会議
「どうもマサキさま、遠路はるばるよくいらっしゃいました」
ウォーレンの港町に降りると、マグルワ商会の会長、イェメン・ティガーが直々に出迎えにやってきてくれた。
恰幅のいい、いかにも富豪といった感じのおっさんだ。
おれはあんまり好かん面構えだがね。
「こちらこそ。会長御自らご足労ありがとうございます」
おれは満面の笑顔を作ってイェメンと友好の握手を交わす。
――ケッ!
ヴァンダルさんの時にゃ出迎えのひとつもよこさなかったクセに、オーネリアス王の推薦がついた途端にこれか。
なんかこう、やりきれねーもんがあるよな。今さらいってもしかたのねえことなんだろうけどさぁ。
おれは内心のいらだちをおくびにも出さずに、イェメンの用意した馬車に乗り、目的地であるマルマンへと向かった。
「ヴァンダルさまの死去については、誠にもうしわけなく思っています。ここからマルマンまでは決して遠くはなく、当時の国内情勢も安定していたためお独りでも大丈夫だと……まさか、その国軍が人狩りを始めるなどとは露ほども思いませんでした」
馬車に乗ると、隣に座ったイェメンがいいわけじみた弁明を始める。
……いや、本当のところはわかってるんだよ。
あれはヴァンダルさんの不用心だった。
こいつらにそこまで大きな責任はねえ。
わかってはいるんだが……ミネアさんの心情を考えたら許す気にもなれねえな。
「人狩りはまだ続いているのですか?」
「いえ、今は落ち着いています。先日ピラミッドが完成しましたので」
情報通りか。
おれが奴隷として来た時点でかなり完成していたとはいえ、それでも早いな。
ヴァンダルさんの見積もりを大きく上回っている。
こいつは相当多くの人員を導入したようだな。
「どうしてわざわざ人狩りなんてしたんですかね。きちんとした公共事業として行えば良かっただけの話なのに」
「最初はそうだったんですよ。建設の際には我々にも声がかかりました。ですが王が急死したため、急遽人員を追加する必要があったそうです」
「それにしても性急すぎる。大国にあるまじき粗野な対応ですよ」
「まったくです。もう私には何が何やら……」
……まっ、大方の理由は察しているがね。
今回の渡航は、それをこの目で確認するのが一番の目的だったりするんだな。
「奴隷は解放されたのですか?」
「いえ、多くの奴隷が他の公共事業に回されています。一部使い物にならない者は奴隷市場に売られたりもするそうですが」
「人狩りにさらわれた奴隷の中には、何の罪もない自国民もいたと伺っていますが」
「はい。ですから、いずれまた人狩りが始まるのではないかと皆、戦々恐々ですよ。先代が死去して以降、この国はおかしくなってしまいました」
やれやれ世界が一丸となって戦わなきゃいけない時につまんねえことやってんなあ。
だがウォーレンがおかしくなっちまった時期に、おれがここに召喚されたことはきっと運命だ。
運命が、
ここにはいない本物の神さまが、
こいつを利用しろといってる。
マグルワとの交渉が終わったら、次は首都ウォースバイトに行くことになるだろう。
戦うためのカードは揃えてあるが、勝負がどう転ぶかはおれ次第だ。
まっ、おれさまが勝つに決まってるけどな。
リア王の辞書に不可能の文字はないのだ。
マルマンに到着したのは日の暮れる前だった。
早朝にオーネリアスを出発し、ウォーレンに到着したのが午後すぎだったことを考えると、やはりそこまで遠い場所にあったわけではないのか。
本来なら地図を見りゃわかる話なのだが……この地図も国によって測り方がまちまちであんま信用ならねえからなあ。
おれが晴れて自由の身になったら、世界中を旅して正確な地図を作ってやってもいいぜ。
それがいつになるかはわかんねえけどさ。
「会議ですが、すぐに始めてしまっても構いませんでしょうか」
「もちろんです。時間は有効に使いましょう」
マグルワ商会に来たおれたちは、すぐに会議室へと案内された。
会議室で待っていたのは十名のマグルワ会員たちだ。
どいつもこいつも人の良さそうな顔をしててちょっと笑ってしまう。
現在魔族と交戦中であるオーネリアスとの間に航路を作ろうと計画している方々だ。人が悪いわけがない。
もちろん経営的にも間違った判断はしてはいない。
確かにオーネリアスは今、戦争中だ。
だがしかし、むしろ戦争中だからこそ、大きなビジネスチャンスは転がっているといえるだろう。
マイラルにハイエナさせてやる必要などどこにもない。
「リョウさん、直接お会いできて光栄です」
長年おれとの窓口を務めてくれていたゴリアテが席を立って握手を求めてくる。
初めて会ったゴリアテは、おれの想像以上の美少女だった。
年齢はおれよりちょい上ぐらいかな。見目麗しいブラウンヘアーと口の下にあるホクロがチャームポイントだ。
これで名前さえマシだったら完璧なんだけどな。
なんでこんなゴリラっぽい名前なんだ。
「みなさんお揃いのようですし、さっそく始めましょう」
ゴリアテに促されて、おれたちは一礼してから着席した。
スケープゴート商会からは四名。
一人はとうぜんこのおれ、スケープゴート商会会長にしてリア王マサキ・リョウ。
そしておれが直々にスカウトしてきた新人会員が二名。
最後は通訳であるミネアさんだ。
ミチルは……残念ながら不在だ。
あいつが一番ウォーレンに帰りたがっていたのにな。
あいつとの約束を果たせなかったのはおれとしては無念の一言だ。
まあ、いないもんはいないんだ。しかたねえよな。
あいつぜんぜん商会の立ち上げに貢献してねえし、自業自得ってことで今回は諦めてくれ。
「では、スケープゴート商会の保有しているメドラダイト発掘場について、詳しいお話を……」
「お待ちください。その前に検討すべき一番重要な案件があると思いませんか?」
イェメンが怪訝な顔つきで聞き返してくる。
「結局のところウォーレンは両国間の航路確保に協力していただけるのでしょうか?」
イェメンはゴリアテと視線を交わしてから、
「ウォースバイトは、オーネリアスの船の出入りを否認しておりません。現にあなたたちは入港できたではないですか」
「おれたちは『特例』ですよ。オーネリアス王が直々にウォースバイトと掛け合ってがくれたおかげでどうにか入港できたにすぎません。問題はその後の話です」
おれたちだけでチマチマ小銭を儲けたところでしかたねえだろ。
もっとグローバルな視点で考えるためにここに集まったんじゃねえのかよ。
「これから両国間の交流が盛んになれば、とうぜん海賊も増える。それに海に住む魔物の問題だってある。無論すべての商船に重武装させるなんて不可能です」
あんたらは単純に船の数を増やせばいいと思っているかもしれないが、それだけでは何の意味もねえ。
「一番重要なのは航路の安全確保。そしてそれを実現するためにはウォーレンの全面的な協力が不可欠なんです」
もっともそれ以前に、今のウォーレンじゃいつ何時「やっぱやーめた」といって商船を攻撃してくるかわかったもんじゃねえからな。
今のままではいけないことぐらい、あんたらだってわかっているはずだ。
「しかし、政治的な問題は我々の管轄外でして……」
「何を弱気なことを。商人が政治に介入できないと誰が決めました? むしろ逆、これからの時代は財力ある商人が積極的に政治に働きかけるべきなのです!」
――なので、
おれは会議室のテーブルを力強く叩き、さらに言葉を繋ぐ。
「我々が両国の商会の代表となり、ウォースバイト王に商船保護法の設立を要求しにいくことを提案します」
おれの提案に室内は一気に騒然となった。
「それは本気でいってるのですか?」
「もちろんです。ここにオーネリアス王の書状もあります」
おれはオーネリアスに書いてもらった紹介状を開いて会員たちに見せる。
こいつがどれほどの効果があるかわからんが、少なくともないよりはマシやろ。
「私はヴァンダル・ダインの一番弟子です。今は亡き師の悲劇を繰り返さないために、商会を立ち上げてまでここにいるのです!」
最初は理で攻めて、最後は情で責める。
これぞ交渉の必勝法よ。
「同席しているヴァンダル師匠の奥さまもそれを望んでいますッ!!!」
そしてこれがダメ押しの一撃!
さあミネアさん、泣いて泣いて! みなさんの同情を無料で買いましょう!
「……」
イェメンがあからさまに動揺した顔つきをしている。
本音としてはお国に進言するなんて危険な橋は渡りたくはないが、場の雰囲気的に断りづらいといったところか。
「何を悩んでいるのですかイェメンさん! 今は亡き師の夢は、あなたがたの夢でもあったはずです!」
よく見ろイェメン、おれの後ろにゃ護衛のアマゾネスたちがたくさんいるんだぜ。
この場面でおまえが断ったら、マグルワ商会は果たしてオーネリアスでどう思われるようになるかな?
おまえらの悪評はきっとものすごい勢いで国中に伝わるだろうな。
そうなったらあんたら、オーネリアスという巨大な市場を失うことになるんだぜ。
損得勘定ができる男なら、ここは首を縦に振るしかねえよな?
ふふっ、考えるフリをしたって無駄無駄。
おれは絶対に逃がさないよ。
全員かならず巻き込んできっちり落とし前をつけさせてやる。
それが、おれたちがヴァンダルさんのためにできる、せめてもの償いだから……な。
からめ盗る!




