終わりの始まり⑦
慌ててこの部屋への出入り口と思しき場所で外を睨みつけているマナの元へ向かおうとするが、その前にアリシアとドラコのお父さんが動き出していた。
「あぅぅ~っ!? め、目が回るよぉぉお……ま、マナさぁんアリシアが代わるってぇ……」
「良く分からないけど助かるっ!! 気を付けてっ!!」
「ふん、やはりか……全く困った子だ……」
「「「ドゥルルルルルっ!!」」」
アイダに声を掛けられマナがすぐにアリシアと場所を交換するように後ろへと飛び下がったところで、ドア枠ごと壁をぶち破る勢いでそいつが姿を現した。
(こ、こいつは三つ首のっ!? だ、だけどこの大きさはっ!?)
その見た目はまさにファリス王国で戦ったあの三つ首の化け物にそっくりであったが、何故か俺たちより一回りほど大きい程度にまで縮まっていた。
だからこいつがあの時のあいつと同じ存在なのか戸惑ってしまうが、向こうはそれこそあの三つ首の化け物と同じ様に目の前に居るアリシアやアイダへと問答無用で襲い掛かり始めた。
「「「ドゥルルルルっ!!」」」
「っ!!?」
二人をまとめて前足で押しつぶそうとする三つ首の化け物に対して、即座に反撃しようと剣を引き抜こうとしたアリシア。
しかしその前に両者の間へと割って入ったドラコのお父さんが、三つ首の化け物の踏みつけを片手で止めて見せた。
「落ち着け、この者達は我々を害した存在ではない……と、言ったところでわかるはずもないな……仕方あるまい……はっ!!」
「「「ドォルルルっ!!?」」」
それでも暴れようとする三つ首の化け物だが、ドラコのお父さんがそいつの前足を拘束して動かさないようにしながら目を閉じて気合を込めて叫んだ。
すると三つ首の化け物は何かを感じているのかいきなり困惑したように三つの首をくねらせながら、ドラコのお父さんへ視線を集中させた。
ドラコのお父さんも見つめてくる三つの頭を交互に見つめ返し頷いて見せると、途端にあれだけ猛威を振るっていた化け物が大人し気にその場に座り込んでしまった。
「そうだ……大人しくな……よし、良い子だ……もう良いぞ、話の続きをするがいい」
「え、あ……は、はい……」
そのまま座り込んだ三つ首の化け物が摺りよさせてくる頭を、ドラコのお父さんはやはり交互に愛おしさを感じさせる笑みを浮かべて撫でながらこちらへ向き直ってくる。
余りに唐突な出来事に呆気にとられながらも何とか返事をしたが、どうしてもその意識は三つ首の化け物に向かってしまう。
「何を怯えている? 認めたくないが貴様らの力ならばこの程度の幼子如き恐れるに足らんであろうが……」
「い、いえ十分脅威なのですが……一応聞いておきたいのですが、その三つ首の化……子共はひょっとしてつい先日、ル・リダ……魔獣と共にここへ転送されてきた存在でしょうか?」
「……知っておるとはな……もしや貴様ら前にこの子にあっておるのか?」
「え、ええ恐らく……尤も前にあった時はもっと巨体でしたから……」
「確かにその通りだ……だがこやつはこの通りヤンチャだからな……小さくしても能力は変わらんがあのような巨体で暴れられるよりはずっとマシだろうと判断したまでだ」
俺の疑問にドラコのお父さんはスラスラと答えてくれるが、聞けば聞くほど新たな謎が生まれてきてしまう。
「え、ええと……そ、その言い方だとぉ……ドラコのおとーさんがこの子をちっちゃくしたってことぉ? ドラゴンってそんなこともできちゃうんだ」
「うん? あの子から聞いておらんのか? 姿形を変えるのは我らの基礎技術のようなものだ……あのような巨体のままでは場所を取って敵わんからな……尤も本来ならば自身にしか掛けられないのだが……憎々しいことに我が身体に入り混じっておる魔獣の力によって、互いの位置を伝えるだけのテレパシーを利用してこのように同族へ指示を出すことが出来るようになったのだ」
「居場所を伝える……テレパシー……転移魔法の応用で声を届けている?」
「そ、その辺りは良く分かんねぇが……ひょっとしてそれでドラコは急に誰かが呼んでるって言い出したのか?」
マナは遠距離間での位置の伝達を可能にする方法に興味を示すが、それに対してミーアはドラコの身に起きた異変と絡めて考えたようだ。
「そうだな……先ほどまであの子があちらに居たとするならばそう言うことになる……何度も呼び掛けて、それでも動く速度に変化が見られなかったのであの魔獣と言う屑共に囚われているのかとも思っていたのだがな……」
「そ、そうだったんですか……それで急にドラコは……」
ドラコのお父さんの言い方からして、本来テレパシーというものは声を届けたり出来るものではないようだ。
しかし戦闘中に転移魔法で自らの身体に無理やり合成されてきた魔獣達の力……恐らくは魔物に指示を出していた能力か何かを応用してこのように指示を飛ばせるようになったのだろう。
もちろんそれを受け取るドラコに取っても初めての経験であり、その衝撃で少しだけ正気に戻り声を出せるようになったと考えれば辻褄が合う気がした。
「つーことはやっぱりドラコのあの姿は人とか魔獣が混ざった結果じゃないってことか?」
「だ、だけどさぁ……ドラコのお父さんは魔獣が混ざっちゃってるんだよね? だ、だから人型をしているのぉ?」
「ふん……確かに細かく……魔獣共の知識からすれば細胞とかいう段階では入り混じっておろうがな……この姿は我が技術で成しているものだ……無論精神もな……最も偉大なる種族である我が、貰い物の力を我が物顔で振る舞う厚顔無恥にて惰弱なる精神の持ち主に影響を受けるものか」
アイダの言葉に不機嫌そうに吐き捨てたドラコのお父さん……どうやら自分の身体に魔獣がくっついてきたのがよほど不快だったようだ。
(まあ当たり前だよなぁ……だけど記憶こそ引き継いでいるみたいな恩威全く影響を受けないってはどういうことだ?)
気になった俺は恐らくその手の知識はこの中で一番詳しいであろうヲ・リダへと視線を向けるが、彼は今にも死にそうな顔でドラコのお父さんと俺たちの会話を遠くから眺めていた。
どうやら自分たちのしていたことを改めて被害者の口から聞かされて罪悪感で潰れそうなのだろう。
(謝りたくて仕方ないって顔してるけど、同時にこれだけのことをしておいて軽々しく謝罪を口にするのもおこがましいって感じかなぁ……
)
自業自得とは言え余りにも居たたまれなくて、何より疑問の答えを知りたかった俺はそんなヲ・リダへと声をかけた。
「……ヲ・リダさん……記憶を引き継いでも精神的に影響を受けないって事例は他にもあったんですか?」
「あ……い、いえそれは……むしろ色々と負の感情が混ざり合って増幅して……し、しかし前にも言いましたがドラゴンは非常に長生きですから長い年月の中で精神的に成熟して落ち着いているとか……あ、或いは頭の容量が桁違いなので矮小な寿命しか持たない人間が多少合成されても誤差でしかなかったのではと……ま、まあすべて仮説ですがともかくあり得ないことはないと思います……」
「ふん、その通りだ……そんな虫けらのような生き物の分際で我らの力を良いようにしようだなどと思い上がりおって……ああ、実に腹立たしいっ!!」
ヲ・リダに向かって憤慨した様子で叫ぶドラコのお父さん。
「……全然せーしんてきにせーじゅくしているようにみえないんだけどぉ?」
「う、うぅん……や、やっぱりちょっと魔獣がくっついて怒りとか憎しみの感情は増幅されてるのかも……」
向こうに聞こえないよう俺たちの傍でぼそっと呟いたアイダの言葉にちょっと頷きたくなってしまう。
(でもまあ、それでもちゃんと正当な相手を憎んで……って言ったらあれだけど、とにかく向こうからすれば抱いて当然の感情でしかないし、やっぱりリダ達と違ってちゃんと制御は出来てるんだろうなぁ………)
内心で元が同一の存在だったにもかかわらず、あれだけの個性が生まれて意見もバラバラになってしまったリダを思えば確かにドラコのお父さんは安定していると思われた。
「うぅ……そ、そのもし望まれるのでしたら……しょ、贖罪になるとは思えませんがこの命で償……」
「黙れっ!! 余計なことをほざくなっ!! いずれ貴様ら魔獣共には自らがどれだけ愚かな行為をしたのか思い知らせてくれる……が、それは今ではない……腹立たしいがまずは同族の保護が優先だからな」
「あ……そ、その私は魔界に……貴方達の住処に通じる転移魔法陣を使えます……で、ですからもしよろしければ協力を……」
「必要ないっ!! 我らの移動速度ならば大して時間はかからんし……この身に混じった屑共の記憶を読み取ればわかることだ……腹立たしいから滅多にやらぬがなっ!!」
はっきりとヲ・リダの提案を切り捨てるドラコのお父さんは、やはり幾ら改心しているとはいえ魔獣とだけは折り合うつもりはないようであった。
(この調子だとやっぱりル・リダさんはもう……だけどもしもそうだとして止めを刺したのがドラコのお父さんだったら俺は……どうすればいいんだ?)
正直なところ、あの三つ首の化け物を見てから……いや、ドラコのお父さんに質問できるようになった段階で真っ先に彼女の安否を訊ねたかった。
しかしせっかく一応は友好的な空気になっているのに、下手にその質問をしてしまうと一気に壊れてしまいそうでどうしても躊躇していたのだ。
(だけど聞かないと……俺たちやドラコにとっても恩人で……何より大切な仲間なんだから……)
それでもどうしても、ドラコのお父さんがル・リダを手に掛けたと聞いてしまったら自分の感情が整理しきれる自信はなかった。
もちろんあれだけドラコをよろしくと言っていたル・リダのことを思えば、俺が短絡的な感情で行動してはいけないとは思う。
何よりも先ほどドーガ帝国の人達に対して偉そうに語ったばかりなのだから……幾らル・リダが大切な仲間だからと言って、憎むべき正当な事情があってその命を奪ったドラコのお父さんに刃を向けるわけにはいかないのだ。
(まだ決まったわけじゃないけど……とにかく落ち着け俺……冷静に……聞こう……)
「……魔獣関連でもう一つ」
「そ、それより一つ聞いていいかっ!? ドラコはここから強いドラゴンの反応を三つ感じてたみたいなんだけどさぁ……」
「そ、そうだぜっ!! 確かお父さんと三つ首の怖い奴と……何かだって言ってたけど、その最後の奴は何者なんだい?」
そう思って覚悟を決めて口を開こうとした俺に被せるようにトルテとミーアが慌てたように叫んで来た。
恐らくは知り合いであるヲ・リダが責められている姿を見ていられなくなって強引に話をそらそうとしたのだろう。
(タイミングが悪い……いや、むしろ良いのか……この隙に少しでも心を落ち着けよう……)
嫌なことを先延ばしに舌だけのような気もするが、ちょっとだけ安堵してしまう俺。
尤も二人がした疑問も気になってはいるし、何より最重要な事でもあった。
だから心を落ち着かせながらも真剣に耳を傾けた俺達の前で、ドラコのお父さんは最後の一体について説明を始めた。
「何か、か……変な言い方をするものだな……しかし無理も無いか、我々より遥かに先に捕まり屑共に散々実験を繰り返されてしまったらしいからな……同族として見るとどうしても違和感が湧いてしまうか……」
「えっ!? あ、貴方達より……ドラコより先にドラゴンが捕まっていたのですかっ!?
思わず驚いた俺たちの目がオ・リダへと集中するが、そんな彼もまた罪悪感すら吹き飛んだ様子で驚きに目を見開きながら必死に首を横に振って見せた。
「い、いえっ!! そんな筈はありませんっ!! 実際に魔界にこそ乗り込み何体かのドラゴンとは遭遇しましたが、結局多数の犠牲を払った末に連れ出せたのはドラコだけ……それだけは間違いありませんよっ!!」
「馬鹿なことをほざくなっ!! あやつは紛れもなく我の同族であるぞっ!! そうでなければこれほど深くテレパシーを感じ合うものかっ!!」
「ほ、本当ですよっ!! か、考えてもみてくださいっ!! 貴方が単独で攻めてきた時、あれだけの犠牲を払って追い払うのがやっとだったじゃないですかっ!! ましてドラゴンがあちらこちらに居てテレパシーで引き合ってる中で、我々如きの力で何ができるというのですかっ!? ドラコですら、どうやってかア・リダが転移魔法陣まで誘導して何とか連れ去ったぐらいで……」
「そこまでわかっていてよく言ったものだなっ!! それこそあの子を誘導するのに、あやつのテレパシー能力を応用していたではないかっ!! だからこそ同族に呼ばれていっただけだと思い込んでいる他の仲間達は未だに動いておらんのだっ!! そうでなければ我々が同胞の危機を見捨てるものかっ!! あくまでも仲間同士での諍いだと思われたが故に我は我一人で乗り込む羽目になったのだからなっ!!」
「っ!!?」
そんなヲ・リダに向かいドラコのお父さんはさらに衝撃的な内容を口にして、それを聞いた俺たちはついに驚きの余り声も出せなくなってしまうのだった。
(ど、ドラコのお父さんがここまで言うってことは真実なんだろうけど……どういうことなんだそれはっ!? ア・リダって奴はドラゴンのテレパシーを利用していたってことかっ!? 一体どうしたらそんなことが……それこそドラゴンと混ざりでもしない限り……同族判定……そ、そう言えば今まで聞いてきた話全てでア・リダって奴はドラゴンとの合成を一番強く主張していたじゃないかっ!! そ、それと何か関係があるのかっ!?)