終わりの始まり⑲
魔界へ通じる転移魔法陣の元へ集合した俺たちは、パパドラの到着を今か今かと待ちかねていた。
「ドラコ……お父さんはこっちに向かって来ているんだよな?」
「来てる……もうすぐそこ……」
「う、うぅん……けっこぉ掛かるんだねぇ……」
アイダが小首を傾げて呟いたが、確かにパパドラの移動速度からすればとっくに到着していなければおかしい。
だから俺もついドラコに尋ねてしまったのだが、彼女の感覚が間違っているとは思えなかった。
(ドラコの見て居る方向的に寄り道してるってわけでもなさそうだし……空を飛べるから地形とかだって無視できるはずなんだけど……)
「まあ焦っても仕方あるまい……とにかくこちらに近づいているのは事実なのだからな……それより転移魔法陣の方は問題なく使えそうかい?」
「ええ、確かに魔界と繋がっています……この通り……」
「魔力の流れもOK……向こうの転移魔法陣付近の光景もひき込めてる……大丈夫、問題なく行ける……」
「大丈夫ですよマキナ……尤もドラゴンの住まうほぼ未踏の場所ですから安全かどうかまでは保障できませんが……」
マキナの言葉に転移魔法陣を敷いていたヲ・リダとマナ、それにデウスがはっきりと頷いて見せる。
しかしその顔には不安とも緊張ともとれる感情が浮かびあがっていた。
(これは転移魔法陣の出来映えに思うところがある……わけじゃなくて、危険な魔界に足を踏み入れることに対しての感情なんだろうな……)
ドラゴンの住む魔界は、デウスの言う通り人類にとってほぼ未踏の地である。
実際には過去に何度か進出したことはあるらしいが、その全てが全滅し失敗に終わっているほどだ。
ましてそこへ最高戦力であるエクスとアリシア、どちらも連れずに乗り込もうというのだから知識のある彼らが不安なり緊張なりを感じるのは当然だろう。
「へぇ……こんな鬱蒼としてる森の中みたいな場所が魔界ねぇ……」
「ドラゴンを始めとした危険な魔物の巣窟だって聞いてたから、もっとドーガ帝国の山脈みてぇな険しいとこなイメージがあったんだが……」
「そうですよね……あの幻の金属であるオリハルコンもあるって聞いてますし……私もいかにも鉱脈とかありそうな荒涼としている場所だと思ってましたよ」
それに対して浮かび上がった映像を見て純粋な感想を漏らすのはミーアとトルテ、そしてフローラの三人だ。
彼らも真剣な面持ちではあるけれど、どこかその発言に緊張感が欠けて聞こえるのは実力差があり過ぎるが故の達観なのかもしれない。
(まあ俺やマナさんの攻撃魔法ぐらいしかドラゴンクラスに通じる攻撃手段はないもんなぁ……それにしたってドラゴンが群れで押し寄せてきたら魔力切れの隙に押し切られるだろうし……パパドラさん達がどうにかしてくれることに掛けるしかない……)
そう考えれば下手に意識して緊張するよりも彼らを見習ってリラックスしていた方がいいかもしれない。
「そ、そんなことよりさぁ……ほんとぉにフローラも一緒に来るのぉ?」
「え、ええ……マキナ先生が今回は戦いがメインではなく探索だと言っていたので、それならば人手は多い方がいいかと思って志願したのですが……だ、駄目ですか?」
そんなフローラに心配そうに尋ねるアイダだが、今回は彼女も付いてくる気のようで既に準備万端とばかりに荷物もまとめられているほどだ。
「いや、駄目とかじゃなくてさぁ……すっごく危険だから……」
「気持ちはわかるけどよぉアイダ……実量からしたら俺達だって人のこと言えねぇって……」
「そうそう、あくまでも今回の任務はフローラが言ってた通り戦闘じゃなくて探索なんだから……危険だなんだっていうならそれこそ俺達もレイドに置いて行かれちまうぞ?」
「い、いや別に置いていくつもりはありませんが……しかしフローラさんだけに限った話ではありませんが、人手を気にして無理に参加敷いている方がいるので考え直してもよろしいかと……もう十分人員はいますからね」
義務感で危険に首を突っ込まないよう、俺はこの場に居る面々を見回しつつ念を押すように呟いた。
「ぼ、僕はレイドと一緒ぉっ!! アリシアに頼まれてるし、そうじゃなくったって離れないからねっ!!」
「ここまで来たんだ……仲間として最後まで付き合わせてくれよレイド……」
「義務感なんざねぇって……ただ、あんたらと一緒に居たいだけだ……連れてってくれよレイド……」
「わ、私もですっ!! 義務感が無いとは言いませんけど、やっと皆さんと一緒に協力できるチャンスなんですから……ぜひとも手伝わせてくださいレイドさんっ!!」
そんな俺にまずアイダとトルテ、それにミーアとフローラが真面目な顔で見つめ返してきた。
(ファリス王国から追い出された俺を最初に受け入れてくれた皆……大切な仲間達……置いていくことなんかできないよな……)
「私もついていきまぁああああすっ!! 魔界の調査などと言うビックニュースは逃せませぇええんっ!! それにドラコちゃん達と別れたくもありませんしル・リダさんも気になります……それに私も皆さんと一緒に魔獣事件へ関わってきたのですから、ここで仲間外れは嫌ですよっ!!」
「そうだな、私もフローラ殿の言う通り義務感が無いとは言わないが……それ以上に今回の魔獣事件には転移魔法の開発者としての責任を感じている……それでも戦闘能力がないからレイド殿達に全てを押し付けてしまったようでずっと思うところがあったのだ……しかし今回の件ならば私は知識面で皆の役に立てると思う……だから連れて行ってほしい、私も君たちの……仲間として手を貸したいのだ……」
「私はこの場ではレイドと並んで強い……万が一を思えば護衛に必須……それに皆私が魔法の手ほどきをした大切な弟子で……一緒に居て楽しい仲間……だから手伝いたい……連れて行ってレイド……」
「妾も行くぞっ!! レイド殿には我が国と兄上達の命を助けてもらった恩があるのだからここで返さねば名が廃るというものじゃっ!! それに妾もレイド殿達のことは短い付き合いではあるが仲間だと思っておる……だから手を貸したいのだっ!! 連れて行ってくれレイド殿っ!!」
次いでエメラとマキナ、そしてマナにアンリまでもが俺を見つめ返しながら頼み込んでくる。
(俺が上げた功績を認めてくれて、魔獣事件の解決に奔走する俺に力を貸し続けてくれた皆……彼女達の支援が無かったら俺たちはとっくに行き詰っていた……そんな頼りになる仲間達を置いていけるわけがない……)
「私も行く……ル・リダお姉ちゃんに会いたいしお家にも帰りたい……この子達も連れて行ってあげたい……駄目?」
「どぅるるるるぅっ!!」
「どぅるるるるぅっ!!」
「「「ドゥルルルルルっ!!」」」
ドラコがドラコっ子とドドドラゴンを従えさせながら、小首を傾げて純粋な瞳で俺を見つめてくる。
(ル・リダさんとパパドラさんとの約束もあるし、ドラコにとっては生まれ故郷でもある魔界にこの子達を連れて行かない理由はないよな……)
「私も付いて行きたいところですが、こちら側に魔法のエキスパートが一人は残っていた方がいいでしょうからね……それに私は魔法力ではすでにマナには敵いませんし知識ではマキナに劣りますからね……お二人が付いていくのならばこの場に残って後方支援に徹するとしましょう」
「私も其方たちと共に行きたいところだが立場を考えれば断念せざるを得ないのが辛いところだ……代わりと言っては何だが私は他の国の代表者たちと連携を取り魔獣の残党への対策を始めとした後方支援に徹しさせていただく……愚妹をよろしく頼む……」
「ええっ!! この転移魔法陣を始めとして皆さんが帰って来れるようそう言う管理もしっかりしておきますからっ!! どうか安心して行ってきてくださいっ!!」
最後にデウスとランド、そしてメルが残念そうにしながらも俺たちの支援に徹すると宣言してくれる。
(ランド殿とデウス様が後方支援に徹してくれるなんて、贅沢にもほどがあるけれど物凄く安心できるな……ありがたい限りだ……)
「うむ、ランド殿のような聡明な方がこちらに残ってくださるのは非常にありがたい……おかげで私も安心して行けるというものだ……」
「ありがたい……デウス様が残ってくれるから何の憂いもなく出かけられる……後をお願い……」
実際に自らの業務を任せる形となったマキナとマナは二人に対して深々と頭を下げているほどだ。
「お願いしますね……特に言いたくはありませんがガルフ様の余計な横やりが入らないよう注意していただけると助かります……」
「あの人ねぇ……なぁんであんなに頑なにレイドのこと認めようとしないんだろう……アリシアのことも全然わかってないみたいだし……」
そんな二人に俺もまた不安事項を頼んでおくと、アイダが心底呆れた様子でぼそりと呟いた。
(ガルフはなぁ……アリシアが魔王の足止めをやるって自分の意志ではっきり言ってるのに無理やり言わされてるだの、俺がやらせてるだの騒いで……挙句に俺が守るとか言って付いて行こうとして……みんな呆れてたなぁ……)
アリシアの両親が必死になってフォローに回って、それでも納得せず魔王対策を考えている俺に絡み続けていたために最終的には王宮の自室に監禁されるような形になってしまったのだ。
「しかしあれでもこの国のトップだからなぁ……あんな風に嫌われてたらレイドも戻るに戻れねぇだろ……」
「それならば妾達が収めるルルク王国へ本格的に移住してくれば良いのじゃっ!! アリシア殿といっしょでも構わぬぞっ!!」
「いや、レイドはともかくあれだけ国王が固執している公爵家の一人娘を勝手に移住させたら外交問題とかにならねぇのか?」
「確かに問題はあるであろうが、それでも今回の件を解決に導けばレイド殿の名前と功績は世界中に知れ渡る……無論そんな彼を迫害して追い出したファリス王国と国王の態度についてもだ……そうなればレイド殿が婚約者であるアリシア嬢を連れて隣国に逃げ込んだとしても世論はレイド殿を味方するであろうし……何より私もそれらの問題があってなお、国王としても個人的にもレイド殿には移住してもらいたいと思っているのだ……だからレイド殿がそれを望むのならば全力で力になるつもりだ」
「……ありがとうございます皆さん……ですがそれは全てが終わってから考えたいと思います」
俺を受け入れると言ってくれる皆の気持ちは本当にありがたかったが、それでも俺は素直に頷くことはできなかった。
(アリシアの立場が気になる……っていうのももちろんあるけど、それ以上に俺がどうしたいのか……アリシアとアイダの二人に対して抱いている気持ちだってまだ判明してないんだ……それがはっきりしてない状態でアリシアを連れだすような真似は……はぁ……本当に俺はこの手のことは情けないままだなぁ……)
様々な強敵と戦ってきて、実際に積み上げてきた実績から自分に対しての自信はかなりついてきている。
おかげでもはやかつてのような自虐は劣等感とは縁がなくなったような気がしていたが、恋愛面だけは全く例外のようだ。
「そうだねぇ……まあレイドがどう判断しようと、僕は結論が出るまで二人の傍を離れないけどね……」
「ありがとうアイダ……だけどこの件が片付いたら出来る限り早く結論を出すようにするから……」
「ふふふ、ほんとぉに早くしないと大変だよぉ~……僕たちもっともぉっと仲良くなってレイドが立ち入る隙間なくなっちゃうかもよぉ?」
「えっ!? そ、それってどういう……っ」
「あっ!! お父さん来たっ!! あそこっ!!」
アイダの言葉に思わず尋ねようとしたところでドラコが顔を上げて、何かを指し示した。
果たして其方の空を見上げると、浮かんでいる何かがフラフラとした動きでこちらに向かって来ているのが分かった。
「か、回復魔法を使える方は準備をお願いしますっ!! それと一応ポーションも……っ」
「お父さん……おとーさぁんっ!!」
恐らくは大怪我を負っているのだろうと判断した俺が仲間に指示を飛ばす中で、ドラコは待ちきれないとばかりにパパドラの元へと走り寄っていく。
そんな彼女に気付いたのか、パパドラはすぐに地面へと降り立つと……そのままその場に崩れ落ちてしまった。
「あっ!? お、お父さんっ!?」
「どぅるるるるぅっ!?」
「「「ドゥルルルルルっ!!?」」」
「かぁ……くぅ……お、おお……久しいな……よくぞ無事で……ほ、他の子達も……ぐぅぅ……っ!!」
ドラコ達は不安そうな声を上げながらパパドラを取り囲むが、そんな彼女たちにパパドラは苦しげな声を洩らしながらも返事をしている。
恐らくは致命傷ではないのだろうが、それでも急いで治療してあげようと俺達もまたパパドラの元へと駆け寄っていくのだった。