レイドと最後の決断⑥
「うちでは飼えんっ!! どこぞに捨ててくるのだっ!!」
「お、お父さんどうしてっ!? エメラはこんなに面白いのにっ!?」
「どぅるるるぅっ!?」
「……っ!!?」
まるでペットの飼い方で揉める親子のように騒ぐパパドラとドラコ、そしてドラコっ子達。
そんな彼女たちに抱きかかえられながらエメラは、身体を痺れさせながらも恍惚とした笑みを浮かべていた。
(やっぱりこうなったかぁ……エメラさん、本当に空気読んでくれよぉ……)
即座にマナが麻痺魔法を掛けたけれど、既に降りてきた際の発言を聞いていたパパドラは、俺たちの様子とエメラの表情から全てを察してしまったようだ。
「ル・リダお姉ちゃんも何とか言ってよぉっ!!」
「どぅるるるぅ?」
「あぁ……は、半裸のドラコちゃん達がこんなにお傍に……はっ!? だ、駄目よ私そんな目で見ちゃ……けど……あぁぁっ!!!?」
更にドラコはエメラを抱えたままル・リダの傍へと近づき、それに合わせるようにドラコっ子達もル・リダへとすり寄っていく。
おかげでル・リダもまた表情が緩みかけているが、必死にパパドラと周りに囚われている子供のドラゴン達を見て理性を保とうとしている……が、囚われている人型に化けている子供達もエリアヒールの効果により体力が回復したためにか体を起こして、やっぱり半裸にしか見えない身体の前面部をこちらへと向けてきてしまう。
それをもろに見てしまったル・リダは感極まったような声を上げ始めて……その我慢も限界を迎えようとしているように見えた。
「はぁ……やっかいなことになったなぁおい……」
「まあエメラからしたら天国みたいな場所だしなぁ……しかしあのル・リダって奴もなんかヤバそうな顔してるけど……大丈夫なのか?」
「うぅん……駄目かもしれません……マナさん、いざとなったらル・リダさんも黙らせてあげてください……」
「やれやれ……また問題児が一人増えた……」
「そ、それはともかくさぁ……いい加減囚われてるあの子達を助けてあげなきゃ……それに上に残ってるマキナさんも心配してるだろうし……アリシアだって今頃……」
そんな光景に思わず気が抜けそうになる俺たちだったが、アイダの言葉で現状は切羽詰まったまま何一つ変わっていないことを思い出してしまう。
(そうだった……何とか魔王の計画を防げたから少しだけ気が緩んでたけど、一番肝心なことはまだ何も終わってないんだ……こんな風にのんびりしている暇はない)
「ええい、ル・リダよっ!! 貴様も我が娘と同胞達をいかがわしい目で見ておるのかっ!? その為に命がけで守ろうとしておったのかぁっ!?」
「はっ!? い、いえっ!! わ、私は確かにドラコちゃん達を可愛いとは思っていますが助けたいと思ったのはそんな不純な気持ちからではありませんっ!!」
「そうだよっ!! 不純とか良く分からないけどル・リダお姉ちゃんもエメラと同じで私にほっぺスリスリしてギュッギュしてくれる本当に優しいお姉ちゃんなんだからぁっ!!」
「はぅぅぅっ!! そ、それはぁあああっ!?」
「もうよいわっ!! やはり貴様はこの場で始末をつけて……」
「パパドラさん、気持ちはわかりますが落ち着いて……それより今は魔王対策と、その子達を救い出すことを優先して考えましょう」
未だにワチャワチャしているパパドラの言葉を遮る様に話しかけると、物凄く顔をしかめながらも仕方ないとばかりに頷いてくれた。
「くぅ……確かにこのような場所にあの子らを閉じ込めておくわけには……それに魔王の脅威も……仕方あるまい、全く納得は行かぬがこの場は堪えようぞ……」
「ありがとうございます……それで何ですか、この子達を助け出すにしてもこの硬い鉱石はどうにもなりません……ですから一度、マキナ殿と合流して相談したいと思うので我々を地上まで運んでいただけませんか?」
「……偉大なる我の背に乗ろうというのか……人間風情が……だが、この状況では止むを得ぬか……今回だけ特別に運んでやろうではないか……」
「私達も飛べるよぉ~……ル・リダお姉ちゃん一緒にいこぉ~」
「……いえ、私はここに残ります……閉じ込められているあの子達からすれば一時的にとは言え傍に誰も居なくなったら心細いでしょうから……」
そう言って周りにいる子供のドラゴン達を見回してニコリと微笑むル・リダ……ほんの少しだけ、鼻の下が伸びているように見えたのは気のせいだと思いたい。
「ちっ……貴様を残してゆけるものか……ならば我も残ろうぞ……我が娘よ、その子らに指示を出しレイド達と共に上へと戻るがよい……」
「えぇ~、ル・リダお姉ちゃんもお父さんも来ないのぉ~? ちょっと寂しいなぁ……」
「どぅるるるぅ……」
「ちょっとだけ我慢して付き合ってくれドラコ……お外に出て魔王……遠くにいる何かがどうなってるかも探知してほしいからね……」
俺が視線を合わせて頼むとドラコはちょっとだけ未練がましくル・リダを見つめたが、すぐに俺を笑顔で見つめて頷いてくれた。
「あぅぅ……確かにここだとなんかお感覚が変な感じぃ~……はぁい、レイドお兄ちゃんがそう言うなら私頑張るぅ~……みんなも協力してねぇ~?」
「どぅるるる~っ!!」
そしてドラコがドラコっ子達に頼むと、彼女達もまた頷いてくれて俺たちに近づいてきた。
「ありがとうドラコ……じゃあ皆で一度上に……」
「私はここに残る……マキナに安全が確保できそうなら転移魔法陣を敷いてほしいって言われてるから……」
「ならあたしも万一に備えてここに残るよ……あり得ねぇとは思うがル・リダって奴が暴走してマナ先生の邪魔をしないとも限らねぇし……ついでに上でマキナ殿に迷惑かけないようエメラも残しておきな」
「あっ!! じゃ、じゃあ私もここに残ります……どうせ上に行っても何もできませんし……これオリハルコンなんですよね? せっかくだから色々と調査もしてみたいですから……」
しかしそこでマナとミーア、それにフローラが首を横に振りこの場に残留すると言い始めた。
「そうですか……じゃあドラコとドラコっ子達……俺とアイダとトルテさんの三人を上に運んでくれるかい?」
「任せてぇ~っ!! みんなやるよぉ~っ!!」
「どぅるるる~っ!!」
改めて俺達に近づいてきたドラコとドラコっ子達は、複数人掛かりでギュっと俺たちに抱き着くと必死に羽ばたき始めた。
「あ……だ、大丈夫? 重くない?」
「うぅん……アイダは大丈夫だけどぉ……レイドとトルテは重い……だけど頑張るぅ~」
「どぅるるるるぅっ!!」
「む、無理しなくていいからね……」
「そ、そうそう……何なら違う方法考えるから……」
気遣うように声を掛ける俺たちにドラコは真剣な様子で頷き、より一層翼の動きを早め始めた。
するとその努力が実ったのか少しずつ俺たちの身体は浮かんでいき、時間こそ掛かったが何とか元の通路まで戻ることができた。
「おお、やっと戻られたか……尤も下での騒ぎは大体聞こえていたから凡その事情は把握しているけれども……」
「ど、どうもマキナ殿……聞こえていたなら話は早い……どうにかしてオリハルコンの檻に囚われている子供のドラゴン達を助け出したいのですが……俺やマナ殿の攻撃魔法でもほとんど傷がつかないほど硬くて……何かいい方法はないでしょうか?」
「良い方法もなにも……そんなの考えるまでもないではないか……」
そこで待っていたマキナと合流するなり子供のドラゴンを助ける方法を尋ねてみるが、彼女はあっさりとそう言い放ったではないか。
「えっ!? ま、マキナさんはもう思いついてるのぉっ!?」
「す、すっげぇなマキナ殿は……流石というかなんというか……」
「そ、それでその方法とはっ!?
「おやおや、他の者はともかくまさかレイド殿まで気づいていないとは珍しい……いや、むしろ下での騒動での忌避感から例の魔法を考えないようにしているのかな?」
「例の魔法……あっ!? そ、そうかっ!!」
マキナの言い方でようやく遅れて俺も、あの子達を助け出す方法を思いついた。
(あの頑丈な檻を見てどうやって壊そうって考えてしまってたけど……ただ単にあの子達を自由にしてあげればいいんだけならそんなことしなくても、直接出してやればいいだけじゃないかっ!!)
「例の魔法って……あっ!? そ、そっか転移魔法っ!!」
「転移魔法……ああっ!! それで直接あの子らを外に出してやればいいのかっ!?」
「ええ、事故には気を付ける必要がありますが……いや、それだって手を伸ばすなり中のドラゴン達に手伝ってもらうなりして檻の中に転移魔法陣を作ってやれば……」
「そう言うことだ……聞こえているかマナ殿っ!! そう言うことだっ!! 出来るのならば転移魔法陣を檻の中に作って行ってくれたまえっ!!」
「厄介なことを言うっ!! だけど試してみるっ!!」
下に向かいマキナが叫ぶと、マナが即座に叫び返してきた。
「なら俺は外に転移魔法陣を作っておきますか……」
「いや、それには及ばぬよ……それこそ我々が飛んで来た魔法陣があるからあそこへ飛べばよいのだ……そのような作業よりル・リダ殿と魔王の予備プランが片付いた今、レイド殿には魔王対策について考えることに専念していただきたい……」
「そ、そうだよねぇ……レイドはそれも考えなきゃ……」
真剣な面持ちで呟くマキナの言葉を聞いて、アイダが心配そうに俺を見つめてきた。
しかし先ほど丁度一つの方法が思いついていた俺は、そんな二人を安心させようと微笑み返して見せるのだった。
「いえ、それについては一応一つだけですが方法を思いついています……尤も細かいところはマキナ殿と魔法のエキスパートであるマナさんに相談しておきたいところですが……」
「えっ!? も、もう思いついたのっ!?」
「ま、マジかレイドっ!? あの魔王に通じる手立てだぞっ!? それをこんなに簡単にっ!?」
「たまたまですよ……ちょうどル・リダさんがあんな状態で……彼女を助ける方法を考えてた時に偶然思いつきまして……」
「ふ、ふははははっ!! 素晴らしいではないかレイド殿っ!! それでこそ私の見込んだ男だっ!! では早速内容を聞かせて……と言いたいが、マナ殿と共に聞かねば二度手間になりかねんな……」
途端に食いつく三人だが、あえてマキナはそう言ってそれ以上聞いてこようとはしなかった。
「そうですね……ではマナさんの手が空き次第ということで……それまでは……」
「ふむ……レイド殿のその言い方からすると、対策とはやはり新しい魔法なのだろう? ならばぶっつけ本番で試すより、余裕がある今のうちに練習しておくというのはどうだろうか?」
「練習……ですか……でもこれは下手に使うと他の人を巻き込みかねないので……」
あまり気が進まない俺は他の三人から目を逸らしつつ首を横に振って見せた。
(嘘ではないけど……下手に試して制御に失敗したらお終いだからな……それに道具の消耗も激しくなるし……)
「安心したまえ、私はこの場に残ってこの短期間でもオリハルコンを利用して何かを作れないか試してみるつもりだ……レイド殿の邪魔はしないとも……」
「俺はここからロープを使って、ドラコ達の力を借りなくても上と下を行き来できるように工夫してみるぜ……だから安心して練習してくれレイド……」
「僕は……僕はレイドに付いて行くけど、魔法と使う時はちゃんと離れるから……だからいいでしょレイド?」
しかしそんな俺の言葉を正直に受け止めたらしい三人は口々に邪魔しないと明言してくれて、少しだけ心苦しくなる。
「ねぇねぇ……私はどうすればいいのレイドお兄ちゃぁん……?」
そこで待機していたドラコが俺の服を引っ張って、小首を傾げて見せた。
「あ……ごめんごめんドラコ……じゃあ俺たちは外に出てますね……魔王の状態も確認したいので……この場はお任せします」
「ああ、任せてくれたまえ」
「おうよっ!! 任せといてくれレイドっ!!」
「じゃ、じゃあ行こっかレイド?」
「皆はここでマキナとトルテの言うこと聞いて協力してあげてね?」
「どぅるるるるぅっ!!」
改めて俺はアイダとドラコだけを連れて、洞窟を逆走して地上へと向かうのだった。
「「「ドゥルルルルぅ~……」」」
「戻ったよぉ~……よしよし、寂しがらないのぉ~……」
外では元のサイズに戻っているドドドラゴンが待機しており、出てきたドラコを見ると切なそうな声を出してすり寄ってくる。
そんなドドドラゴンの身体を撫でてあげながら、ドラコは彼方を見つめて……軽く頷いて見せるのだった。
「うん……あの……魔王、だっけ? そいつ前と同じ場所に感じる……」
「そうですか……じゃあアリシア達はまだ持ちこたえているってことかな……」
「アリシア……無理してないと良いけどぉ……早く魔法覚えて助けに行こうねレイド?」
「ああ……助けに行かないとな……俺がアリシアを……世界を……みんなを守らないと……」
(そうだ、アリシアやアイダ……それに大切な仲間達……魔王を倒せなければそれが皆失われてしまう……絶対に俺が倒さないと……例えどんな代償を支払うことになってもだ……)




