終わりの始まり⑪
「……ぅ……はぁっ!?」
「ヲ・リダさんっ!! 気が付かれましたかっ!?」
「こ、ここは……あぁっ!?」
どうやったら俺の力であの戦いに参加できるのかを必死で考えている中、ようやくヲ・リダが意識を取り戻し始めた。
ヲ・リダは深呼吸しながら周りを見回し、俺達の姿と遠くから聞こえる戦闘音を確認すると慌てた様子で無理やり身体を起こそうとする。
「ま、待ってくださいっ!! まだ完全には癒え切って……っ」
「わ、私のことは構いませんっ!! それにドドドラゴンも私が回復しておきますっ!! ですからレイド殿とマナ殿はどうか彼女らへご助力をっ!! あのままでは殺されてしまいますっ!!」
「っ!!」
「落ち着いて……あっちに化け物が居るのはわかるけど、事情が分からないと加勢の仕様が……れ、レイドっ!?」
焦るヲ・リダを落ち着かせようとするマナだが、その言葉を聞いた時点で俺の方が冷静を失いかけてしまう。
(こ、殺される……アリシアとアイダが……俺の大切な女性たちがっ!?)
「アリシアっ!! アイダっ!! 今すぐ……っ!?」
「駄目っ!! アリシアやパパゴンでもあんな苦戦してるのに私たちが何の対策もなく突っ込んだらお終いっ!! 冷静になるっ!!」
即座に駆け出そうとした俺をマナが麻痺魔法で痺れさせて強引に動きを止めてきた。
「……っ」
「もう一度言うっ!! それにこんな魔法も対策出来ない今のレイドに何ができるのっ!? 気持ちはわかるけど落ち着いてっ!! 良いっ!? ヲ・リダもちゃんと事情を説明してっ!!」
思わずマナを睨みつけてしまうが逆に叱咤してきた彼女は、俺の拘束を解かないまま今度はヲ・リダへと叫ぶ。
あの寡黙なマナがここまで大声を出すのは本当に珍しいことで、初めて見たであろうヲ・リダなどは戸惑いつつもコクコクと首を縦に振ることしかできなかった。
「そ、そうですね……済みません私が取り乱していては何にも……しかしあの不死身の化け物だけは……」
「……とにかく何があったか簡単にで良いから話して……レイドも落ち着いて聞いて私たちに指示を出してから行く……わかったリーダー?」
「……っ」
改めて俺に杖を突きつけてくるマナだが、よく見ればそれを握りしめる手に物凄く力が込められているのがわかった。
(っ……俺だけじゃない……この状況でマナさんも今すぐ飛び出したい気持ちで居ながらも何とか足手まといにならないよう冷静にあろうとしてる……なのにそんな彼女達からリーダーとして認めてもらってる俺が取り乱しててどうするっ!!)
自分に落ち着くよう言い聞かせながら、痺れる身体の中で唯一動く目で了解の意志を込めてまっすぐマナの目を見つめ返した。
するとマナはかるく息を吐きつつ、俺に掛けていた麻痺魔法を解除してくれる。
「ふぅ……済みませんマナさん……おっしゃる通りです……」
「そう、しっかりして……頼りにしてるのだからリーダー……それでヲ・リダ、あいつは何者でどうして戦闘になったの? その強さはどうなの?」
「はい、時間がないので簡潔に説明しますがあいつは恐らくア・リダ……だったものです」
「「っ!?」」
ある意味で想像できていた名前が、しかし何故か過去形で飛び出してきて俺とマナは思わず顔を見合わせてしまう。
(やっぱりア・リダが関わってたのかっ!? しかしだった者ってのはどういうことだっ!?)
「詳細は余りわかりません、ただ見た目は私たちの大元であるただの人間であった頃のリダの姿に背中からドラゴンの翼と尻尾……そしてわき腹から三対の魔獣の手をはやしている存在でした……そして思わず正体を問いかけた私にはっきりと自らを龍人族という新種だと断言したのです」
「っ!?」
魔獣の幹部でありある意味で始まりでもあるリダの姿をしていて、魔獣の手を生やしながら魔獣が提唱していた呼称を名乗る存在。
確かにそれがドラゴンだとは思いにくいが、それでもア・リダだと断定するにはまだ足りないものがある気がした。
(いや、でも確かヲ・リダさんが言ってたな……もう残ってるリダはル・リダさんとア・リダさんだけだって……)
あの戦闘用の手を作り上げたり転移魔法を利用した合成も基本的にリダ達しか知識を持っていなかったはずだ。
そしてそいつの正体がリダ達が作った記憶の無い魔獣だとすれば、自らを改造できるリダ達の誰かである可能性が高いということになる。
つまり消去法で残る最後のア・リダが犯人と言うことになるから、辻褄自体はあっている。
「それで……その情報からそいつを魔獣だって断言して戦闘になった?」
「い、いえ……まずはパパドラが俺達から聞いた話を元に正体を問いかけまして、それに対して向こうは何故か微笑みを湛えたまま曖昧な返事をして……そこへドドドラゴンとアリシア殿達が駆けつけて来ましたので、咄嗟にあいつの正体を確認するために魔獣かどうかを調べてもらうことにしました……」
「範囲魔法か……確かにそれなら……それで魔獣だってわかって……」
「ええ、ある意味ではそうです……確かにアリシア殿が私に触れながら同種を検知する魔法を使いそいつの身体は輝き始めました……しかしその魔法を知らなかった納得がいかないパパドラ殿は事情を聞いてなお納得する様子を見せず……アイダ殿が一応ドラゴンかどうかも調べておこうと言いだしましてそれでパパドラ殿に触れて再度魔法を発動させて……それでもそいつの身体は反応を示し始めたのです」
「はぁっ!?」
「ば、馬鹿なっ!? そんなことが起こるはずがっ!?」
しかしそこでヲ・リダの口にした答えは俺の想像を絶するもので、思わず反射的に否定してしまう。
あの魔法を開発してから何度も唱えてきたが、異なる物で同一の反応を示すモノなど見たことがなかったからだ。
「事実です……余りの驚きに私たちが絶句する中、ふとアリシア殿が何かを思いついたように範囲回復魔法を発動させて……それにもそいつの身体は反応を示しました……」
「っ!!?」
(な、なんなんだそれは……人でもドラゴンでも魔獣でもあるしそうでもないと言える何か……確かにそれはもうア・リダとすらいえない何かで……道理でドラコが何かって表現するわけだ……)
言葉を失う俺たちの前で、ヲ・リダはそのまま早口で少しでも早く説明を終わらせようと口を動かし続けた。
「しかしその魔法はパパドラ殿やドドドラゴンにも反応はなかったためにパパドラ殿もどうなっているのかと……我らの同族のはずがどうして人間にだけ反応する魔法が効果を現わしているのか尋ねて……それに対してあいつは困ったように微笑みながらも、こちらをまっすぐ見つめてはっきりこう言ったのです……」
『だから今まで何度も言っていたではありませんか、私は魔獣や人などと言う下等生物ではありませんと……ですがもう少し正確にこう言うべきでしたね……私は魔獣や人、そしてドラゴンなどと言う下等生物ではありませんとね……』
一息置いてからヲ・リダがそいつの言葉を丁寧になぞるように口を動かし、それを聞いた時点で俺はどうして戦闘になったのかを即座に理解してしまう。
(ど、ドラゴンまで見下すなんて……あの自らの種族に誇りを抱いていそうなプライドの高いパパドラ殿がそんなことを聞いたら……間違いなくブチ切れるよな……)
「それを聞いたパパドラ殿は少し遅れて我を謀ったのかと激高して私の目では追えない速度で襲い掛かり……しかしそいつはあっさりと迎撃して殴り返したようで、次の瞬間にはパパドラは私の隣を通り過ぎるように吹き飛んでいき後ろの壁を壊して行きました……それを目の当たりにしたドドドラゴンは仲間を傷つけられて怒ったのか即座に反撃しようと三つの首から三種類のブレスを吐き出し混ぜ合わせて大爆発を引き起こしたのです」
「そ、それであの爆発が……け、けどこの様子を見るとそれも通じなかったのかっ!?」
俺の問いかけにヲ・リダは困ったような顔で曖昧に頷いて見せた。
「ええ……全く……いや正確には効いていたのかもしれませんが、爆発の中では良く分からず……むしろ私はその爆発にも何の対処もできず、咄嗟にアリシア殿が魔法で庇っていただいたぐらいでしたから……しかし爆風に包まれる中でドドドラゴンの悲鳴が聞こえて来たかと思うと、再度比べ物にならない威力の爆発が起こり何もかもを吹き飛ばしました……多分あいつが放った攻撃なのでしょうね……」
(二発目のあの爆発はドドドラゴンがやったんじゃなかったのかっ!? あいつはそんな攻撃もできるのかっ!?)
改めてアリシア達が戦ってる方へと視線を投げかけると、パパドラと戦っていた時よりずっと激しい勢いでぶつかり合う剣戟に近い音が今も鳴り響いている。
しかもよく聞けばそこに硬い肉体同士がぶつかる音も聞こえていて、両方を合わせた手数は幾らアリシアであっても二本の手では間に合わないであろう数に思われた。
(ぱ、パパドラさんも戦ってるのかっ!? アリシアと二人掛かりで拮抗してるってことかっ!? 幾ら何でも化け物過ぎるっ!?)
「その一撃でこいつはここまでやられたの? 向こうの傷は?」
「恐らくお互いに攻撃が至近距離で直撃したはずですが……爆風が僅かに晴れたところでドドドラゴンの悲鳴が止んで地面に崩れ落ちる音がして、そちらへ視線を向けると無傷のあいつがわき腹から伸び掌に付いた口を開いて再度攻撃しようとしていて……そこへ戻ってきたパパドラ殿が先に口から巨大な火球を打ち放つとそいつに直撃して……再び周囲は爆風に襲われました」
「さ、三度目のはパパドラさんの……だ、だけどそれの直撃を受けてもあいつはピンピンしてるってことかっ!?」
「さっきのアリシアの攻撃魔法も直撃してる……いくら何でもあり得ない耐久力……おかし過ぎる……」
俺達の言葉を聞いて、ヲ・リダは少しだけ首を横に振りつつ力なく呟いた。
「確かにおかしいですが一つだけ仮説が……その爆風の中心に私はほんの僅かにですが癒しの輝きを見ました……恐らく自動修復機能とドラゴンの元来持ち合わせている高い再生能力がくっついて恐ろしいまでの回復能力を得ているのかもしれません……それに気を引かれて僅かにアリシア殿の防御魔法から身を乗り出してしまった私は、電撃魔法と思わしき紫電を視認したと同時に意識を失ってしまいました……恐らくあいつが放ったものなのでしょうが……」
「紫電……電撃魔法……だけど詠唱は聞こえなかった?」
「ええ……爆音に紛れていた可能性はありますが、呪文を唱えるところは全く聞こえませんでした……」
「っ!!?」
(む、無詠唱魔法も使えるのかっ!? そ、それにマナさんの推察通りの魔法だとしたらその威力も俺じゃ比べ物にならない……アリシアクラスってことになるっ!? 最悪だっ!!)
そこまで強い相手が無詠唱で魔法を使える可能性まで出て来て俺は目の前が真っ暗になりそうなほどの絶望を覚える。
そして同時にもしマナが止めてくれず、この情報抜きで挑んでいたら間違いなく俺はヲ・リダの二の舞となりアリシアの足を致命的に引っ張ってしまっていただろう。
「私に分かるのはここまでです……と、とにかくあいつは今のところどんな攻撃も効かない上にその気になればこの辺り一帯を吹き飛ばす威力の攻撃が出来てしまいますっ!! おまけにあらゆる生き物を見下していて……」
「だけど話を聞く限り最初に仕掛けたのはパパゴンの方……話し合いの余地が全くないわけでは……」
「……いえ、マナさん……この建物の中に居た沢山のドラコそっくりな生き物はそいつが作り出していたはずです……なのにその存在を忘れていたのかどうでもいいと思っていたのか当たり前のように巻き添えにするような攻撃をする奴ですよ?」
思えば最初にドドドラゴンが放った爆発はここまで影響はなかった……恐らくはあの子達のことを考えて、巻き添えにしない攻撃をしたのではないだろうか。
それに対してあいつは丸ごと吹き飛ばすような威力の攻撃を仕掛けて来て、そのせいで何もかも吹っ飛んだ結果としてパパドラの爆風もこの場まで届いてしまっていた。
(尤もパパドラさんが攻撃しなかったら向こうが同じ攻撃を連発していただろうから、止めるために仕方なく放った面もあるんだろうけど……)
幾ら自らが産み出した生き物とは言え当たり前のように巻き込もうとする奴と分かり合えるとは思えなかった。
「それはそうだけど……でもじゃあどうするレイド? 戦うとして何か作戦はある?」
「さ、作戦……」
「わ、私にも指示をっ!! 何でしたらル・リダ殿のように……この身を犠牲にする作戦でも構いませんからっ!!」
「っ!?」
二人とも悲痛な目で俺を見つめて指示を仰いでくる。
しかし話で聞くだけでも圧倒的な力差があると分かってしまう敵を前に、俺はどうしても有効な手段を思いつけずにいた。
(ヲ・リダさんは転移魔法で……ってことだろうけど論外だっ!! そんな仲間を犠牲にする作戦はもう二度としたくないし、そもそもあいつも多分転移魔法を使えるから何の意味もな……い、いやまてよっ!! 本当に転移魔法はあいつには通用しないのかっ!?)
頭の中でいくつかの思考を巡らせながら、俺は転移魔法を使える二人に問いかけるのだった。
「マナさんっ!! ヲ・リダさんっ!! 転移魔法をあいつだけに掛けることはできますかっ!?」
「そ、それは不可能ではありませんが……」
「多分遠隔で放っても魔力の流れで見切られて躱される……直接触れて使えば話は別だろうけど……あいつも使えるから意味は……」
「わかっていますっ!! しかしそれなら……よしっ!! いけるかもしれないっ!!」