レイドと最後の決断⑰
書類を受け取った二人が来客室を出て行ってからも俺は次の来客に備えて室内で待機し続けてきた。
果たして少しして誰かがドアをノックする音が聞こえて来て、俺は一応腰を上げると中に入る用へと促した。
「どうぞお入りください」
「失礼いたします……ご機嫌麗しゅうございますレイド様……」
「お久しぶりですエメラさん……どうぞお掛けくださ……っ!?」
入ってきたエメラは厳かな態度で丁寧に挨拶していたが、ドアを閉めた途端に涙を流しながらこちらへと迫ってきた。
「れ、レイドさぁあああああんっ!! 聞きましたよぉおおっ!! 今日は皆が集まるのでしょぉおおっ!! なのにどぉしてマキナたんかマナたんかドラコちゃんかドラコっ子ちゃんかドラン子ちゃんと一緒のお部屋に案内してくれないんですかぁあああっ!!」
「あ、相変わらずですねエメラさん……あの人達も立派なお客様なのにそんな無礼な真似できるわけないでしょうが……」
「そ、そんなぁあああっ!! こ、ここぐらいしかチャンスないんですよぉおおっ!! ここの所、魔界に行ってもパパドラさんの監視が厳しくてドラコちゃん達と一緒にお風呂も一緒ネンネも全身マッサージも出来てないですよぉぉぉぉ……」
「サラっととんでもないこと言わないでくださいよ……いい加減にしないと本当に捕まりますよ……」
とんでもない内容を泣き叫ぶエメラにドン引きしつつ、変わらない彼女の様子に少しだけ……本当に少しだけだが安堵してしまう。
「うぅぅ……だ、だからこうして会談中という外部から干渉できない状態を利用してイチャイチャしようとしているわけでして……」
「セクハラの為にこの部屋を利用しないでください……はぁ……良くそれで未だに記者を続けてられますねぇ……」
本当に不思議で仕方がないが、未だにエメラは記者として世界中を飛び回っているのだが、今のところどこぞで問題を起こしたという話は聞こえてこない。
それどころか魔獣事件を始めから追いかけていた人物として……また魔王退治の功績やその道中に見つけた多数のスクープのおかげもあってか、エメラは優秀な記者として世界的に名前が知れ渡っているぐらいだった。
(こんなにヤバい人なのになぁ……一体どうやってごまかしているのやら……)
「うぐぐ……れ、レイドさぁあん……どうして私にだけそんな辛口なんですかぁぁあ……」
「辛口にならざるを得ないようなことばっかりするからでしょうがぁ……はぁ……用件はそれだけですか? なら部屋に戻って……」
「ちょ、ちょっと待ってくださぁああいっ!! も、もちろん他にも用事はありますよぉおおっ!!」
呆れて呟いた俺の言葉に慌てて首を横に振り、何やら幾つかの調査書類が挟まっているファイルを差し出してくる
一応受け取り読んでみると、そこには世界各国におけるこの国と魔獣に対する感情や議論などが事細かく記されていた。
「ああ、真面目に調べておいてくれたんですね……」
「あ、当たり前ですよぉおおおっ!! わ、私だってこの国と住んでる人達には愛着があるんですからねぇえっ!!」
「冗談ですよ、エメラさんは子供さえ関わらなければ優秀だってのは良く分かってますからね……」
尤もその欠点がシャレにならないのだが……ともかくエメラの調べて来た情報は正確であり信頼がおけるものであった。
だからこそこうして時々、各国の情勢を調べてもらい外交に役立てさせてもらっているのだ。
もちろんスパイ行為などの犯罪に成りそうな過激な行為は一切しないように頼んであるが、それでも十分すぎる内容だった。
「うぅん……全体的に敵対的ではないけど、怖がられてる感じかぁ……」
「はい……どぉしても魔獣への警戒……というよりも恐怖が消し切れないようでして、まして魔獣事件の本拠地であったこの場所でたくさん集まって暮らしているとなるとどうしても……私なりにたくさん記事を書いて魔獣という存在自体が悪いのではないと伝えているのですが……」
「まあ無理もないよ……今回の事件で出た被害はあんまりにも多すぎたからね……」
「それでもレイドさん個人への信頼はむしろ高まってますから……魔獣退治の実績のある方が責任をもって管理してくれていて助かるってぐらいでして……それに食料品から生活必需品まで、賠償の面もあるとはいえ格安で輸出してくれてますからなおさらですよ……尤も今現在がどの国も復興中だからでしょうけれど……」
「わかってますよ、何れ各地でもそれぞれ生産を始めるでしょうし……そうなれば商売敵として一転して睨まれる可能性もありますし……だからこそ俺としては魔獣ならではの新しい産業を考えてるからね……尤もまだ形にもなっていないけれど……」
どうしても魔獣への恐怖を人々から脱ぎ去るのは容易なことでは無い。
だからそんな魔獣が多く住んでいるこの国が各国から余り良くない意味で注目を集めるのも仕方がないことだ。
それでも少しでもこの国に暮らす皆が幸せになれるよう……善良な魔獣達が怯えて過ごさなくて済むようにしていきたかった。
(魔獣にしかできない産業で皆の暮らしを豊かにすることが出来れば……それを提供することで少しでも魔獣という存在への認識が良い方向に向かってくれれば……何よりそれなら理論上は他国の産業とシェアを奪い合わずに済むはずだ……)
尤もこれはあくまでも素人考えでしかないので、フローラと共にもっと深く煮詰めた上で何れ皆で国の経営方針を相談しようと思っている。
出来ればそれまでには国外で働いているエメラを始めとした仲間達にも、やるべきことを終えてここへ戻って来てもらいたいものだ。
「流石はレイドさんですねぇ……色々と先を見越して動いているようで本当に頼りになる御方でぇす……だからこそ他の国々のお偉いさん達から庶民の皆さんまでもがレイドさんを新しい国の王としてふさわしい人間だと認めてくれているようですが……例の国を除いて……」
「あぁ……やっぱりねぇ……」
エメラの言葉を聞きながら何枚目かの資料を捲ったところで、確かにこの国への悪意を露わにしている調査結果が目に付いた。
(レイドのような高貴さの欠片も無い庶民でしかない詐欺師同然の犯罪者が王などと語るのは許されざる不敬……何よりも誘拐犯であり我が婚約者のアリシアを攫った罪と魔獣などという危険生物を囲って悪事を企んでいる罪で即刻捕らえて死罪にするべし……相変わらずめちゃくちゃだなぁガルフの奴……)
かつて俺とアリシアが暮らしていたファリス国のトップであるガルフ国王は、未だに俺が魔王を倒したことを受け入れられずにいた。
それどころか俺はアリシアの手柄を奪っただけであり、また嫌がる彼女を元婚約者という立場を利用して攫って行ったとまで思い込んでいるようだ。
(散々振られてんのになぁ……別れ際なんか露骨にビンタまで喰らって……それでもまだ現実を認められないなんてなぁ……)
どうやら愛していたアリシアが自分の元から去るだけでも屈辱だったというのに、俺に唯一勝っていると思っていた地位でも並ばれたことがよほど気に食わなかったようだ。
だから俺たちの国からの輸出品も賠償分しか受け取ろうとせず、それ以上は絶対に取引しようとしなかった。
(多混竜の一件で既に国内はボロボロだっていうのに……わざわざル・リダさんが責任を感じて魔界からも支援しようとしてくれたのに、それら断るどころかドラゴンのことまでぼろくそに言いやがって……パパドラさんを押さえるのがどれだけ大変だったと思ってんだか……)
当然そんな状態では食料自給率など皆無に等しい状態であり、物資に至ってもかなり不足していて国全体が貧しくなっているようだった。
それでも決して主張を曲げないガルフ国王は俺を認めている周辺国にも噛み付いているようで、結果として苦しんでいる国民たちの間にも不平不満が広がってきている様子だ。
(エメラさんの資料が間違ってるとは思えないし……このまま不満が高まったら革命やらクーデターなりが起こりかねない気がするんだが……まあもう気にしても仕方ないか……)
その国民にしても飢えや物資不足に不満を抱けども、俺に対する感情は似たり寄ったりの人間ばかりらしい。
これは未だにかつての噂を引きずっているのもあるが、それ以上にまともな感性の持ち主はとっくにガルフ国王に愛想をつかし、アリシアの両親と共に他国へと移住してしまったからというのが大きいそうだ
(もうあの国は俺の知っている場所じゃない……残っているのも俺の両親を多混竜への生贄にして生き残っておいて悪びれもしない連中ばっかりだ……流石にそんな奴らがどうなろうと知ったこっちゃない……)
それでも向こうが望むなら最低限の支援や交易のための手は差し伸べるつもりだが……この調子では破滅する最後の最後まで態度を変えることはないだろう。
もちろんこのままいけば何だかんだで生まれ故郷だった国で血が流れることになるだろうし、それを思うと心が痛まないわけでもない。
だからと言ってこっちから頭を下げてまで支援なり何なりをしてやるつもりはない……幾ら俺でもそこまでお人好しな真似は出来ないし、そんな立派な聖人でもないのだから。
「まあ、それはもういいよ……向こうが敵意を持って何か企んでいるならともかく、そうじゃないなら放っておこう……」
「そぉですねぇ……尤も仮にそうなったところで魔界に住むドラゴン族とも繋がりのあるこの国に勝る軍事力なんかあり得ませんし……そーいえば魔界なんですけど……」
「ん? 魔界がどうしたの?」
そこで何か思い出したように手を打ったエメラだが、何故か唐突に口をつぐんだかと思うとフルフルと首を横に振り始めた。
「あー、止めておきましょう……確かこの後、ドラコちゃん達もこっちに来るんですよねぇ……だったらあの子達から直接話を聞いた方が良いでしょうし……何よりそうしたがるでしょうからねぇ……あぁドラコちゃぁあああんっ!! 久しぶりに酒の勢いでチュバチュバしてあげますからねぇええっ!!」
「あ、あのねぇ……そんな真似したら今度こそパパドラさんに頭から齧られちゃいますよ……はぁ……何でル・リダさんは叱ってやらないのやら……」
「ふふぅん、ル・リダさんも私の同士ですからねぇ……ですがパパドラさんズルいことにあの人ヘは意外と甘いんですよぉ……ドラコちゃんも私のことはペットみたいに扱う癖にル・リダさんの前じゃ妹みたいに振る舞いますしぃ……だ、だけどそれもまたキュートなんですよぉおおおっ!! はぁああっ!! やっぱり私もあんな小さい子が欲しいでぇええすっ!! レイドさぁああんっ!! 一夜の過ちでいいですから私と交配しましょうよぉおおっ!! レイドさんの好きなプレイでいいですからぁああっ!!」
「……交配とか言うムードの無い人とそう言う関係にはなりたくありませぇん」
やはり飲み会に参加する気満々のエメラの言葉に、俺は更に頭が痛んでくるのだった。
もうちょい続きます、ごめんなさい