第17話 十一分で直せる塔
翌朝、博覧会の中央広場には、前日の全計測結果が掲示された。
基本性能四割ではセドリックが大差をつけ、十年運用六割では、停止せず十一分で復旧したルネが逆転した。事前に公開されていた配点に沿う、覆しようのない結果だった。
セドリックは夜通し、熟練技師たちと自分の塔の安全な再起動に取り組んでいた。専用調整器で残存魔力を抜き、中央核を再設定し、完了まで六時間。対するルネの塔は、ミナが交換した二個の汎用魔石で稼働を続けている。
片付けの始まった広場で、煤の付いたシャツ姿のセドリックがルネの塔へ歩み寄った。
「……見事だったよ、お嬢さん」
セドリックは言い訳がましい言葉を一切口にしなかった。ただ、涼しい顔で稼働し続けているルネの塔を見上げ、静かに口を開いた。
「どんなに強靭で、規格内で最高性能を叩き出す塔を作ろうとも……一度限界を超えれば完全に死に絶え、熟練技師の精密な手術を経なければ息を吹き返さない。それが、私の設計思想の限界だ。インフラとして、どちらが民の生活を守れるか。考えるまでもない」
だが、セドリックは自分の方式を捨てたわけではなかった。
「高密度の中枢設備や、面積の限られた塔では、私の単核式が必要だ。その強みまで否定する気はない。だが、生活インフラの保守性では君に負けた。そこは認める」
「先生の設計が劣っているわけではありません」
ルネは、真摯な目をしてセドリックを見つめ返した。
「あれほど巨大な魔力を、あれほど小さな面積に美しく収める技術。極限まで無駄を省いた魔力経路の洗練度。それは、私の多点格子では絶対に真似できない、最高峰の技術です」
ルネはふと、手元の図面バインダーを開いた。
「ねえ、アーレン先生。あなたのその『省スペース設計』のノウハウ、私の多点格子の変換留点に組み込めないかしら。そうすれば、もっと狭い路地裏の生活設備でも、この格子構造を広げられると思うの」
「……私のノウハウを、君の多点格子に?」
「ええ。その代わり、この『十一分で直せるモジュール交換手順』の仕様は、すべてあなたに共有します。あなたの新築の強さと、私の運用の強さを掛け合わせたら……きっと、世界で最も強いインフラ規格が出来るわ」
セドリックの目が、驚きに大きく見開かれ、やがて少年のように輝き始めた。
「……ハッ。最高性能と最高可用性の融合か。面白い! それなら、ここの主線の引き込み角度を三度キツくして、留点の受け口を共通化すれば――」
「あっ、それなら出力低下の閾値も一緒に見直せますね! ミナさん、計算式を回して!」
もはや周囲の観客の目など、二人には入っていなかった。
王都一の魔法建築家と、地方から来た構造監査官。本来ならば交わるはずのなかった二つの才能が、白紙の図面の上で激しく、そして楽しげに火花を散らす。
彼らはもう、互いを蹴落とし合う競争相手ではない。より良い魔法構造という共通の頂きを目指す、無二の盟友へと変わっていた。
やがて、夕陽が広場を赤く染め上げる頃。
「……できた」
二人の規格の長所を見事に融合させた『互換表』の第一版が、ついに完成した。
セドリックが満足げな笑みを浮かべ、胸元から万年筆を取り出して、その互換表の下部にスラスラと流麗な署名を書き入れる。
「さあ、次は君の番だ、共同設計者殿」
万年筆を差し出され、ルネが満面の笑みでそれを受け取ろうと手を伸ばした。
――その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
腹の底を揺さぶるような、重く低い地鳴りが王都の地下から湧き上がってきた。
「きゃあっ!?」
ミナが悲鳴を上げてしゃがみ込む。
誰の陰謀でもない。古地図にも記されていない、王都地下深くの未登録空洞が、長年の魔力変動と都市の重みに耐えかねて突如として崩落を開始したのだ。
ルネの目の前で、博覧会場の中央広場を覆っていた磨かれた石畳が、巨大な蜘蛛の巣のような亀裂を走らせる。
次の瞬間、ルネとセドリックが立っていたステージの足元が、すり鉢状に大きく深い闇の中へと沈み込み始めた。




