集合・対決⑭
ドラコの言葉を聞いて皆が固まる中で、俺もまた何が起きているのか把握しきれず困惑してしまう。
急に喋り出したことも驚きだが、それ以上にドラコが放った言葉が衝撃的だったのだ。
(み、三つ首の化け物も成体のドラゴンも居るのはわかってた……だけど何かってのは一体何なんだっ!?)
ドラコが探知しているということは、その何かもドラゴンの力を持っている存在と言うことになる。
しかし俺の知る限りドラゴンの力を秘めている存在は、それこそ失敗作とドラゴン本体だけのはずだった。
「ど、ドラコっ!? その何かってのは何なんだっ!?」
「……あっち……呼んでる……」
「……っ」
重ねて問いかけるがドラコは小さく首を横に振ると、それだけ繰り返し俺の手を力なく引っ張り続けた。
本人も探知している存在が何なのか理解していないのか、或いは言葉をまだ上手く理解できていないのかもしれない。
しかしどちらにしてもこれ以上詳しい内容は聞けそうになかった。
(だけどドラコの感覚が間違ってるわけはないだろうし……まさかそんな厄介な存在がこれから向かう先にもう一体いるなんて……)
三つ首の化け物だけでも俺たちが総力で掛からなければ不味い相手なのだが、そこに不確定要素までいるとなるともうどんな戦場になるのか想像もつかない。
「……レイド殿、それにナ……いや今はヲ・リダだったな……その者がドラゴンの幼体であるというのは本当のことかな?」
「え、ええ……俺もそう聞いていますが……」
「その見た目……間違いありませんね……」
「そうか……ならば、今の発言は同族を探知してのものだと見たほうが良さそうだな……つまりあの場所には今、三体ものドラゴンの力を持った存在がいるということだな……」
「なぁっ!!?」
ドラコの正体から即座に同じ考えに至ったマキナの言葉を聞いて、この場にいた皆の口から悲鳴じみた声が漏れる。
「や、やっぱりいるんだぁ……うぅ……ど、同士討ちとかしてないってことだよねぇ?」
『ファリス王国でもあれほど見境なく暴れておきながら多混竜同士で争いはしなかった 恐らくドラゴン同士仲間だと思っているのだろう しかし最悪で三体を同時に相手にしなければならないのは厳しすぎるな』
一応先にある程度知っていたアイダとアリシアはまだマシだが、それでも怯えているような困ったような表情を浮かべていた。
(確かになぁ……三つ首の化け物の強さを考えたら、残りの二体が仮に多混竜レベルだとしても厳しいだろうなぁ……)
尤もドラゴンの細胞に普通の魔物を混ぜただけであの強さなのだから、残りの二体も最低でも多混竜並だと考えるべきだろう。
そしてファリス王国で実際に少しだけ三対一で戦った俺たちは、それこそ全滅一歩手前まで追い詰められた。
おまけにその際は多混竜二体を撃破することはできたが、あれはマジックポーションが大量に残っていればこそだ。
だからアリシアが三つ首の化け物と戦っている間に、残りの二体をあの時のように処理できる自信は全くなかった。
(しかもこの仮定はあくまでも残りの二体が多混竜レベルだった場合の話だ……もしもそれこそ三体共があの三つ首の化け物と同等の力を持っていて共闘しながら迫ってきたら勝ち目は……はぁ……)
考えれば考えるほど絶望的な状況にため息が漏れそうになる。
他の皆も同じような気持ちのようで、何やら全体的に重苦しい空気が満ち始める。
「皆、まずは落ち着こうではないか……とにかくレイド殿達と合流できた今、当初の予定通り情報交換の後に作戦を話し合おう……本当は馬車で移動しながら途上で……と思っていたが、安全のためにも一旦この場で留まったままでだ」
そんな空気を切り裂くようにマキナが軽く手を叩いて皆の視線を集中させた上でそう提案してくる。
「むぅ……一番落ち着きのなかったマキナが良く言う……ふん……」
「まあでもその通りだな……レイド達は失敗作かいうドラゴン関係の何かに詳しいだろうし、その話を聞いてからでも遅くないわな……」
「尤もあたしらが首を突っ込める段階じゃなくなってるよーな気もするが……ここまで付き合ったんだ、最後まで関わらせてくれよ?」
マナが不満そうに呟いたが、そんな彼女も含めて誰も反対意見を上げる者はいなかった。
「わかりました……ごめんねドラコ、もう少しだけ待っていてくれ……後でちゃんとそっちに行くから……」
「……あっち……呼んでる……あっち……」
トルテとミーアの言葉に頷きつつ、俺の手を引いているドラコと視線を合わせて謝るが彼女は同じ言葉を繰り返すばかりだった。
「ドラコたぁあんっ!! レイドたんは少しだけお忙しいのでぇええすっ!! 代わりにエメラママが抱っこしてあげまちゅから少しだけ我慢しまちょうねぇええっ!!」
「あ、あのねぇエメラさん……というかこの子全然喋らなかったはずなのに、本当に何かしませんでしたかエメラさん?」
涎を垂らしながら近づいてくるエメラから庇おうとドラコの前に立ちつつジト目で睨みつけてやる。
するとエメラはドラコを眺めつつも少しだけ不思議そうに小首をかしげて見せた。
「そ、そうなんでちゅかぁああっ!? で、ですが私が抱っこして頬擦りしてチュッチュしてたら急に『あっ!?』って言いだしたんでちゅよぉっ!? だ、だから別に私が何かしたわけでは……な、何で皆さまそんな目で私を見るのですかぁああっ!?」
「だ、だってねぇ……」
手をワキワキさせながら怪しさ全開でにじり寄るエメラに全員が犯罪者を見る目を向けるが、彼女は心外だとばかりに叫ぶのだった。
(うぅん……やっぱりエルフにドラコを近づけるのは危険すぎたか……どうにかして引き離さないと……また麻痺らせ……っ!?)
しかしまたしてもドラコは俺の手を取ったままエメラの元へ近づくと、彼女の手も取って引っ張り始めた。
「あっち……呼んでる……行く……」
「はぁああっ!? ど、ドラコちゃんが私の手をにぎにぎしてぇええええっ!? はぁはぁっ!! あ、あっちに行きたいんでちゅかぁああっ!? じゃ、じゃあ今すぐ連れて行って……へぐぅっ!?」
「いい加減にする……はぁ……こいつ縛っておいて……」
「あ、ああ……たく、こんな時に余計な手間かけさせんなっての……」
暴走して今にもドラコを抱きかかえたまま駆け出そうとしたエメラを、結局マナが後ろから杖で小突いて止めたところをミーアが縄でぐるぐる巻きにするのだった。
(……ふふ、懐かしいなぁ……前に冒険者ギルドでよく見た光景だ……あの頃は魔獣事件がここまで大事になるなんて思ってもみなかった……またあの時の平穏を取り戻せるだろうか?)
周りを見回して当時のメンバーの殆どがこの場に残っていて……他の皆も自分たちの場所で俺たちの安全を祈ってくれていることだろう。
(あの幸せだった日々を取り戻すためにも誰一人犠牲を出してたまるものか……絶対に守り切ってやる……例えどんなことをしようとも……)
何度目になるかわからない決意を固めながら、俺は拘束されたエメラとそんな彼女の手を握っているドラコを微笑ましく見守りながら口を開いた。
「……とりあえず落ち着いたみたいですので、俺の知る限りの情報を話させていただきます……尤も失敗作……多混竜と呼ばれていたそいつとの交戦経験以外は殆どが魔獣側から聞いた話なのでヲ・リダさんから聞いているかもしれませんが……」
そう前置きして、俺は自らが今までに体験してきた話を皆の前で語り始めるのだった。
*****
実際に話し始めると思っていた通り、リダ達から聞いた話は彼らも知っていたようでその殆どが省略できた。
ただル・リダとドラコに関してはヲ・リダも知らない面が多く、これについては説明せざるを得なかった。
そして後は多混竜とそれが合成されて生み出された三つ首の化け物とその結末、それらを話し終えたところで俺は軽く息を吐きつつ皆を見返した。
「……まあ俺の知っているのはこのぐらいです……何か気になる点があれば聞いてくださればもう少し細かく説明いたします」
「そっかぁ……あの時僕たちを助けてくれた人が……お礼言いたかったなぁ……」
『なるほど それでその子と共に居るわけか』
まず最初にアイダとアリシアが少しだけ心苦しそうに俺を見つめた後で、ドラコへと視線を移した。
「へぇ……ちゃんとしたリダも居たんだなぁ……けど何でずっとマリア様の姿をしてたんだ?」
「俺たちの知ってるリダは男なんだがなぁ……どうなってるんだ?」
「……ル・リダはドーガ帝国の管理者の意向でそう言う用途に使えるように雌の魔物と中心に合成されていた……それ以外ではナ……魔獣の知識のある技師とマリア殿だけとしか合成されていない……だから女性の意志が多く入ったのだろうと推測していたが……ル・リダがド……ラコを連れ出していたというわけか……」
次いでトルテとミーアが首をかしげるが、その疑問にヲ・リダが答えつつ納得したように頷いて見せる。
「レイド……新しい攻撃魔法をぶつけ本番で開発したって本当?」
「ええ……俺の魔力じゃそう言う新しい魔法が無ければ太刀打ちできない状況でしたので……それがどうかしましたか?」
「どうかしたじゃない……レイドは異常……頭おかしい……そんなやり方で攻撃魔法を開発する人いない……ましてそんな威力の魔法を作り出すなんて……」
『その通りだ レイドが凄いのはわかったが、頼むからもう二度とするな』
今度はマナが俺に攻撃魔法について尋ねて来て、何やら深くため息をついたかと思うと咎めるように見つめてくる。
更にそこへ同じく魔術師協会に所属しているアリシアも加わってきて、懇願するようにメモを書いて突きつけてくる。
「ど、どういうことですかっ!?」
「どうもこうも無い……魔法は発動に失敗したら反動がある……特に攻撃魔法はその威力がそのまま返ってくる……だからどんな魔法も普通に唱えての開発なんかしない……危険すぎるから……」
『普通は何かに魔法陣を描きながら開発する これなら失敗しても魔法陣を構成する物質が反動を受けて壊れるだけで済むから』
「それでも攻撃魔法は失敗したら火事だとか大爆発だとか津波だとか……とにかくそう言うやり方でも危険だから基本的に開発は許可されていない……レイドがやったことは偉業だけど犯罪……凄すぎるけど危険すぎる……みんなが心配するから攻撃魔法の開発はもう二度としないで」
「は、はい……す、済みません……」
二人の指摘はごもっともで、何よりも俺の身を案じているのがありありと見て取れたので素直に謝ることしかできなかった。
尤もあの時点ではああして攻撃魔法を編み出せなければ死ぬしかなかったのだから、少しだけ理不尽に感じなくもない。
(でもそうだよなぁ……たまたま上手く言ったから良いけど、もしも少しでもミスったら俺死んでたもんなぁ……そうか、今はそんなやり方で魔法は開発するのかぁ……俺って実はものすごく異端な魔法使いなのでは……?)
「で、でもそのまほーはすっごいんだよねっ!? だってあの多混竜を倒しちゃったんでしょっ!?」
「まあアリシアの剣で魔力が底上げされた状態で重ね掛けしてようやくだったけど……」
「その重ね掛けもびっくり……回復魔法なら前例は無くはないけど、暴発したら危険な攻撃魔法をそんなに色々と試す奴はいない……多分魔術師協会に報告したらレイドは評価される前に異端者として追放されかねない……私も少し頭痛い……」
『もしも二度目の魔法の発動に失敗したらやはり反動で命を落としていたのだぞ 頼むから止めてくれ レイドが居なくなったら私もアイダも生きていけないからな』
「い、いや本当に済みません……」
アイダが少しだけフォローしようとしてくれたが、最終的には彼女も共にこちらを睨みつけてきて、やっぱり俺は素直に謝ることしかできなかった。
「ふぅ……困った奴……だけど確かにこの攻撃魔法は凄い……重ね掛けもちょっと凄すぎて危険だけどこの状況では凄く頼もしい……ただ、確かに燃費が悪すぎる……」
『そうだな 私たちの魔力なら無詠唱で放っても多混竜クラスならばダメージを与えられるだろう 重ね掛けならば或いはあの三つ首の化け物にも有効な威力だろう ただ本当に燃費が悪すぎる』
「そうなんだよ本当に……やっぱり欠陥魔法かもなぁこれ……」
それでも説明の最中で実際に俺が攻撃魔法を使うところを見せたところ、この二人はあっさりと習得してくれた。
その威力は俺とは比べ物にならないこともあって最初は二人ともかなり興奮した様子だったが、すぐに燃費の悪さに気付いて困ったような顔をしていたのだ。
(まさか威力に比例して消費量も増えるとは……この二人ですら本気で放ったら数十秒で魔力が空になるなんてなぁ……それでも俺よりはずっと持っているけれど……やっぱりマジックポーションの消耗が痛すぎる……)
もしもマジックポーションが万全にあれば、或いは遠距離から二人が全力で攻撃魔法を放ち続ければ何とかなったかもしれない。
しかしあの三つ首の化け物の身のこなしを思えば、数十秒程度しか連続で放てない上にその後は魔力が尽きて隙を晒すような魔法を使うのは危険すぎた。
「うぅん……マジックポーションかぁ……誰か持ってる人いない?」
「いや、あれは本当に高価だからなぁ……それでもマースの街にいる奴の中には持っている奴もいるだろうが、それでも数本だと思うぞ?」
「少なくとも俺たちは持ってない……かといってこの領内でマジックポーションが保管されていたであろう魔術師協会や錬金術師連盟がある街は全て滅んでいるし……こんなことならもっと早く買い貯めておけばよかったよ……」
一応アイダが皆に尋ねてみるが、やはりマジックポーションは俺が持っている四本が全てのようだ。
(ドーガ帝国で働いている冒険者の人達ですら持ってないなんて……そんなに希少で高価なものをこんなに用意してくれたランド様にはもはや頭が上がらない……ど、どうやってこの恩をお返しすればいいんだろう?)
改めて彼の先見性と言うか咄嗟の判断に物凄く助けられていることを自覚するが、逆にこの恩返しは大変そうだと少しだけ全てが終わった後のことを思うと気が重くなってしまう。
尤もランドもアンリもこんなことで恩着せがましく何か言ってきたりはしないとは思うけれど、とにかく生きて帰ったら何を差し置いてもお礼を述べに行ったほうがいいかもしれない。
「そうですか……そのマリアさんの姿をしていたル・リダと言う方がドラコちゃんを……だから私にもこんなに懐いて……良い方だったのですよね?」
「ええ……人々を助けて回るために不安にさせないようマリア様の姿で……エメラさんからすれば不快な話かもしれませんが……」
「いえ……確かに思うところはありますが……それでもそのおかげでこの子がこうして安心していられたのならば……きっと本当のマリアさんも許してくれますよ……ちょっとだけお話してみたかったですが……」
「……」
縄でぐるぐる巻きになって動けないでいるエメラもル・リダの話を聞いてからは少し落ち着いているようで、寂しそうにしながらも穏やかな笑みを浮かべてドラコを見つめていた。
ドラコもまたル・リダの名前が出てからはどこか寂しそうにエメラを見つめて、口も閉ざしたままエメラの手だけを握り締めていた。
「リダ達の性格の違い……派閥争い……三つ首の化け物……三体分の融合……魔獣では殺せなかった多混竜……ドラコと互いに位置関係の把握……ル・リダによる転移魔法で魔獣の本拠地に……そして成体のドラゴンの居場所……」
そんな中でマキナだけは話を聞き終えるなり、腕を組んでブツブツと呟きながら何事か考え続けていた。
「マキナ殿、何か気になることはありましたか?」
「……ん? あぁ……いやまだ考えがまとまっていないのだが……一つだけ確認しておきたいのだが、ルルク王国の玉座の間に描かれていたという転移魔法陣の図形を見せてもらえないか?」
「わかりました……」
マキナの指示に従い、俺はランドから託された転移魔法陣の描かれている紙を広げて見せた。
「なるほどこれが……ヲ・リダよ、これがどこに繋がっているか……そして起動方法はわかるか?」
「ええ、もちろんですよ……これはこの大陸にある全ての国の未開拓地帯に繋がっています……そして私たちの本部があった元ビター王国内に作られていた魔獣工場とでも呼ぶべき場所と……魔界にも繋がっております」
ヲ・リダはマキナの問いかけに素直に答え始めたが、その中に一つだけ予想外の転移先が混じっていて俺もこの場にいた人たちも全員が驚きを露わにする。
ただ一人、マキナだけはわかっていたかのように顔をしかめさせながらも頷いていた。
「ま、魔界って……ど、ドラゴンさんが住んでるところだよねっ!? ど、どぉしてそんなところにっ!?」
『ドラゴンの素材を手に入れるためか?』
「ええ、もちろん……と言いたいところですが、本当は……未開拓地帯も含めて最初は純粋に私たち魔獣が虐げられずに暮らせる場所を求めて探索した場所の一つだったのですよ……しかしどこもかしこも魔物だらけで……特に魔界などはどこへ行こうともドラゴンが住み着いており余りにも危険で……その為に自分たちを強化しようと合成に力をかけていくうちに……何もかもが狂って行ったのです……もっと早く感や特徴の重ね合わせによる危険な兆候に気付けていれば……」
ヲ・リダの悲し気な発言は前にル・リダが語っていたのと同じ内容だった。
(そうか……そうだよな……自由になった直後はまだ全ての事情を知るドーガ帝国の皇帝は生きていたはずだし、早めに自衛できる状況か場所を見つけ出さないと秘密裏に討伐されかねないもんな……だから最初は各地の未開拓地帯に逃げ場を求めて……もしもその頃に……過激になる前に俺が魔獣達と出会えていたら……いや、でも結局俺にはどうすることもできなかっただろうな……)
これだけの規模の魔獣が暮らせる場所を提供するなど俺には不可能だっただろう。
それでも結果的にここまで何もかもが擦れてしまったことに、俺はやるせなさを感じずにはいられなかった。
「魔界はともかくよぉ、これを使えば敵の本拠地まで一気に飛べるわけだろ? ならこのまま進むんじゃなくて一旦下がって万全に準備してから改めてこれで飛んでもいいんじゃねぇか?」
「いや、だけどそんなことしたら敵陣のど真ん中だろ? 下手したらそこを襲撃されてお終いじゃねぇか?」
「けど転移魔法陣は転移先の状況がわかる……慎重に観察してタイミングを見計らえば問題ないはず……それに奇襲をかけてすぐに逃げ帰ることもできる……どこかに敷いておく分には良いと思う」
「で、ですが向こうも利用できてしまうのではないでしょうか? 成体のドラゴンは幹部を含めて複数の魔獣を取り込んでいると聞いてますし……転移魔法を使えたという事実からも魔獣の知識を身に着けているでしょうから……それこそ利用されたら大変な騒ぎになってしまいます」
「けど今の時点でも他の国に繋がってる転移魔法陣は本部に残ってるわけでしょ? 今更一カ所増えても変わらないんじゃない?」
そんな中でトルテ達はこの転移魔法陣の利用法について話し合っているが、どちらの意見も正しいように聞こえて困ってしまう。
(確かにこれを利用するのはリスクはあるけどリターンも大きい……どうするべきか……やっぱりマキナ殿の意見を聞くのが一番かなぁ?)
そう思ってチラリと彼女を見るが、何やら物凄く顔をしかめて絶望的な表情で呟き続けていた。
「やはり……しかしだとするともう手遅れ……いや、まだあの場所に留まっているということは或いは……」
「ま、マキナ殿っ!? どうしましたっ!?」
「あ、ああ……レイド殿……いや、最悪の想定をしてしまってね……」
「最悪の想定……それは前に言っていた命の重ね合わせによる新しい生命体が……って話でしょうか?」
マキナの言葉を聞いてバルが恐る恐る訪ねるが、それを聞いて俺もまた生きている者同士を合成することで生命力が強化されて何かが産まれる可能性があると手紙に書いてあったことを思い出す。
(その何かが恐ろしいから出来るだけ早く向かおうって書いてあって……何か……あっ!?)
そこで俺もまたとある想定に居たり、思わずドラコへと視線を投げかけてしまう。
『……三つ首の変な奴……お父さん……それと、何か……』
(そ、そうだよ……さっきドラコはそう言った……何かが居ると……その何かってのがまさかっ!? だとするともう手遅れなのかっ!?)
そう思い危機感を覚えながらマキナへと視線を戻したが、しかし彼女はゆっくりと首を横に振って見せた。
「……違う……確かにそれも危機ではあるが何が起こるかすらわかっていない以上は想定し様がない……私が危惧しているのは、むしろもっと可能性としてあり得る最悪な想定だ……」
「そ、それは……どういうことですかっ!?」
「もったいぶらずに教える……マキナ、何をそんなに怯えている?」
俺とマナに急かされたマキナは、特大の溜息をつきながらゆっくりと語り始めた。
「……成体のドラゴンが片っ端から魔獣を取り込んでいた……そして記憶と感情の重ね合わせによる欲望の肥大化……それが生み出すもの……それがドラゴンの感情であれ魔獣側の感情であれ……こう思い至る可能性は十分にある……」
「な、何……?」
「……頂点に立ちたい……何にも怯えずに済むように……何にも気兼ねなく自由に生きられるように……原始的な本能に基づく自らの能力と地位の向上への欲求……リダ達のアイダでも起こり得た権力への欲望……どれを満たすためにも強さの向上を求めかねない……そしてその為の方法として転移魔法を身に着けた元魔獣であり元ドラゴンが……手っ取り早く強くなる方法として、魔界にいる無数のドラゴンを取り込むという手段を思いつかないと思うか?」
「「「っ!!?」」」
その言葉に今度こそこの場にいる全員が言葉を失うほどの衝撃を受けてしまう。
(た、確かに多混竜が三体混ざるだけであれだけの強さになるんだっ!? もしもそれで魔界にいるドラゴンを全て取り込んだらもうこの世のどんな生き物も敵わない化け物になり得るっ!? なってしまうっ!! そしてそれをしない保証はどこにもないっ!?)
果たしてその成体のドラゴンがどのような意図で動いているのかは定かではないが、無数の魔獣を取り込んで行ったことからも他の生き物を取り込まないとは言い難い。
そしてもちろん転移魔法をそう使う頭があるということが魔獣の記憶をかなり受け継いでいるというわけで……魔界へと繋がっている転移魔法陣を利用することだってできるはずだ。
「……で、ですけどドラコの感覚が正しければ成体のドラゴンはまだ魔獣の本拠地に残っているみたいですし……み、三つ首の化け物もまだ健在だと……も、もしも強さを求めているのならば真っ先に合成されるのではないでしょうか?」
「私もそう思う……しかし向こうの思惑が分からない以上は何とも言えないのだ……言えることは向こうはその気になればいつでもその手段を取ることができるということと……そうなったらばもう何もかもが手遅れであるということだけだ……っ」
苦しそうに言い切ったマキナの言葉は再びこの場の空気を重く苦しい物へと変えてしまった。
何せそんな強さの生き物が生まれたらもはやこの世はそいつの……複数の生き物が合成されて負の感情が増大された奴の物になったと言っても過言ではない。
そうなればもはや普通の幸せは望めなくなるかもしれない……少なくとも俺が前に過ごしていたささやかな幸せを感じられる穏やかな日々とはかけ離れた、超越した戦闘力を持つ化け物の挙動に怯えて暮らす毎日になってしまうだろう。
「……ですが、まだ手遅れではない……ならば今、動きましょうっ!!」
だからこそ、そんな未来を許容できない俺は重く苦しい空気を吹き飛ばすように力強く宣言するのだった。
「そ、そうだよっ!! 良く分かんないけどまだみんなあの場所に留まってるんだよっ!? なら今動くしかないじゃんっ!!」
『そうだな、やるべきことは何も変わらない 私たちで赴き向こうがどうなっているのかを把握した上で対処すれば済む話だ』
即座にアイダとアリシアが同意するように頷いてくれる。
「そうだな……悩んだって仕方ねえっ!! とにかくやることをやるだけだっ!!」
「そーいうこったっ!! 諦めんのは何もかも本当に手遅れでなってからでいいってこったっ!!」
トルテとミーアも、ニヤリと笑って頷き返す。
「やれやれ……マキナは考え過ぎ……きっと大丈夫……何とかなる……何とかする……集まった皆で……」
「そーですよぉおおっ!! これだけの実力者が一堂に集まっているんですよぉおおぉっ!! 皆さんで協力すればきっと何とかなりますよぉおおっ!!」
「……そうだな……確かに悩んでも仕方がないことだったな……その通りだ、絶望して落ち込むよりもまずは行動を起こすべきであったな」
マナとエメラの言葉を聞いてマキナもまたやる気を取り戻したのか、歪ながらも笑みを浮かべて見せた。
「私たちも協力しますっ!! 何でも言ってくださいっ!!」
「俺たちにとっても他人事じゃないからな……尤もドラゴンクラスが相手となるとどこまでできるかは分からんが、協力はさせてもらうよ」
「……私も自分と仲間達が起こした愚行の後始末をしなければ……何でも遠慮なく申しつけを……」
バルさんや護衛の冒険者の方々、それにヲ・リダも納得したように頷いた。
「……あっち、行く?」
そんなみんなを軽く見回してドラコが呟いた言葉に、この場に集合した全員がはっきりと頷いて見せるのだった。
(絶対に何とかなるっ!! ここに集合した皆で協力すればどんな問題と対決したって絶対に乗り越えられるはずだっ!! いや乗り越えて見せるっ!!)