ピラミッド
吹きすさぶ風がおれの頬をきる。
砂漠地帯であるウォーレンの夜は極寒。
高所となればなおさらだ。
防寒装備は完璧とはいえ、それでもなお肌寒さを感じる。
もっとも、それがいいんだけどな。
「ここに来るのも、ひさしぶりだな」
おれはすっかり完成したピラミッドの上から世界を一望していた。
国が腐っちまってもウォーレンの夜は美しい。
まるで心が洗われるようだ。
洗われ、流され、染まっていく。
夜の黒に。
夜そのものに。
神を討つにふさわしい姿に立ち戻っていく。
このピラミッドはおれが作った。
おれの血と汗が混じったおれそのものだ。
ピラミッドの完成をもってしてこのおれも完成したのだ。
―――― <闇の王> として。
おっと、ウォーレン軍のご到着だ。
時間キッチリ。まじめでケッコーケッコーコケコッコー。
では世界を見下ろす王さま気分はここまでにして、二人のウォーレン王を出迎えるとしますかね。
ピラミッドから降りたおれは、臣下の礼をもってウォーレンを出迎えた。
もう洗脳は解けちゃってるからね。
「おい貴様、いったい何者だ!?」
だがまっ先に話しかけてきたのはウォーレンではなく親衛隊長のギルバートだった。
いきなりおれに剣を突きつけ名を名乗れと怒鳴りつける。
そりゃそうだ。
王に命じられていきなりこんな場所に連れてこられたら不審に思って当然。
あんたはあまりにまっ当すぎて、時折かわいそうになってくるよ。
「スケープゴート商会会長マサキ・リョウ。病の床に伏せるウォーレン王を救うべくオーネリアスより遠路はるばるやってきました」
おれはオーネリアスからもらった直筆の書状をギルバートに見せる。
おれが国王お墨付きの商人だとわかれば多少は態度も軟化するだろう。
しなくても別に構わんけどな。
「……間違いない、本物だ。おまえのような者がどうしてこんなものを持っている?」
「オーネリアス王とは少々親密な関係でしてね」
「汚らわしい売男め。我が王をも誑かしたか」
おいおい、勘違いすんなよギルバート。おれは春なんて売らねえよ。
まあ売られてきた男という意味では正しいけどな。
奴隷だし。
「私が書状を持っているのは純然たる実力ですよ。そう急がずとも、あなたがたもすぐに理解することになるでしょう」
「貴様……もしも王の病を治せなかった場合、覚悟は出来ているのだろうな」
「そのときは、煮るなり焼くなりどうぞご自由に」
そんな脅しはまったくの無駄だぜ。
いつだって常識的なあんたにゃわかんねえだろうな。
常に己の命を世界というテーブルにベットしている人間の覚悟ってやつをよ。
「もうよい。下がれ」
ウォーレンに命じられるとギルバートはすぐに剣を納めて後ろに下がる。
知ってたけど、やはりギルバートが暴走しておれをころす危険性はゼロだな。
口先でどれだけ啖呵を切ろうが、あんたは誰かの命令なしに人をころすことなんてできやしねえよ。
どこまでいっても『常識人』どまり。常軌を逸した行動なんて不可能だ。
いや、これは褒めてるんだぜ。
常人をはるかに上回る魔力を持ちながら、強固な理性をも保っているなんて実にご立派。魔法使いの鑑だ。
わりと外道でやりたい放題なマリィや、常識があると見せかけて一度暴れると手がつけられないマジックさんもぜひ見習うべきだね。
だからさ、あんたはこれからも常識人で在り続けてくれや。
逸脱するのはおれの役目ってことでさ。
「ではそろそろ聞かせてもらおうか。このピラミッドが妾の病を治すのにどのように効果的に働くのかを」
さてと、お次はこの箱入りお嬢さまの相手だ。
こんな小娘を手のひらの上で転がすことぐらい、隷属の首輪がなくとも造作もないこと。何の心配もしちゃいない。
まあ、いちおう誠実に説明してやるよ。
おれさまは常に誠実なのがモットーだしな。
「女王陛下には今、先代陛下の亡霊がとり憑いています。理由はもちろん、ピラミッド完成前に病で急死した無念故です」
魔法があるならオカルトも当然ある。
つうかこいつも魔法の力だな。
先代ウォーレンは死ぬ直前、己の意志を魔力に変換して、あろうことか自分の娘に送り込んだのだ。
せっかく病床で悲しんでくれている実の娘にとんでもねえ仕打ちをしたものだとは思うけど、それだけあのピラミッドに執着があったのだろう。
気持ちはわかるような、わからんような……まあ、おれならやらんな。
「あのピラミッドは死期を悟った先代が急遽計画したもの。建造目的はおれよりもあなたのほうが詳しいはずです」
「……父はあのピラミッドを『トランスポーター』と呼んでいた。言葉の意味はわからぬが、聞くところによると転送魔道具の類らしい」
――やはりそうか!
すべての破片は今、ここにすべて揃った。
あとはそれを順番に組んでいけば自ずとひとつの真実に辿りつく。
「それで確信しました。あなたの父上は死後、神の御許に行くつもりだったのですね」
「ああそうだ。無断な労力だったがな」
ウォーレンは苦虫を潰したような顔で吐き捨てた。
娘にとり憑いた後、亡霊は彼女の体を乗っ取りピラミッドの完成を急がせたのだろう。
人狩りなんてバカな真似までしてな。
おかげさまで現ウォーレン王はすっかり暴君扱いだ。
そりゃ文句のひとつやふたついいたくなる。
親子の情もなくなるわ。
「ピラミッドは完成したが、父の魂は天国に行くことは叶わなかった。国中の魔導技師をかき集めて設計させたピラミッドだが、人が神の御許に行くなどしょせんは夢物語ということよ」
「いえいえ、あきらめるにはまだ早い。すでにあなたのお父上とはすでに話をさせてもらいましたが、あのピラミッドは理論的には決して間違っていない」
希代の錬金術師にして天才魔導技師でもあるマリィのお墨付きだ。
こいつは充分使い物になる素晴らしい魔道具だ。
「ピラミッドは何度も起動させたが、私の体も、父の魂も、天国に転送されることはなかった」
「我が師がいうには日が悪いとのことです。きちんとした日に儀式を行えば、問題なく魔道具は効果を発揮するそうです」
「それが今夜、ということか?」
その通り。
今夜を逃したらまた一年後だ。
さすがにそれはあんたも避けたいだろ?
「話は聞かせてもらった。それさえわかれば、おまえはもう用済みだ」
ギルバートがとつぜん話に割り込んできた。
「命だけは見逃してやる。早々に立ち去れ。後は我々だけでやる」
「やめときな。あんたらだけじゃたぶん失敗するぜ」
精巧精密な魔道具は技術者が正しく使わなければ効果を発揮しない。
特にこのピラミッドのような大がかりな魔道具はな。
そして今、この場にいる魔導技師はおれだけ。
今すぐ設計者を呼び集めようが予定時刻にゃ間に合わねえよ。
「ああ、それとこの契約書を見なよ。ここにちゃんと書いてあるだろ?
『マサキ・リョウと二人きりでピラミッドに入り天国を目指すこと』ってな」
「どこで書かせたのかは知らんが、こんなもの無効だ!」
「あんた魔法使いなのに悪魔の契約書をご存じでない? そんなわけないですよね!」
契約を破れば即、その姫さんの魂は悪魔に持って行かれるぜ。
どんな無茶ぶりが書かれていようと、絶対に無効にできない素晴らしい契約書よ。
あんたらが姫さんを生け贄にしても構わないというのなら話は別だがね。
「……ゲスめッ!」
ギルバート、そいつは褒め言葉として受け取っておくぜ。
闇の王はゲスで上等なのよ。
この世にはゲスにしかできないことがある。
そこの姫さんだって、そのゲスを求めてるんだぜ?
「だから下がれといっている。すべては承知の上の話だ」
「ですが……」
「くどい。この男の言葉には従え。これは命令だ」
ウォーレンに制されると、ギルバートはギリギリと歯ぎしりをしながら、それでも最後にはおとなしく引き下がった。
さあ、これでおれの仕事を邪魔する奴はいなくなったな。
「時間がない。早く中に入ろう」
「御心のままに」
おれは一礼してから主君でもないのに親衛隊にあれこれと指示を出し、彼女を連れてピラミッドの中に入っていった。
なんつうかまあ、恩を仇で返すみてえで色々と悪ぃなギルバート。
でもさ、あんただっておれの恩人であるヴァンダルさんをころしたわけだし……これでおあいこってことにしといてくれねえかな。
まっ、姫さんはかならず助けるからそれで納得してくれや。
神をぶちのめすついででなんだけどさ。
ピラミッドの謎に迫る




