終わりの始まり⑰
その後も話し合いは続いたが、結局他にあいつを倒す手立てを思いついたものはいなかった。
「こ、これはマキナ先生が開発した回復粉といいますっ!! 作れるだけ作っておきましたからどうか使ってくださいっ!!」
「我々も自国内にある魔術師協会と錬金術師連盟から魔力が回復する指輪やマジックポーションを預かってまいりました」
「冒険者ギルドからも武具を持ってきたぞ……まあお前らの持ってる家宝には敵わねぇだろうけど人数分あるから……」
代わりにとばかりにフローラを始めとして各国や各組織の代表者が前線に立つもの達のために、支援物資を用意してくれる。
アリシアとマナが中心となってそれらを分け合う傍らで、俺は少しだけ気になっていることをマキナに尋ねてみた。
「マキナ殿、幾つかお伺いしたいのですが……あの後、ゴーレムの群れがどうなったかご存じですか?」
「はっきりとは言えないが私たちが馬車にある転移魔法陣で避難した後もドラコ殿を目指して……すなわちこのファリス王国の方向へ移動しようとしているように見えたが……しかしあの移動速度では大した距離は移動出来ていないであろうし、位置的に考えても恐らくは話に聞いた魔王の暴発に巻き込まれて消滅しているのではないかな?」
「あぁ……確かにすっごぉい大爆発だったもんねぇあれ……」
「そうですか……まあ他の国に乗り込んで暴れられていないのであればそれで構わないのですが……」
あのゴーレムに関しては無機物である大地から魔王が産み出した存在だからか、ドラコ似の子達と違い話し合いどころか意思すら見受けられない完全な人形のように思われた。
だからこそ魔王の思惑に従い、人々を襲って回る可能性もあったためにその心配をしなくて済みそうでまずは一安心だった。
(それこそ一番近いところにあるドーガ帝国の人達なんか気が気でないだろうし……あれ?)
「あ……そ、そう言えばマースの街から着いて来てくださった護衛の冒険者の方々が見当たらないようですが……?」
「ああ、彼らには魔術師協会の方々と協力して各地へ周り新たな転移魔法陣を敷く作業に掛かっているよ……魔獣やその知識を得た魔王に利用されないためにパスワードを一新したものをね……おかげでこうして短期間で各国の人々を集めることができたのだよ……そして非常時の逃走経路もね」
「そうでしたか……それはありがたい限りですね……」
「うむ、そしてもう一つ彼らにはレイド殿の範囲魔法を教えた魔術師協会のトップの方々と協力して各地に逃げ込んだ魔獣退治に加わってもらっている……もはや幹部クラスの力のある魔獣は残っていない上に皆バラバラで逃げたとのことだからね……居場所さえ突き止めた上で彼らが油断なく連携を取れば問題なく討伐できるはずだ」
「そっかぁ……そーいえばあの人達って武器無しのレイドとおんなじぐらい強いんだもんね……パーティで挑めば幹部じゃない単体ぐらいなら何とかなっちゃうのか……」
アイダの言葉に俺もまた魔獣とドーガ帝国の冒険者達の実力を考えて、納得したように頷いた。
(一度はドーガ帝国を完膚なきまでに滅ぼした魔獣の群れだけど……あれはあくまでも数があったからだしなぁ……実際にマースの街では一度は追い返されてるぐらいだし……何よりもう戦い慣れした個体は殆ど残っていいだろうから……)
手練れの冒険者と魔術師協会から派遣されたトップクラスの術者が手を組めば、単独で逃げている魔獣に負けることはないだろう。
「本来ならば全力で魔王対策に力を注ぎたいところだが、今逃げている魔獣は精神的に幼い上に人間への憎しみも消えてはいないだろう……ましてこれから闘う魔王は幹部出会ったリダの知識を持っている……下手に騙して利用されて敵に回られたら最悪だからな、レイド殿達の手を煩わせないようこちらで処理しておくべきだと判断したのだ」
「確かになぁ、ドーガ帝国に居た冒険者の奴らは腕の立つ奴らばっかりだが……言っちゃなんだがあの化け物……魔王とかを相手にする分には役不足すぎるからなぁ……マキナの使い方が正解だろうなぁ」
「エクス、そこは力不足と言うべきですよ……しかしその判断は正しいと思います……魔王があそこまで規格外であるとなるとこちらも規格外であるエクスとアリシア殿以外の方を幾ら前線に揃えたとしても、レイド殿の足手まといにしかならないでしょうね……」
「あ、貴方達御三方がそこまでおっしゃるとは……魔王とは本当に恐るべき存在なのですね……」
マキナと実際に魔王を見たエクスとデウスの言葉を聞いて、各国の重臣たちは改めて恐怖に震えるような声を洩らした。
「ああ、あれはヤベェ……何せドラゴンより強ぇし硬ぇんだからなぁ……レイドが何とかしてくれなきゃ援軍に来たはずの俺らも危なかっただろうしなぁ……」
「ええ、全くです……道理でアリシア殿を筆頭にあのマナやマキナが素直に貴方の指示には従うわけですね」
「い、いやたまたまですよ……偶然上手く言っただけですし、指示を出しているのも俺の戦闘能力が中途半端だから……」
「ふふふ、御謙遜をなさるでないレイド殿……其方の優秀さは実際に成した功績が証明しておるよ……よほどの愚か者でない限り疑う余地のないほどにな」
「ら、ランド様までそんな……」
そこで唯一他の国の人達と違い、恐怖ではなく余裕すら感じらせる声をかけてくるランド。
「そうであるぞレイド殿っ!! その魔王がどれだけの脅威であろうともレイド殿なら必ず打ち破れると妾は確信しておるぞっ!!」
「ええっ!! 私たちの国も救ってくださったレイド様ですからねっ!!」
「そうであるな……我らのファリス王国を襲って居った魔獣の陰謀をも舞い戻るや否や即座に解決して見せたレイド殿だ……その実力も能力も……人望も傑物と称するしかあるまい……」
更にアンリとメルもまた同調するように叫び、その後に続くようにアリシアの両親がどこか後悔と申し訳なさをにじませた様子で頷いて見せてた。
「ちっ……何だってんだよ……どいつもこいつもレイドレイドって……どうせアリシアを誑かして利用して手柄を独り占めしてるだけだってのによぉ……」
「ま、まだそんなこと言ってるのぉ……こぉんなしっかり者のアリシアがそんな見掛け倒しな奴に惚れたり……まして騙されて利用されるわけないじゃん……」
「……ん……っ」
しかし未だに不貞腐れているガルフだけは不快そうに舌打ちしたかと思うと、俺を見下したような発言をする。
尤も本人は気づいていないようだがその言い方はアリシアをも愚かだと言っているようにしか聞こえなくて、アイダが呆れたように訂正する。
そんなアイダの声を聞いて嬉しそうに頷くアリシア……どうやらアイダは的確に彼女の内心を代弁してあげたようだ。
「い、いや……あ、アリシアは優しいから元婚約者って約束に縛られて動けないだけで……だ、大丈夫俺はちゃんとわかってるから……そ、そうだよなアリシア?」
「……」
アイダの指摘を受けて慌てて言い直しご機嫌を伺うように呟いたガルフの言葉に、アリシアはただただ白けたような冷たい眼差しを向けるばかりだった。
(ガルフお前……マジでしっかりしろよ……ここまで物分かりが悪いと、この国で生まれ育った人間としては……もうアリシア関連で嫉妬とかする以前に情けなくなってくるわ……)
実際にこの場に集まっている各国のトップの連中がガルフを呆れたように見たり、中には失笑している者もいる。
ここまで舐められていたら下手したら今後の外交にすら問題が出るかもしれない……それに気づいているであろうアリシアの両親は彼の傍で悩まし気に頭を押さえていた。
「……その話はともかく、今は魔獣事件……いや魔王対策の話に集中しましょう……」
彼らがあんまりにも哀れだから……だからと言うわけでも無いが、とにかく話を進めたかった俺は強引に話題を戻そうとする。
「うむ、レイド殿の言う通りそれが良い……ガルフ殿も個人的な諍いに関してはこの場ではなく皆が解散した後にしていただきたい……あくまでもこの場は世界の危機である魔王対策を話し合う場なのだからな……」
「い、いや俺は別に……つうか魔王対策に関係ないレイドを持ち上げるような話題を振った奴らに言えよ……俺は言い返しただけで……」
「いいや、レイド殿は今後の魔王対策の要になる方だ……その者の能力を支援者に正しく把握していただくことは不安を取り除くことに繋がり、結果として士気向上と前向きな意見の発案に繋がるため無駄とは言い難い……逆にレイド殿の経歴な成した偉業を無視してデマを巻き散らし、この場に混乱と不安を齎されては会議が停滞しかねない……だから不満があるにしても、せめて根拠に基づいた発言をしていただきたい」
「ぐっ!?」
それにマキナも乗りつつ、これ以上会議を掻き回されないようガルフに苦言を呈するが向こうは言い訳がましくブツブツと言い返してくる。
しかしそれもすぐにマキナが淡々と切って捨ててしまい、今度こそ何も言えなくなったガルフは顔を屈辱か何かで赤く染めながらも口を噤んでしまう。
(はぁ……あの冷静なマキナ殿にここまで言わせるとか……い、いやまあ前半の俺の持ち上げについては俺もどうかと思うけど……まあこれ以上余計な口出ししてまた横道にそれたりしたらそれこそ時間の無駄だ……話を進めよう……)
「では改めてマキナ殿……それとヲ・リダ殿に聞いておきたいことがあるのですが……ル・リダさんの居場所について何か心当たりはありませんか?」
「うぅん……ぅ……ル・リダお姉ちゃん?」
そこで俺はずっと気になっていたことを二人に尋ねてみると、その言葉を聞いて必死にパパドラへと呼び掛けていたドラコが即座に反応を示した。
「そうだよドラコ……ル・リダさんはまだ生きているみたいなんだ……だけどどこにいるか分からなくてね……」
「ル・リダお姉ちゃん……エメラのお友達?」
「う、うぅん……どぉでしょうねぇ……私はあったことありませんからぁ……だけどドラコちゃんがこんなに懐いている相手ですものねぇ……きっと話せばわかると思いますよぉ……」
ドラコの記憶にあるル・リダはエルフであるマリアの姿で埋め尽くされているのだろう。
だから同じエルフであるエメラに純粋な気持ちで尋ねたようだが、それを聞いたエメラは複雑そうな顔をしながらも最後には優しい微笑みをドラコに向けてあげていた。
(マリア様の姿を取っていることには思うところがあるんだろうな……それでもきっとル・リダさんならエメラさんとも分かり合えると……信じたいな……)
「うぅむ……話には聞いているがル・リダ殿の居場所か……」
「ええ……あの魔王は……いえ、その前身となっていたア・リダは予備がどうとか言っておりましたが……」
「そ、そう言えばさぁ……あのドラコそっくりな子達……ドラコっ子たちのことも自分が失敗したときのための予備プランにどうとか言ってたよねぇ?」
「ど、ドラコっ子……ああ、まあ名前はあったほうがいいけど……」
「こ、これは僕が付けたんじゃないからねっ!! トルテとミー……もがっ!?」
必死に訂正しようとしたアイダの口を何故かミーアが慌てた様子で抑え込んだ。
「ま、全くアイダの奴は相変わらずセンスねぇなぁ……まあでもあの子達もこの名前で慣れちまってるみたいだから、な?」
「むむむぅうぅっ!?」
「あ……そ、そうですか……なら仕方ないですね……」
「……改めて聞くが、魔王は自らが生み落ちるのに失敗した場合の予備プランだと言っていたのだな?」
こちらのやり取りに目もくれずマキナは真剣な口調で尋ねてくる。
「え、ええ……確かにそう言っていましたが……」
「なるほど、道理で私には遠慮なく攻撃してきたわけですね……恐らくア・リダは自分が新たな存在を産み落とすのに失敗したときに、再度同じことを繰り返せるよう……生き物同士を合成して別の魔王を産み落とすための素体としてル・リダ殿を確保していたのでしょうね……そして成功した以上はもう予備は必要なく……」
「そ、それって……つまりもうル・リダさんは……っ」
言いずらそうに言葉を切ったヲ・リダだが、何を言いたいかはすぐに伝わってしまう。
(正直その可能性には気づいてた……その上で見ないふりをしていたけど……やっぱりもう……)
ル・リダの姿が魔王の傍に無い時点で、薄々そうでないかとは思っていた。
予備であり使うかもしれない素体を手元に置いておかない理由がない……何せ実際にドラコっ子達は本部の中をうろついていたぐらいだ。
それでも俺は生きているかもしれないという一抹の希望を捨てきれずにいたのだ。
(だけどヲ・リダさんが言うからには正しいんだろうな……ああ、こんなことならドラコの前で生きてるなんて言ってぬか喜びさせるべきじゃなかったかな……)
「いや……私はまだ生きてはいると思う……それがレイド殿の知るル・リダ殿と同一の存在とは言ってよいかはわからないであろうが……」
「えっ!? ど、どういうことですかマキナ殿っ!?」
しかしそこでマキナが待ったをかけて来て、俺はその言い方に不吉なものを覚えつつも縋るような気分で聞き返してしまう。
「うむ……そやつは自らが産まれ落ちるのに失敗した場合の予備プランだと言ったのだろう?」
「え、ええ……確かにそう言っていたと思いますが……」
「では逆に聞くが、レイド殿は産まれ落ちるのに失敗するという状況をどう捕らえる?」
「えっ!? ど、どうとは……?」
マキナの質問の意図が掴めず、思わず尋ね返す俺に彼女はことばを変えて説明してくる。
「つまりはだ……レイド殿がア・リダの立場にあったとして、生命力の高まりからくる未知の現象を前に予備プランを立てるとしたらどのように実行に移す?」
「え……そ、それはまあ何が起こるかわからないから……それこそ命を落とす可能性もあるだろうし、予め自分が居なくなっても事が進むように……あぁっ!?」
そこまで言ったところでようやく俺はマキナが何を言いたいのかを理解して、ドクンと心臓が跳ね上がるのを感じてしまう。
「そうだろうレイド殿……失敗したら死ぬ可能性もある状態で予備プランを進めるとなれば、自分が居なくなった後でも事が進むようある程度事前準備を済ませておくはずだ……だから恐らくル・リダ殿も既に別の魔王を産み落とすための試作段階に移っている可能性が……」
「ま、待ってくださいっ!! ですがその予備プランで使うはずのドラコっ子たちはああして皆無事で……い、いや元の総数はわかりませんけれどもしも途中で数が減っていたらパパドラさんが疑問に思うはずですっ!! なのに……」
「レイド殿……レイド殿は予備プランを作るとして、それを複数用意したりはしないかな?」
「っ!!?」
更なるマキナの言葉に、今度こそ俺は絶望に近い感情を抱いてしまう。
(そ、そうだ……俺も予備プランってわけじゃないけど魔王と戦う際に失敗したときに備えての策を用意しておいたじゃないか……確かにル・リダさんもドラコっ子も予備プランに使うとは言っていたけど……それが同一のプランだとは言っていなかったっ!! じゃ、じゃあル・リダさんは今どこで何をされてっ!?)
「恐らくドラコっ子は本当の非常時用のプランとして魔物か何かと混ぜ合わせて生命力を高める方向のために作り出したものだろう……いや、ひょっとしたらドドドラゴンを基礎に混ぜていくつもりだったのかもしれないが……それに対してル・リダ殿は……ア・リダとほぼ同じ方向でのアプローチを掛けるために利用されているのだとしたら……ア・リダはまずどうやって生きた者同士の合成に耐えうるドラゴン並の強度を手に入れたと言っていたか覚えているかい?」
「そ、それは……魔界にあるドラゴンの老廃物をゴーレムの魔法で動かして……合成して……次いで色んな生き物を自らの身体に取り込んで行って……」
「……マキナ先生の言う通り、大元がリダである以上は成功したやり方をなぞろうとするでしょうね……だからそのやり方に忠実に従ってドラゴンの住む魔界で既に試して……」
「そ、そんな……る、ル・リダさん……っ」
思わず魔界がある方に視線を投げかける俺を、話に付いていけないドラコはぼんやりと見つめてくるのだった。
(も、もう既に色々と混ぜられて……下手したら成体のドラゴンすら取り込まされて……い、いやそんなことないっ!! る、ル・リダさんがそんな……あぁ……くそっ!!)




