集合・対決⑨
「……うぅん……はぁ……あれ? 僕……あっ!?」
天井を見つめていた俺の耳に、不意に聞き慣れた声が届いてきた。
果たしてゆっくりと視線を下ろしていくと、周りをキョロキョロと見回していたアイダと目が合ってしまう。
「えっ!? れ、レイドっ!?」
「落ち着いてアイダ……もう大丈夫だから……」
俺に気付いてなお混乱が収まらない様子のアイダに近づきながら、何とか笑顔を浮かべて優しく声を掛けてあげる。
ル・リダとの別れや先ほど知った手紙の内容などで笑顔を浮かべるには精神的にきついところであったが、それでもアイダを心配させたくない一心だった。
「だ、大丈夫って……あれから何が……そもそもここはどこっ!? あの三つ首の化け物はどうなったのっ!? アリシアはっ!?」
「ここはファリス王国の首都にある王宮だよ……あの化け物ならこの国からは追い出した……今頃は魔獣の本部がある場所にいるはずだ……そして残る普通の多混竜は全滅させたから安全なんだよ……後、アリシアなら隣のベッドで寝てるだろ?」
「えっ!? あ……」
「……」
一つ一つアイダの疑問に答えてあげると、彼女は慌てて隣のベッドに近づいたかと思うと安らかに寝息を立てているアリシアを見て安堵したように胸を撫でおろした。
「よ、よかったぁ……無事だったんだ……ありがとうレイド、やっぱり助けに来てくれたんだね……」
「当たり前だろ……アイダもアリシアも俺にとって大切な人なんだから……放っておけるわけないじゃないか」
アリシアの無事を確認したアイダは改めて俺に向き直ると、とても嬉しそうに呟いた。
そんな彼女にやはり笑顔で頷きかけながらも、内心少しだけ胸が痛んでいた。
(アイダとアリシアは助けられた……俺も何とか生き延びることはできた……だけどあれだけ助けてくれたル・リダさんは……こっちは無事に、とは言いずらいんだけどなぁ……)
尤もそんな事情を知らないアイダをわざわざ曇らせる必要もないと思い、とにかく労わろうと近くの椅子を引いて座る様に促した。
「それよりアイダ……ずっと戦い詰めで、しかも今まで気絶してたんだ……お腹減ってるだろ?」
「あっ……う、うん……えへへ、実はお腹ペコペコで目が覚めちゃったんだぁ……」
そう言って椅子に座ったアイダに、彼女達が目が覚めた時に備えて用意されてた自分の分を食べ始めた。
「ほら、これがアイダの分……もし足りなかったらこっちに残ってるのも食べて良いから……」
「ほんとぉっ!? ふふ、僕本当にお腹すいてるから貰っちゃうよ?」
意外と小食だったドラコと食欲がなくて食べきれなかった俺たちの食事から、手付かずだった物を渡すとアイダは喜んで受け取った。
そして結構なハイペースでそれらを食べ始めた。
(本当にお腹減ってたんだな……まあ数日間戦いっぱなしで……アイダはアリシアの背中から落ちないように必死にしがみ付きながら回復魔法を唱え続けてたんだろうし……それはそれで疲れるよな……)
それでもアリシアの疲労の方が大きいのは明白で、だからこそアイダが先に目覚めたのだろう。
「むぐむぐ……んくんく……はぁあっ!! ごちそーさまぁっ!! ああ、生き返ったぁ~……」
「それは何よりだ……うん、それだけ食欲があるならもう大丈夫そうだな」
「うん、何とか落ち着いたよ……だけどあの化け物はおっかなかったなぁ……よくレイドはあんな化け物をどうにかできたねぇ?」
不思議そうに呟くアイダは、恐らくアリシアですらどうにもできなかった化け物をどうやって俺が処理したのか気になっているのだろう。
実力で考えれば絶対に不可能と断言してもいいぐらいなのだから当然だが、それでも俺を見つめるアイダの顔には疑いの色は見られなかった。
(やっぱり俺ならできるって信じてくれてるんだろうな……だけど違うんだ……俺は何も出来なかったんだよ……)
少しだけその視線が重く感じて、俺は僅かに目をそらしながらごまかすように尋ね返した。
「まあ、追い出しただけだから……それより聞いておきたいんだけど、途中で出会った公爵家の……アリシアの御両親から多混竜を一体倒したって聞いてるけど本当か?」
「あ……レイドもあの人達に会ったんだ……うん、それは本当だけど……何なんだろうねあの人達……アリシアが凄いのはわかるけど、レイドのこと露骨に見下しちゃってさぁ……僕とアリシアが幾ら言っても全然信じないどころか鼻で笑うんだもん……酷いよ……」
するとアイダは俺の目論見とは違う形だが、そっちの話題に気を取られたようだ。
俺への侮辱をまるで我が事のように悔しがってくれるアイダを見て申し訳なさと……そこまで思われていることに喜びを感じてしまう。
「てっきり最初は魔獣の流した噂を信じてるからじゃないかって思ったけど……レイドが国を出る前からずっとあんな感じだったの?」
「……そうだ……ずっとあんな風に見下されてて……何をしても認められなくてなぁ……大変だったよ」
「そっか……それは辛いよねぇ……それじゃあ誰だって逃げ出したくなるよね……もう戻りたくないって思うよね……それでも来てくれたんだねレイドは……僕たちのために……危険すら顧みず……僕、なんてお礼を言えばいいのか分かんないけど……ありがとうレイド……凄く嬉しいよ……」
「アイダ……」
アイダは再び俺にお礼を口にして頭を下げたかと思うと、瞳を潤ませながら再び俺をまっすぐ見つめてきた。
その顔は僅かに頬が赤らんでいる気がして、何故かいつもより魅力的に映り……見つめられていると心が高鳴るのを感じる。
「そんなレイドが……いつだって優しくて頼りがいがあって……実際に僕の身体と心のピンチを何度も助けてくれたレイドを……僕は、一人の男性として愛してるんだ……」
「っ!!?」
そしてアイダは俺を見つめたまま自らの気持ちを告白した。
正直、薄々感じていないわけではなかった……だけどまさかここまで直球に言われるとは思ってもみなかったからどうしても冷静を保てなかった。
「ど、どうっ!? どうしっ!? きゅ、急にっ!?」
「ごめんねレイド……急に僕なんかにこんなこと言われたら困惑するよね……だけどさ、どうしても今言っておきたかったんだ……」
切なそうに呟いたアイダは、そのまま俺の傍に移動するとゆっくりと顔を近づけてくる。
「あの街でさ……三つ首のすっごい化け物に睨みつけられて……僕も、多分アリシアも……死んじゃうって思ったんだ……絶対に助かりっこ無いって……それでもレイドのことだけ考えて……レイドなら助けに来てくれるって信じてたから頑張れた……踏ん張れたんだよ……」
「……っ」
絞り出すように呟き続けるアイダに何も言うことが出来ず、俺は魅入ったように見つめることしかできない。
そんな俺にアイダはどんどん顔を近づけて来て、ついには吐息が触れ合うほどにまで迫ってきた。
「だけどやっぱりあの化け物の攻撃は凄くて……どうしても死ぬって考えが頭から抜けなくて……そう思ったら、どうしてもっと早くレイドに気持ちを伝えておかなかったんだろうって……凄く後悔した……」
「あ……」
そこまで言われて俺もまたあの化け物に睨みつけられた際に死を覚悟したことを思い出した。
俺の場合はそこで死んでたまるかと奮起したけれど、あれは一瞬だったからで……ずっとあの化け物と共に居たら死ぬ前にしておきたかったことが後悔と共に思い浮かんできたかもしれない。
「だから迷惑かもしれないけど……それでも伝えておきたかったんだ僕の気持ち……レイドへの想い……」
「め、迷惑だなんてそんな……むしろ嬉しいぐらいで……」
「ふふ……本当かなぁ?」
慌てて口走った俺の言葉を聞いてアイダは……何故か儚い笑みを零した。
「う、嘘なんかじゃ……だ、だけどその……俺はまだ自分の気持ちが……その……」
「うん、わかってる……その上でレイドはちゃんと答えを出そうとしているのも……だからこんなタイミングで言うべきじゃないって思ってたんだけど……レイドが答えを出すまで待とうって思ってたんだけど……ごめんね……」
「い、いやアイダは何も悪くない……自分の気持ちもわからないヘタレで情けない俺が悪いんだ……」
謝罪を口にするアイダに必死に首を横に振って見せながらも、気が付いたら俺の視線は未だに目を覚まさないアリシアの方へと向いてしまう。
(本当にうれしい……アイダにそう思われているってはっきりわかって……ちゃんと言葉で伝えてもらえて……だけど俺は……俺はアリシアとアイダ……どっちが好きなんだ?)
正直に言えば二人とも同じぐらい……それこそずっと傍にいて欲しいぐらいに想っている。
しかしそれが許されないことも分かっているし、何より俺が彼女たちに抱いている感情が本当に恋愛感情なのかどうかすらはっきりしていない。
(それに多分、俺が二人に向ける愛情は微妙に違う種類のものだ……だからこそちゃんと見極めて……答えを出さなきゃいけないのに……)
今までは魔獣事件を皆で無事に解決して、その上でゆっくりと腰を据えて考えて行こうと思っていた。
だけどあの三つ首の化け物が現れて……実際にル・リダを守り切ることができなかった今、そんな悠長な真似をしていていいのか不安になってくる。
(アリシアとアイダのことは命がけで守るつもりだけど、あの三つ首の化け物や……本部で暴れている成体のドラゴンの思惑次第じゃ……皆が皆、無事に生還できるとは限らないんだ……それこそ俺が命を落とす可能性だって……っ)
改めてあの化け物に睨みつけられたときの恐怖を思い出して身震いする。
もしもあそこでル・リダが命がけで転移魔法を使ってくれなければ、俺は間違いなく死んでいただろう。
(そうだ……生きて帰れるかもわからないのに、悔いを残していいのか? それこそ今日の、この時間が最後かもしれないんだぞ?)
どんなに遅くとも明日中にはアリシアは目を覚ますだろうし、そうなれば皆と合流してどういう形であれ魔獣の本部には向かうことになるだろう。
何せ時間を置けば置くほど事態は解決するどころか、悪化する一方なのだから。
「ううん、そんなことないよ……僕たちのこと大切に思ってくれているからこそ慎重に、間違えないように答えを出そうとしてくれてるんでしょ? それにレイドは皆で生きて帰るつもりだから……そんなレイドを信じてボクも我慢すればよかったんだけど……えへへ、やっぱり僕って全然駄目だよねぇ……」
「そ、そんなことはない……俺だってあんな化け物を前にしたら生きて帰れる自信なんか……っ!!」
思わず弱音を吐いてしまった俺を見てアイダは少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んで見せた。
「……そっか……やっぱりレイドでも……そうだよねぇ……あれはちょっと凄すぎたもんね」
「ああ……そうなんだよ……だからアイダ……君の考えは何も間違ってない……むしろ俺が甘すぎたんだよ……皆で生きて帰れるって決めつけて、大事なことを先延ばしにして……君たち二人が俺にとって一番大切な事だったのに……っ」
今更ながらに気持ちの決着を後回しにしていた自分が恨めしくなる……この場面で、アイダが今しかないと勇気を振り絞って告白してくれたのにそれに返事をすることができない自分が情けなくて仕方がない。
「もぉレイドは真面目だなぁ……ごめんね、そんな風に悩ませたくなかったのに余計なこと言っちゃったね……」
「余計な事なんかじゃない……むしろ俺が謝らないと……ごめんよアイダ……最後かもしれないのに返事が出来……っ!?」
最後という言葉を口にしようとしたところで、アイダの指が俺の唇を押さえつけた。
「駄目だよレイド……最後だなんて言っちゃ……まあ僕が余計なこと言ったせいなんだけどさ……まだそうと決まったわけじゃないんだから……みんなで生きて帰る、でしょ?」
「……っ」
「それにレイド……確かに僕は返事を聞きたい気持ちもあるけど、あくまでも後悔したのは自分の気持ちを伝えられずに死ぬのは嫌だってこと……だからレイドまで僕に合わせて急いで返事をする必要なんかないんだよ?」
そう言ってアイダは前に何度かしてくれたように、俺の頭を抱きかかえながら優しく撫でてくれる。
その手付きに安らぎを感じた俺は自然と身体から力が抜けていき、そのままそっと目をとじて全てを委ねたくなってしまう。
「……ちゅっ」
「あ……」
そんな俺の額に何か柔らかいものが押し付けられる感触がしたかと思うと、さっとアイダは離れて行った。
「だ、だから今はこれで十分……ふふ、この程度でもアリシアにバレたら抜け駆けだって言われちゃいそうだけど……これぐらいは良いよね?」
「あ、アイダ……?」
何が起きたのかもわからず呆然とする俺をしり目に、アイダは悪戯っ子のように笑うとさっと離れてベッドへと向かってしまう。
尤もその顔は耳まで真っ赤で、思いっきり自分の下行動を恥ずかしがっているのがわかってしまう。
「じゃ、じゃあ僕まだ魔力回復しきってないから……た、確か栄養取って眠ると回復するんだよね? 僕の魔法でもいちおーアリシアの役には立てたからさ、ちゃんと体調を万全にしておくためにももう一回休むからねっ!! お休みっ!!」
「ちょ、ちょっとアイダ……っ!?」
そして一方的にまくしたてたかと思うと、頭まで毛布をかぶってそれっきり返事をしなくなってしまうアイダ。
それでも彼女を布団越しに見つめていたが、少しすると中から安らかな寝息が聞こえて来てしまった。
(まだ完全に疲れが取れてなかったのか……或いはドキドキしすぎて逆に頭に血が回らなくなってなんて理由もあるのかな? はぁ……俺をこんな気持ちにさせておいて……全くアイダは……ふふ……)
アイダに対して先ほどの会話で余計に眠気が遠ざかってしまった俺は……それでも数日ぶりにアイダと交わした会話に精神が癒されるのを感じていた。
(やっぱり俺はアイダが好きだ……純粋でまっすぐで……こうして俺の気持ちが滅入りそうな時にいつだって助けてくれるアイダを……だけど、これは恋愛感情……なんだろうか?)
先ほどまでは三つ首の化け物やドラコのことで重苦しい気持ちで思い悩んでいたというのに、今ではどこか心地よい胸の痛みを感じながら全く違うことに頭を悩ませてしまう俺。
しかしあのまま落ち込み続けるよりはずっといいだろうと思い、改めて助けてくれたアイダに感謝しながら二人への想いを真剣に考え直すのだった。
【読者の皆様へ】
明日は少し離れた場所にある病院へ行くので帰りが非常に遅くなります。
その為に投稿時間が大幅に遅れるか、もしくは投稿できない可能性があります。
本当に申し訳ありません。