スフィア
棺桶の微弱な振動がおさまった。
おそらく転送が完了したのだろう。
とんでもなくすげえ魔道具だとは思うが、着いた際にお知らせするぐらいの機能はつけて欲しいな。
まあ、まだ開発中の転送機だろうからしかたねえか。
おれはそっと蓋を開けて、棺桶の外に顔を出した。
そこには、まるでSFの世界に迷い込んだかのような、無機質で味気ない空間がどこまでも広がっていた。
――ここが噂の天国かい?
それにしちゃあ寂しい風景だ。
マジックさんの言葉を借りるとすれば雅がねえよ。
まあ、碑文の内容から察するに超巨大な人工衛星の内部だろうから、多少趣がないのはしかたのないことか。
ここはたぶん宇宙船の発着場所だな。
きっと前にあるハッチから出撃するんだろうな。
でも宇宙船なんて一機もねえから、きっともう使われちゃいねえんだろうなあ……って、こんなところであれこれ妄想しても時間の無駄か。
すべては衛星の管理者の口から直接聞けばいいだけの話よ。
「無事、天国に到着しましたよ――先代」
おれが呼びかけると、棺桶の中からウォーレンがのそりと這い出てきた。
「お……おあ……あ…………こ、ここが……そう、なのか?」
ウォーレンの体は、すでに先代に乗っ取られていた。
焦点の合わないうつろな目で無機質な室内をもの珍しそうに見渡す。
「思っていた場所と……違うな」
「そんなことはありません。生前は希代の魔法使いだったあなたならわかるはずです。この地に満ちたゴルドバの魔力が」
この透け透けの床の下に流れている黄緑色の液体――これ、魔力の素だろ?
魔法の才能ゼロのおれにはまるで感じとることができないが、こいつがエルメドラの魔力の素であり、衛星の活動エネルギーだってことぐらいは容易に予想できる。
「お゛……お゛…………感、じる……感じるぞ! あの御方の魔力を! あの御方の御心をッ!!!」
先代ウォーレン王は両手を大きく広げると、大粒の涙を流して泣き出した。
ようやく念願が叶ったんだ。
気が済むまでぞんぶんに泣きな。
「さあ私は約束を果たしました。次はあなたの番ですよ」
しばらく泣き続けると、ウォーレンの体はまるで糸の切れた人形のようにガクンとその場に倒れ込んだ。
――……逝ったか。
改めて思うに……あんたの急死は、おれのためにあったんだろうな。
あんたの長い人生は、ピラミッドを作りおれをここに連れて来るためにあった。
そして今ここに、あんたの物語は完結を迎えたのだ。
あばよウォーレン。安らかに眠りな。
あんたの死は決して無駄にはしないぜ。
「い、痛ったーい!」
そしてまた面倒なのが起きてきた。
もうちょっと寝ててくれても良かったが……まっ、置いていくのも何だしな。
「おまえ! 妾が倒れる前にちゃんと支えんか!」
……なんでだよ。
むしろ目が覚めて良かっただろ。
そんなことよりさあ行くぞ。主神ゴルドバの許にな。
「お、おい! まさか本当に主神の許に行くつもりなのか!?」
「そりゃ行くよ。あんたも行かなきゃ国に帰れないぞ」
「いやそれは……だが、くれぐれも神の機嫌を損ねぬようにな!」
悪いがそりゃ無理な話だ。
おれの話を聞いておきながらその程度の語解力ではウォーレンの将来が心配だな。
しかし、ゴルドバの野郎はこの衛星のどこにいるんだ?
実はそこまでは考えてねーのよね。
まあ、適当に歩いてりゃそのうち辿り着くだろ。
とりあえず発着所から出るか。
電子ドアを抜けるとアホみたいに長い通路がまっすぐ伸びていた。
さすがにこれはおれの自宅よりスケールがでかいといわざるをえない。
神を自称してるだけのことはあるな。
「なあリョウ……この長い通路を歩いていくのか?」
そりゃまあ、歩くしかねぇでしょ――……っておおぉっ!
と……突然、体が浮きだしたぞ!?
なんだこりゃ、重力魔法で体重を軽くしたのか?
いや逆か? 魔法で生み出していた重力を解除したのか?
まあ、どっちでもいいんだけどさ!
「さすがにこの距離を歩いて移動はさせねえか」
通路の両横に手すりのようなモンがついてるけど、こいつに何か秘密があるとみた。
てことで、試しに触れてみると――――
「お、おおっ! おっ!」
か、体がすげえ勢いで前に流されていくぞ!
重力の方向をいじって推進力にしてるのか?
それとも何か別の魔法か?
――――ははっ、なかなかおもしろいな!
魔導技師の卵としては色々と興味深い場所だな。
もちろん、こんな殺風景な場所に長居する気はさらさらねえけどな。
長い通路を抜けると、今度は自然が待っていた。
ゴルドバもこの殺風景さには嫌気を感じていたのかね。
自然といってもショーケースの中に飾られた観賞用の森林だけどな。
それでも緑といえば緑ではある。
こんなもんでも見られりゃ少しは安心するわ。
『ようこそ <スフィア> へ』
やけにレトロな電子音がおれの耳朶を打つ。
ショーケースの間のスペースにはおれたちを待ち受ける者がいた。
――見たことのないタイプの機装車だ。
まるで卵のような外見はともかく、運転席だと思しき場所に誰も乗っていない。
いわゆる自動運転ってやつだろうか。
すげえ技術だ。全自動自動車なんて現代日本にだってないぞ。
――――ドアが開いた。
てっきり全自動かと思っていたが……もしかして誰か乗っていたのか?
おれはいつでも斬りかかれるよう腰の剣に手をかけた。
『今からお二人様をコントロールルームにお連れします。車にお乗りください』
車から転がり落ちるように出てきたのは緑色の球体だった。
球体には愛らしい……と断言しにくい二つのカメラアイが、ピカピカっと点滅を繰り返している。
いわゆるロボットだな。
ただ、なんかどこかで見たことのあるようなデザインだなぁ~って、
「ハロじゃねえか!」
「ハロ?」
あ、ウォーレンは知らねえか。
おれの母国で絶大な人気を誇るロボットアニメに出てくるマスコットロボットだよ。
まあ、ちょっとだけデザインが違うけど、パクリといわれてもいい逃れができない程度にはクリソツだよ。
『ボクの名前はパロ。このスフィアの水先案内人です』
……ああ、うん。そうだね。
確かにおまえはハロのパロディだわ。
著作権とか大丈夫なのかよオイ。おれは知らねえぞ。
『はやく乗ってください。主が待っています。はやく乗って。はやく乗って』
いや、そうはいうがな――これ、罠なんじゃねえの?
おれからすればここは敵の本拠地。
そう迂闊には乗れんだろ。
「おいリョウ、どうした早く乗るぞ」
ウォーレン……おまえもう乗ってるんかい。
ちっとは不審に思ったりしないのかよ。
まーゴルドバ大陸では主神ゴルドバは創造神にして善神だから、こいつの軽率さを責めるわけにはいかんのだがな。
あっ、だったらおれもこいつに便乗して、信者のフリをしてあいつの寝首をかきに行こうかな。
うむ、ナイスアイディア。その作戦で行こう。
――というわけで、おれはウォーレンに右にならえで車に乗ることにした。
にしてもこの車すげえな。ほぼ全自動で動いてるんだ。
このパロとかいうロボットがキーになってて、こいつがいなきゃ動かないみたいだけどさ。
『主のところに到着するのは30分後です。それまでは外の風景をお楽しみください』
外の風景か。
確かにショーケースの中に保存されている森林地帯はなかなかのもんだ。
見たことがない形をした木々もあるし、もしかしたら現代の地球じゃ絶滅しちゃってる種もあったりするのかね。
『ショーケース内の植物は主の自慢のコレクションです。主は緑が好きで、あらゆる世界から植物をかき集めています』
まさかと思うが……エルメドラの空や海が黄緑色なのはゴルドバの趣味なのか?
まあ、綺麗だから別にいいんだけどさ。
その辺はノークレームだ。
「おいリョウ! あの樹木がすごいぞ! ぐにゃぐにゃと曲がっておる!」
ウォーレンの奴はあいかわらずのんきに観光気分だ。
ぐずぐず文句たれられるよりかははるかにマシだが、これから神と謁見しようというのに緊張感が皆無っていうのはどうよ。
あんたらにとって神ってのはそんな身近な存在なのか?
まあ、箱入りのお嬢さまだからなあ。
イマイチ危機感が薄くてもしかたねえか。
こいつがのんびりしててくれたほうがおれの仕事もやりやすいだろうし、せいぜい利用させてもらうとするか。
それは神の箱庭




