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RAY ANGEL SPACE REMIX  作者: 迫田啓伸
22/71

2-10

 この後、セリナはトシに唇をふさがれた。

 もう一言二言話してからのつもりだったが、いきなりだったので、目を閉じることを忘れていた。

 ユキが下に降りてくる前に、トシは居間から出て行った。

 セリナは呆然として、何をしていたかは覚えていない。

 ちなみに、トシからのプレゼントはカミュの『異邦人』と『ペスト』だった。読むのに一ヶ月かかってしまった。

 中学生活を送っていくうちに、いつからかトシとは疎遠になり、このときを最後に会わなくなった。

 トシはもう中学に入学しているはずだが、今まで一度も会っていない。


 セリナは顔を上げた。

 茜色だった空も暗くなり、空き地からは虫の鳴き声が聞こえてきた。吹きつけてくる風は冷たかった。

「こんなこと、今まで忘れていたなんて。いい加減だなぁ、私は」

 実は、セリナは本当によくわかっていなかった。

 聞きかじりの知識しかなかったので、時間が経って意味がわかったとき、セリナは死ぬほど恥ずかしくなった。

 できれば自分とトシの頭からこの記憶を消したいと強く願った。

 セリナがすっかり忘れていたのは、その結果かどうかは知らないが。

 再び風が吹き、セリナは寒さで身震いした。

 すっかり遅くなってしまった。帰り道を進むセリナの足は自然と駆け出していた。

―トシくんが入学したとき、私はいったい、何をやってたんだろう。


 帰り着いたときにはすでに暗くなっていた。

 今日は母が仕事で遅い日なので、家には誰もいない。

 鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。

―んっ……。

 目眩を感じ、頭を振った。

 水の中にいるような感覚だった。

 両手足の動きが鈍り、体が妙に冷たさを感じる。

 目が開けるのが怖い。開けたら、またあのロボットになっているかもしれないから。

 しかし、それは取り越し苦労に終わった。

 安心し、何事もなかったかのように部屋に入っていく。

 朝とまったく変わってない部屋を見回し、鞄を床に置く。体から力が抜けていった。

 昨夜の夢の最後の瞬間のように、セリナは前のめりに倒れこんだ。

 目を開こうにも瞼が思った以上に重かった。

 制服のまま、夕食も食べないでフローリングの床で寝てしまいそうだ。

 両腕に力を込めた。体が少し浮いたが手が滑り、また床に伏せてしまった。あきらめて目を閉じた。

 どうでもよくなり、ここで眠ってもいいかな、とチラッと思ったりもした。

「ハッ! そうだ!」

 セリナは両目を開けた。歯を食いしばり、妙に重たい体をゆっくりと起こす。そして急いで机にしがみついた。

「確かここに」

 一番下の引き出しを開け、中を探る。

 何冊もの本が重なり、目的の物が出てこない。

 ようやく見つけた。セリナは一番下から分厚い本を二冊取り出した。小学校の卒業アルバムと個人的に所有しているアルバムである。

「いくらなんでも、写真までは」

 残っているはずだ、と言葉を続けようとしたが、うまくいかなかった。

 セリナはアルバムを開いた。

 ユキと並んで写った写真が何枚かあるはずだ。

 荒くなっている息を抑え、一度目を固く閉じてから、写真を見た。一枚一枚と眺めていくうちに、自分の顔が蒼くなっていくのを自覚した。

「ない、ないよ、ユキちゃんの写真。ユキちゃんが立っていた所、別の人が入っているよぅ」


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