終わりの始まり⑬
ル・リダのことを少しだけ疑問に思った俺だが、すぐに割り切ると目の前の戦況に意識を集中させる。
(これから俺なんかじゃ太刀打ちできない戦場に……死地に飛び込むんだ……しっかり意識を集中させるんだっ!!)
自分に言い聞かせながらゆっくりと進んだ俺は、チラリと後ろで視線を投げかける。
そこでマナが地面にしゃがみこみ魔法陣を作り始めているのを確認してから、彼女を背中で隠す位置取りに立ち深呼吸して息を整えた。
そして、自分の存在をアピールするように正面に向かって大声で叫ぶ。
「皆さんっ!! ちょっと待ってくださいっ!! どうか俺の話を聞いていただけないでしょうかっ!?」
「っ!?」
「黙れっ!! 貴様と話している暇など……ぐぅっ!?」
「おやおや、これはこれは……この状況でいったいどのようなお話をお望みなのですか?」
俺の問いかけにすぐこちらに気付いたアリシアは、まるで盾になる様にこちらへと飛び下がって来てくれる。
逆にパパドラは無視して攻撃を続行しようとしたが、アリシアが抜けた隙を縫うように繰り出された向こうの一撃が直撃してやはりこちら側へと吹き飛ばされてくる。
そうして身の回りにまとわりつく存在が居なくなったところで、そいつはにっこりととても良い顔で微笑んで見せた。
(余裕……いや、こっちを下等生物だと見下してやがるのか……虫けらが何をしても問題ないから慈悲で付き合ってやるかってそんな顔してやがる気がする……だけど好都合だっ!!)
まずは時間を稼ぐのが第一だ。
そしてもう一つ……先ほど自分であり得ないと言っておきながらも、一応は話し合いで解決できるかの可能性も模索しておきたかった。
だから向こうの思惑がどうであれ、話に付き合ってくれるのはありがたい限りだった。
「れ、レイド……っ!?」
「大丈夫だから心配しないでアイダ……アリシアも……ここは俺に任せて少し休んで……」
「ぁ……レィ……っ!!」
俺を不安そうに見る二人だが、既に疲労がたまりつつあるようで肩で呼吸をしているように見えた。
そんな二人の休息もかねて、とにかく俺が時間を稼がなければならない。
「実は……と言う前にまずパパドラさん、貴方の仲間たちは俺達が保護しておりますっ!! あのドドドラゴンもドラコに似た子達も無事でいますっ!! どうか安心してくださいっ!!」
そう思って口を開こうとしたところでパパドラが再び体勢を立て直し襲い掛かろうとしていたので、彼の動きをけん制するためにあえてあの子達の安否を口にした。
「ぬぅ……」
「ですからどうか落ち着いて……ここでまたあの爆発を起こされたらあの子達まで巻き込みかねません……もう少しで転移魔法陣で後方に避難させられますからそれまでは時間を稼ぐ方向で……」
「……ふん」
思った通り同族と思っているあの子達の状態を聞いたパパドラは、俺の言葉に耳を傾けつつこちらへと近づいて来てくれた。
だから向こうに聞こえないよう耳元で静かに語りかけてやると、不機嫌そうに鼻を鳴らしつつも警戒態勢を解かないままアリシアと同じ様に俺の前に盾のように立ちはだかって動かなくなる。
(よし、これなら万が一向こうが襲ってきても二人が止めてくれる……はずだ……)
あとは向こうがどれだけ会話に付き合ってくれるかだが、そればかりはなる様にしかならない。
覚悟を決めて、俺は改めて向こうにいる謎の存在に向けて語りかけた。
「ふぅ……では改めまして、まず自己紹介をさせてください……俺はレイドと言います」
「これはこれはご丁寧に……ふふ、それでは私も名乗らないと失礼ですかねぇ……しかし私はもう万物の頂点に立つ身になり替わろうとしておりますから神と言う唯一無二の呼称だけで十分な気もしますし……」
「ではその前は何と名乗っていらっしゃったのですか? 神と言う存在になる前は……?」
「うん……? 前、ですか……はてさて……それこそ何と名乗るべきでしょうかねぇ……」
自らに酔っているかのように楽し気に語る奴だが、こんな奴を神などと称したくなくてついそう訊ねてしまう。
するとそいつは不愉快そう……ではなく、むしろ心底不思議そうに首をかしげて見せた。
(なんだこの返事は……それこそ元が魔獣ならその頃の名前を名乗ればいいのに……)
正直なところ返事をされないか、或いはア・リダと答えるかだと思っていただけにこの反応には俺も驚いてしまう。
それでもそんな気持ちをおくびにも出さず、俺は平静を装ったまま訊ね続ける。
「それはつまり……前の名前が思い出せないということでしょうか?」
「いえ、産まれ変わる前の記憶は全て覚えておりますよ……だからこそ誰の名前を名乗るべきか困ってしまうのですが……」
「す、全て……そ、それはつまり自らの身に混ぜられた全ての生命の記憶をと言うことですかっ!?」
「もちろんですよ……最も正確には私を産み落としたア・リダと言う方とそこに混じっていた存在の持っていた記憶ですが……しかしそう考えるとやはり前にそれらを束ねていたア・リダの子供とでも称するべきかもしれませんね」
「「「っ!!?」」」
しかしそこで返ってきた答えは予想の遥か斜め上を言っていて、今度こそ俺は元よりこの場に居た全員が驚きに囚われてしまう。
(ア・リダが産み落とした……こ、子供っ!? ど、どういうことだそれはっ!?)
「な、何を言っている貴様ぁっ!? 前に尋ねた時は実験の果てに変わり果てた力なきドラゴンだと自称しておったではないかっ!? どこまで我を馬鹿にしておるのだっ!?」
「ふふ、勘違いなさっているようですね……この姿は確かに私を宿していたア・リダと同じですが、貴方様を騙していたのは彼であって私ではありませんよ……」
「な、何を言うかっ!? 貴様の反応は出会った当時から何も変わっては……」
「それはそうですよ……ア・リダがあなたと出会った時には既に私はその体内で育っておりましたからね……貴方はドラゴンすら進化の一部として我が身に取り込んだ私の反応を同族と誤解していて……それが好都合であったからア・リダは利用するような言葉を囁き続けたのですよ」
「なっ!?」
その発言に今度こそパパドラも言葉を失ってしまう。
「た、体内で育ってたって……あ、ア・リダさんは女の人で……に、妊娠してたってことぉっ!?」
「い、いやだけど仮にそうだとしても何で子供に魔獣の特徴がっ!? いやそれだけじゃないドラゴンや人の特徴まで受け継がれるわけが……」
「その答えとしては貴方達に理解できるかはわかりませんが、生命力の重ね合わせにより新たな命が誕生するに至った結果……とでもいうべきでしょうね」
「あっ!?」
微笑みながらそいつが呟いた言葉を聞いて、俺はマキナが危惧していた内容を今更ながらに思い出していた。
(そ、そうだっ!! マキナ殿がずっと言っていたじゃないかっ!! 生きてる者同士の合成により生命力が高まって行けば何れ爆発的な進化にも近い形で何かが生み落ちるかもしれないとっ!! それがこいつなのかっ!?)
「おや? 貴方達の顔つきからすると少しは理解できているようですね……ふふ、ア・リダ以外の誰もこの可能性に到達していないと思ったのですが……」
「あ、ア・リダと言う方は生きている者同士を合成していくと貴方のような存在が生まれると気づいていたというのですかっ!?」
「半分は正解ですね……私と言う形で変化が訪れると気づいたのはつい最近でしょう……しかし生き物同士の合成により何かが起こると知ったのはずっと前……それこそここが魔獣の家畜場として稼働していた頃からのようです」
そいつの言い方からするにア・リダは魔獣達が自由になる前から……まだドーガ帝国の支配下で飼われていた頃から生きている者同士の合成の可能性に気付いていたことになる。
(ど、どうやってっ!? それこそ魔獣研究の第一人者で全ての元凶だったマキナ殿の弟子ですら無理だと判断していたってのに……幾ら彼の記憶を引き継いだからってそんな発想に至れるわけがないのにっ!?)
実際に他のリダ達は誰一人その可能性に気付いているようには見えなかった。
それなのにどうしてア・リダだけが生きている者同士の合成が可能であると知ることができたのだろうか。
「尤も知ったのは偶然ですけどね……ア・リダと言う方は散々甚振られて雑に魔物との合成に使われていたのですが、たまたまその中に息のある生命が混ざっていてその生命力の重ね合わせに耐えきれず一度は死にました……しかし向こうは死んだ理由に気付くこともなく、魔獣として生き返らせるべく生きている魔物と何体も合成させて無理やり蘇生させたのですよ」
「っ!!?」
しかしそこで向こうはあっさりとその答えを白状してきて、それでようやく俺の中でも全ての線が繋がったように感じた。
(そ、そうだよっ!! 生きている者同士で合成したら生命力の高まりに耐えきれず死亡するからこそ魔獣は死体と生き物を合成して作ってたっ!! だから生命力が高まって死んだ死体も生きている奴と混ぜ合わせれば魔獣として蘇生するっ!! そしてその場合は記憶も……多分能力も引き継ぐっ!!)
恐らくはそうして蘇生したア・リダは生命力の高まりによる異常か何かを感知して、秘密裏にそれに対する考察を続けて行ったのだろう。
「そのおかげでア・リダは生きている者同士でも合成できることを知り……その果てに何が起こるのか確かめるべくより強大な力を持った身体を求めて魔界へ住まうドラゴンを求め始めた……まあこれは余談ですけれども」
「……っ」
更なる補足によりア・リダがドラゴンとの合成を誰よりも主張していた理由もまた理解できてしまう。
(だから何を差し置いてもドラゴンの力を手に入れることを求めて……いや生命力の高まりに耐えうるドラゴンの強靭な身体を求めてたのかっ!!)
「それで……そのような身勝手な理由で我らが領地へ土足で踏み込み、挙句の果てに我が娘を連れ去ったというのかっ!?」
「ええ……尤もそれを行ったのは私ではなくてア・リダとそのお仲間であった魔獣の方々ですが……」
「そ、そう言えばその時にドラコを……この方の娘を誘い出したと聞いておりますが一体どうやったのでしょうかっ!?」
怒りのままに叫ぶパパドラは今にも飛び掛からんばかりで、そんな彼を押さえようと慌てて俺はドラパパも気になるであろう話題を切り出した。
その際にチラリと後ろを見たが、まだマナの準備はもう少し掛かりそうに見えた。
(早くしてくれ……いつまでこいつやパパドラが話し合いに付き合ってくれてるか分からないんだ……正確じゃなくていいんだからさ……っ!!)
もちろんアリシアに事情を話して協力してもらえばもっと早く完成するだろう。
しかしこの場で二人揃って後ろに下がって作業を始めては、間違いなく向こうは訝しみ警戒……とまでは行かなくても意識されてしまう。
ただでさえ一か八かなのだから、せめて秘密裏に事を運ぶ必要があるのだ。
「ああ、それですか……なぁに大したことではありませんよ……ここに来るまでの道中でドラゴンの特徴を持った子供たちをたくさん見て来たでしょう?」
「え、ええ……あれは古から伝わる創世記に書かれてるゴーレムと言う物を生み出す魔法を利用しているのだと推察していますが……」
「その通りですよ……あれは物に自らの生命力を分け与えることで新たな命を生み出す魔術です……そして素材になった元の特徴を兼ね備えて生まれてきます……それがどれだけ端くれであっても……魔獣達の開発した素材培養器でも増やせないような僅かな断片であっても……」
「それと何の関係……っ!?」
一体何を言おうとしているのか不思議に思ったが、パパドラは何かに気が付いた様子で目を見開いて見せた。
「貴様ぁっ!! さては我らの生活圏より身体の一部を入手して、それに例の魔法を掛けて動かし……我が娘を誘導させたのだなっ!?」
「ふふ、私ではなくア・リダですが……八割ほどは正解ですよ……正確にはア・リダは貴方達の老廃物と思しき一部から生み出した命と自らを合成することで疑似的なドラゴンの能力を身に着けたのです……その上で仲間たちの目を逸らすために適当な一体を誘い出したのです」
「っ!!」
「お、落ち着いてドラパパさぁんっ!! こ、この人がやったわけじゃないからぁっ!!」
自らの娘をぞんざいに扱われていたと知ったことで、ドラパパはまたしても怒りに打ち震え拳を握りしめて今にもそいつに襲い掛かろうとしている。
そんな彼にアイダが必死に叫びかけるが、もはや聞く耳持たぬとばかりにドラパパはア・リダから生み落ちた化け物を睨み続けた。
「な、何でア・リダは仲間に黙ってっ!? そ、それに生き物の合成を知っているということは魔獣を取り込んで回ったのもア・リダではっ!? どうしてそんなことをっ!?」
「……先ほどの説明した通りア・リダはリダ達の中でも特に様々な生き物と合成され続けておりました……最初に生まれたリダの派生体ともいえる一体でしたからその分だけ攻撃が集中したのでしょうね……その中で彼は犠牲になった人々から魔物に至るまでの様々な感情が集まり高まっていく中で、一つの結論に辿り着いたようです」
「そ、それはっ!?」
ドラパパが飛び出さないうちに聞けることを聞こうと叫んだところで、そいつはにこやかな笑みをたたえたままはっきりとこう告げるのであった。
「こんな苦しいだけの醜い世界は滅んでしまえばいい……いや、俺が必ず滅ぼして新たな理想郷を一から創造し直してやる……その為の力が欲しいと……その為なら自らを含めてどんな犠牲すら厭わないと……そしてその想いの果てに可能な限りの存在と合成して生命力を高め、自らの身体の消滅と引き換えに全てを超越した力を兼ね備えた私を産み落としたのです」
「っ!!?」
明確な世界の敵として産み落とされたというそいつは、改めて俺たちを下等生物を見るような見下した視線を向けながら微笑み続けるのだった。
「じゃ、じゃあ貴方は……親であるア・リダさんのいうとぉりに世界を滅ぼす気なのぉっ!? そ、それなら何であの子達をあんなに生み出してっ!?」
「あの子達を生み出したのは私ではなくア・リダですよ……私が生まれたのは本当につい先ほどですからね……それこそ上手く行くかもわからないからこそ、ア・リダは予備としてル・リダとか言う魔獣を確保しておきながらそちらの……パパドラさんでしたっけ? ある意味で母体を抱えて安静にしていたかった彼はその方を上手く利用して身辺を護衛させようとしていたみたいですけれど……」
「なっ!? じゃ、じゃあル・リダさんは今ど……っ!?」」
「もう良いっ!! 黙れっ!! それより聞かせろっ!! 貴様はその邪悪なるア・リダと言う輩の遺志を継ぐ者かっ!?」
ル・リダの話題が出て思わず尋ねようとしたところで、ドラパパが感情のままに叫び声を上げながらも向こうに敵意があるかを確認しようとする。
その質問自体は大事なことだから、俺はあえて何も言わず息を飲んで向こうの返答を待ち構えた。
そんな俺たちの視線をまっすぐ受け止めたそいつは、やはりこちらを見下しながら微笑み続けるのだった。
「ふふ、世界に対する憎しみだとか滅ぼそうとかそんなつもりはありません……ただ全ての頂点に立つ神として私はこの世界を自分なりの理想郷へと作り変えるつもりです……既存のあらゆる文化や文明、国や地形……そして生命体も作り直すことになるでしょう……ですから結果的には同じことになるでしょうね」
「もう良いっ!! 良く分かったっ!! 我らが種族の怨敵よっ!! 今ここで滅ぶべしっ!!」
激高して今度こそ突撃するドラパパを、もう俺達は止めることができなかった。