レイドと最後の決断③
余りにも変わり果てた姿と化したル・リダに衝撃を受けながらも、その発言内容にもまた重ねて衝撃を受けた俺は言葉を失ってしまう。
(こ、殺せって……な、何でル・リダさんを……そ、それにその姿は……この場所は……な、何がどうなってるんだっ!?)
無数の疑問で頭の中が埋まりパニックになりかける俺だが、本当は凡そ察しがついている。
この場が魔王……正確にはその前身であるア・リダが行った行為であることと、複数のスキャンドームがこの場に反応している事実。
それらが指し示す答えはある意味で明白であり、それを俺は受け入れたくなかっただけなのだろう。
「あ、貴方がル・リダさんっ!? な、何でそんな姿にっ!?」
「はぁぁ……うぅぅ……は、話せば長く……そ、それより私を殺して早くア・リダも……じゃないと何もかも手遅れに……あぁああっ!!」
何も言えなくなった俺に代わるようにアイダが問いかけるが、それに対してル・リダが口にしたのは俺が予想した通りの魔獣の名前であった。
(ル・リダさんが危惧してるのは魔王が産まれ落ちることか……だけどもうア・リダの方は手遅れなんだよっ!!)
「そ、それはもうわかってるよっ!! 僕達、直接あそこに行って見て来たからっ!! だ、だけど今のところは大丈夫アリシア達が抑えて……っ!!」
「それより答えよっ!! 貴様が成人した我の同胞を悉く取り込んだというのは事実なのかっ!?」
「なっ!?」
苦しそうに呻き続けているル・リダを安心させようとしたのか、アイダは敢えて魔王という存在に触れずに説明しようとする。
しかしそんな彼女の言葉を遮る様にパパドラが叫び、その内容もまた俺に更なる衝撃を与えてきた。
(せ、成体のドラゴンを悉く取り込んだって……ル・リダさんがそんなこと自ら進んでやるわけが……だけどもし本当にそうなっているなら、やっぱり今ル・リダさんが堪えてるのは……あぁ……っ)
「うぐぐ……も、申し訳ありません……わ、私ではどうにも……ぐぅぅ……ア・リダはドラゴンの身体の一部を使い無数のゴーレムという生き物を生み出し……ぐぐぅ……子供のドラゴンを誘い出し、同じくその魔法の応用でこの場所にあった妙に固い鉱脈を檻代わりにあの子達を拘束し……ひ、人質として成体のドラゴンをおびき寄せ……そして私に……はぁああっ!!」
「そ、そんなぁ……ひ、酷すぎるよぉ……」
「ぐぅぅっ!! おのれっ!! おのれぇええええっ!!」
瞳に涙を浮かべながら悲痛な声を洩らすアイダと、悔しさと怒りを込めて大地を叩くパパドラ。
「で、では……もう成体のドラゴンは……」
「す、少なくともこの魔界に居た個体は全てア・リダの手によって……こ、子供達は利用価値が少ないからとこのまま放置され……た、ただこの場所で育成しておけば万が一のトラブルに備えられると言って……そ、そして私はせ、世界を塗り替える神を産み落とす予備プラン……あぁ……うぅ……」
「つまり貴様の体内ではア・リダが産み落としたという魔王と同等の存在が育っておるということかっ!? 我が同胞の犠牲と引き換えにっ!! ふざけおってっ!!」
「ぱ、パパドラさんっ!!」
そしてパパドラはアイダが止める間もなく感情のままに魔王の存在を口にしてしまう。
途端にル・リダの顔色が変わり……更なる苦痛に悶え始めた。
「あぁ……も、もう生まれてしまったのですか……それではこの世界は……あぁ……ぐぅうううっ!!」
「だ、大丈夫だよル・リダさんっ!! 一度はレイドが撃退したからっ!! それに今も新しい対策をレイドが考えてるっ!! レイドなら絶対何とかなるからっ!!」
「そ、そうですよル・リダさんっ!! あの魔王は必ず俺が倒しますっ!! だから安心して……」
「安心して死ぬがよいっ!! 今すぐに介錯をしてやろうぞっ!!」
「っ!?」
慌てて落ち着かせようと叫ぶ俺たちだが、そこでパパドラがはっきりとそう宣言してル・リダに向けて火球を放つべく口を大きく開いた。
「あっ……ま、待ってくださいっ!!」
「れ、レイドっ!?」
「退けぃレイドっ!! 邪魔をする気かっ!?」
それを見た途端、俺は反射的に飛び出してル・リダを庇うように間に入ってしまう。
「ま、まだ話は終わっていません……ど、どうして殺さなければいけないのかも……」
「黙れっ!! 今までの話を聞いていて貴様に分からぬはずが無かろうっ!! このまま放っておけばあの魔王に類する化け物がもう一体産まれ落ちることになるのだぞっ!! 一体ですら手を焼いておるというのにそうなればもう何もかもお終いではないかっ!!」
「そ、それは……で、ですが……」
「い、良いのですレイド様……わ、私も魔獣の一人として、魔物を含めて様々な生命を弄んで来た報いはいずれ受けるものと覚悟はできて……はぁぁっ!! うぅううっ!! ど、どのみちこの化け物が生み落ちる際に私の中にある生命力は全て持っていかれて死ぬことに……で、ですからどうか……わ、私ごとこの化け物を……あぁああっ!!」
「そ、そんな……そんなことって……っ」
そこでル・リダの身体がドクンドクンと脈動するかのように震えだし、彼女の悲鳴が一層激しくなっていく。
そんな彼女を心配するようにアイダが駆け寄っていくが、何をできるわけもなくオロオロと狼狽えるばかりだった。
「退けレイドっ!! 邪魔立てするなら貴様とて容赦はせんっ!!」
「れ、レイドさ……も、もう私は……私ごと……っ……あぁああああっ!!」
「る、ル・リダさんっ!? し、しっかり……れ、レイドぉっ!?」
「っ!?」
(ど、どうすればっ!! くそっ!! どうすればいいっ!?)
殺意を込めて迫ろうとするパパドラだが、どうしても諦めきれない俺はその場から下がるは出来なかった。
そんな俺の後ろからはル・リダの絶叫とアイダの悲鳴が聞こえてくる。
「いい加減に覚悟を決めよレイドっ!! きさまは我が同胞の無念を……何よりあのル・リダとやらの意志をも無駄にするつもりかっ!!」
「っ!?」
感情のままに叫ぶパパドラだが、その言葉は理屈としても正しさを持っていて俺には言い返す言葉が思い浮かばない。
チラリと後ろへと視線を投げかければ、苦悶の表情で何倍にも膨れ上がっている自らの身体を全ての手で押さえつけようとしているル・リダの姿がある。
(このまま放っておいてもル・リダさんは苦しみの果てに命を落とすだけ……いやそれだけじゃなく、新たな魔王が……だから今、諸共に殺すしかない……それはわかる……わかってはいるんだ……何より本人がそう望んでいる……だけどこんな……っ!!)
ギリリと耳に音が聞こえるほど強く歯を噛み締めながら、俺はどうにかできないか考えるために今までに知った情報を一つ一つ思い返していく。
(仲間を沢山犠牲にされたパパドラの怒りもわかるっ!! それに魔王が生み落ちたらお終いなのは事実だっ!! だけどだからって恩人のル・リダさんを犠牲にしなければならないなんてっ!!)
ル・リダは俺達の命だけではなくドラコをも守り、また世界を守るため苦痛を堪えながら魔王が生み落ちるのを必死に抑えていた。
そして今度は魔王の脅威を前に自らの命を差し出そうとまでしている。
(初めて会った時からル・リダさんには助けられてばかり……今ここで恩返ししないでどうするんだっ!! 考えろっ!! 何でもいいからこの状況を打開する方法を考えるんだっ!!)
ル・リダの命を救いつつ産まれ落ちようとしている第二の魔王の生誕を防ぐ……そんな都合のいい手段が簡単に思い浮かぶはずがない。
「これが最後の警告だっ!! レイドっ!! 今すぐ退かねば貴様ごと吹き飛ばしてくれようぞっ!!」
「れ、レイド様っ!! お、お気持ちは嬉しいですがも、もう限界……ぐぅぅうううっ!! あぁああああっ!!」
「る、ル・リダさんっ!! しっかりしてっ!! れ、レイドぉっ!?」
ル・リダの身体は今にも弾けそうなほど膨らんでいき、彼女は苦痛の余り頭をはげしく振り回し始めた。
(ああ、くそっ!! 時間がないっ!! このままル・リダさんの体内で暴走している生命力が膨らみ続けて弾けたらそこできっと……弾ける……暴走……あっ!? そ、そうだっ!! これなら魔王を……いや、駄目だっ!! このやり方じゃル・リダさんは救えないっ!!)
痛ましい彼女の様子を見つめながら、助ける手段を求めて記憶を漁っていた俺は皮肉にもそこで魔王への対抗策が思い浮かんでしまう。
しかしそれはあくまでも魔王を倒す手段でしかなくて、この場で使おうものなら仮に上手く行ったとしてもル・リダごと葬り去るだけだった。
「もう待てぬっ!! はぁあああああっ!!」
「ぱ、パパドラさ……ぐっ!?」
「れ、レイドぉおおおっ!!」
そこでついに痺れを切らしたパパドラは口から巨大な火球……ではなく火炎を噴出し、それを見たアイダが咄嗟に俺へと飛びついて何とか射線から逸らしてくれた。
「る、ル・リダさんっ!?」
「あぁああああああ……っ!!」
「ガァアアアアアっ!!」
その結果、何にも遮られることなく火炎はル・リダへと直撃してその身体を飲み込んでいった。
余りの熱量に直接あたっていないにも関わらず肌がピリピリと軽度の火傷を負っているかのように痛み、汗が蒸発していく。
「る、ル・リダさ……っ!?」
「えっ!? こ、この輝きって……魔獣の自動回復するあの……っ!?」
「ガァアアアアアアっ!!」
しかしそんな俺たちの目の前でパパドラの火炎に包まれているル・リダの身体が、魔獣特有の自動修復機能によって生まれる治癒の光を放っていた。
その反応は著しく、今まで見て来たどの魔獣以上に輝かしく……全く止む気配がなかった。
(こ、これは……そうかっ!! 成体のドラゴンと合成されまくったせいでル・リダさん本体も生命力や魔力が強化されて……多分身体の強度や回復量も……っ!?)
「ガァアアア……くぅ、これでも駄目かっ!?」
「……あぁあああああああっ!! ぐぅうううううっ!!」
パパドラもその事実に気付いたのか、悔しそうに口を閉じて火炎を止めるとすぐに傷一つないル・リダが炎の切れ目から姿を現してきた。
しかしながら痛みは感じているのか、ル・リダは頭をはげしく振り回し悲鳴にしか聞こえない叫び声を上げ続けていた。
「うぅ……ル・リダさん苦しそう……そ、それにまた身体も膨らんで……れ、レイドぉっ!?」
「レイドよっ!! このままでは魔王が産まれ落ちてしまうぞっ!! いつまで黙って見ておるつもりなのだっ!! 貴様は何のためにここまで来たのだっ!! いい加減覚悟を決めて何か策を示さぬかっ!!」
「くっ……」
「あぁああっ!! れ、レイ……あぁああああっ!!」
アイダもパパドラも余裕を失った様子で俺を見つめてきて……またル・リダも痛みに打ち震えながらも助けを求めるように俺へ視線を投げかけてくる。
(くそっ!! 自動修復機能自体は頭と心臓を潰せば……もしくはいっその事転移魔法で魔王を嵌めた様に大地とくっ付けて……だけどそうしたらル・リダさんは間違いなく死……本当にもうそれしかないのかっ!?)
歯を噛み締めながらル・リダを見つめるが、正直俺もまた内心では諦めが忍び寄りつつあった。
助ける方法などとても思い浮かばず、このまま放っておいてはル・リダは苦しみ抜いた果てに命を落とし……挙句に世界を滅ぼす力を持った魔王が産まれ落ちてしまう。
それは誰にとっても望む所ではない……ならばいっその事、楽にしてやった方がいいような気さえしてくる。
(ル・リダさんを殺す……俺が……あれだけ恩を受けて……いや、だからこそ……俺が楽にしてあげて……それが最後に出来る恩返し……くそっ!!)
吐き気すら感じながらも俺はル・リダへと魔法を掛けるべくノロノロと手を持ち上げていく。
そしてこれしか方法はないのだと何度も自分に言い聞かせながら、ル・リダを葬り去るべく転移魔法を紡ごうとして……そこで走馬灯のように彼女との出会いからの記憶が思い出された。
(多混竜に襲われそうな俺を助けてくれたのが出会いだったよな……それまで話の分かる魔獣は居なかったし、何より偽マリアの件があったからマリアの格好をしている彼女には……偽マリア……あっ!?)
そこから偽マリアの件を連想した俺は、あの時に考えたとある手段を思い出した。
そして改めて目の前にいる異様に身体が膨らみ、その上に頭が乗っているように見えるル・リダの状態を見て……ほんの僅かな希望を抱くのだった。
「レイドっ!! も、もう時間が……っ!?」
「レイドよっ!! 何を考えて……っ!!」
「今から一つの賭けをしますっ!! どうか協力をっ!!」