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レイドと最後の決断⑮

 魔王を倒してからどれだけの時間が過ぎただろうか。

 あれからも問題は山済みで、俺たちは忙しすぎる日々を送っていた。

 尤も新たな脅威が現れたとかではないので、命の危険はないのだが……ある意味で厄介さに関しては魔王以上かもしれない。


『魔獣事件に関する責任の所在について』


 魔王を含める魔獣が引き起こした被害は世界中にとんでもない爪痕を残していた。

 しかし考えてみればある意味で魔獣事件について誰よりも詳しく、真っ先に対処していたはずの俺たちの周りですらあれだけの被害が出て居たのだ。

 ましてろくな情報も得られていなかった他の国の状況は酷いものがあり、調べれば調べるほど無残な現状が浮き彫りになっていった。


 首都に始まる城壁で守られた大きめの都市は無事であったそうだが、小さな村や町はその殆どが滅ぼされ跡形もないほどに壊滅させられていたというのだ。

 恐らくは最初の段階……魔獣の存在を悟られないよう秘密裏に人を攫っていた頃の損害なのだろう。

 更に各国の軍隊やそれに準する実力のある冒険者達も、初期に溢れていた魔物退治のため幾度か派遣されていたようだが、その全てが帰らぬ者となったらしい。


 それらの人的及び物資的な被害は各国の運営に大打撃を与えており、どの国もそれらの賠償を求めての話し合いを始めたのだ。

 当然その中で責任の所在が追及されることとなり、自然と生き残った魔獣達へ厳しい目が向けられることとなった。

 特に魔獣達を従える立場にあったル・リダとヲ・リダなどは、一時は処刑すら生温いと言うことで奴隷的な扱いを含めた過激すぎるほどの処罰が幾つも出たほどだった。


 しかし魔獣の始まりを知っている俺たちとしては憎しみの連鎖と言うか、そのような愚行を繰り返すような真似を見過ごすわけにはいかなかった。

 何より二人とも魔獣事件解決のために協力してくれた仲間達なのだから、俺たちは自然と彼らを擁護することになった。

 この魔獣事件の解決に奔走し、また魔王と言う圧倒的過ぎる相手をも打倒した実績も認められていた俺達の言葉は、今や誰も無視できるものではなかった。


 おかげで二人の命だけは何とか救うことができたが、それでも各国が受けた被害の賠償に関してだけはどうしようもなかった。

 魔獣と言う存在の根幹に関わっていたドーガ帝国に要求することも考えたが、あの国の崩壊状況は他国以上である。

 まして自らの行いに人一倍責任を感じているヲ・リダは、そんなドーガ帝国を含めた全ての国への償いのためにもやはり賠償ぐらいは自分がやらなければと言い出したのだ。


 そんな彼をやっぱり放っておけなかった俺たちは全員で知恵を絞り、何とかする方法を考え続け……一つの答えに辿り着いた。


『魔獣製造に関するノウハウを活かしての健全な魔物牧場経営』


 要するに食用可能な魔物や生活雑貨に使えそうな部位を持つ魔物を飼育して増やすことで、各国に足りない物資を提供する形で償おうというのだ。

 魔獣の成り立ちを思えば余り良い気持ちではなかったが、現実的に他国全てを賠償するにはこれぐらいぶっ飛んでいる方法しか思い浮かばなかった。

 もちろん色々と問題はあった……それこそあの日記に書かれていたような失敗を繰り返さないためにも、安全に魔物牧場を経営するやり方については細かく煮詰める必要があった。


 それでも魔王を倒した俺たちが協力し合えば解決できないほどの問題ではなかった。

 皆が納得する安全のために必要な要素は突き詰めれば二つ、場所と責任者という問題に行きついた。

 要するに何かトラブルが起きても周りに被害が出ないような場所で、また万が一の際でも魔物を自力で討伐できる実力者が責任をもって管理するのが条件なのだ。


 尤も責任者の方は簡単だった……魔王退治の主軸となって活動し魔獣事件を解決しきったことで屈指の冒険者として認められた俺の名前ならば誰も彼も文句のつけようがないというのだ。

 そして場所についてもあっさりと決まった……アイダの一言によって。


『元ビター王国ならもう人は居ないし、魔王が暴れたせいで荒れ果ててるし……あそこなら安全に飼えるよね?』


 それは誰もが思いついていて、だけどあの日記を読んだからには感情的に誰も口に出来なかった言葉。

 しかしあの国に住んでいて直接被害を受けたアイダは、そうしてくれていいとはっきり言ってくれたのだ。

 これにより全ての問題が解決され、その日のうちに俺たちは元ビター王国の領土へ移り住むと、早速世界中の人達が飢えないために魔物牧場の経営に取り掛かったのだ。


 果たしてこれが予想以上に上手く行った……行きすぎてしまった。

 おかげでそれからの俺達は想像していた以上の、忙しすぎる日々を送る羽目になってしまったのだった。


 *****


 簡単に整えられた政務室に座り、山積みになっている書類へ目を通し必死にサインを繰り返す俺。

 もちろん不備があったり間違えで二重に提出された物などは省かなければならないし、契約書関連は条件をちゃんと見ておく必要がある。

 尤もここに来るまでの間に信頼のおける仲間達がチェックしてくれているから基本的に問題はないはずなのだが、それでも万が一のことを思うと確認を怠るわけにもいかない。


「レイド……新しい書類持ってきたがそっちはどんな感じだ?」

「それなりに……うわぁ……また沢山ありますねぇ……」

「なんたって世界中の国々と取引してるんだからなぁ……おまけに移住者も増えて来てるし……おかげでこっちも忙しくて仕方ねぇよ……やれやれだな……」


 そう言って疲れたようにため息をつくトルテだが、それでもその顔にはどこか満足げな笑みが浮かんでいる。

 

「ご苦労様です……とりあえずこっちの書類は終わってますから持って行ってください……新しいのこっちの机に置いておいてください……」

「了解……じゃあ忙しいからもう行くが、ミーアの奴が今夜こそ飲み会するって騒いでたぞ……気を付けろよ?」

「そ、そんな暇はないのですが……まあ考えておきますよ……」


 そんな会話を交わすなりせわしなく部屋を出て行ったトルテ……彼もまた魔獣牧場の責任ある立場にいるために、やることが多くて大変なのだろう。


(ただの冒険者だったトルテさんからすれば慣れないばっかりで仕事で大変なんだろうなぁ……それでも安定した職場には満足してるみたいだし……ある意味ではこれでよかったんだろうなぁ……)


 あの日、魔王を倒したメンバーはほぼ全員がここに移り住み俺の仕事を手伝ってくれていた。

 おかげで牧場計画は予想以上に順調に進み、早い段階で定期的に要求される魔獣被害の賠償を支払えるようになった。

 そして今では領内の整地を行い牧場の規模をさらに広げつつ、他の産業にも手を出す余裕が出来てきたのだ。


 そうやって経営状況が良くなると、当然のように出稼ぎというか仕事を求めてこの地に移住する人も少しずつ増えてきており、そのせいでまた一層忙しさが増してしまっていたのだった。


(ここまでするつもりはなかったんだけどなぁ……細々と仲間内だけで暮らしていければ十分だったし……それにこの居城もなぁ……)


 軽く息抜きすべく身体を伸ばしながら石造りの室内を見回す俺。

 豪華さの欠片も無い質素な室内だが、腐ってもお城という名目で作られているので大きさだけはそれなりにある。

 最初に魔物牧場の総締めとしてこの場にやってきた時は小さい家に住んでいたのだが、そのうちに取引が多くなっていくうちに自然と責任者にはふさわしい場所に住むようにと言いくるめられてしまったのだ。


(やっぱり似合わないよなぁ俺には……この地位というか立場も合わせてだけど……)


「レイド様ぁ~……本日のスケジュールを報告しにまいりましたわぁ~」

「……ミーアさん、お願いだから普通に話してください」


 そこへスケジュール表と思しきものを持ったミーアが入ってきて、俺にわざとらしい口調で語りかけてくる。


「そのようなご無礼できませんわぁ~……何せレイド様はこの国の王様なのですからぁ~……そのような無礼な真似できませんわぁ~……くしし……」

「……そんな悪戯っ子みたいな笑い方して……説得力ありませんよ」


 呆れながら彼女の口調にこそつっこいを入れる俺だが、その言葉を完全に否定することはできなかった。

 何故なら実際に俺は名目上だけだが、この国というか領土を治める主として扱われているのだから。

 詳しい流れは未だに理解しきれていないが、その方が交渉が上手く行くという話と……この領内で庇っている魔獣達の人権を確保するにはそうするのが一番だと言われてしまったのだ。


(何だかんだで未だに魔獣に対する目は厳しい……だからこそ世界的に有名となり、ドラゴンをも上回る魔王を倒した実績のある……実力者だと思われてる俺の庇護下というか監視下というか……とにかくそう言う状況だと周りに明言することでどちらも安心できるって話だけど……だからって俺が王様ってのはなぁ……)


 未だに納得できては居ないけれど、こうすることで実際に色々と安定したのは事実だった。

 何よりこうしたことで魔獣事件に関わっていなかった……或いは別件で生み出された良識ある魔獣の保護と引き渡しを求められるようになったのは大きかった。

 だからこそ俺は自分では全く似合っていないと思っている王様を止めることができないでいるのだ。


「あはははっ!! やっぱだめかぁ~……あたしなりに精一杯王様に尽くそうとしてんだけどなぁ~」

「尽くすつもりなら仕事をしっかりしてくださいよぉ……何なら王様の座を譲りますから代わりにやってください……」

「あたしにそんな難しー仕事ができるわけねぇだろぉ? 今だってこうして皆の予定の確認してレイドのスケジュールを決めるぐらいしかできてねーのによぉ……」


 そう言って皮肉気に笑うミーアだが、それは実際にはかなり面倒な仕事だった。

 少なくとも俺が一人で把握しようとしていたら間違いなくパンクしていただろう。


(意外な才能というかなんというか……ミーアさん秘書業というか、そう言うの上手いんだよなぁ……ただ無理やり飲み会を組み込もうとするのだけは止めてほしいけど……)


 トルテと同じく彼女もまた冒険者しかしてこなかったはずだが、それでも俺たちよりはずっと器用に仕事をこなしているように見えた。

 だからかその顔に疲れは余り無く、十分自らの立ち位置に満足できてるようである。


「それよりスケジュール表置いとくぞ? 後でパッと目を通しといてくれ……まあぶっちゃけ来客の相手する時間だけ忘れなきゃ後はどーでもいいけどよぉ」

「ははは……そうやって要約してくれると助かるよ……」


 ミーアの言うと入りサッとスケジュール表に目を通すが、領内の視察という名目での魔獣達の監視業でそこそこ埋まっている。

 渉外的には魔獣が万が一にも暴走しないように厳重に管理するよう言明されているがために、アリバイ代わりにこうして書いてくれているのだろう。


(ヲ・リダさんは十分反省しててもう二度とあんな真似できないし、させたりもしないのにな……だから彼に任せておけば問題なんだけど……尤も他の魔獣達だって危険思想の奴は全部退治されたから残ってるのは良識のある人達ばっかりなのに……やっぱり直接対峙してない人達からしたら怖いんだろうなぁ……)


 それに対して他国からの来客の相手だけは忘れないようにチェックが付けてあって、そう言う気配りもありがたい限りだった。


「つうわけでそれだけ忘れんなよ……じゃああたしはちっと他の奴らの様子を確認しつつ領内のパトロールでも行ってくるわ……まあ魔物が逃げてるとは思わねぇけど……」

「ミーアさんは身軽に動いてくれますから本当に助かりますよ……だけど万が一逃げ出している魔物を見つけたとしても無理はしないでくださいよ?」

「わかってるって……まあ装備も一級品だからそうそう遅れは取らねぇと思うが、それでも実力以上に思い上がったりはしねぇよう気を付けるって……」


 笑って手を振って見せるミーアだが、その全身はオリハルコンの装備で固められている。

 彼女だけでなく最初にこの国に来た俺の仲間達は全員同じ格好であり、しかも定期的にアリシアから修行も受けている。

 だからぶっちゃけミーア一人でも大抵の魔物は返り討ちに出来るのだが、それでもかつての自分のように無理はしないようにあえて口を酸っぱくして告げてしまうのだ。


 そんな俺の気持ちをわかってるのか、ミーアも自分に出来ること以上のことはしないと断言して部屋を出ようとして……改めて俺の方へ悪戯っ子のような顔を向けて来るのだった。


「それよりレイドぉ~……スケジュール表みりゃあわかると思うが今日は早めに仕事を切り上げるようにしてあるからな……」

「えっ!? あっ!? な、何でっ!?」

「来客の名簿見てみ? 何と今日は久しぶりに仲間が全員集合すんだよ、こりゃあ飲み会するしかねぇだろっ!!」


 言われて見てみれば、確かに普段は他国で暮らしている仲間達が来賓としてやってくることになっていた。


(な、何でこんな偶然……さ、さてはミーアさんが調整したんじゃっ!?)


 驚く俺の前でミーアはとてもいい笑顔を浮かべて親指を立てて見せる。


「つぅわけで、ちゃんとそれまでに今日の仕事は終わらせとけよぉ~?」

「ちょ、ちょっとっ!? そんないきなり言われてもっ!?」

「こうでもしねぇとお前絶対飲み会に参加しねぇからなぁ……せっかくたくさん美少女が集まってんだぞぉ? 何なら飲み勝負してあたしに勝ったらお持ち帰りしたっていいんだぜぇ~?」

「ミーアさんに勝てるわけないでしょうがぁ……うぅ……また酔い潰されるぅ……」


 ニヤニヤと笑いながら部屋を出て行ったミーアを見送った俺は、今夜のことを想って涙するのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 投稿ありがとうございます。お疲れ様です。 一件落着して、それでも忙しい日々。ある意味後日譚的な感じがありますが、登場していない人々がどんな生活を送っているか。 全員集合した飲み会で、今、が語…
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