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ふと、声が聞こえてきた。
―馬鹿ねー、あなた。せっかくのチャンスなんだから、彼女になっちゃえばよかったのよ。あの子のことなんか、忘れたフリしてさ。
頭の中でもう一人の自分が、セリナにささやきかけてくる。
それに対し
―だめだよ。ユキちゃんが現れたらどうするの? あの子と、これからもずっと友達でいたいんでしょ?
と、反論する声も聞こえてくる。
セリナはいつの間にか、学校の門の外まで歩いてきていた。
もう日が沈みかけていた。西の空には夕焼けがさしていた。
校舎の白い壁を茜色に染まっていた。帰る人の影もまばらになっていた。
「あっ、そうだ」
一歩踏み出したところで足を止め、手を打った。
「ユキちゃんちに行ってみたらいいのよ。いくらなんでも、家は残っているだろうから」
ユキの家はセリナの家の近くだ。だから、寄ったからといって、遅くなることはない。
―あるよね、家くらい……。
近くまで来た。
足どりが重くなる。
セリナの表情にはかげりが浮き出してきた。
悪い予感がした。
「まさか、あるもん、家ぐらい」
今まで何度も遊びに行ったことがある場所だ。
見当違いなど考えられない。
ところが
「ない」
道の真ん中で立ちすくみ、目を何度もまたたかせた。
ユキの家はなく、雑草が生え放題の空き地だった。『売り地』という古ぼけた看板が立てられ、針金で誰も入れないように区切られていた。
左右の家はいつもと変わらぬ姿で佇んでいる。
何事もなかったかのように。
目をこすってみた。やっぱり、ない。
頬をつねってみた。痛かった。
夕日がセリナの影を長く伸ばした。
逆に東の空は暗くなっていて、月がのぼっていた。
犬を散歩させているおじいさんが通りかかったので、セリナは捕まえ、問いただした。
「あの、こ、この土地はいつから、あ、あき、空き地になってたんすか?」
慌てていたので舌がもつれ、うまく発音できなかった。
おじいさんは顎に手を当て、ゆっくりと話し始めた。
「う~ん。いつだったかなぁ。もう20年近く空き地になっているからねぇ」
「そ、そんなに前から?」
セリナは絶句した。
すぐに冷静さを取り戻すと、おじいさんに礼を言い、再び空き地を見下ろした。
カラスがどこかで鳴いていた。
「ユキちゃん、どうしちゃったの?」
空き地を囲んでいる柵に手を突き、肩を落とす。
セリナの手にに水滴らしきものが一粒、また一粒と落ちてきた。顔をぬぐった。いつの間にか涙を流している。
―ユキちゃん、もう会えないのかな。ずっと友達でいられると思っていたのに。おじさんやおばさんや、トシくんにも。
もう一度、涙を拭いた。
ユキとは幼稚園からの付き合いだったので、彼女の両親にもセリナは親切にされていた。
自分が周囲の子供たちとは少し違うのに、そんなことはまったく関係ないかのごとく接してくれたり、時々セリナを誘っていろんなところへ連れて行ってくれたり、困ったことがあると相談に乗ったりしてくれた。
ユキには弟が一人いて、俊也という名前だった。セリナはトシくんと呼んでいた。二歳年下で、後輩にあたる。
俊也のことを思い出し、セリナは笑った。
―そういえば、トシくんとこんなことが。




