レイドと最後の決断⑪
視界が戻った時、目の前に移る光景はどこか見覚えがあるように思われた。
(ここは……あのとき、魔王の前から逃げ出してきた場所か……)
軽く周りを見回してこの場所が前に魔王から逃げてやってきた所だということに気が付く。
「では行くぞっ!! 我に捕まるがよいっ!!」
そんなことを思っている間にパパドラはいつぞや見たドラゴンの姿へと姿を変えていて、尻尾を向けて俺たちが乗りやすいようにしてくれる。
「は、はいっ!! 行きましょうマナさんっ!!」
「んっ……ふふ、またドラゴンの背中で大空を……名怪盗Xみたい……最高……」
直ぐに足を乗せて……靴のままでいいのかと一瞬思ったけれど、今更気にしている場合でもないとそのまま背中へと駆け上る俺。
それに対してマナはすでにドドドラゴンに乗ったことがあるためか全く気にした様子もなく、むしろ楽しそうにパパドラの背中の中心に腰を下ろした。
(め、名怪盗Xって前にアンリ様が口にしてたような……そんなに有名な作品なのか……俺も生き残ったら読んでみてもいいかもな……って今は魔王退治に集中しろ俺っ!!)
またしてもどうでもいいことに意識が逸れそうになった自分を内心で叱咤した……ところでパパドラが翼を翻し浮かび上がる。
「うおっとととぉっ!?」
「レイド、中心で重心を低くしないと飛ばされる……翼と翼の間はちょうど風が来ないから……」
「貴様が落ちては何の意味もなくなるではないかっ!! しっかりせんかレイドっ!!」
「す、済みませんっ!!」
「「「ドゥルルルルっ!!」」」
マナとパパドラに頭を下げつつ、言われた通りにマナのすぐ後ろに這いつくばった。
そこでドドドラゴンも自力で浮かび上がってきて、二人並んだ所で目的地へ向かい移動が開始される。
相変わらず凄まじい速度での移動だったが、パパドラが俺達の前に頭を持ち上げてくれているおかげでかなり風圧は軽減されていた。
(こ、これなら飛ばされずに済みそうだ……何よりこれならすぐにでも……っ)
「パ、パパドラさんっ!! 前に魔王の前から避難した際に、パパドラさんは魔王の元へと戻られましたよねっ!? あの時、どれぐらいの時間が掛ったか覚えておりますかっ!?」
「そっか……あの時と同じ場所だからそれが分かれば参考になる……なるほど……」
「聞くまでも無い、もう間もなく到着するのだからなっ!! 現場につき次第速度を落とす故に降り立つ場所を確認する準備を……なっ!?」
「え……な、何アレっ!?」
「お、大岩かっ!? でも何でこんな場所にいきなりっ!?」
パパドラへと問いかけてその返事を聞こうとしている最中、唐突に視界へと文字通り山のように巨大な岩のようなものが目に飛び込んできた。
まだまだ距離があるはずなのに驚くほど大きく見えるソレは、パパドラ達の移動速度が尋常でないがために物凄い勢いで膨れ上がっているように見えてしまう。
(あ、あんな場所にあんなものは今までなかったはずだ……実際に同じルートを通ったはずのパパドラさんも驚いているぐらいだもんな……だけど何だって急にあんな巨大な……えっ!?)
驚き戸惑う俺だが、それを眺めていて更なる驚愕の事実に二つも気が付いてしまう。
そのうちの一つは、距離が近づいて巨大になっているように見えたソレが……実際に大きくなっているということだった。
先ほどまで一番高いところでも雲にかかっていなかったはずだというのに、今では先端から伸びる何かが雲に触れ掛かっている。
そしてもう一つ気づいたこと……それはその先端だけではなくあちこちから同じように伸びている何かが、肥大化した魔獣の手にしか見えないことだった。
(う、嘘だろ……ま、まさかこれが……冗談だと言ってくれっ!!)
思わず心中で願うような心境で叫んだ俺の目の前で、雲に触れていた手が輝いたかと思うと、そこにあった雲全てが吸い込まれるように消えていく。
そしてまた僅かに膨れ上がったかと思うと新たな手を別の雲めがけて伸ばしていく。
「今の輝き……二種類の魔力が籠ってた……一つはわからないけど、もう一つのは転移魔法の……あの手と言い、信じたくないけどあれが多分……魔王……」
「ば、馬鹿なっ!? 確かに我と争っている間も目に付くあらゆる物を取り込み巨大化しつつあったがいつの間にこれほどの大きさに成長したというのだっ!?」
「「「ど、ドゥルルルぅ……」」」
マナの呆然とした呟きにパパドラが信じられないとばかりに叫び、またドドドラゴンも自らを大きく上回る巨体を前に怯えたような声を洩らした。
(な、何で……どうしてこんな……あ、アリシアっ!? アリシアはどうしたっ!?)
もはや冷静な思考も何も吹き飛び、それしか考えられなくなった俺は必死で肥大化した魔王の足元を観察しようとする。
しかし距離がまだあるせいか、動く者は何も見えなくて……俺は心臓を握りつぶされたかのような苦しみを覚えてしまう。
(ま、まさか死……い、いやあのアリシアが死ぬもんかっ!! 絶対にどこかで生きてるに決まってるっ!!)
そう必死に自分へと言い聞かせるが、吐き気にも似た絶望的な気持ちは治まるどころか増すばかりだった。
「あ、アリシアっ!! アリシアどこだぁあああっ!! アリシアぁあああああっ!!」
「れ、レイドっ!? お、落ち着いてっ!! 落ちたら危険だからっ!!」
「レイドよ冷静になれっ!! 今貴様が取り乱してどうするのだっ!?」
思わず叫びながら風圧も忘れて立ち上がりそうになった俺をマナとパパドラが諫めようとする。
だけどどうしても止まらなかった……アリシアが居なくなったら俺は何の生きている意味などなくなってしまう。
(アリシア……俺の愛しのアリシアっ!! 君が居てくれないと俺は……俺はぁっ!!)
「アリシアぁあああっ!! 返事をしてくれアリシ……っ!!?」
「「「「「レ・イ・ド……レイドレイド……レイドぉおおおおおおっ!!」」」」」
「なぁっ!?」
「え……あ……っ!?」
しかし皮肉にも俺の呼びかけに答えたのは目の前にある巨大な塊と化した魔王だった。
体表のあちこちに無造作にくっついていた口を広げ憎々しげに叫んだ魔王は、同じように身体のあちこちにくっついている無数の瞳を開きその全てでもってパパドラの上に居る俺を睨みつけて来た。
「「「「「貴様がぁああっ!! 貴様さえ居なければぁあああっ!! 貴様だけはぁあああっ!!」」」」」
「あ、危ないっ!! パパドラ、ドドドラゴンっ!! 避けてぇっ!!」
「言われずともっ!! ぐぅううっ!?」
「「「ド、ドゥルルルっ!?」」」
魔王は感情が昂り過ぎてもはや何を言いたいのかもわからぬ叫び声を上げながら、その身体から無数に伸びる手をこちらへと向けて掌についている口を開いた。
そして咄嗟に回避行動をとったパパドラ達の前に、世界全てを塗りつぶすほどの白く太い電光が滝のように放たれた。
(こ、これは避けきれないっ!! だからってこんなの直撃したら消し炭も残らないっ!! 一か八か迎撃するしか……だけど俺はもう魔力を調整済み……クソっ!!)
「ぐぅぅっ!! ガァアアアっ!!」
「「「ドゥルルルルっ!!」」」
「体内に巡る我が魔力よ、この手に集いて全てを焼き尽くす閃光と化し我が敵を焼失させよ……ファイアーレーザーっ!!」
敵の攻撃速度は余りにも鋭くて指示を出す暇もなかったが、他の皆もまた戦い慣れしているが故に同じ結論へと至ったようだ。
反射的に自らができる最大の攻撃を解き放ち、それらが混ざり合って魔王の放った攻撃とぶつかり……ほんの僅かに速度を押さえることしかできなかった。
(だ、駄目だ……やられ……っ!?)
「っ!!」
「体内に巡る我が魔力よ、この手に集いて全てを焼き尽くす閃光と化し我が敵を焼失させよ……ファイアーレーザーっ!!」
「こ、これは……アリシアっ!? エクス様っ!?」
しかしそこへ、魔王の足元にある地面のさらに下から物凄い規模の攻撃魔法が放たれて、俺たちに加勢するように魔王の攻撃へとぶち当たる。
ここまでしてようやくほんの僅かに魔王の攻撃に隙間が生まれ、パパドラはすかさずそこへ飛び込み潜り抜けることに成功した。
(今の二人分の攻撃魔法は間違いなくアリシア達が放ったものだっ!! やっぱり無事だったんだっ!! 今助けるよアリシアっ!!)
「「「「「あぁああああっ!! 邪魔だ邪魔邪魔ぁあああああっ!! 虫けらの分際でぇええええっ!!」」」」」
癇癪を起こした子供のように叫びながら地面へと手を伸ばし、辺り一帯の大地を吸収して更に巨大化していく魔王。
しかしそうして削れた地面の下を見ると、縦横無尽に走る洞窟がさらに深い場所まで続いているのが分かった。
恐らく真っ当に戦っては勝ち目がないと判断して、こうして隠れ潜みながら小まめに攻撃することで魔王のヘイトを集め時間を稼ぎ続けたのだろう。
(あの調子なら吸収されないようにもっと深いところへ隠れてそうだな……だったら……)
「パパドラさんっ!! 俺をここで下ろしてくださいっ!!」
「なぁっ!? ば、馬鹿なことを言うではないっ!! 我ですらあれの足止めは難しいであろうに、貴様などが一人で行動しようものなら命はないぞっ!!」
「そ、そうっ!! パパドラの言う通りっ!! 幾ら何でも無茶過ぎるっ!!」
「ですがあいつは俺を狙っていますっ!! 俺が囮になればあいつを引き離せるっ!! その隙に皆はアリシア達を助けてくださいっ!!」
「だ、駄目っ!! レイド命を捨てては何にもならないっ!! アイダと生きて帰る約束をしてるはずっ!! そうでしょっ!?」
俺の提案をパパドラもマナも必死で止めようとするが、もう俺は既に覚悟を決めてしまっていた。
「ええ、わかってますよっ!! 死ぬつもりはありませんっ!! ただこのままではアリシア達を助けることも敵わないし、地面の下では作戦も伝えられないから下手に魔法を使うこともできないんですっ!! これではいずれ魔王にやられてお終いですっ!! 誰かが隙を作らなければっ!!」
「それこそ我の役目であるっ!! レイド殿の盾になるために我は来たのだっ!! この命に代えてでもあやつの気を引いて見せるともっ!!」
「レイドが死んだらお終いっ!! 私が囮になるっ!! 魔力が一番多いからマジックポーションを飲みまくればきっとあいつの攻撃にも耐えられるっ!! 私が適任っ!!」
「「「ドォルルルルルっ!!」」」
魔王の圧倒的過ぎる暴威を前にパパドラすら威厳を保つことを放棄したかのように素直な気持ちを暴露してでも俺を守ろうとする。
そしてそれはマナやドドドラゴンですら同じのようで……そんな風に庇われる我が身をこんな状況にもかかわらず嬉しいと思ってしまう。
(生まれてからずっと嫌われ者だった俺が……今ではこんな風に想われるように成れた……それもこれも全てアイダの……いや……)
アイダと出会い居場所を与えてもらえて、そして能力まで認めてもらえたのが全てのきっかけだと思っていた。
だけどその肝心の能力はアリシアに追いつこうとして……アリシアの婚約者であろうとして……アリシアが居たからこそ身に着けられたものだった。
(そっか……俺にとって全ての始まりはアイダとの出会いじゃなくてやっぱりアリシアとの……だったらやっぱりアリシアを支えるために身に着けてきたこの力……今使わなくてどうするっ!!)
はっきりとそう認識した俺は、むしろ笑みすら浮かべて……懐からマジックポーションを取り出すと一気に飲み干した。
「えっ!? れ、レイドっ!?」
「……新しい作戦を思いつきました、説明している暇はありませんが俺を信じて……魔王の前に下ろしてください」
「しょ、正気か貴様っ!?」
「ええ……その間にどうか、皆さんはアリシア達の保護をお願いします……」
次話の投稿は少しだけ時間が空いてしまうかもしれません。
出来る限りいつも通り投稿できるよう頑張りますが、もしそうなったら申し訳ありません。