レイドと最後の決断⑨
「向こうはまだ大丈夫……魔王の奴、あんまり動いてないから」
「ありがとうドラコ……ドドドラゴン、あいつとの戦いになったら協力してくれるかい?」
「「「ドゥルルルルっ!! ドォルルルルルっ!!」」」
「OKだってぇ……むしろ自分もあいつにやられた仕返ししたかったから望むところだって……」
ドラコとドドドラゴンの元へ戻り話しかけると、どちらもまた俺の望んだ通りの答えを返してくれた。
(よし、ドドドラゴンの協力も得られた……パパドラさんも協力してくれるだろうし、後はマキナ殿達と段取りを相談したら……最終決戦だっ!!)
ついに迫った最後の戦いに備えて気合を入れる俺。
既に新しい魔法の開発は問題なく終了している……後は俺の目論見が本当に上手く行くかどうかを試すだけだった。
(絶対に上手く行くさ……いや、成功させて見せるっ!!)
「ふぅぅ……あれ? 何でレイドがこんなところに居るの?」
そこへ洞窟から顔を覗かせて来たアイダが小首を傾げながら不思議そうに尋ねてくる。
「いや、もう魔法の開発は終わったから……後はマキナ殿とマナさんを中心に相談して段取りを話し合おうかと……」
「えぇ~っ!? も、もう開発終わっちゃったのぉっ!? じゃあこの指輪貰ってきた意味ないじゃぁん」
「予想以上に上手く行ったからさ……まあ魔力空っぽだからその指輪を持ってきてくれたのはありがたいよ……助かるよ……」
不満そうに呟くアイダから指輪を受け取り装着しつつ労いの言葉を口にする。
(本当にアイダがこの指輪を取りに行ってくれて……一時的に離れてくれて助かったよ……しかし走って取りに行ったはずなのにこのタイミングで洞窟から顔を出すって、何かに手間取ってたのかな……まあ好都合だったけど……)
魔法の開発が順調に行ったこともあるが、アイダが意外と戻ってくるのが遅かったために何とか開発するところを見られずに済んだのだ。
(もしも見られてたら、途中で痛みに悶えているところも含めて何を言われてたか……とにかく心配を掛けずに済んで本当に良かった……)
「むぅ……ほんとぉにそう思ってるぅ?」
「思ってますって……それより他の皆の調子はどうだった?」
「うぅん、マナさんはじゅんちょぉにあの子達を外へ出してあげてるみたい……ル・リダさんとミーアは安全確認のために一足先に飛んで、今では向こうの魔法陣の傍でアンリ様も一緒に子供のドラゴン達のめんどぉ見てるはずだよ……パパドラさんはトルテと二人でドラコっ子達に囲まれてるエメラが万一にも暴走しないように睨みつけつつ、マキナさんとフローラに言われて鉱石の一部を採取してあげてるみたい……」
「なるほど……それなら相談するぐらいは出来そうだね……よし、一旦戻ろうか?」
「うぅ……ちょぉど今出てきたところなんだけどなぁ……まあレイドが行くなら付いてくけどぉ……」
すぐに洞窟内へととんぼ返りする羽目になったアイダは、やはり不満そうに呟きつつも俺の提案を否定したりはしなかった。
二人で並んで洞窟を歩き、改めて例の空間へとたどり着いた俺たちは下へ降りる為に設置されているロープを伝い作業している皆の元へ向かう。
「済まないがパパドラ殿、もう少し火力を上げて……そうそれでトルテ殿は、その手に持っている鉱石で叩いて形を……おや?」
「ちっ……何故我がこのような真似を……んん?」
「か、かてぇし熱いし……俺もミーアと子供の面倒を見るほうに回れば……あぁん?」
「よ、よしっ!! ま、マキナ先生こっちは何とか……れ、レイドさんっ!? あ、アイダちゃんもどうしたのっ!?」
「はぁぁ……意外と厄介……だけどこの調子なら……あれ?」
「はぁはぁはぁっ!! つ、次はそっちの地面にこの模様を丁寧に写して……はぁああっ!! 四つん這いになって床に魔法陣を引くドランコたちも可愛いでぇえええ……レイドさん?」
そこでアイダの言っていた通りの作業に没頭していた皆が即座に俺へと気づき、その手を止めてこちらへ視線を投げかけてくる。
「済みませんが、少し報告と相談がありまして……忙しいのでしたら耳と口だけ貸していただければ大丈夫ですから……」
「報告……ふむ、焦っているようには見えぬから魔王がどうこうというわけではなさそうだ……何より先ほど指輪を回収に来たアイダ殿まで共に戻って来ているところを見ると……どうやら無事に魔法が完成したのだろう?」
「流石ですマキナ殿……おっしゃる通り何とか魔王に通じるであろう魔法の開発に成功しました……ただ念のため本当に通じるかマキナ殿とマナさんの意見を聞いておきたいのと、実際に魔王へ挑む際の段取りを皆と相談したいと思いまして……」
「ま、マジかっ!? もうあの魔王に通じる魔法を使えるようになったのかよっ!! 流石レイドだなぁおいっ!!」
マキナの言葉に頷いて見せると途端にトルテが感激したような声を洩らし、他の皆もまたそれぞれ驚きつつも嬉しそうな微笑みを浮かべ始めた。
「まあ本当に通じるかはやってみないと分かりませんけれど、たぶん行けると思います……ただ念には念を入れておくべきだと思いこうして相談に来たわけですが……」
「うむ、相手が相手であるからな……万全を期すに越したことはない……トルテ殿、手が止まっておるぞ……時間は限られているのだから作業は続けてくれたまえ……それでレイド殿はどのような魔法を編み出したのだ?」
「あの魔王に通じる魔法……あ、そこちょっと書き直して……うん、それで大丈夫……一体どんな魔法なの?」
マキナとマナが自らの作業を止めぬままに尋ねてくる中で、俺は少しだけアイダへと視線を投げかけた。
本当は説明も聞かせたくはないのだが、流石に何を言おうともこの場を離れてくれるとは思えない。
だからと言ってマキナとマナのお墨付き抜きで、しかも作戦の算段を立てられないまま魔王に挑んでは失敗するリスクが高まってしまう。
(……まあ説明だけなら……もう完成した後だから他にいい方法が思い浮かばない限り止められたりはしないだろうし……実際に使ってるところや詠唱は聞かせずに済んだんだからアイダが自分でとも言いださないだろうから大丈夫……かなぁ?)
思うところはあるが、躊躇しても無駄に時間を使うだけだ。
そう判断した俺は素直に自らが編み出した魔法に付いて説明を始めた。
「ええ、実は色々と考えまして……まずあの魔王に魔法を当てる方法をと思い、それで範囲魔法を応用することを思いつきました……」
「確かにあいつはあらゆる範囲魔法に引っかかってた……だけどあれは基本的に自分と同じ存在か、保持している存在と同等のものに効果をもたらすことしかできない……改良して範囲内の全てに無差別で効果をもたらすことはできたけど……」
「あっ……だ、だからレイドは自分を犠牲にするみたいな覚悟を……け、けどレイド……す、スキャンドームだっけ? あのまほーを利用すれば魔王にだけ当てることもできるんじゃ……?」
作戦の一段階目である範囲魔法に付いて聞いたアイダはどこか納得がいった様子を見せたかと思うと、すぐに疑問を口にしてきた。
「ああ、できなくはないと思う……だけどスキャンドームの応用だと手に持った存在と同等の奴に同じ効果をもたらすことしかできない……つまり手に持っているモノに掛けられない魔法を範囲効果で使うことはできないんだ……そして俺が使おうとしている魔法は生き物でなければ効果を発揮しない……だから……」
「ま、マキナ先生が用意した魔獣のサンプルでは肝心な仕留める魔法が使えないってことですか……だからレイドさんは……じ、自分を基準にしてその魔法を使って……自分ごと魔王に同じ効果を与えようと……そ、そういうことなんですか?」
「……それが確実だと思う」
俺の言葉を継ぐようにフローラが呟いた言葉に頷いて見せた。
「な、何だそれっ!? あ、あの魔王を倒せるほどの魔法なんだろっ!? そんなもんレイドが巻き込まれたら生き残れる分けねぇじゃねぇかっ!! 考え直せよっ!!」
「そ、そぉですよレイドさぁあんっ!! そ、そんな危険な真似は駄目ですよぉおおっ!! レイドさんに何かあったらドラコちゃん達が泣いちゃうじゃないですかぁああっ!! そしたら私がペロペ……私も泣いてしまいますよ、はい……」
それを聞いて即座に駄目だししてくるトルテと、同じく否定的な意見を出しつつ途中から声が怪しくなったエメラ……はすぐにパパドラに睨みつけられて大人しくなった。
「貴様、いい加減にせぬと一族ごと滅ぼしてくれようぞ……全く大陸に住まう種族の中でもエルフとは何と低俗な輩の集まりであるのか……」
「パパドラの言うことは凄く正しいと思うけど今は置いておいて……それよりレイド、あの魔王はあらゆる生き物の特徴を持ってるはず……それこそその辺の魔物を捕まえてきて、そいつを基準に範囲魔法を放てば……」
「……あくまでも全ての生き物の特徴を持っているというのは推測であったり魔王本人の口ぶりから判断しただけで会って、実践したわけではありません……ひょっとしたらたまたま捕まえて来た魔物の細胞が混ざってなくて魔王が引っかからなかったら……そして目の前で俺の魔法の効果を見てしまったら……全力で警戒されてもはや範囲魔法ですら捕らえられなくなる可能性が高くなります……」
マナもまた俺の身を心配しているようで他の方法を提案してくれるが、失敗したときのリスクを考えたらとても許容できることでは無かった。
(少なくとも人間とドラゴンには確実に反応する……それは一度目の邂逅時に証明済みだ……)
つまり人間である俺が基準となって範囲魔法を放てば、確実に向こうにも効果を与えられるのだ。
「……しかしレイド殿、皆も言っているようにだ……幾ら魔王を倒せるとは言っても、それで大切な仲間であるレイド殿の命が失われるのであれば我々には許容しがたいものがある……まだ少ないとはいえ時間はあるのだから他の方法を……」
「落ち着いてくださいマキナ殿……冷静に考えてみてください……俺はその魔法を既に開発したと……実際に使って成功させたと言ってるんですよ……ですがこの通り、ちゃんと生きているでしょう?」
「「「「「あ……っ」」」」」
珍しく感傷的な声で呟いたマキナはそんな単純なことを見落としていた。
だから指摘する意味も込めてマキナにそう告げてやると、途端に彼女だけではなくその場にいた全員が間抜けな声を洩らす。
「そ……そう言えばそうだよな……レイドはこうして生きてて……」
「で、ですが魔王ですら倒せる威力のある魔法なんですよね……そ、それって一体……」
「私にも全く分からない……レイドは一体どんな不思議な魔法を編み出したの?」
「う、うむ……レイド殿の発想はもはや私如きでは付いていけぬようだが……どれほど奇想天外な魔法を思いついたのだ?」
半ば混乱したような様子で食い入るように俺を見つめてくる皆……余りにも気になり過ぎているのかその作業の手が止まってしまっていた。
そんな皆の顔を軽く見回しながら、俺はゆっくりと口を開いた。
「そんな変な魔法じゃありませんよ……むしろ効果自体は魔法を使える人なら誰でも知ってるだろうし、多分魔力がある人ならちょっと練習すれば誰でも使えるようになるはずの簡単な魔法ですから……」
「そ、そうなんだ……じゃあ僕でも……僕が……っ」
「……アイダ?」
そこでアイダが何かを決意したような顔でブツブツと呟き始めた。
それが妙に気になって尋ねようとして……だけどその前に他の皆が我慢できないとばかりに身を乗り出してきた。
「そ、そんな簡単な魔法で魔王を……ど、どういうことっ!?」
「わかったから早く説明してくれっ!! もったいぶるなってレイドよぉっ!!」
「え、ええ……それは要するに……体内にある魔力そのものに干渉して、暴発させる魔法なんですよ……」
「「「「「っ!!?」」」」」」
俺の言葉を聞いた皆はまた驚きに目を丸くして俺を見つめてきた。
「前にマナさんと協力してあいつの魔法を意図的に暴発させることで初めてダメージを与えることが出来ましたよね……それと先ほどのル・リダさんが自らの体内で高まった生命力で爆発寸前だったのを思い出しまして……その二つをくっつけて連想して思いついたんですよ……」
「なるほど……確かにあの時、私は威力が高くなるよう意図的に攻撃魔法を暴発するような魔法陣を作ってあいつに使わせるように仕向けた……だけどあの魔法の発動時に使った魔力は恐らくあいつの全魔力の何分の一以下のはず……それ以上の魔力を暴発させてやればあの時以上のダメージを負う筈……」
「ふむっ!! そう言うことかっ!! 魔法ではなく体内に眠っている魔力そのものを意図的に暴発させてやればその威力は外へは向かわず全てがその持ち主の体内で暴れて身体へのダメージとして返ってくるっ!! ましてあれほどの魔力の持ち主がその全てを暴発させれば幾ら魔王の身体がどれだけ頑丈であろうとも致命傷は免れ得ぬはずだっ!!」
しかしすぐに正気を取り戻したマキナとマナはどこか感心したような様子で興奮した口調でもって捲し立て始めた。
「あぁ……わ、私にもわかってきました……確か魔法の暴発って魔法を覚えていくうえで大抵の人が経験するって聞いてます……そして新しい魔法の開発は効果をどれだけ詳細にイメージできるかが大事だって……それなら簡単に覚えられても不思議じゃないですよね?」
「その通りですフローラさん……そして俺が編み出した魔法の正式な効果は、自身の体内に残っている魔力全てを暴発させるというものです……もちろん暴発時の威力は魔力量によって変わりますから……」
「そーいうことかっ!! つまりレイドは予め自分の魔力を限界スレスレまで消費しておくことでダメージを軽減できるってわけだろっ!?」
「そ、そっか……レイドの言ってた消費量がどうとかいうのはそう言う……だから魔力が回復しすぎるマジックポーションを使いたがらなかったんだね?」
更にフローラとトルテ、それにアイダも遅れて納得が言ったように呟いてくるがその全てを俺は肯定して見せた。
「まあ、そう言うことです……マジックポーションを使ったら自分が傷つき過ぎないように無駄に魔法を使って魔力を消費しないといけないから……どうにも勿体なく感じちゃってねぇ……あれ高いし……」
「れ、レイドさんは未だに庶民的というかセコイというか……今回の件が片付いたら私もたくさん記事を書きますし、何より各国の王様方も活躍を知っていますからねぇ……きっと名声が高まってお金に不自由しない立場になると思いますからそんな細かいこと気にしなくてもいいのですがぁ……ねぇ、ドラコっ子ちゃぁん?」
「どぅるるる?」
俺の貧乏くさい発言を聞いてエメラが気持ち呆れたような声を洩らしながら、両腕に抱きかかえているドラコっ子達に問いかけるが、流石にこの子達は俺の話が理解できていないようで小首を傾げるばかりだった。
「……レイドよ、我は魔法とやらに余り詳しくはないがために念のために尋ねるが……本当にそのやり方であの不死身とも思える魔王を倒せる……いや、前の作戦からして暴発とやらをさせればあの時と同じように傷はつけられるであろうが……命を奪い去ることができるのか?」
代わりにとばかりに種族を代表するようにパパドラが真剣な眼差しでもって俺を見つめてくる。
「……確かに倒し切れるかは断言できませんが……あの魔王の不死身に関してはともかく、傷の再生に関しては恐らく魔獣に共通する自己修復機能が関わっていると見ています……それは頭と心臓の両方が破損すれば止まります……そして魔王の体内に宿っている圧倒的な魔力が暴発すれば間違いなくその二つの機関は破壊されるはずです……そうなればもしも万が一、あの高まり切った生命力で命を繋いだとしても回復は自らの意思抜きでは行われなくなり重症は癒えないまま……結果として遠からず命を落とすはずです」
あくまでもこればっかりは推測が混じってしまうが、ル・リダの一件もあって俺は間違いはないだろうと確信していた。
(まだル・リダさんの身体は魔王そのものにはなっていなかったけど頭部と心臓を失ったら再生することなく縮まって行って、ついには活動を停止した……だから魔王も自己修復機能さえ止まった状態で致命傷を受ければ倒れるはず……)
逆に考えれば転移魔法で大地と融合しても生き残ったのは、あの高まっていた生命力も関係していただろうけれど、それ以上に心臓と頭部が無事だったからではないかとすら思う。
(それこそ最悪は自己修復が始まらなくなった時点で転移魔法でもう一度大地か何かと融合してやれば、思考能力を失ったまま無害化できるはず……この魔法さえ成功すればきっと上手く行くはずなんだっ!!)
「……レイドの言う通り、確かに上手く行くと思う……あれだけの魔力が体内で暴発したら確実に前の時以上のダメージを負うのは確実だから……」
「……私もそう思う……幾ら魔王がどれほど強化を重ねて強靭な肉体を持とうとも……いやむしろその行為が自らの生命力を強化することで連動して魔力もまた膨れ上がってゆく……強くなればなるほど暴発時の威力も増す……だからきっと魔王であれどその身に秘めた魔力が全て暴発すれば……」
「マナさんとマキナ殿のお墨付きが貰えれば安心です……こうなると後は魔王の傍にいるアリシアとエクス様の避難と俺が魔法を使うまでの時間を稼ぐための護衛が必要になるわけですが……パパドラさん、その役をドドドラゴンと共に受け持ってはいただけないでしょうか?」「「あ……そうか、人間だとレイドの魔法に巻き込まれるけどパパドラさんとドドドラゴンなら一切影響は受けないから……」
アイダの言う通りアリシア達ではこの魔法に巻き込まれてしまうが、パパドラ達ならば何も問題はない。
(体内の魔力が暴発して持ち主の身体だけを傷つける関係上、前みたいな大爆発にはならない……だから効果を受けない種族なら例え近くに居ても被害を受ける心配はない……そしてその中で仮にも魔王と正面からやり合える可能性があるのはパパドラさんとドドドラゴンしかいないんだ……)
だからこそ俺はパパドラに向かって頭を下げようとするが、彼は軽く鼻を鳴らしたかと思うと……あっさりと頷いてくれるのだった。
「ふん……貴様がそこまで言うのであればきっと上手く行くのであろうな……あれを倒せるのであれば我もまた協力を惜しむつもりはない……何よりあの魔王と向き合え得るのは偉大なる我が一族のみ……良く分かっておるなレイドよ……任せておくがよい」
「ありがとうございますパパドラさんっ!!」
「礼などいらぬ、それより貴様はその魔法とやらを確実に成功させるのだぞ……信じておるからなレイド殿」
「あ……はいっ!!」