レイドと最後の決断⑯
「レイド様、ただいまお時間は空いておられますか?」
「うぅ……な、なんだいフローラさん……というか様付け……というかその口調止めてください……」
「……まあ誰もいないなら良いですけど、人前では付けないと示しが尽きませんよぉ……レイドさんはもう王様なんですからね?」
涙を流しながら仕事をしていると、今度はフローラが顔を覗かせて来た。
わざわざ律儀に様付けしてくる彼女だが、それでも周りに人がいないと分かるとクスリと笑いながらもいつも通りの口調に治してくる。
「俺はそんな大した人間じゃないんですけどぉ……ただ国の経営をしている皆の代表をしているだけで……」
「ふふふ、何ってるんですかレイドさん……そう言う人のことを王様って言うんですよ~」
「そ、それは……」
「大体ですねぇ、教会から魔術師協会及び錬金術師連盟の全ての機関から特別名誉会員の称号を贈られた上に冒険者ギルドからも最上位ランクとして新たに設置されたS級にまで任命されたレイドさんが大した人間じゃないって……謙遜にもほどがありますよぉ~」
笑いながら続けるフローラだが、確かに彼女の言う通り俺は無駄に色んな称号を得まくっていた。
教会からは聖女マリアを騙る偽物を倒した功績と範囲回復魔法の開発が評価され、魔術師協会からは短期間に複数の魔法を開発し運用した実績を認められ、錬金術師連盟は範囲識別魔法を用いての特薬草やオリハルコンなどのレア素材の発見方法及び流用を成し遂げたと称えられてしまった。
そして冒険者ギルドからは魔王という最悪最凶の敵を討伐した手腕から、トップのエクスでも出来ないと断言された上で俺だけの為に新しいランクが開設されて送られる始末だった。
(一部を除いて殆どが仲間達と共同で行った事なんだけどなぁ……何で俺だけここまで過剰に盛り上げられてるんだか……)
尤も仲間達もそれぞれの分野では評価されている……現にトルテ達冒険者ギルドに属してる仲間達はAランクになっているし、他の皆もそれぞれの属する機関でかなり評価を受けているようだ。
それこそ目の前にいるフローラもマキナの助手として錬金術師連盟内ではかなり名前と顔が売れているらしい。
ただ全ての機関から評価されている人間は俺だけで、それと魔獣の保護責任者という立場もあって国王の座を押し付けられてしまったのだ。
「ほ、本気なんですけどねぇ……俺より上に立つのにふさわしい人は幾らでも……それこそ実質的な経営を行ってるフローラさんが……」
「駄目ですよぉ、私じゃあ一部にしか顔が効きませんし舐められちゃいますよぉ~……何だかんだで出来たばっかりの上に色々と曰くのある新興国なんですから難癖だって付けられやすいし……トップにレイドさんが座っててくれるから強気で交渉できるんですからね?」
やはりフローラは笑いながらやんわりと俺の提案をいなしてしまう。
然しそれも当然だ……常日頃から他国を相手にやり合っている彼女にこの手のことで敵うわけがない。
(絶対に俺よりはフローラさんの方がトップに向いてると思うんだけどなぁ……物凄くやり手だし、実際にフローラさんが居なかったら多分ここまで上手くはいかなかっただろうし……)
様々な称号を得ている俺だがはっきり言って国や組織の運用は完全にど素人だった。
また仲間達も殆ど似たようなもので、逆に出来そうな人間は別の機関やら組織との兼ね合いがあって自由には動けなかった。
そんな中でフローラは小さいとはいえお店を経営していた手腕を活かして、縦横無尽に活躍してくれたのだ。
俺達に適切な指示を飛ばし魔獣牧場を運用していくための根幹を作り上げ、更には別の特産品も造ろうと提案して実際に他国との交渉も請け負い利益も上げてくれた。
(俺たちなんかフローラさんの指示に従って動いただけ……俺なんか言われるままに書類にハンコを押して、時折各方面に顔を出して名前を名乗って……後は皆と何か不満が無いか話し合ってその改善方法を考えて実行するぐらいだもんなぁ)
尤もそれが大きいのだとフローラを始めとして国の経営に詳しい仲間達も笑って口にするが、やはりどうにも実感が湧かない。
それよりも最初の頃だけしていた魔物の捕獲係や飼育係の方がずっと性に合っている気がするぐらいなのだから。
「そんなもんですかねぇ……」
「そんなもんです、だから人前ではちゃんと威厳を保って王様らしく振る舞ってくださいね」
「それがまた難しいんだけどなぁ……それよりこんなところで油売ってて大丈夫なの?」
「ええ、むしろ余裕があるからこその相談ですし……実はこの後、少しだけ実家に……ライフの町に戻ろうと思ってるのでそれを伝えておこうと思いまして……」
「ああ、それでわざわざ……少しぐらいなら何とでもなると思うけど、いつ戻ってくるんだい?」
フローラはこの国の運営に欠かせない人物なので、一時的にとは言え国から離れる際にはこうして報告に来てくれる。
尤もその前に自分の仕事を終わらせた上でトラブルが起こった時の対処法まで用意しておいてくれるので、数日ぐらいなら国を離れても何とでもなる……が心細い事には変わりがない。
だから大丈夫だとは思いつつも、ついつい出かける期間を尋ねてしまう。
「ふふ、そんな心配そうな顔しなくても今日中に戻ってきますから……ちょっとお父さんと顔を合わせて、ついでにマスターと仕事のお話をしてくるだけですし……」
「そ、それならいいけど……あ、でも一応実家帰りとは言え護衛は連れて行ってくださいね……フローラさんも有名人なんですから……」
「わかってますよ……丁度今日はル・リダさんやパパドラさんも子供たちを連れて顔を見せに来るはずですからね……その際にドドドラゴンさんに付いて来てもらいますよ……それでちゃんと夕方の飲み会までに帰って来ますからね」
「それなら安心……ってフローラさんっ!? 飲み会のことどこでっ!?」
「さっき廊下でミーアさんとすれ違った際に教えてもらいましたよぉ~……ふふ、あの調子だともうみんなに触れ回ってると思いますよ?」
笑いながら語るフローラだが、どうやらこの調子だと彼女もやる気満々のようだ。
こうなるともう俺ではどうしようもない……仮にも国王扱いされているというのに全く権限がない事実に泣きたくなる。
「はぁぁ……本気で飲み会する気なのかぁ……多分マキナ殿も来るだろうし……あぁ……また酔い潰されるぅ……」
「ふふふ、ひょっとしたら私が先に酔い潰れるかもしれませんよぉ? そしたら私を介抱するって口実で連れて抜け出して……そのままベッドに連れ込んでくれても構いませんからね?」
「うぅ……色んな付き合いで飲み慣れてるフローラさんに敵うわけないですよぉ……」
「あらあら……じゃあ逆に酔い潰れたレイドさんを私が連れ出して……ふふ、なんて冗談ですけどね……じゃあまた後で……」
そう言って最後まで笑いながら部屋を出て行ったフローラ……だけどその目が少しだけ獲物を狙うような鋭い眼差しに見えたのは気のせいだと思いたい。
(やっぱり飲み会するのかぁ……多分マキナ殿も来るだろうし……俺は耐えられるだろうか……)
何やら猛烈に疲れてしまい、思わず机に突っ伏しそうになりながらもスケジュール表を捲る俺。
果たしてそこに錬金術師連盟と魔術師協会からの監査としてマキナとマナが尋ねて来ると記されているのだった。
*****
予定より早めに来客を迎えるための部屋に向かうと、部屋の中から聞き覚えのある叫び声が聞こえてくる。
「ええいっ!! だから何度も言うが魔術師協会の魔法理念と取り締まりについての改革をだな……」
「錬金術師連盟の改革が先っ!! こっちは魔獣の残党探しと範囲魔法使いの教育で忙しいっ!! だから先に……」
「……またやってるんですかお二人とも」
相変わらずお互いの組織の在り方について言い争っている二人の間に割って入る。
(はぁ……変わらないなぁこの二人も……いや変わってはいるんだろうけど……)
「おお、レイド殿かっ!! ちょうどいいところに来た、レイド殿からも言ってやってくれっ!!」
「レイドっ!! ちょうどいいっ!! こいつに言ってやってっ!!」
「どっちもどっちです……両側から引っ張らないでください……」
俺に気付くなり二人して両手を取り引っ張り合うマキナとマナ。
どちらもそれぞれの組織でナンバー2と行って良い立場であるというのに、何故こんなに幼稚な争いを繰り返すのか謎で仕方がない。
(まあ多分お互いに認め合ってるからこそ意地を張りたがるんだろうけど……同じ目的を抱いて協力し合ってるみたいだし……)
魔王退治が終わってから二人は最初こそ俺たちを手伝ってくれていた。
しかしある程度こちらの状態が安定すると、とある目的を持って自らの組織へと戻っていったのだ。
それこそが今も二人が語り合っていた転移魔法そのものの規制や取り締まり方と……組織内の腐敗への対処である。
もう二度と第二第三の魔獣事件を引き起こすわけにはいかない……そんな悲痛な覚悟を秘めての行動だった。
「むむぅっ!! 話も聞かずに断言するとは酷いではないかレイド殿っ!!」
「そうそうっ!! レイドは酷いっ!! もっと私たちに構うっ!!」
「だからこうして時間を割いて会いに来てるじゃないですかぁ……それに何なら直接来てくれてもいいのに……」
「そう言うわけにはいかぬのだよこれが……色々と厄介な立場というものがあるからな……はぁ……早く終わらせて私達もこの国に戻って存分に個人的な研究をしたいものだ……」
「全くその通り……これでも私たちは偉い人……何よりやることが多すぎる……早く戻って皆と楽しくのんびり楽しく過ごしたいのに……」
俺の言葉を聞いて途端に疲れたように肩を落としてしまう両者だが、実際に彼女達は自らの立場を活かして色々とやってくれている。
その中には世界中に散らばった……または今後産み出されるかもしれない魔獣の事件問題も混ざっていた。
(今回の事件で魔獣という名は嫌な印象が付いて広まってしまった……同じく隠し切れず公開せざるを得なかった転移魔法と共に……善良な魔獣だっているってのに……)
俺たちが魔王を倒している間に、他の実力者達と優秀な魔術師達は範囲魔法を駆使して魔獣の残党狩りを行っていた。
そうして見つかった魔獣の中にはリダ達の過激な計画について行けず早い段階で逃げ出して隠れ住んでいたり、ヲ・リダの様に途中で良心を取り戻し人々を他の魔獣や魔物から守って共存していた個体も存在していたのだ。
俺達はそう言う罪のない魔獣達や、或いは今後自らの欲の為に転移魔法を駆使して新しい魔獣が産み出された際に、彼らが心無い差別や迫害に合わないよう保護しようとしていたのだ。
何せ魔獣事件とて大元の始まりは格差による差別から始まっていたのだ……こんな愚行を繰り返させるわけにはいかなかった。
だからこそマナとマキナは早期のうちに魔獣達を見つけ出し余計な事件を防ぎつつ被害者を保護できるよう、範囲魔法を覚えさせた魔獣保護隊のようなものを組織して世界中を巡らせているのだ。
尤も他国には魔獣の脅威から人々を守るためだと説明しているが……そうして保護した魔獣は俺の国で一括で管理するという名目で住人として暮らしてもらうようにしている。
そう言うこともあって二人はまだまだやることが多く、それぞれの組織から離れられないでいるのだった。
「お疲れ様です……本当に助かってますよ……だけど何度も言いますがわざわざこんな大げさに面会をしなくても……」
「仕方あるまい、我々とてたまには息抜きが必要なのだ……それに錬金術師連盟としてついでに転移魔法陣が正常に運用されているかの監査もしなければならないからな……丁度良い口実だ……」
「そうそう……魔術師協会も全ての国において転移魔法の使い手についての調査と監査があるから良い休む口実……この国はレイドとヲ・リダが厳格に管理してるの知ってるから……私達はその資料を見ればOK……それで一日休憩できるの助かる……」
椅子に座り背もたれに体重を預けながら本当に疲れ切った様子で呟く二人。
「そんなに疲れてるなら口論なんかせずに休んでてくださいよ……」
「したくてしたわけではない……ただレイド殿が来るまで暇だったから互いの成果を話し合ってるうちについな」
「そう、別にしたくてしてたわけじゃない……私達も一応は国王陛下に面会の上で国内の活動許可を貰う理由が云々……とにかくこの書類にサインを頂戴……そしたら部屋に戻って休むから……」
「了解です……お二人の部屋……というか研究室はちゃんと管理して当時のまま保ってしてありますからね……」
二人の差し出した書類にサインしつつ、かつてこの国で暮らしていた頃の部屋……というか研究室で休んでいいと許可を出した。
果たして二人ともすぐに立ち上がると書類を受け取り部屋を出ようとして……その前にふと何かを思い出したように手を打った。
「では失礼……とと、そう言えばレイド殿……今日は酒宴で我らを歓迎してくれると聞いておるぞっ!! 全く実に気が利くようになったものだっ!! 素晴らしいぞっ!!」
「そうそう……確かにミーアが言ってた……私もストレス解消したいからたくさん飲む……楽しみに待ってる……」
「うぅ……や、やっぱり聞いてたんですねぇ……はぁ……」
二人もまた満面の笑みを浮かべてうきうきと飲み会について語り出すのを見て、俺は今夜を思い今から疲れてしまいため息をついてしまうのだった。
「ふふふ、これほど気が利くようになったレイド殿にはご褒美を上げねばならぬかな……よし、もしも私が酔い潰れるまで意識を保てていられたらベッドに連れ込みこの身体を自由にすることを許可し様ではないかっ!!」
「むぅ……レイド、こんな奴より私と飲み勝負……もし勝ったら一緒に寝て……その……す、好きにしていいから……ね?」
「……絶対に勝てないから遠慮しておきますぅ……」