終わりの始まり⑥
軽口を叩き合い、俺たちの間に少しだけ明るい雰囲気が戻ってきた……ところでヲ・リダが真剣な顔で振り返って口を開く。
「ここです……この上に我々リダ達の会議部屋があり、そこに転移魔法陣を敷いておいたのです……万が一にも他の魔獣達や或いは野心的なリダの誰かが感情に任せて使ってしまわないように監視の意味も込めて……」
「そうですか……では早速上の状況を調べて、誰も居ないようなら転移魔法陣が無事か確認を……」
「その必要はない」
「「「「「っ!!?」」」」」
静かに語り合っていたところで、ふいに頭上から洞窟の天井越しにもかかわらずはっきりとした声が聞こえてきた。
反射的に見上げようとする……前に恐怖を覚えた俺は咄嗟に近くに居たミーアとトルテを掴んで全力で飛び下がった。
「な、なん……ぐぇっ!?」
「く、苦し……っ!?」
「な……うぐっ!?」
「え……うえぇっ!?」
服を引っ張られて苦し気な声を上げるトルテとミーア、隣では同じく何かを感じ取ったらしいアリシアがマナとヲ・リダをひっつかんだまま強引に来た道を引き返そうとする。
そんな俺たちの目の前で先ほどまで立っていた場所を爆音と共に重量を伴った何かが高速で横切り、その場にある全てを掬い上げるように薙ぎ払って行った。
「ふぇぇっ!? な、何今のぉっ!?」
「よ、良く見えなかったけど巨大な尻尾みたいな何かだっ!!」
果たして鞭のように撓る何かの一撃により崩れ去った洞窟内に地上から僅かな光源が差し込めて、その中に一つの人影が浮かび上がった。
尤も人影と言いつつも背の高さは俺の倍ぐらいある上に、その背中と臀部からはさらに不釣り合いなほど巨大な翼と尻尾が伸びている。
(あの翼と尻尾どこかで……いやあんな大きさからして一つしかないっ!! ドラゴンのものかっ!?)
過去の記憶から連想しうるたった一つの答えに辿り着いた俺は、同時に相手の正体もまた凡そ判別できてしまう。
(この強さに見た目、間違いなくドラゴンの能力を身に着けている……つまりこいつがドラコが探知していたうちの一体ってことかっ!!)
「ふん、今のを避けるか……ゴミにしては少しはやるな……」
「ま、待ってくれっ!? 少しぐらい話を……」
「黙れ……誰が貴様らのような屑共と話し合うものか……鬱陶しいゴミ共が……死ねっ!!」
「なっ!?」
「っ!!!」
咄嗟に語りかけてみたが、向こうは話し合う余地もないとばかりに言い捨てると同時に殺意を込めてこちらを睨みつけて来た。
そして次の瞬間、そいつの身体が僅かにぶれたかと思うのと凄まじい暴風と共に金属音とも爆音ともつかぬ轟音が鳴り響く。
(えっ!? な、何が……あ、アリシアっ!?)
「っ!!」
「ちぃっ!! カスの分際でっ!!」
少し遅れて俺はようやくあいつが認知出来ない速度で尻尾を薙ぎ払った事と、それを唯一反応できたアリシアが家宝の剣でもって弾いてくれたことに気が付いた。
しかしその頃には既に向こうが鱗と鋭い爪で固められた頑丈な腕でもって切りかかってきて、それをまた洞窟から飛び出したアリシアが剣でもって撃退し切り結ぶ剣戟に近い音が響き渡っていた。
(さ、流石アリシアだっ!! お、俺じゃあこうはいかなかったっ!!)
仮に俺があの剣を持っていたとしても向こうの攻撃に反応することすら難しかっただろう。
何より今も二人の攻撃がぶつかり合うたびにその余波で周囲の土砂が吹き飛ぶほどの衝撃が発生している所からしても、これほどの威力のある攻撃を俺ごときにどうにかできるはずがない。
(やっぱりアリシアに剣を渡しておいて正解だった……だけどこれじゃあ援護もできないっ!!)
二人の動きが余りにも激しすぎて、俺では目で追うのも難しいぐらいだ。
「ひゃぁああああああっ!?」
ましてアリシアの背中にしがみ付いているアイダなど目を回しそうになりながら悲鳴じみた声を上げているほどだ。
「あ、アイダ……」
「大丈夫なのかあいつ……」
「ま、まあゼメツの街でも似たような状況でしたでしょうから恐らくは……」
「それよりレイド……あれだけの速度だと下手に援護できない……どうする?」
洞窟の中から外で激しく争う二人の様子を観察しつつ、マナが俺に指示を求めてくる。
しかし俺もどうするべきか判断が付かないでいる中で、ヲ・リダが控えめに口を開いた。
「……あのアリシア殿と相手の方はほぼ互角にやり合えているようですが、これだけの騒音ですと他の方も気づいてやって来かねません……何をするにしても早めに行動しなければ……」
「そ、それもそうですね……じゃあ……」
ヲ・リダの言う通り、ここに来るまでに沢山いたあのドラコのような奴らがもしも一斉に襲ってきたらどうしようもなくなってしまう。
ましてこいつと同格であろう残りの二体が駆けつけてくる可能性もある以上、こうして躊躇している暇はない。
「貴様ぁっ!! この力っ!! 一体どれだけ我が同胞を犠牲にして身に着けたっ!?」
「っ!!」
「な、何言ってるのぉおおっ!? あうぅぅっ!? あ、アリシアの強さは本物……にゃぁぁああっ!?」
「っ!?」
そこでこの拮抗している状態に苛立ちを隠せない相手が攻撃の手を早めながら口走った言葉に俺は何かが引っかかった。
(同胞を犠牲にして……力を身に着けた……ま、まさかこいつっ!?)
「お、おいレイドっ!? 何考えてんだっ!?」
「どんどん相手の動きが早くなるぞっ!? このまま見てる気かっ!?」
「二人とも落ち着いて……アリシアもちゃんと対抗できてる……むしろあの魔力の練り方からして多分……」
更にそこへトルテとミーアの焦ったような声が聞こえて来て、それを押さえるようなマナの言葉に俺もまたアリシアが無詠唱魔法を使うタイミングを見計らっていることに気が付いた。
「……皆さん、俺がアリシアのフォローに入ります……トルテさんとミーアさんはマナさんと協力して周りを見張ってください……ヲ・リダさんは転移魔法陣が残っているかどうかを確認して、駄目そうならば地下に再設置をお願いします」
「しょ、正気かレイドっ!?」
「お、お前あの戦いにどう介入する気なんだっ!?」
俺の指示にトルテとミーアが不安そうな声を上げるが、そんな二人を安心させるべく微笑みながらしっかりと頷き返す。
「考えがありますから……それより見張りの方よろしくお願いします、できればやってきた方を傷つけないようにしてくれると助かります」
「むぅ……なかなか難しいことを……まあいい、二人とも早く……」
「ちぃっ!! む、無理すんなよレイドっ!!」
「ええ、三人もお気をつけて……ヲ・リダさんもお願いします」
「……わかりました、お任せください」
全員が弾かれたように洞窟から飛び出し、各々が別の咆哮へと動き出すのを見てアリシアと切り結んでいる相手は苦々しそうに表情を歪めた。
「ちぃっ!! ネズミのようにこそこそとっ!! その行為がどれだけ愚かか思い知らせ……ぐぅっ!?」
「っ!!」
そうしてそいつが一瞬だけこちらに向けたのをアリシアは見逃さなかった。
指先から無詠唱で攻撃魔法を放ち、そいつの目を打ち抜いたのだ。
元々アリシアの使う攻撃魔法は俺が使うより遥かに強力だったが、今はさらに剣の効果で強化されている。
その為に家宝の剣ですら切り裂けていないそいつの頑丈な身体をも、アリシアの攻撃魔法は貫いて見せた。
それでも向こうは重症化する前に首をふって避けてしまった上に、攻撃を受けた場所に癒しの光が発生して即座に傷を癒してしまうが、目を穿たれたことでほんの僅かに態勢が崩れたのをやはりアリシアは見逃すことはなかった。
「……ぁ……っ!!」
「ぐぐぅっ!? お、おのれぇええっ!!」
その隙を付くようにアリシアが一転して攻めに集中し始め、向こうはそれを凌ぐために防戦一方になり抑え込まれ始める。
「はぁっ!!」
「な、何……っ!?」
おかげで少しだけ動きを読みやすくなったところで、俺もまた無詠唱で攻撃魔法を発動し向こうが次に踏み込むであろう地点の大地を穿ち穴をあけてやる。
それでも向こうは戦い慣れしているのか或いは本能的になのか別の場所へ足を踏み下ろして見せたが、無理やり足取りをずらしたことでまたしても態勢が崩れることになる。
「っ!!」
「ぬぅっ!?」
そこへアリシアが力強く踏み込んだ強烈な一撃が迫り、向こうは何とか交差させた腕で受け止めるものの堪えきれずそのまま地面へ跪く形になり身動きが取れなくなった。
こうしてアリシアがこいつを抑え込んでいる状態で、俺とマナが協力して最大威力の攻撃魔法を叩き込めば恐らく倒すことは出来るだろう。
或いはアリシアならばこのまま押し切る方法を考えついているかもしれないが、そんな彼女に俺はあえて声をかける。
「アリシア、そのまま拘束だけしておいてくれっ!! 俺はこの方と話がしたいっ!!」
「な、舐めるなゴミがっ!! 誰が貴様らなどと……」
「落ち着いてくださいっ!! 俺たちは多分貴方の味方……いえ、貴方の子供を保護している者ですっ!!」
「なっ!? き、貴様今何と言ったっ!?」
俺の言葉を聞いた相手はようやく顔色を変えると、今まで眼中に無いとばかりにしていた俺の顔をまっすぐ見つめてきた。
(やっぱりか……この俺たち……というか人類を見下すような発言に同胞の犠牲と言う言葉からしてもしかしたらとは思ってたんだけど……)
向こうの態度から自らの推察が当たっていたと確信した俺は、改めて相手の顔をまっすぐ見つめながら口を動かし始めた。
「貴方はドラコの……この施設に囚われていたドラゴンの保護者……父親なのですよね?」
「そんなことはどうでもいいっ!! あの子を保護しているだとっ!? 死んだのではなかったのかっ!?」
「とんでもないっ!! 今も生きておりますよっ!! 貴方も探知できているはずですよねっ!?」
「はっ!! 何を言うかっ!! この施設内にあの子の反応などありはしないっ!! 騙す気かっ!?」
「こ、ここは危険だから連れてきていないだけでさっきまではドーガ帝国の国境の辺り……あ、あっちの方で何か反応がありませんでしたかっ!?」
向こうの指摘に慌てて俺たちの居た方角を確認して指し示して見せると、向こうの顔から少しだけその表情から疑いの色が抜け落ちた。
「確かに先ほどまでその方角に同族の反応はあったが……」
「ドラコも……お、俺たちはあの子のことをそう呼んでいるのですが貴方達のことを感じ取って呼んでいると言っていました……やはり貴方がドラコのお父さんなんですよね?」
「……ふん、もはや元と言うしかないが確かにあの子の親ではあった……それで貴様らは何が目的だ? 我に匹敵する存在を作り上げておいてまだ力を求め足りないとでもいうのかっ!?」
そう言って憎々し気に自らの動きを抑え込んでいるアリシアを見つめるドラコのお父さんだが、そこへ背中に背負われているアイダが必死に首を横に振って見せた。
「ち、違うよぉっ!! アリシアはねぇ、好きな男の子と言葉で簡単に落ち込んじゃうか弱い女の子なんだよぉっ!!」
「か弱い……この状況を見て本気で言っておるのか貴様は?」
「だって、ほんとぉだしぃ……未だにけっこぉ前に好きな男の子から勘違いで言われた言葉が傷になって声も出せないぐらいなんだからぁ……」
「うぐっ!? そ、その件はその……いや本当に申し訳ないです……ハイ……」
アイダの言葉に思わず胸を押さえて項垂れてしまう俺。
そんな俺たちを見てドラコのお父さんは呆気にとられたような顔をしたが、すぐに気を取り直すと改めてこちらを睨みつけてくる。
「……そんなことはどうでも良い、とにかく聞きたいことは我が娘が無事かどうかと……それを保護しているという貴様らの目的だ……どのような卑しき思惑で卑劣な取引を求める気だ?」
「え、ええと……ドラコの保護と俺たちがここに来たのはほぼ無関係です……正確には貴方の元へお返ししようと思って動いてはおりましたが……」
「返す……だと? 貴様らが……あの子を散々傷つけて利用しておいて今更なんだというのだっ!?」
その叫びには怒りと嘆きがふんだんに込められていて、会話をしていて視線を向けられていた俺は思わずたじろいでしまう。
「え、ええとぉ……し、信じてもらえるかはわからないけど僕たちはあの子を傷つけたりしてないよ? むしろおとーさんの元に返すためにここから連れ出して保護してたって聞いてるし……そうだよねレイド?」
「え、ええ……ル・リダと言う魔獣の方が彼女のあまりな待遇に心を痛めて連れて逃げ出しまして……その方と偶然出会った俺は魔獣と対抗していたこともあって手を組み……その中でドラコとその方にお世話になったので絶対に守り抜こうと心に決めて……」
代わりにアイダが説明してくれて、慌ててそれに乗る形で補足し始めるとそこで初めて向こうは困惑気味な表情を浮かべ始めた。
「……待て……確か魔獣と言うのはそこに居るような輩の総称であろう……そやつと共に居る貴様らも魔獣なのだろうに、同族間で敵対しているというのか?」
そこでチラリと室内で転移魔法陣が起動可能か確認しているヲ・リダへと視線を投げかけたドラコのお父さんを見て、ようやく彼が誤解していることに気が付いた。
「い、いえそれは誤解です……確かにヲ・リダさんは魔獣ですが色々あって改心して我々人類の味方になっているだけでして……つまり俺たちは魔獣ではなく人類で魔獣とは敵対している者です……」
「……人に化けているのではなくて?」
「ええ……もし我々が魔獣だとしたら貴方ほどの強敵と戦うのに、戦闘向きな本来の姿を曝け出さずこの姿を維持し続ける理由がありませんよ……」
「……」
それを聞いたドラコのお父さんは少しだけ目を閉じて何事か考えたかと思うと、ゆっくりと口を動かした。
「……この剣をどけよ娘……今だけは感情を堪えて会話を続けてやる」
「……」
ドラコのお父さんの言葉を聞いたアリシアが確認するように視線を俺に向けて来たが、それに首を縦に振って見せる。
そんなアリシアが剣からゆっくりと力を抜いていくと、向こうもこちらを威嚇しないためにか緩やかな動きで距離を取り始めた。
「ふん、我と切り結ぶほどの相手がただの人類だとはな……信じがたい話だが、まあ良い……それよりも重ねて聞くが、本当にあの子は生きておるのだな?」
「はい、今も俺たちの仲間が保護しているはずですが……あっ!? で、ですが先ほどからゴーレムというか動く土塊に襲撃されていましたのでどうなっているかは……」
「それについては確認いたしました……転移魔法陣が動きましたのでね……こちらをご覧ください……」
そこへヲ・リダが口をはさみ、俺たちを手招きしてきた。
彼だけは魔獣と言うこともあってかドラコのお父さんは物凄くきつい眼差しで睨みつけていたが、それでも傍に近寄って転移魔法陣の候補先として映し出されいるその光景を見て目を見開いた。
「おおっ!? あれは紛れもなくっ!! 無事でおったのかっ!!」
「ええ……現在はファ……教えてもよろしいですよね?」
「そうですね……今ドラコはファリス王国に避難しているようです……あっちの方にある国ですね……」
「うむ……うむっ!! 確かに感じるぞっ!! そうか……あの子は生きて……しかしだとすると何故あやつはあのような嘘を述べたのだ?」
安堵したように笑みすら浮かべたドラコのお父さんだが、そこで不意に不思議そうに首をかしげて見せた。
「う、嘘ってどぉいうことぉ?」
「……ふん、貴様らに話す理由などはないが……この場へ先に来ていた我が同族がそう言っておったのだ……自分が来たときにはもう手遅れだったと……そして代わりに生き返らせる方法をと言って不思議な魔法を見せてきたのだが……」
「ひょ、ひょっとしてこの施設内に居るドラコによく似た子達って……?」
俺の疑問にゆっくりと首を縦に振って見せるドラコのお父さん。
「うむ……何やらここに居た屑共が残したあの子の身体の一部から再生できるかもと言ってな……尤も死んだ者が生き返るはずもなし、どの子も似ているようであの子の記憶など持ってはいなかった……だが次こそはと懇意に試し続けている同胞の善意を断れずにいるうちに気が付いたらあれほどまでにな……困ったものだ」
「そ、それであんなに……け、けどさぁ……ど、ドラコのこともうし、死んでるって思ってたんなら何であのゴーレムとか言う人型の土塊で攻めてきたりしたの?」
「同族が捕まっているのならば助けようと思うのは道理であろうが……尤も反応が反応なだけにあの子の素材を利用した別の何かの可能性もあったからな……だからあやつと話し合い、直接出向かずにああして人形を織り込むことにしたのだ」
素直に答えてくれるドラコのお父さんだが、この言い方からして基本的に俺たちの邪魔をしてきたのはどうもそいつのようでドラコのお父さんはほぼノータッチのように思われた。
(さっきから何度も同族とか同胞って言葉を使ってるけど、ドラゴンって意外と仲間意識が高いのかな?)
或いは能力的に他の種族と隔絶している上に、こうして他種族によって不快な目に合わされた現状を思えば、同族しか信用できないのかもしれない。
とにかくドラコのお父さんは同族というだけでそいつの言うことを殆ど無条件で信じてしまっていたようだ。
(何者だそいつは……まだまだ情報が足りなすぎる……)
「……済みませんがもう少しだけ情報交換に付き合ってもらえませんか? 何でしたらそれが済み次第、この転移魔法陣を使ってドラコの元へ送って差し上げますから」
「……良かろう……本来なら貴様ら如きに時間を割く暇などはないが、あの子の居場所を教えてくれた礼だ……最後まで付き合ってやる」
そう言ってこちらへと振り返ったドラコのお父さんに向かい、俺はとにかく思いつく限りの疑問をぶつけようとするのだった。
「ありがとうございます、ではまず……」
「お、おいレイドっ!? な、なんかすっげぇのが来るっ!!」
「い、今マナ先生が全力で行動遅延と電撃魔法でけん制してるけど全然止まらねぇっ!!」
「なっ!? そ、それは……」
「やれやれ……恐らくあのヤンチャっ子であろうな……また勝手に抜け出したか……」