レイドと最後の決断㉒
「……ふふ」
自らのヘタレさに落ち込んでいた俺を見て、ふいにアイダが笑い声を洩らした。
「ど、どうしたアイダ?」
「なぁんか懐かしいなぁって思ってさ……ねぇ、レイド……こうして二人きりで過ごすのっていつ以来だろうねぇ?」
「そう言えば……何かすっごく久しぶりな気がするなぁ……」
魔王事件が終わってからというもの、俺達は基本的にアリシアと三人揃って行動していた。
また別行動する際にも、アイダとアリシアはいつだってくっ付いて歩いていて俺と二人きりになる時間など殆どなかったのだ。
「いちおー抜け駆け禁止ぃってことにしてるからねぇ……だけど偶然こうなったんなら仕方ないもんねぇ~」
「そ、そうだったのか……俺はてっきり二人が……い、いや何でもない……」
「ふふふ、なぁにレイドぉ……僕たちの仲に嫉妬してるのぉ?」
ニヤニヤと楽しそうに笑いながら俺の顔を下からのぞき込んでくるアイダ。
「そ、そういうわけじゃ……無いことも無いですが……仲良すぎるし……」
「あははっ!! もぉレイドったら可愛いなぁ~……よしよし、大丈夫だから安心しようねぇ~」
「うぅ……」
猫なで声を発しながらアイダは俺の頭を優しく撫でて来る。
子ども扱いされているようで情けないが、アイダがこうして構ってくれるだけで嬉しいとも思ってしまう。
(あぁ、本当に情けないなぁ俺は……アイダから頼りがいのある男だって思われたいのに、逆に気遣われて喜んでしまうなんて……)
「ふふふ、だけどレイドはあいかーらずだねぇ……何でもできて色んな機関からトップクラスのひょーかを受けるぐらい凄いのに、変なところはダメダメでさぁ……」
「皆、過大に評価し過ぎなんだよぉ……俺の本質はこっちのウジウジ情けない方なのに……」
「そうだよねぇ……レイドはあのまおーにすらたった一人で挑めちゃうぐらい度胸あるのに、女の子が相手だとタジタジだもんねぇ……僕とアリシアが傍にいるのに、ミーアとかにちょっかい出されて満更でもなさそうにしてるしさぁ……」
「うぐっ!?」
そう言ってアイダはジト目で俺を軽く睨みつけて来る。
「せめて僕かアリシアかを選べないならともかく、他の人達からのゆーわくぐらいはしっかり断ってくれればいいのにさぁ……ほんとぉにゆーじゅぅ不断なんだからぁ」
「うぅ……も、申し訳ありませぇん……だ、だけど何て言うか皆からかい半分みたいな感じだし、そもそもこんな情けない俺に本気で惚れてるわけがないというか……」
「はぁぁ……レイドはこれだけ女の子に囲まれてこーいを向けられてるのに、どぉして自分の魅力とかそーいうのには鈍いのかなぁ……皆レイドが恋愛関係を全く匂わせないから結構本気でチャンスあるかもぉって窺ってるんだよぉ……」
俺の言葉を聞いてアイダはため息をつきながら、改めて俺の前に指を突き付けながら捲し立て始める。
「いーい? まず今のレイドはいちおー王様なんだよ? しかもさいきょーの冒険者扱いされてて魔術師協会の中でも最高峰のエリート……さらに世界を救った英雄……この時点でふつぅの女の子なら憧れてもおかしくないしょーごー持ちなんだよ?」
「そ、それは……」
「その上普段は優しいのにいざとなったら自分の身も顧みず大切な人を守ろうとしてくれて……どんな困難だって努力して突破しちゃうし……それでいて恋愛面とか苦手なところでは駄目駄目だっていうギャップもあってさぁ……こんなの傍で見てたら誰だって気になっちゃうんだよぉ……僕やアリシアだってそーだし、多分他の皆も……わかってるのぉ?」
「うぅん……そう、なのかなぁ?」
必死に主張するアイダを見て、俺は首を傾げつつも何とか受け止めようと試みる。
(これだけ恋愛沙汰に関して無様なところ見せてるのに嫌われないわけが……いや、でも実際にアイダもアリシアもこんな俺に愛想を付かせずにいてくれてる……何よりアイダの言葉を疑ったりは出来ない……けど俺がモテてるってどうにもイメージがなぁ……)
「そぉなのぉ……だからこそいい加減にきめてほしぃんだけどなぁ……僕かアリシアか……或いは他に……」
「……いや、それだけはないよ」
「えっ!?」
呆れたようにため息をつきながらも、最後の方はどこか寂しそうに俯いて呟いたアイダの言葉を俺ははっきりと切って捨てる
その力強い断言に驚いて俺を見上げるアイダをまっすぐ見返しながら、俺は続きを口にした。
「確かに他の皆も凄く魅力的な女性ばっかりだ……だけど俺が一生を共に過ごしたいと思っているのは……ずっと傍にいて欲しいと思っている女性はアイダとアリシアだけなんだ……だから絶対に他の誰かと付き合うことはないよ」
「あ……ぅ……っ」
俺の返事を聞いたアイダは恥ずかしくなったのか、頬を赤らめながら視線を反らしてしまう。
(これだけは断言できる……尤も今だにアイダとアリシアの二人に抱く気持ちに優劣は付けられていないけれど……)
だからこそ今だに返事が出来ないでいるのだが、もしもこのまま仮に二人から愛想を付かされたとしても、俺はそれでも二人を愛し続けるだろう。
(だけど本当にいい加減、決めないとな……パパドラさんとも約束したし……いつまでも二人の好意に甘え続けてるわけにもいかないから……それに何だかんだでずっと考え続けて来て、そしてこうしてアイダと二人きりで話していてわかったこともあるし……)
アイダとアリシアに抱いている愛情の深さに優劣はつけがたいが、種類がちがうことには薄々気づいていた。
そして今、こうしてアイダと話していて感じるのは心の安らぎであった。
(可愛いと思うし、細かい仕草にドキッとすることもある……だけどそれ以上に傍にいると気持ちが落ち着く……アイダから見られていても見ていても穏やかで心地の良い時間を過ごすことができる)
これが愛情からくる感情なのだとははっきりしているが、それが親愛の情なのか男女の情なのかはわからなかった。
「うぅ……も、もぉさっきまでダメダメだったくせにぃ……そぉやって急にしっかりしちゃって、言って欲しいことを言ってくれて……やっぱりレイドはズルいよぉ……はぁ……もぉ、こんなんじゃ嫌いになれないよぉ……」
「はは……それは嬉しいなぁ……正直、俺はずっとアイダから好かれていたいからね……これから先、どんな関係に成ろうとも……」
「うん、わかってるし覚悟も出来てるよ……僕もレイドの答えがどうであれ、ずぅっとレイドとアリシアの傍に居たいから……ふぅ、よしっ!!」
改めて顔を上げたアイダは俺をじっと見つめた後ではにかんだような笑みをこぼすと、まるで自分に気合を入れるように頬を叩いた。
「どうしたんだアイダ?」
「えへへ……ちょっと僕、二人きりでレイドとお話して抜け駆けしちゃってる気がするからさ……アリシアにもレイドと二人きりの時間を作ってあげなきゃって思ってさ……後よろしくねレイドっ!!」
「えっ!? あ、アイダっ!?」
「先戻って飲み会の準備して待ってるからねぇ~っ!! アリシアとごーりゅうしたら早く戻って来てねぇ~っ!!」
そしてアイダはササっと走り去ろうとして……最後にこちらへ振り返ると、物凄くいい笑顔で叫ぶのだった。
「レイドっ!! 僕レイドのこと大好きだからねっ!!」
「わかってるよっ!! 俺もアイダの事を……」
「その先はアリシアと一緒の時に聞かせてっ!! だって僕、アリシアのことも同じぐらい大好きだからっ!!」
「えっ!? ちょっ!? そ、それってどういう……っ!?」
「じゃあまた後でねぇっ!!」
予想外の返事に思わず尋ね返そうとする俺をよそに、アイダはやっぱり楽しそうに笑いながら立ち去っていくのだった。
(えっ!? えぇっ!? お、俺と同じぐらいアリシアを好きって……ひょ、ひょっとして本当に俺がウジウジしてたら見限られたりとか……は、早く決めないと……っ!?)
「や、ヤバい……のか……?」
「何か問題でも発生しているのか?」
「っ!?」
思わず呟いた俺の言葉に何故か後ろから返答が聞こえて来た。
驚きながらも聞き覚えのある声に正体を確信しつつ振り返った俺は、思った通りの女性の姿を確認して思わず声をかけていた。
「あ、アリシアっ!? いつの間にっ!?」
「ちょうど今、戻ったところだが……それよりも何か問題があるのならば教えて欲しい……私に出来ることならば何でもやらせていただく」
背負っていた魔法で眠らせているであろう魔物を近くに横たえながら、まっすぐ俺を見つめて尋ねて来るアリシア。
その仕草の一つ一つが何故か妙に優雅に見えて、アリシア本人の美貌と相まって眩しく映る。
しかし俺はそれどころではなく、とにかく話をごまかそうと口を開くのだった。
「い、いや別に何でもないよっ!! そ、それよりこんな時間までご苦労様っ!! 大変だっただろっ!?」
「……これぐらい大したことでは無い……何より恥ずかしながらこれは私自身のミスが招いた仕事なのだから挽回するために努力するのは当然のことだ」
アリシアはかつてのように固い口調で話しながらも、その視線は俺の顔から離れず口元は隠しきれない喜びによって緩んでしまっている。
(こうしてみると確かにアリシアは美人だけどそれ以上に可愛いんだよなぁ……何より、こんな顔を見せるのは俺だけだから余計に……いやアイダにも見せてるかなぁ……)
「……ふふ」
「な、何がおかしい?」
「いやぁ、別に……可愛いなぁって思って……」
「なぁっ!! か、かわ……っ!?」
そんな愛しの女性の姿についつい俺も本心を洩らしてしまうが、途端にアリシアは恥ずかしそうに顔を染め始めて、俺から視線を反らし始めてしまう。
ここの所ずっとアリシアはこんな調子だ……声が出るようになってからは元の調子で接するようになったが、俺が少しでも褒めるとこうしてすぐに嬉しさの余りに取り乱してしまうのだ。
(……だけどこれはアリシアが変わったんじゃなくて俺が変わっただけなんだろうな……きっとかつてのアリシアも俺が褒めたら同じような態度を取ってくれてたはずだ……どうしてそれに気付けなかったんだろうなぁ……勿体ない……)
この可愛さと愛おしさに気付けないほど目が曇っていた当時の俺がどれだけ精神的に追い込まれていたのだろうか。
そう思うとそんな絶望の淵から救い出してくれたアイダへの感謝の想いが尚更に募るのだった。
(アイダが俺を支えてくれたからこそ今があるんだもんなぁ……幾らお礼を言ってもいい足りないよ……しかしアリシアも本当に可愛いなぁ……もっと褒め殺しちゃおうかなぁ?)
「いやいや、アリシアは本当に綺麗なのに可愛くもあって……凄く魅力的で俺はいつだって……」
「あぅっ!? そ、そんなに褒めないでくれ……私はそんな大した女性では……それこそアイダと比べたら……ん? そう言えばアイダの姿が見えないようだが……?」
俺から視線を反らしていたアリシアは、それでもチラチラと俺を見つめつつまた視線を反らすことを繰り返し……その中で近くにアイダが見当たらないことに気が付いたようだ。
「ちょっと飲み会の支度があるから先に戻るって……だから心配しなくても……」
「アイダが……いやあり得ないっ!? あのアイダが理由もなく私やレイドを置いて帰るはずがないっ!! まさか先ほどのぼやきはアイダに何かあったからなのかっ!?」
「えぇぇっ!?」
ある意味で正しい判断を下したアリシアは、途端にアイダのことばかり気にし始めて、俺を勢いよく問い詰めようとしてくるのだった。
(い、幾ら何でも過剰反応すぎる気が……ま、まさかアリシアもアイダのことを……こ、これは本格的に不味いのではっ!?)