんだから、少しは遠慮しろよ」
ゴルドバはマイラルの郷土料理がいたく気に入ったようで、さっきから意地汚くバクバク食ってやがる。
その小さな体のどこにそんなに入るスペースがあるんだよ。
寿命を克服したとかいう神人さまの身体構造は謎に満ちてるなあ。
「こんなにうまいモノを食ったのは生まれて初めてだ。ここのシェフには大陸をひとつくれてやってもいい」
「酒場にシェフなんていねえよ。こんなもんで満足するとか、いったいどんな食生活してたんだよ」
「知りたいか? だったら食べてみろ」
ゴルドバがポケットからカプセル錠の入った瓶を投げ渡す。
そして「一粒だけ食べてみろ」と薦めるのでそのとおりにしてみた。
――――おおっ!
一粒食べただけですげえ満腹感!
すげえな、まるで仙豆だ。
「名は『仙豆』という。一粒で栄養満点の万能食品だ」
そのまんまじゃねえか!
このオタクが、せめて豆状にしとくぐらいの心遣いをみせろ!
「さすがは神さま。いいもん食ってるな」
「だったらおまえ、それを毎日食ってみたいか?」
い……いや、さすがにそれはええわ。
「だろ? 私も、もう飽き飽きだよ」
「だったら食わなきゃいいだろ」
「それを定期的に摂取しないと私たち神人は肉体を維持できない」
聞けば神人は永遠の寿命を得る代わりに、ものすごくカロリーを消費するそうだ。
この仙豆は失ったカロリーを効率的に補うための食品のひとつだそうだ。
「スフィアにいれば注射で直接カロリーを摂取することもできるのだがな。マイラルの料理は美味いが、やはり効率は悪いといわざるをえない」
「あじけねえ人生送ってるな。効率なんざ気にすんじゃねえよ」
「財布を気にしろといったのは君だろ?」
うむ、確かに効率は大事だな。
元神さまのいうことはイチイチありがたいなあ。
「これからはそのカプセル錠で我慢してくれないか?」
「わかってるよ。私もこんなものばかり食っていたらさすがに体を壊す」
聞けば神人は皆、一様に健康志向らしい。
度を超えた健康志向の行き着いた先が永遠の寿命とか、実に日本人らしくて褒めるべきなのか呆れるべきなのか。
「君も神人になりたいのならボディを造るぞ」
「結構だ。おれは今のままで満足している」
ちなみにこいつら、化け物じみた生態をしてるが戦闘力はゼロに近い。
近所の子供とケンカして勝てるかどうかも怪しい。
肉体維持に精一杯でそんなくだらないことにカロリーを削く余裕はないんだと。
これまた日本人らしい平和ボケで実に結構なことだ。
だから、ただの人間にすぎないおれでもこいつらと戦うことは充分に可能なのだ。
「私のことはどうでもいい。そろそろ本題に移ろうか」
ああ、そうだな。
マリガンさんに近況報告したかったからここに立ち寄ったけど、リミットは一ヶ月しかねえしそろそろ移動しねえとな。
「今からおれたちが向かうのは、ここより南方にあるデイト遺跡だ。今から地図を渡すからよく見てくれ」
「ふん、本当にそこにシグルスがいるのか?」
ああ、間違いねえ。
おれの竜鱗の剣はシグルスさんと繋がっている。
瞳を閉ざして意識を集中させれば、あのひとがどこにいるかわかるんだよ。
だからマリガンさんと商談するという建前を使って、わざわざマイラルくんだりまで来たわけだが……。
「イドグレスとの対話を実現させるには、実子であるシグルスさんの協力が不可欠だ」
「そのとおり、君は正しいよ。不可能だという一点さえ除けばね」
ゴルドバは飯を食う手を止めてさらりという。
「エルナは魔王を裏切らない。いや正確には裏切れない。なぜなら私が生み出したエルメドラが魔法使いの魔力の源であるのと同様に、魔王の魔力が奴らの源だからだ」
「だがシグルスさんは違う。あのひとは魔王不在の大陸を守護するために生み出された魔王の分身みてえなもんだからな」
「そうだ。だからこそ裏切らない。自分は自分を裏切れない」
ぐ……ぐぐぐっ。
悔しいがこいつのいってることは何もかも正論だ。
だがおれも無策で来たわけじゃねえ。
「おれは親を裏切れといってるわけじゃねえ。親とわかりあいてえといってるんだ」
「ソルティアはイドグレスの生みの親。シグルスからすれば祖母のようなものだ。そいつを倒すというのは親を裏切れといってるも同然だ」
「子供に奴隷のような人生を強要する親なんてもう親じゃねえよ。ただの敵だ」
「それでもイドグレスはソルティアを裏切らない。裏切れない。イドグレスが裏切らないならシグルスも裏切らない」
「だからさ、話し合いの場さえ作ってもらえれば、おれがどうにかして裏切らせてやるっていってるんだよ。イドグレスと『わかりあう』ことでさ!」
「これから君のやろうとしていることはわかりあうとはいわん」
ゴルドバは大きなため息をつくと、床においた荷物を背負った。
「だが、だからこそ可能性はゼロではないかもしれん。無駄だと思うがやるだけやってみろ、このペテン師め」
さすがはおれと同類の性悪な神さま。話がわかるじゃねえか。
「君が死ねば私も自由の身になれるからな」
「そうだな。でもそんな簡単に死ぬような男なら、あんたもおれに惹かれはしなかったはずだ」
「……」
「あんたの認めた六番目の王がどれほどのものか、特等席でじっくり楽しんでくれ」
安心しなよ、おれは決してあんたを失望させたりなんてしない。
リア王の電子辞書には「不可能」の文字も登録されてねえからな。
いざシグルスの許へ




