2-9
セリナが中学に入ってから、しばらく経ったときのことだ。初夏だった。
部活帰りの日曜日。
セリナはユキの家に寄っていくことになった。その日はトシが一人で留守番をしていた。
着替えてくるからと、ユキはセリナを居間に残し、自室に向かった。
ユキと入れ違いにトシが入ってきた。
子供の頃は金髪に青い瞳のせいで奇異な目で見られていたものだった。
セリナとトシは今のソファに並んで話し始めた。
このとき、セリナはトシに会うのは久しぶりだった。
そういう事情も手伝って、トシとの会話は大いに弾んだ。
「セリナちゃん、この前誕生日だったでしょ?」
「うん」
「プレゼント買っておいたよ。でも、渡せるかどうか心配だったんだ。セリナちゃん、中学に入ってからぜんぜん会えなくなったし」
トシは背後に隠しておいたプレゼントをセリナに手渡した。しっかりと包装され、水色のリボンがつけられていた。
「ありがとう、トシくん。開けるのは、帰ってからでいいかな?」
「いいよ。そんなにたいしたものじゃないから」
「でも、お金かかったでしょ? わざわざこんなにキレイにラッピングしなくても」
「セリナちゃんのことが、好きだから」
「え?」
トシはいつになく真剣に表情を見せていた。彼はソファの上で正座して、身を乗り出していた。
息が不規則で、ふるえている。緊張しているのがわかる。
「僕は。その……」
いつもの、はっきりした声が出せないでいるようだ。セリナはトシに近づき、落ち着くように言った。そして、冷静になれるようにと手を伸ばしたが、どうすればいいのかわからない。
「僕は、多分、好きなんだと、思う。初めてなんだ、セリナちゃんと会いたいな、とか、セリナちゃんと話したいな、とか、最近になって強く思うようになった。でも、こんなの初めてだから、どうしていいか、わからなくて」
トシの言葉が続いていくごとに、彼の声が弱く、か細くなっていく。
だが、トシはセリナから視線をはずそうとはしなかった。
「セリナちゃん、きれいだし、優しいし」
トシの指先がセリナの手に触れた。
「ワッ」
トシは急に大声を出した。それに驚き、セリナも手を引っ込めた。
「大丈夫?」
「ごめん、セリナちゃん」
トシは何度もうなずいた。それから何度も大きな深呼吸を繰り返した
「落ち着いた?」
「うん」
「もう大丈夫?」
「うん」
セリナはソファに身を沈めた。
トシは緊張していて、押しつぶされそうになっていたが、セリナは逆に落ち着いていた。
「実はね、トシくん。私もそういうことよくわからないんだよ。私、テレビあまり見ないし、恋愛の本も読まないし。嬉しいけど、こんなとき、なんて答えていいのかわからないの」
「そうかあ」
がっかりさせてしまったらしい。
トシからため息が聞こえてきた。セリナはトシに近づく。ほとんど肩が触れ合うぐらいの距離だった。
セリナは少し背筋を曲げた。
こうすることで同じ視線になれた。
「トシくん、嬉しいけど、私たちには早すぎたのかも。だから、この話の続きはもうしばらく後でしない? それなら私も、もうちょっとまともな答えができると思うし」
「でも、よく考えたら、僕はセリナちゃんより年下だし」
「いまどき、年上彼女なんて、珍しくないでしょ?」
「背も低いし」
「男の子は中学生から背が伸び始めるみたい。だから、私なんかすぐに追い越しちゃうよ」
「そんなにかっこよくないし」
「そう? そりゃ確かに外見も大事だけど、もっと大切なのは中身よ。いつになるかわからないけど、トシくんなら私が逆に好きになってしまうかもしれない」
開けっ放しの窓から、風が吹き込んでくる。
カーテンがかすかに揺れるほどの弱い風だ。
トシは顔をそらし、微笑んだ。
「やっぱり、僕はセリナちゃんのことが好きみたいだ。でも、やっぱり中学生なんだね、僕にはこんな答え方、できないよ」
それを聞き、セリナも表情がほころんできた。
「さっきのこと、忘れないでよ」
「わかってるよ」
「約束、しようか」
セリナはトシの手を握り、さらに身を寄せてきた。体が密着していて、トシは居心地が悪そうだった。顔もこれ以上ないほど近づいている。
「セリナちゃん、近づきすぎだよ。間違って唇がくっついたらどうするんだよ」
「私は別に、トシくんならいいかなって」
「僕は、はじめてだし。したことあるの?」
「ないけど」
「まずいでしょ?」
このとき、セリナはなぜか落ち着いていた。
「どうなんだろ。ほら、私の半分は恋愛に寛容なフランス人じゃない。別に気にならないよ」
多分、とセリナは付け加えておいた。




