レイドと最後の決断②
「退けレイドっ!! 邪魔立てするなら貴様とて容赦はせんっ!!」
「れ、レイドさ……も、もう私は……私ごと……っ……あぁああああっ!!」
「る、ル・リダさんっ!? し、しっかり……れ、レイドぉっ!?」
「っ!?」
(ど、どうすればっ!! くそっ!! どうすればいいっ!?)
殺意を込めて迫るパパドラからル・リダを守ろうと間に入った俺の背中から、ル・リダの絶叫とアイダの悲鳴が聞こえてくる。
「いい加減に覚悟を決めよレイドっ!! きさまは我が同胞の無念を……何よりあのル・リダとやらの意志をも無駄にするつもりかっ!!」
「っ!?」
感情のままに叫ぶパパドラだが、その言葉は理屈としても正しさを持っていて俺には言い返す言葉が思い浮かばない。
チラリと後ろへと視線を投げかければ、苦悶の表情で何倍にも膨れ上がっている自らの身体を全ての手で押さえつけようとしているル・リダの姿がある。
(このまま放っておいてもル・リダさんは苦しみの果てに命を落とすだけ……いやそれだけじゃなく、新たな魔王が……だから今、諸共に殺すしかない……それはわかる……わかってはいるんだ……何より本人がそう望んでいる……だけどこんな……っ!!)
ギリリと耳に音が聞こえるほど強く歯を噛み締めながら、俺はどうにかできないか考えるために今までに知った情報を一つ一つ……特にル・リダと再会した辺りのことを思い返していくのだった。
*****
識別魔法に反応があった地点へ向けて全力で空を駆け抜けるパパドラ。
振り落とされないよう必死にその尻尾へとしがみ付く俺たちだが、その道中で魔界の全容が目に飛び込んできた。
(お、おぉ……この辺り一帯は密林地帯と言うか木々の枝葉で大地が殆ど覆い隠されてるけど、遠くの方には茶色が目立つ地帯や湖らしき水色も……本来はあの辺りで暮らしてるのかな?)
本来の下手な木々より遥かに大きなドラゴンの図体を思えば、もしこのような場所で暮らしているとしたらもう少し辺りが切り開かれていなければおかしい。
尤もドラゴンには大きさを変える魔法が使えるらしいが、普段はあちらの姿で生活しているはずだ。
(まあドラゴンがどんな生活をしているのかはわからないから断言はできないけど……もしそれが正しいならこの辺りには滅多にドラゴンは立ち入らないんじゃ……魔獣が転移魔法陣を敷いたのもそれで比較的安全だからだと思えば辻褄も合う……)
しかしだとすると、余計に反応が返ってきた場所に居るのはドラゴンではない可能性が高くなる。
それこそあの場に居た魔王と同じ……とそこまで考えたところで、ふとあることに気が付いた。
(あれ? でも確か、パパドラさんって魔王に同族としての反応を感じていたはずじゃ……だとしたらもしあの場所に魔王が居るとしても同族の反応が全く無いって感じるのは変じゃないか?)
実際にパパドラは魔王……の前身であるア・リダに同族だと誤認されたのを利用されて使われてしまっていたではないか。
「ぱ、パパドラさん……そう言えばあの場所に仲間としての……っ!?」
「降りるぞっ!!」
「うぅぅっ!! あ、アリシアより辛……あうぅぅうっ!!」
何かとんでもない勘違いをしているのではと慌てて確認しようとした俺だが、気が付けば既に目的地と思わしき場所へとたどり着いてしまっていた。
そしてパパドラは最低限の言葉でそう告げると、殆ど勢いを落とさないまま地面へと直角に近い角度で突っ込んでいく。
凄まじい勢いで地面が近づいて行き、反射的に衝撃へ備えて尻尾を強く抱きかかえて目を閉じた俺に少し遅れてズシンと重厚な物音と共に暴風が襲い掛かってきた。
尤も予想していた衝撃や振動といったものはパパドラが全て受け止めてくれたのかほとんど感じなかった。
「いつまでくっついているっ!! さっさと離れよっ!!」
「あぅぅぅ……きゃぁっ!?」
「くっ……あ、アイダっ!!」
しかしすぐにパパドラが不機嫌そうに叫んだかと思うと尻尾を上下に振るってきて、その反動で俺達は今度こそ振り落とされてしまう。
それでも何とか空中でアイダを抱きかかえた俺は、身を翻して大地へと足から着地することに成功した。
「ふぅ……だ、大丈夫かアイダ?」
「あぅぅ……う、うぅん……め、目が回ったぐらいで大丈夫だよぉ……アリシアで慣れっこだからぁ……はぅぅ……だけどおんぶぅ~…」
頭をクラクラさせながら俺に手を伸ばしてくるアイダ……とても放っておけなくて、俺は久しぶりにアイダを背中に背負い込んだ。
(ああ、懐かしい感触だ……いつ以来だろう……なんか落ち着く重みと、温もり……ここんとこずっとアリシアに取られてたもんなぁ…とと、そんな感傷に浸ってる場合じゃないっ!!)
久しぶりに背負うアイダの重みに少しだけ気が緩みそうになる自分に気付いて、慌てて引き締め直した。
「先に行くぞっ!!」
「あっ!? お、お待ちくださいっ!! い、行くよアイダっ!!」
「う、うんっ!!」
そしてさっさと移動を始めたパパドラの後を追いかけておく俺達。
しかしすぐに違和感に気付く……未だに効果を発動してくれているマナの魔法は、はるか先の地面の下から反応を返しているように見えた。
「こ、これは……この辺りには地下に洞窟のようなものでも……あっ!?」
「それに関しては貴様らの方が詳しかろう……ここか?」
自分で言いながら途中でとある可能性に気が付いた俺に、パパドラもその考えを肯定するような言葉を吐きつつ近くの地面を蹴りつけた。
果たして簡単に崩れ落ちた地面の向こう側に、どこかで見たことのある形状の……だけど元来のドラゴンですら入りそうなほどの広さがある洞窟が続いていた。
(これはル・リダさんが……いや魔獣が掘ることのできる地下洞窟かっ!?)
これを作ったのがア・リダなのか、それともル・リダなのかはわからない。
しかしこの先には確実に魔獣に関わる何かがあるはずだ。
そして現状考えられるのは……たった一つしかなかった。
(や、やっぱりこの先に魔王のような存在がいるのか……で、でももしそうだとしても何で地表どころか俺たちの目に届くほど強い反応が? マナさんが魔力を調整して何かしてるのか?)
「行くぞ」
「は、はい……」
少しだけ疑問を抱いたが、パパドラの言葉に我に返った俺は考えても仕方がないと割り切ると素直に後を付いていく。
「れ、レイドぉ……仮にもリーダーなのに仕切られてどうするのさぁ……」
「そ、そんなこと言われても……」
パパドラに言われるままに動く俺にアイダが苦言を呈するが、どうにもこうも堂々とした態度を取るパパドラには逆らいにくい。
何より指示内容も正しいすぎるから逆らう理由もない……だからやっぱり素直に彼の後ろをついて歩く俺。
「……少し同族の反応が……だが何かが変だ」
「えっ!? そ、それはその……ま、魔王に感じたような感覚……だったりしますか?」
「ふん、悔しいが魔王から感じる反応と同族のものは区別がつかん……それでもあの場で出会った魔王は我が身の細胞を取り込んだ故か身内のような強い反応をしておったから見分けは付くが……むしろ今回感じておるのは妙にか細く……歪んで居るかのような……」
「ゆ、歪んでる……そ、それって……どぉいうことぉ?」
俺達の疑問にパパドラはやっぱり不機嫌そうな表情を崩さぬまま、はっきりと首を横に振って見せるのだった。
「わからぬから変だと言っておるのだ……どのみち、その場に付いてみればすぐにでもわかろう……」
「そ、そうですね……ああ、何か見えてきましたね……」
「うぅ……ま、魔王が居たらどぉしようか?」
「……相手の状況次第ですがまずは会話から……無理そうなら悪いですがパパドラさんに時間を稼いでもらい、俺がまたあっちの魔王にやったことを再現しますよ……同じ相手に同じ手は通じないでしょうが、違う相手ならまだ……」
「本当にこざかしい事を考えおるな貴様は……まあ頭の片隅には入れておいてやる……」
恐らくは俺の提案を受け入れてくれたらしいパパドラの素直ではない言葉に少しだけ苦笑しそうになりながらも、それでも臨戦態勢を取るべく腰に下げてある剣に手を伸ばし……止めておいた。
(一応エクス様から貰った最高級の品だけど……家宝の剣に及ばない以上は、俺が持っても無駄でしかない……それよりも両手を開けておいて攻撃魔法の重ね掛けを狙ったほうがいい……まあできれば戦いになってほしくないけど……)
それでも剣を持たない以上は前に出るのは避けようと、やはりパパドラを先頭にして進んでいく。
そして先に見えてきた妙に開けた空間へと侵入したところで、思わず目を押さえそうな眩しさを覚えた。
「な、なにこのキラキラっ!?」
「ひ、光の反射……いやこれは鉱石の反射っ!?」
果たしてその場所は下手な王宮が丸ごと入りそうな空間が下へと向かって広がっていて、その四方八方は今まで進んできた洞窟と違い鉱石と思しき岩壁で覆い尽くされていた。
そしてどうやらこの場所に範囲魔法が反応を示す何かがあるらしく、その輝きが鉱石に反射されて……しかも増幅されているのかこの空間を光り輝かせているようだ。
(魔法の輝きが反射して……いや触れることで増幅されてこんなに……地表に届いてたのもこうして強化されたからか……魔力、触れるだけで増幅、強化……まるであの家宝の剣のような性質……ま、まさかこの壁にある鉱石ってっ!?)
「うぅ……あっ!? な、何あれっ!?」
「え? あっ!? な、なんだあれはっ!?」
「岩石……いやそれにしては色も形も……何より僅かに蠢いておる……生物か?」
そこへアイダが叫び声と共に、その空間の中心になる巨大な塊を指し示した。
平らに整地された地面の中心に安置されているその塊は、確かにパパドラの言うように生き物のように見えなくもなかった。
(ま、まさかあれがスキャンドームの探知した……くそ、四方八方に反射してて何が輝いてるのかわからないっ!!)
「……と、とにかく下へと降りて近くで確認しましょう……パパドラさん、お願いしてもいいですか?」
「……これだから空も飛べぬ者は……翼に触れぬよう背中に捕まれ」
言われるままにパパドラの肩に手をかけたところで、彼は翼を広げて滑空するような形でその空間へと身を投じた。
そして少しずつ高度が落ちて、下の方の全貌が分かってくるにつれてパパドラの顔に喜びと憤怒の感情が交互に浮かび上がるようになる。
「こ、このような場所にっ!? この鉱石が反応を阻害して……我らが同族をこのような場所にっ!! しかし無事そうなのは……だがどうして幼子ばかりなのだっ!?」
「こ、この辺りの鉱石の形が檻みたいなのって……偶然じゃないよね?」
「中に子供のドラゴンが居ることからしても間違いないよ……だけどどうして……?」
「ドゥルルルルルぅっ!!」
果たしてその空間の下半分ほどの壁は檻のような形状になっており、その奥に広がる空間にはドラゴンの子供と思しき存在が大量に閉じ込められていた。
彼らは憔悴しきっているのか殆どが人型で横になったまま動かないが、一部の元の形を保っている個体はパパドラの姿を見て仲間だと判断したのか、必死で呼びかけてくる。
そして檻を壊さんばかりに前足を振り下ろすが、傷一つ付けることも敵わない様子だった。
(あの硬さ……やっぱりあの鉱石は家宝の剣と同じ材質で出来てるみたいだな……それと気力を失ってる個体が人型なのはスペースを開けようとしてるのか……それとも本能的に体のサイズを小さくすることで、いわゆるエネルギーの保存でも狙ってるのかもしれない)
この推論が正しければ弱り切ったドラコが自然に人型になったのも納得がいく気がするが、尤も今はそんなドラゴンの生態を気に掛けている場合ではない。
「安心するがいいっ!! 我が来た以上は必ず皆助けて見せるっ!! しかし大人たちはどうしたのだっ!?」
「ドゥルルルルっ!!」
「ちぃ、人間に毒され過ぎたな……ドゥルルっ!! ドゥルルルっ!! ドゥルルっ!!」
「ドゥルルルルルルゥっ!!」
地面へと到達したところで、俺達を振り払う勢いで手近な檻に駆け寄ったパパドラはそこでドラゴンの言語でもって会話を試み始めた。
その最中に檻に手をかけて壊そうとするが、伝説の金属で作られた俺はパパドラですら簡単には壊せないようであった。
(そんな金属をこんな形に加工して利用できる存在なんて……それこそ魔王ぐらいしか……じゃあこれはやっぱり……)
「何っ!? それは本当かっ!? くっ!!」
「ぱ、パパドラさん……い、今その子達なんて……っ!?」
「だ、誰かいるので……ぐぅぅっ!! はぁぁっ!! そ、そこに誰か……?」
「えっ!? こ、この声……ま、まさかル・リダさんっ!?」
「あ……あぁ……そ、そう言うあなたは……あぁああっ!! ぐぅう……れ、レイド様……で、すか?」
そこで唐突に聞こえてきた声は忘れもしないル・リダの声で、思わず声の方を振り返った俺は……絶望に近い苦しみに胸を押さえてしまう。
何故ならそこには例の巨大な塊があって……その上の方に苦悶の声を上げるル・リダの顔だけが乗っかっているようにしか見えなかったからだ。
「る、ル・リダさん……な、何で……これは一体……」
「き、貴様が我が娘を保護したというル・リダかっ!? では我が同胞を貴様が取り込んだというのはっ!?」
「あ、あぁ……そ、その翼……そしてその言い方……貴方がドラコちゃんの……れ、レイド様は約束を守って……ぐぅぅっ!! な、ならばもう悔いは……お、お願いです私を……こ、殺してくださいっ!! そ、そうしないとな、何かが……あぁあああっ!!」
パパドラの姿と言葉を聞いて、そして傍にいる俺を見て状況を察したらしいル・リダは儚く微笑むと、苦痛を堪えるようにして俺たちに自らを殺すように頼み込んでくるのだった。