集合・対決⑫
やるべきことを全て終わらせた俺たちは、今度こそドーガ帝国にいる仲間達と合流すべく転移魔法陣のある部屋へと向かった。
「あ、アリシア様っ!? そ、それにお前……本当にレイドだったのか……」
俺たちの姿を見て戸惑いと気まずさが混じった視線を向けてくる魔法陣の管理人。
覆面で顔を隠していた俺がレイドだと気づかずに散々悪口を言ってしまったからだろうが、俺としてはもうそんなことはどうでもよかった。
(この口ぶりだと俺たちが何をしたのか多少は聞いてるみたいだな……それなら話は早い)
もしも邪魔するようなら無理やりにでも押し通るつもりだったが、その必要はなさそうだ。
『転移魔法陣を使わせてもらうぞ』
「え、ええ……ど、どうぞご自由に……」
「ありがとー、助かっちゃうよぉ」
「……?」
アリシアの言葉にコクコクと頷いて見せた管理人はササっと転移魔法陣の元へ俺たちを案内してくれた。
「そ、それでどこへ向かうおつもりでしょうか?」
「ええとねぇ、ドーガ帝国にあるマースの街……で、いいんだよね?」
「……いや、ちょっと違うんだ……だから後は俺がやるよ……もう君は下がってくれていい」
「そ、そうですか……で、では失礼します……」
オドオドと俺の顔色を窺うように頭を下げたそいつは、居心地が悪いとばかりにさっさと自分の部屋へと戻ってしまう。
『良かったのかレイド? まだ私たちが飛んだ後にここの転移魔法陣を処理するよう頼んでいないぞ?』
「そうだよねぇ……それにドーガ帝国にある転移魔法陣はマースの街以外全部壊れてるはずだよね? どこに飛ぶの?」
「ああ、実はあっちには既にマキナ殿達が向かっててね……馬車の中に新しい転移魔法陣を作ってくれてるんだ……そしてここの転移魔法陣は避難用に残しておこうと思って……」
そう言いながらドタバタして見せ忘れていた向こうの仲間達から届いた手紙を渡しておき、二人が読んでいる間に転移魔法陣を起動して飛ぶ先を探しながら事情を説明する。
「う、うわぁ……みんなが無事だったのは嬉しいけど……せ、成体のドラゴンさんが暴れてるって……し、しかもよく知らないけどそこにあの三つ首の化け物も居るんでしょ……おっかなすぎるよぉ……」
『時間を置くとあれ以上の何かになる可能性があるのか もはやそうなっては手が付けられんな 確かにそんな万が一を想定すれば逃げ道の確保は必須だな』
「ああ……それに結局他の転移魔法陣を壊すのも失敗したみたいだし……ただ多混竜が残っていると思い込んでいる魔獣達からすればこの国の転移魔法を利用することはないだろうから……そう言う意味でもここは避難場所にはうってつけだからね……」
皮肉な話だが魔獣達に厄介ごとを押し付けられて多大な被害こそ出てしまったが、それを処理した今ではこの場所は逆に魔獣が避けて通る安全な場所となってしまった。
だからこそ俺はあえてこの場所の転移魔法陣は壊さずに残しておこうと思ったのだ。
「そっかぁ……まああんまり居心地は良くないけど命には代えられないもんねぇ……」
『尤も今更魔獣如きは脅威でも何でもないのだがな それでも余計な邪魔をされない場所とし ここはどうなのだろうな?』
途中まで書いたところでガルフのことでも思い出したのか、アリシアは少しだけ悩んだ様子を見せた。
(アリシアの言う通りだよなぁ……本当はルルク王国へ避難出来たら良かったんだけど、あの場所の転移魔法陣は壊してあるだろうからなぁ……)
尤も本部を襲われた魔獣達が転移魔法陣を使ってあっちこっちに逃げ出した以上は、予め壊しておく判断は正しかっただろう。
何せ理性的な幹部クラスの奴らならともかく、幼稚な下っ端がどんな行為をしでかすか想像もできないのだから。
(一体何人ぐらいの魔獣が逃げ出したのやら……まあ成体のドラゴンとの戦闘でボロボロになった上に、内部まで侵入されてさらに吸収されたって言うから殆ど残ってなかっただろうけど……それでもそんな奴らが領内に入ってきたら大変だもんなぁ……)
実際に何度も戦ってきた俺やアリシアだからこそ敵ではないだけで、一般の人達からすれば魔獣の強さが恐ろしいことに変わりはない。
そう言う奴らの侵入を防げただけでも、あの国の転移魔法陣を破壊しておいたことは間違いではなかったと思われた。
「仕方ないよ、ルルク王国は転移魔法陣を壊しちゃっただろうし……他の国は突然現れた魔獣に混乱状態だろうし……下手したら転移魔法陣を壊してる可能性もある……その点はやっぱり最低限の事情を理解しているこの場所を避難先にしておいた方がいいと思う……俺も嫌だけどね」
『わかった レイドがそう言うのならば私も我慢しよう』
「あはは……二人とも露骨なんだからぁ……まあ気持ちはわかるけどさ……だけど大丈夫だよきっと……この場所に避難するまでもなくさ、皆で協力して解決しちゃえばいいんだからっ!!」
俺たちの心底嫌そうな態度にアイダは苦笑しつつも、その背中を叩いて発破をかけてくれる。
(ああ、そうだな……ここはあくまでも非常事態時の避難先でしかない……だから俺たちが問題を解決できれば戻ってくる必要はないんだ……)
尤も家族が残っているアリシアはいずれ戻らざるを得ないだろうけれど……そして彼女との関係次第では俺も……。
「……?」
「ああ、ごめんごめん……そろそろ行こうか?」
そんなことを考えていた俺の服をドラコが軽く引っ張った。
この場所で何もせず突っ立っていることに、何か思うところがあったのかもしれない。
「そ、そうだね……ごめんねドラコぉ……こんなところに居たら退屈だもんね」
『皆も待っている それに時間も無い 行こうレイド』
「ああ、そうだな……行こうみんなっ!!」
それをきっかけに俺たちは改めてお互いの顔を見合わせて頷き合うと、今度こそ転移魔法陣に魔力を流し移動先を選び始める。
中空におぼろげに浮かんだ転移先候補の映像の中から、マキナ達が馬車内に敷いたという魔法陣を探して……そこで大きめの馬車の中でこちらに向かって手を振っているエメラを見つけた。
傍にはマナも居て、恐らくは前と同じように半分起動しかけた状態にしておいて他の転移魔法陣の様子を窺っていたのだろう。
それで俺たちが転移魔法陣を起動したことに気付いて、目印代わりになのかこうして手を振ってくれているようだ。
(あそこに飛べばいいんだな……だけどなんか笑顔が引き攣ってるというか……縋るような目をしているというか……早く来てほしいって感じだけどどうしたんだ?)
エメラもマナも何やらチラチラと俺たちと馬車の外を交互に見つめているが、その顔は困っているようにも見えた。
「二人ともどうしたんだろう……それに残りの皆は?」
「……とにかく飛べばわかりますよ……じゃあ転移するよ」
『了解だ 万一に備えてアイダとドラコは私の傍にいてくれ』
「……?」
事情を理解していない様子のドラコに寄り添うようにアイダとアリシアが近づく中で、俺は改めて行き先を決めた状態で魔力を流して転移魔法陣を起動した。
途端にいつもの浮遊感が身体を包み、視界が反転して……ちょっとした眩暈と共にすぐ重力が戻ってきた。
「お久しぶりでぇえええすっ!! お待ちしてましたよぉおおおっ!!」
「やっと来てくれた……助かる……はぁ……」
無事に移動し終えたところで、すぐにエメラとマナが俺たちを出迎えるように声をかけてくる。
「どうもお久しぶりです……おたがい無事で何よりでしたね」
「そぉですよぉおおおっ!! レイドさん達はファリス王国から来たんですよねぇっ!? 失敗作とやらが居る中で良く無事に……」
「エメラ、その辺りの話は後……とにかく来て……空気が重い……何とかして……」
「えっ!? そ、それはどういう……?」
そしていつものテンションで畳みかけるような勢いで話しかけてくるエメラだったが、そんな彼女の言葉を無理やり遮ったマナは俺たちの手を引いて外へと向かっていく。
「あぁあああっ!? た、確かにそうですねぇええっ!! やっぱりマナたんは冷静でクールでキュートで素敵……はぁあああっ!! そ、そうですよレイドさんっ!? こっちの可愛いプリティベイビィはどこの誰ちゃんなんですかぁああああっ!?」
「……?」
「あぁっ!? ど、ドラコその危険人物に近づいちゃ……お、遅かったかぁっ!?」
そんなマナに感極まった様子で叫ぼうとしたエメラだが、そこで自分のところに首を傾げたドラコが近づいてくるのを見て息を荒げながら抱き着いてしまう。
(ど、ドラコどうして不用意に……そうかル・リダさんがずっとエルフであるマリア様の姿でいたから……このテンションと合わせて似てるから反応してしまったのか……)
「あ、あはは……エメラさんはあいかーらずだなぁ……」
「……あの子は魔獣? 皆の傍にいたから大丈夫だとは思うけど……あのまま放っておいて平気?」
「いや、魔獣とは微妙に違うんだよ……だからエメラさんの身の安全は保障するよ……むしろドラコの方が心配なぐらいだよ……」
「あぁああっ!! この鱗も翼も素敵でちゅねぇええっ!! ドラコたんって言うんでちゅかぁあああっ!! 私のことはエメラお姉ちゃんかママって呼んで下さぁあああいっ!!」
「……」
思いっきり緩み切った顔でドラコに頬擦りしているエメラの方に危機感を覚える俺。
しかし意外にもそんな目に合っていながらもドラコは嫌そうにするどころか、むしろエメラに視線を向けて……安堵したように力を抜いているように見えた。
(ル・リダさんのことを思い出してるのかな……あの様子ならむしろエメラに任せておいた方がいいかもな……流石に皆の傍で変なことしないだろうし……しないよね?)
ちょっとだけ心配になるが、とにかく先にマナの用事を済ませてしまおうと後ろ髪惹かれる想いでエメラ達に背中を向ける。
「ならいいけど……じゃあ来て……外で皆が待ってる……レイドとアリシアの意見なら聞くと思うから……」
「そ、それはどういう意味で……っ!?」
「あ、あれっ!? あの人達って確かマースの街にいた冒険者達だよねぇ?」
『そうだ 前に共に魔獣の群れを撃退したから覚えているがあの時の者達だな』
マナに手を引かれるまま馬車の外へと出た俺たちは、そこで見覚えのある冒険者たちが立ち並び何かを睨みつけているのを目の当たりにした。
(彼らは多分、エメラさんの護衛に付いて来てくれた人達だよな……だけど何をそんな高ぶった様子で睨みつけて……えっ!?)
彼らの肩越しにその先に何があるのか見通そうとした俺は、そこで誰かを庇うように立っているトルテとミーア、そしてマキナを見つけてしまうのだった。
「ま、待ってください皆さんっ!! 私もこの国の人間として気持ちはわかりますが、だからと言っ……ああっ!? れ、レイドさんっ!? それにアイダさんとアリシアさんもっ!?」
「なっ!? れ、レイドさんにアリシアさんっ!? いつの間にっ!?」
「レイドっ!? それにレイドとアリシアも無事だったのかっ!?」
バルの声で俺たちに気付いた皆がこちらに振り返り、冒険者の方々とトルテが同時に話しかけてくる。
「お待たせしました皆さん……それよりこれはどういうことなのでしょうか?」
「う、うん……何でそんなギスギスして……あっ!?」
そんな彼らに返事をしつつ状況を確認しようと近づいたところで、トルテ達の傍に拘束された魔獣が居ることに気が付いた。
斑色の肌に普通の魔獣より遥かに魔物が入り混じったその姿は間違いなくリダ達の誰かなのだろうと思われる。
(こ、こいつは……あの手紙に書いてあったヲ・リダって奴か……拘束されているとはいえ俯いてるし覇気の欠片も無い……今まであってきたリダ達とはまた違う感じだな……)
「『魔獣殺し』のレイドさんからも言ってくださいよっ!! こいつらこの魔獣を庇い立てしてるんですよっ!!」
「別に庇ってるわけじゃねぇっ!! ただこの後も魔獣側の知識が役に立つ面はあるだろうし、何より本人が改心してるってのに処刑したって仕方ねぇって言ってるだけだろうがっ!!」
「ふざけるなっ!! そいつはこの国をここまで滅茶苦茶にした奴らに指示を出した一人なんだぞっ!! そんな奴を生かしておけるかっ!!」
「それについては償わせるって言ってるだろうがっ!! この後もドラゴン関係の奴らと最前線で戦わせるし、その上で生き残ったら能力を活かして贖罪するって……だからこれ以上責めても何にもならねぇだろうがっ!!」
「そんなの関係あるかよっ!! だいたいそれが本当だって証拠がどこにあるっ!? それこそ道中で裏切られたらお終いだろうがっ!!」
叫び合うトルテ達と冒険者達……それを聞いておおよその状況を察した俺たちはマナ達の困惑していた理由をようやく理解する。
(なるほどなぁ……情報収集した後のヲ・リダの……魔獣の処罰についてこの国で普通に暮らしていた奴らと貧民街出身のトルテ達で判断が分かれた感じなのか……確かに厄介過ぎる問題だな……)
理屈的にも感情的にも、どちらの言い分だって分からなくはない。
しかしそれを決めなければ先に進むこともできないだろう。
「……済まないレイド殿……来て早々このような騒動に巻き込んでしまい……他の皆様方にも申し訳ない……この全ては私に責任がある……」
『マキナ殿、頭を上げられよ 貴方の責任ではない』
「何度もそう言ってるのにこの調子……困ってる……言いたくないけどこの中で一番頭のいい貴方がしっかりしないと大変……しっかりする……」
ヲ・リダの傍ではマキナが今にも死にそうな青ざめ切った顔で土下座していて、アリシアとマナはそれを諫めに行く。
「と、とにかく落ち着こうよ皆ぁ……こんなことしてる場合じゃないんだからさぁ……」
「だからあたしらはそうだって言ってんだよ……こいつを処刑してる暇があったらさっさと乗り込む準備を……」
「そいつが言っていることが本当かもわからないのにそれを信じて進む方がどうかしてるだろっ!? だいたいお前らが邪魔しなければ今すぐにでも処理して話は終わるんだよっ!!」
「だ、だからぁっ!! どっちも興奮しないのぉっ!!」
「あ、アイダさんも落ち着いてください……」
アイダはバルと共に両者の間に入って何とかこの場を収めようとしている。
一人残された俺はどうするべきか少し迷いながらも周りを見回して、俯き続けているヲ・リダに近づくことにするのだった。
(どちらを支持するにしろ、或いは別の答えを出すにしろ……こいつがどういう奴なのか確認しておかないと話にならないもんな……)
そう思いながらも魔獣の一体であるこいつにそこまで敵意を抱いていない自分に気が付く。
もちろんその理由がル・リダとの出会いにあることも……だからこそ俺は率直に悪意も何も混ぜずに尋ねることができた。
「ヲ・リダさんですよね……少し話を聞かせてほしいのですが、貴方はこの状況をどう思っておりますか?」
「……どちらでも構いません……盾になれと言うならばこの身体を張って皆様の盾になるつもりですし、処刑なさるというのでしたらば抵抗は致しません……ただ、もしも処刑なさるのでしたら……マキナ先生とトル坊やミー子の目の届かない場所でお願いします」
疲れ切った声でそう呟いた彼だが、マキナ達の名前を呼ぶ際に親し気な響きが混じっていたことははっきりと理解できてしまう。
「その言い方ですと人間だった頃の記憶がはっきりと残っているのですね……しかもリダ達と……マキナ殿の弟子であった方両名の記憶が……」
「いえ……彼らの顔を見て思い出しただけですよ……憎しみだとか復讐心だとか……或いは妬み恨み……そう言う悪意ある感情に押しつぶされて……最初は覚えていたはずなのに……一体どうしていつの間にこんな大切なことを忘れてしまっていたんでしょうね私は……」
愚かな自分を顧みるように呟いた彼の言葉には、後悔と言う感情がはっきりとにじみ出ているように思われた。
(確かに誰かが言ってたなぁ……特徴の重ね合わせでそういう負の感情も高まっていくって……何より元々それらの感情はドーガ帝国から受けた仕打ちから生まれたものだ……だから同情の余地自体はあるけれど……これだけの惨劇を引き起こしたことを許せるかは話が別だもんなぁ……)
実際に俺は今まで一応は頭を下げていた偽マリアや共闘を申し出たメ・リダを許すことなく始末している。
しかし彼らと違い、こいつは自らの所業を後悔していて……償うつもりもあるように見えた。
(どうすればいいんだろうか……いや、そもそも俺に口出しする権利はあるのか? 散々魔獣からの提案を切り捨てて、行ってきた所業の報いとばかりに始末し続けてきたというのに……)
思わず俺も救いを求めるように周りを見回してしまうけれど、気が付いたら他の人達の視線が俺に集まっていた。
「レイド……お前はどう思う?」
「レイドよぉ……正直な気持ちを聞かせてくれ……」
「レイドさん……貴方はこいつをどうするべきだと考えているんですか……?」
トルテとミーア、そしてマースの街にいた冒険者の方々が訊ねてくる。
「レイド殿……」
「レイド……」
「レイドさん……」
マキナにマナ、それにバルが申し訳なさそうに俺の名前を呟いた。
「……」
「……」
アリシアとアイダは何も言わず、それでも俺をまっすぐ見つめて頷いてくれた。
俺の意志を尊重すると言わんばかりに……俺なら正しい答えを出せると信じているかのようにだ。
そんなみんなの視線に重圧を感じてしまう。
(だけど大切な仲間達が……俺を信じて頼ってくれてるんだ……ちゃんと逃げずに応えないとな……)
そう思いながら俺は何度か深呼吸して気持ちを落ち着けると、改めて皆を見返しながら口を動かし始めた。
「そうだな……俺は……俺の考えは……」