終わりの始まり⑳
パパドラの様子を確認した俺は、想像以上の惨状に思わず目を見開いてしまう。
(ぜ、全身が血液で真っ赤に染まって……これ全部返り血じゃなくて出血だよな……尻尾も半ばから千切れて翼にも穴が……通りで全力時より遅いわけだ……しかしドラゴンの再生能力をもってしてもまだ傷が癒えていないなんて……無機物と融合して弱ってなお魔王の強さはそれほどなのかっ!?)
戦闘から離れてここに来るまでの間に怪我が治りきっていない事実が、パパドラと魔王との戦いのすさまじさを無言で語っているように思われた。
「い、今回復魔法を……ヒールっ!!」
「しっかりして……ヒール……」
「ヒール……この怪我、魔王は未だに凄まじい実力を誇っておられるようですね……」
「ふん……憎たらしいことにな……」
それでも命に係わるほどではなかったためか、俺とマナとデウスが三人掛かりで回復魔法を掛けると、あっという間にパパドラの傷は癒えていく。
「初めましてだなパパドラ殿……私はマキナというもので……全ての元凶となった転移魔法の開発者でも……」
「マキナ殿、今は余計な混乱を起こしている場合ではありませんよ……責任の追及は目の前の事件を解決してからにしましょう……初めましてですね、私はランドと申します……早速で申し訳ありませんがアリシア殿とエクス殿と出会ったと思われますが、どこまで聞いておられますか?」
そこへすかさずマキナとランドが話しかけに行き、現状把握に努めようとする。
「貴様らが身の程知らずにも我らの生まれ故郷に乗り込むと……そこにあの屑共の魔の手が迫っている可能性があるから案内役をしろと言われたまでだ……」
「そこまで聞いておられるのなら話は早い……ここに来てくださったということは協力してくださるということですよね?」
「……悔しいがあの化け物……貴様らは魔王などと呼称しておるようだが、あやつはもはや我一人の手では止められんからな……それにレイド、貴様には我が娘を保護してもらった借りもある……故に今回だけは従ってやるつもりだ……」
「お父さん元気になった? 皆で一緒に帰れる?」
「ああ、もちろんだとも……」
パパドラは怪我が治った自分の近くで嬉しそうに飛び跳ねているドラコの頭を優しく撫でながら、俺たちに対しては淡々とした声で返事をする。
「それはありがたい限りだ……パパドラ殿の協力と案内があればドラゴン達と事を荒立てずに済むからな……」
「我々の目的はあくまでも魔王の野望を防ぐこと……そしてル・リダ殿の救済ですから……ドラゴン達とは争いたくはないのです」
「そうであればよいがな……この大陸に住まうもの共は信用ならぬからな……尤も貴様らは一部を除けばまだマシなようではあるが……」
そう言ってドラコっ子達も撫でながらドドドラゴンへとチラリと視線を投げ、更に離れたところで小さくなっているヲ・リダを睨みつけた。
(そうだよなぁ……魔界に住むパパドラさんからすれば魔獣も何もこの大陸にすむ別の人種で……俺達と大差ないように見えるのか……それでも俺たちのことは信じてくれてるだけでもありがたい……尤もヲ・リダさんは別みたいだけど……やっぱり彼は連れていかないほうがいいな……)
敵わなかったとはいえヲ・リダを含めた魔獣達は一度魔界に乗り込んでドラゴンへとちょっかいを出している。
だからこそ彼もまたこの場に残っての後方支援を申し出たのだが、その判断は正しかったように思われた。
尤も幾ら改心したとはいえ、この事件の根幹に魔獣の幹部と言うこともあって国々の代表が集まる場では余り良い目で見られてはいない。
おかげで自己主張も少なくなり、こうして肩身の狭い思いをしているようだがそれでも罪を償うために自らに出来ることを粛々とこなしてくれている。
「まあとにかく協力してくださるのですよね……ありがとうございます、本当に助かります……」
「だがよいか? あくまでも我が協力するのは魔王の野望を防ぐためだ……そのル・リダとかいう輩は良く知らんが所詮は魔獣の仲間なのだろう? 我が娘を助けたことは評価するが、そのような者を助けるのに力を貸す気は……」
「お父さん? ル・リダお姉ちゃん助けてくれないの? どうして?」
しかしヲ・リダの態度を見てもなおパパドラの魔獣への悪印象は消えるわけもなく、ル・リダの救出も乗り気ではなさそうであったが、そこでドラコに困ったような顔で問いかけられて言葉が止まってしまう。
「むっ……いや、我が娘よよく聞くのだ……あの者は其方を攫った者の仲間で……」
「ル・リダお姉ちゃん優しかったよ? それにエメラもレイドお兄ちゃんも会いたいって言ってるよ?」
「それは……待て、エメラとは初めて聞く名だが何者だ?」
そう言って周りを見回したパパドラに合わせるように俺も周りを見回したが、あの騒がしいエメラの姿が見当たらない。
(あ、あれ? おかしいな……さっきまで転移魔法陣の傍に一緒に居たはずなの……えっ!? な、何で地面にうつ伏せになってんだっ!?)
そこでようやく少し離れたところでエメラが地面に突っ伏して動かないことに気が付いた。
「な、何が……」
「……パパドラの前で例の醜態を見せたらまずいと思って麻痺らせて置いた……我ながらファインプレー……褒めてくれてもいい……」
思わず疑問の声を洩らした俺にマナがニヤリとほくそ笑みながらそっと呟いた。
「あぁ……なるほどぉ……それじゃあ仕方ないねぇ……」
「流石マナさんだな……見事な手並み過ぎる……」
「確かにあんなところ見られたら……念のため縛り上げておくか……」
「……マナさん、ナイスです」
途端にみんな納得した様子で頷き始めて……俺も素直にマナを褒めたたえておくことにした。
(そうだよなぁ……パパドラさんの前であんな醜態見せたらどうなることか……マナさん偉いっ!!)
「……っ!!」
「エメラまた壊れてる……だけどこれはこれで面白い……お父さん、これがエメラ……持って帰って一緒に暮らしたいの……駄目?」
「……っ!!!!!!!」
そんなエメラにドラコはドラコっ子達と共に近づき、その身体を揺さぶりながらパパドラに懇願するような目を向けてくる。
(うわぁ……ドラコの言葉を聞いた途端に凄いブルブル震えだした……多分嬉しかったのか興奮したのか、物理的に痺れに対抗しようとして……俺も重ね掛けしておいた方がいいかな?)
「……何なのだそやつは? なぜそのような場所で寝ておるのだ? それに何故貴様らは誰も助けようとしない? 仲間ではないのか?」
「いやまあ……仲間ではあるんですけど……」
「いいでしょお父さん? エメラと一緒にル・リダお姉ちゃんも探すの……手伝ってくれる?」
「どぅるるるぅ……?」
「うぅむ……其方らがそこまで言うのならば……仕方あるまいな……」
再度ドラコから懇願されて、今度はドラコっ子達も合わせるように見つめて来てついにパパドラは折れたようだ。
「お父さん優しい……大好き……これで家族沢山……もうお母さんが居なくても寂しくない……」
「どぅるるる~っ!!」
「「「ドゥルルルっ!!」」」
「ふふ、そうかそうか……それは良かったな……」
喜ぶドラコ達を口元に笑みすら浮かべて優しい眼差しで見つめるパパドラ。
「……パパドラ……意外と子煩悩と言うか親ばかと言うか……ドラコ達には甘い……甘すぎる……」
「うぅん……けどドラコさんのあの言い方からして……ひょっとして……」
そんなパパドラの態度にマナは呆れたような顔をするが、アイダはむしろ思うところがあるのか切なそうに呟いた。
(考えてみればパパドラさんは攫われたドラコを助け生きたのに母親に相当する人は未だに影も形も……つまりそれはドラコの母親は早くして亡くなっていて、また片親だから監視もゆるくて魔獣が攫いやすかったと思えば辻褄も……それは過保護な親ばかになっても仕方ないよなぁ……)
「……団らんなさっている所を邪魔するようで申し訳ないが、余り時間はありません……アリシア達がいつまで魔王を押さえられるかわからないのですから」
「……ああ、そうであったな……確かにあの者らの実力は認めがたくも我に匹敵するほどではあるが……あの魔王が相手では……」
「だ、だけどさぁ……あいつはレイドの作戦で地面とくっ付いちゃった上にあんな大爆発を受けて弱ってたはずじゃ……それでも全然敵わないほどなの?」
「確かに気になるところであるな……その辺りはどうであったのか簡単に説明していただけるとありがたいが……」
アイダの疑問を受けてマキナもまた気になるのかパパドラに詳細を聞くと、向こうは一転して苦々しい表情になり吐き捨てるように語り始めた。
「ふん……その通りだ……貴様らのこざかしい二重の策により、我が到着した際には魔王は身体のあちらこちらが欠損しておりおまけに怒りに囚われて正気も失われておった……しかし……」
そこまで言ったところで固く口を閉ざしたかと思うと、屈辱とも悔しさともつかぬ感情を滲ませ魔王が居るであろう彼方の方向を睨みつけた。
「ぱ、パパドラさん……?」
「……あやつの強靭さは健在であった……我が何をしようと……怪我の後を攻めようとも……我のどのような攻撃すらもあやつに傷どころか痛みすら与えることは叶わなかったのだ……」
「そ、そんな……」
「そのうちにあやつの傷……いや、もはや大地と融合して人とも物ともつかなくなった以上は破損と言うべきか……とにかく魔王の欠けた部分は自然に修復してしまったのだ……それでも速度が落ちたがために膠着状況には持ち込めると判断した我は、レイドの新たな策が出来……いやとにかく戦いを続けていたが……自らを神と称し全てを見下しておったあやつはレイドにしてやられ、我とも決着がつかない事実に苛立ちを覚えたのか……愚かにして悍ましき行為に打って出たのだ」
「えっ!? そ、それどういうことっ!?」
思わず尋ねた俺たちにパパドラは視線を戻すと、神妙な顔つきで……ともすればあのプライドの高いパパドラをして僅かに畏怖とも恐怖ともつかぬ感情を浮かべながらこう答えたのだった。
「魔王は……ゴーレムとか言ったな……あの生き物を生み出す魔法を目に付くあらゆるものに掛け始めた……大地から瓦礫、石や岩……そうして生み出した様々な形の生き物モドキを全て己が身に取り込んで行き、どんどんと大きくなり無数の手や足、尻尾のようなものまでも生やし始め……そこから下等な魔物の使う能力を……桁違いの規模で吐き出し始めたのだ……」
「っ!!?」
「もはや我ですら己が身を守ることに専念するほかなく……それでも押されていくうちにあの者らがやってきたのだ……」
パパドラの口から飛び出てきた内容は余りにも恐ろしく、俺たちは言葉を失ってしまう。
(な、なんだそれ……そんなの神どころかもはやただの怪物じゃないかっ!? アリシア達は大丈夫なのかっ!?)
「うぅ……ね、ねえレイド……アリシア大丈夫かなぁ?」
「……っ」
顔面蒼白になりながら尋ねてくるアイダに、俺は安心させるための言葉は愚か笑顔を浮かべることすらできなかった。
何故なら俺も不安で仕方がないから……今すぐにでも助けに行きたくて仕方がなかったからだ。
「安心しろ……姿が変貌した代償か、元々単調であった魔王の動きはさらに乱雑にもなっておった……何よりそれを見たあやつら本人が言って居ったよ……我らなら防戦に徹すれば一日ぐらいは持つとな……そうなればレイドが必ず助けに来ると希望に満ちた顔で断言しておったほどだ……あの者らが自らと相手の力の差をはき違えるとは思えん……」
「そ、そうですか……でもならなおさら時間がありませんっ!! 急ぎましょうっ!!」
それでもパパドラの口を通してアリシアの言葉を聞けた俺は少しだけ冷静さを取り戻し、皆に向かい指示を飛ばすのだった。
(アリシアが俺を信じてくれてるなら俺もアリシアを信じるっ!! アリシアはきっと大丈夫だっ!! 後は俺が一日以内にル・リダさんを見つけ出して魔王に通じる魔法を編み出せばいいっ!! 大丈夫っ!! 俺なら絶対に出来るっ!!)
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