レイドと最後の決断⑱
話し合いを終えたエメラがこの国にある自らの部屋へと下がっていくのを、俺はあえて付き合って行った。
何やら幼い子供に飢えている様子のエメラを放置しておいたら色々と危険ではないかと不安になったからだ。
(本当は部屋に残していくのも怖いけど……別の部屋にいるマキナ殿やマナさんに襲い掛かりに行かなければいいんだが……はぁ……ドラコがル・リダさんが居てくれれば安心なんだけどなぁ……)
そんなことを思いながら来客室へと戻った俺は、既に中で待っていたドレス姿の美しい少女に頭を下げて出迎えられた。
「お久しぶりでございますレイド様……本日はお忙しいところ時間を割いていただき、誠にありがたく……くく……っ」
「ふふ、笑顔がこぼれてますよ……お久しぶりですアンリ様……」
恭しくそれこそお姫様のように優雅にお辞儀をしたアンリだが、俺がドアを閉めるなりすぐにいつも通りの笑みを浮かべてしまう。
そんな彼女を見て俺もまた普段との態度の違いに思わず笑みを零しながら、向かい合って椅子へと腰を下ろした。
「そのように様付けなどせずともよいぞ……何せ妾は王女とは言えこの国専門の外交官のような立場でしかない……それに対してレイド様は国を統べる国王陛下なのだからのう……むしろ呼び捨てにしてもらっても……」
「勘弁してくださいよ、未だにそんな自覚ないんですから……俺の中じゃ名前だけ貸しているぐらいのつもりなんですよ……」
周りの目が届かなくなったことでかつてのように俺を呼んでくれるアンリに、俺もまたかつてと同じ様に接する。
正直もう慣れてしまったのでこれが楽でいいのだが、アンリは気に食わないかのように不満そうな顔をする。
「むぅ……だからと言って妾だけ様付けで呼ばれるのはのぅ……せっかく仲間なのじゃからもっと気楽に読んでもらいたいものであるのじゃが……」
「そう言われてもなぁ……まあ考えておきますよ……」
「前もそう言っておったではないか……全く、仮にも異性が二人きりの時は親しげに呼べと言っておるというのに……どうしてレイド殿は異性に対しての配慮だけはこうヘタレておるのやら……」
(うぅ……その点は否定しませんが、アンリ様も色々わかってませんよぉ……今の貴方は豪華なドレスが似合いすぎてて、俺みたいな庶民は気後れするんですよぉ……)
尤もそんな気持ちを口に出来ない時点でやはり俺がヘタレなのだろう。
「あ、あはは……まあそれはともかくとして、そろそろアンリ様の要件をお伺いしたいのですが……」
「うむ、それもそうであるな……尤も他に大した話などありはしないのじゃが……はっきり言って妾はこの国とルルク王国との仲を周辺国にアピールするためにあえて定期的に派遣されておるだけじゃからのう……今回もそういうことであるぞ」
「ああ、やっぱり……そんなことじゃないかとは思いましたよ……」
アンリの言葉はある意味で俺の想像通りであった。
何せこの場所が国として成立する以前からずっとこうして外交官としての立場で接していたのだ。
(アンリ様だけは立場が立場だから他の仲間と違ってここへ移住は出来なかったんだよなぁ……だけどその代わりにこうして外交官として頻繁に尋ねて来て……結果としてルルク王国がここを最初に国として扱ってくれて、その実績を作ってくれたからスムーズに正式な国として主張できるようになったんだもんなぁ……)
恐らくはアンリの兄であるランドはその辺りも見越して派遣してくれていたのだろう。
実際に国として成り立つ際に色々とあった問題は、派遣されたアンリを介して彼の知恵を借りることで何とかなったのだから。
(それ以前からも物資の流通や国の運営についても相談に乗ってくれて、おかげで今があるようなもんだもんなぁ……本当にあの人には頭が上がらない……)
しかもさり気なく自国の利益も追及しているようで、フローラ曰く国の運営が軌道に乗ったあたりから魔獣事件の折に支援してくれた代金に良心的とはいえ利子を付けた額を請求されて支払いが大変だったそうだ。
尤も受けた恩の方がずっと多いので悪い感情を抱くどころかむしろ感謝の気持ちしか残らない当たり、本当にあの人は優秀過ぎると思う。
「まあどうせ妾があの国に残っておってもやることはないからのう……兄上は何だかんだでしっかりやっておるし、それに近々婚姻の話も出ておるぐらいだし……」
「ああ、それはひょっとしてメルさんとですか?」
「その通りじゃ……流石の兄上も魔獣に牢へ押し込められている最中、処罰も恐れずに食事を提供し続けてくれたメルには想うところがあったようでな……立場の差で色々と言う者もおったが、全て言いくるめてしまったわ」
「はは……流石ですねぇランド様は……凄いというかなんというか……」
立場は違えど一度はアリシアとの身分の差に苦しみ、逃げ出すことしかできなかった俺にはランド達の行動は尊敬すら感じられるものであった。
だから素直にそう呟いたのだが、アンリは露骨に疲れたようにため息をついて見せた。
「はぁ……しかしそのせいで妾は物凄く居心地の悪い思いを味わって居るよ……連日、傍でああも仲睦まじい様を見せつけられてはたまらぬのだ……おまけに国王が婚姻ともなれば自然と周囲の目は残った妾の行く末に向いてきおるし……これで二人の間に子供が生まれでもしたらどうなることやら……」
「ああ……それは厄介な問題ですねぇ……」
「うむ……尤も解決する手段は単純であるが……どこぞの国の王家に準ずる者に嫁げばよいだけであるからのう……尤も兄上は好きな相手がいるのならばそんなのこと気にせず行動しても良いと言ってくれておるが……無論両方を満たす相手がいれば最上であるがのぉレイド殿ぉ?」
そして悪戯っ子のように微笑みながら俺を見つめて来るアンリ……どうやらミーアのせいで悪影響が出ているようだ。
そんな彼女の意図にあえて気付かぬふりをして微笑みながら頷きかける俺。
「あはは、そうですねぇ……見つかると良いですねぇ……ところでついでに聞きたいんですがライフの町はあれから変わったことはありませんか?」
「むぅ……まあ良いか、時間は後ほど……うむ、ライフの町ならば其方らが抜けた後も何も問題はないぞ……強いていれば住人が寂しがっていてたまには顔を出してほしいと呟いておることと……むしろ移住希望者が多すぎて困っておるぐらいかのう」
何やら不穏な言葉をぼそりと呟いたアンリだが、すぐに切り替えると俺の質問に答えてくれる。
「いずれ顔は出そうと持っているのですが時間が中々……しかし発展しているのならば何よりです……」
「当たり前であるよ……其方らが揃っていなくなったのは確かに痛いが、あの『魔獣殺し』にしてSランクに上り詰めた最強の冒険者を見出したギルドがある町と評判であるからな……おまけに優秀な人材も引き抜けたことであるし……」
ほほ笑みながらも最後の部分だけ声を落として告げて来るアンリだが、何を言いたいかはすぐに分かった。
(そうか……アリシアの両親や彼らに率いられて亡命したファリス国の人達も元気でやってるんだな……)
「そうですか……それは良かったです……」
「ああ、魔獣事件で人が減っている最中にこの手の移住話は本当にありがたい限りである……人が流れた他国には申し訳ないが、おかげさまで我が国は何とか立ち直ることができたほどであるからな」
感慨深そうに呟くアンリだが、実際のところ未だに他国が魔獣事件からの復興で忙しい中でルルク王国だけはフローラが取引先として頻繁に出向くほどに繁栄しているらしい。
尤もこれはルルク王国に居た俺たちが魔獣事件と真っ向から立ち向かっていて、おかげで国内の被害が最小限だったことも大きかったはずだ。
それでも自然に流れて来るとは言え他国からやって来る人材の協力が大きかったのも又事実だろう。
(だからこそ他国から見たら面白くないだろうし……下手をすれば因縁をつけて攻め込まれかねない所だけど……その辺りも含めて、この国との外交関係をアピールしてる面もあるんだろうなぁ……)
何だかんだで俺の居る国は世界でもトップクラスの戦力を誇っていると言っていい。
余り戦わせたくはないが保護するために集めている魔獣達の強さはそれこそ世界中が知っている。
そこに一応は最強の冒険者と言われている……魔獣より強い程度の実力はある俺もいる上に、それより遥かに強いアリシアまでいるのだ。
更に教会を除く各機関のトップと懇意な関係にある上に魔界のドラゴンとも協力関係にあり、おまけに全員の装備が本来なら国宝として扱われるはずのオリハルコンときている。
こんな俺たちを魔獣によってボロボロにされたどこの国が倒せるというのか……はっきり言って、他の国が全て徒党を組んで攻めてきたとしても返り討ちに出来るだろう。
そんな滅茶苦茶な強さを誇るこの国と同盟関係と言わんばかりの国交を見せつけることで、ルルク王国は他国へのけん制にしているのだ。
(本当にランド様は抜け目がないよなぁ……あの人だけは敵に回したくないないもんだ……)
「ちなみにライフの町は国境にそこそこ近いこともあって王都から護衛兵を出して居るが……それを率いておるのはレイド殿が助けたあの二人じゃ……覚えておるか?」
「ああ、最初の魔獣事件の時に助けた……懐かしいなぁ……そうですか、あの方達が……それは本当にありがたい……」
「あの二人はレイド殿の活躍を間近で見たこともあって其方を信望しておるようで自ら志願したのだ……そしてレイド殿に憧れてやってくる冒険者志望の者達や町の住人に、ギルドのサーレイ殿やフローラの父上と共に語って聞かせて居る様じゃ……」
「えぇ……そんな語ってもらう程のことはしてないんですけどねぇ……大体魔獣事件の詳細についてはエメラさんが白馬新聞社で連日報道したから知られてないことなんか殆どないと思うのですけどねぇ……」
実際にそのせいで俺の名は大陸中に大げさなぐらいに広まってしまっているほどだ。
(世界最強のSランク冒険者にして複数の魔法を編み出した魔術師協会でも屈指の天才魔術師……更に範囲効果で使える回復魔法と状態異常を治癒する魔法を編み出した功績で聖王候補としても名前が上がったとか何とか……一応全て事実ではあるけどさぁ……俺は何者なんだよぉ……)
「逆に偉大過ぎるから色々と気になる者もおるのじゃよ……無論、妾も聞かれた際は全て事実であるとはっきり答えておるぞ」
「だ、だから勘弁してくださいよぉ……国王の座ですら荷が重いって思ってるのにぃ……」
「そう思っておるのはレイド殿だけであるぞ……ちなみにサーレイ殿はギルド内で出世できた上に白馬新聞社にも載ることができたと歓喜しており、近日中に冒険者ギルドの入り口にレイド殿の石像を飾ろうとしておるようじゃぞ……そして同じような理由で商売が繁盛しておるフローラの父上とどんな像を作るか相談しておるとか……」
「と、止めてくださいっ!! 絶対にやめてくださいよそれっ!!」
「ふふふ、残念じゃがライフの町で反対する者はおらんでな……もはや決定事項であろうなぁ」
「なぁぁ……あ、あんまりだぁ……うぅ……」
心底楽しそうに語るアンリだが、それを聞かされた俺は恥ずかしさの余り机に突っ伏してしまう。
(か、勘弁してくれよぉぉ……はっ!? ま、まさか今日フローラさんが出かけて行ったのってその石像関連の……い、いやあの人なら俺の気持ちを汲んで無駄遣いを止めてくれるはずっ!! 頼みますよフローラさんっ!! 何ならドドドラゴン君、ぶっこわしちゃってぇっ!!)
「さてと、そろそろ妾との会談の時間は終わりであろう……言うまでも無いと思うが妾も今夜の祝宴には参加させてもらう故に、宿泊できる部屋に案内していただこうではないか……」
「ああ、やっぱり聞いてたんですねぇ……ですが転移魔法陣を使えば帰ることぐらい……」
「別に急いで帰る理由などないからのう……何じゃ、妾がここに居ては迷惑なのか?」
「そうではありませんが……まだ未婚の姫君が他国で祝宴に参加した上で、帰れるのに一泊したとなると色々と邪推する者も出るんじゃないかと……」
「何も問題がないではないか、むしろレイド殿と妾の関係が密接となればより国同士の繋がりも強くなる……それに妾としてもレイド殿のことは吝かでもない……ふふふ、何ならば酒の勢いで襲ってくれても構わぬのじゃぞ?」
「はは……そんな度胸が俺にあるわけないでしょうがぁ……はぁ……じゃあご案内させていただきますぅ……うぅ……」