集合・対決⑥
いざ飛び出そうとしたその時、ル・リダの叫び声が聞こえてきた。
「レイド様……無理なお願いを聞き届けてくださってありがとうございますっ!! 本当に今まで沢山お世話になって……貴方様と出会えてよかったですっ!!」
そう言って神妙な顔で深々と頭を下げるル・リダ。
急な言葉に戸惑うが、この状況に命の危機を感じて先にお礼を言っておこうと思ったのかもしれない。
そんな彼女を安心させようと、俺は何とか笑顔を作り頭を下げ返した。
「こっちこそ沢山面倒をかけてしまって……こんな戦いにも巻き込んで……本当にすみませんっ!! お礼と言うのもなんですが、ドラコの親探しは手伝させてもらいますから……その……これからもよろしくお願いしますっ!!」
「……」
ここで終わる気はないとばかりに、この後も共に仲間として歩んでいこうという意味を込めて叫んだ俺の言葉を聞いてル・リダは……何も言わずただ儚い笑顔を浮かべて見せるのだた。
(何か変だぞル・リダさん……そう言えばさっきも転移魔法陣について話す時どこか……っ!?)
『『『ドゥルルルルルルルっ!!』』』
少しだけ訝しむ俺だが、そこでまたしても三つ首の化け物が咆哮して蠢く振動が伝わってきた。
その衝撃に洞窟は揺れ動き、段々と落下してくる土砂の塊が大きくなってきた気がする。
(ちっ!! まあいいっ!! 気になることはこの場を切り抜けた後で聞けばいいだけだっ!! 皆で生き残れば、何の問題もないっ!!)
そう自分に言い聞かせるようにして気合を入れると、俺は今度こそ剣を構えると天井に向かって飛び上がった。
そして出入り口になる場所を切り開くと、一瞬だけドラコの視線を確認して三つ首の化け物の居場所を大まかに把握する。
「はぁああっ!!」
改めて洞窟の壁を蹴りつけた反動も利用して飛び上がると、そのまま洞窟を飛び出すと同時に無詠唱で攻撃魔法を三つ首の化け物が居るであろう咆哮へ解き放った。
「「「ドゥルルルルルルルっ!!」」」
「くぅっ!?」
地上へ出た途端に十メートル以上先にいる化け物の咆哮が直接轟くようになり、鼓膜が破れそうなほどの迫力に耳を塞ぎたくなる。
しかしそれを堪えて掌を三つ首の化け物へと向け続けて攻撃魔法を当て続けるが、向こうはこちらに振り向きもしなかった。
(くそっ!! 想像は出来ていたけど、無詠唱の単発じゃあこいつ相手には何の効果も無いのかっ!?)
今までどんな強敵にも劇的な効果を発してきたはずの俺のとっておきを喰らってなお、動きすら鈍ることなく悠然とドラコの居る辺りをうろつく化け物。
改めて目の前の怪物の恐ろしさを思い知らされるが、あいつの下にいる大切仲間のことを思い萎えそうな心を必死に奮い立たせる。
(なら、これならどうだっ!!)
「我が魔力よ、この手に集いて……」
とにかく一瞬でもいいから注意を引いて足止めしなければと、俺に出来る最大の一撃を叩き込むべく追加で詠唱を始めた。
「全てを焼き尽くす閃光と化し……っ!?」
「ドゥルルル?」
そこでほんの僅かにでも違和感を覚えたのか、三つ首のうちの一つがチラリと瞳の端で俺を見つめた気がした。
そして次の瞬間、二股に分かれている尻尾で虫か何かを払うかのように無造作に振るった。
途端に信じがたい暴風が吹き荒れたかと思うと、俺の攻撃魔法はあっさりと吹き飛ばされて霧散してしまう。
(くそっ!! 化け物めっ!! だけどこれな……っ!?)
それでも魔法自体を無効化されたわけではないために、掌から放射され続けている熱線が再び三つ首の化け物へと向かっていく。
だから問題なく詠唱を続けようとしたところで、俺の頭上から影が差し込める。
「ドゥルルルルルっ!!」
反射的に見上げれば、上空で待機していたと思しき普通の多混竜が咆哮を上げながらこちらに向かって突っ込んできている。
(このタイミングで来るのかっ!? だけど仕方ないっ!! とにかく撃退しないとっ!!)
三つ首の化け物のせいで見下しがちだが、こいつとて俺からすれば遥かに格上の化け物なのだ。
それこそ倒しうる手段は一つしかない……だからこそ、詠唱していた新たな攻撃魔法を躊躇することなくそちらに向けて解き放つ。
「我が敵を焼失させよっ!! ファイアーレーザーっ!!」
「ドゥルルルルルっ!!?」
しかし多混竜は前に同族が目の前でやられているのを見ていたためか、俺が掌を向けただけで露骨に反応を示し慌てて大げさに躱して見せた。
(やっぱり一度見て、自分にも通じると判断した攻撃は躱そうとするのか……賢いけど、その動きは想定通りだっ!!)
「ドゥルルル……っ!?」
「残念、そっちは行き止まりだっ!」
ニヤリと笑いながら宣言した通り、俺は既に俺は予め発動してあった攻撃魔法を腕ごと動かして多混竜の回避先へと向けてあったのだ。
前の一戦で多混竜が俺の魔法を警戒するかもしれないことはわかっていた。
だからこそ今回は迎撃する際に、正面からではなくやや横にずらして魔法を放つことで向こうが回避する方向を誘導しておいたのだ。
そして一発分でも攻撃魔法が当たれば、倒せはしなくとも動きが鈍り回避も何もなくなることも分かっている。
(悪いがもうお前なんかに構ってる暇はないんだっ!! じゃあな雑魚っ!!)
「ドゥルルル……っ!!?」
そこへ二発目を重ねることで一気に威力を増した熱線に多混竜は前の個体と同じ様に悲鳴ごと飲み込まれていった。
果たして数秒後に俺の魔力が切れて魔法が止まったころには、もうそいつは息絶えていて力なく大地へと落下していく。
(ふぅ……何とか普通の多混竜は全滅させれたな……だけど魔力が尽きた今、どうやってあいつの意識を引け……っ!!?)
今度こそどうにかして三つ首の化け物の意識を引こうと、その手段を考えようとしたところで多混竜の遺体が地面へとぶつかる音が響いた。
するとまた三つ首のうちの一つがチラリとこちらを見て……多混竜の遺体を確認したのか、途端に身体全体でこちらへと振り返ってきた。
そして俺を全ての三つの頭に付いている全ての目玉で、殺意を込めて睨みつけてきた。
「っ!!?」
その瞬間、とてつもないプレッシャーを感じて息が止まるほどの恐怖で心が染め上げられる。
今まで様々な修羅場をくぐってきたし、その中で死ぬような目にも何度もあってきた。
しかし今感じている恐怖はそれらを遥かに上回るほどに絶望的なものであった。
(死ぬ……俺は今、確実に……死ぬっ!!)
長年戦い続けてきた経験と本能、また理性すらもが間近に迫る死を敏感に感じ取ってしまっている。
まるで死ぬ間際のように世界中の動きがゆっくりと感じられて、その中で自分の呼吸音と鼓動だけが妙に大きく聞こえてきた
恐らく三つ首の化け物は同士である多混竜を倒した俺を倒すべき敵だと判断して、次の瞬間にでも攻撃を仕掛けてくるだろう。
そして俺ではその身動きに全く対応できないと悟らされてしまったのだ。
ここまで格上の相手を前に魔力も尽きている今……いや、仮に万全だったとしても俺ごときでは何も出来ないだろう。
(あぁ……ここまでか……畜生、短い人生だったな……っ)
脳裏には既にまさしく走馬灯のようにこれまで見てきた光景が流れている。
その殆どがかつてのアリシアと過ごした幸せな記憶であり、俺は現実から逃避するように目を閉じようとしてしまう。
(ああ、アリシア……俺はやっぱり君のこと……あ、アイダっ!?)
しかし途中からアイダとの思い出が思い出されてきて、また今まで出会ってきた仲間たちの顔も代わる代わる浮かんでくる。
トルテにミーア、マスターにフローラ、エメラにマキナにマナ、アンリにランド、バルやメル……そしてここで出会ったル・リダにドラコ。
彼らと過ごした日々と何よりも交わした約束を思い出した俺は、即座に気力を取り戻した。
「し……死んでたまるかぁあああああっ!!」
「「「ドゥルルルルルルルっ!!」」」
もはや何の対策も浮かばないが、それでも皆と別れたくない一心でヤケクソのように叫び剣を持ち上げようとする。
そんな俺の視界の中で三つ首の化け物は、これだけ世界全てが遅くなっているというのに霞んで見えるほどの速度でもってこちらに向かって飛び出そうと一歩を踏み出した。
やはり俺ごときでは剣で受け止めることすら間に合いそうにないが、だけど諦めることなく三つ首の化け物から目をそらさないよう見つめ続けた。
「「「ドォルルル……ドゥルっ!?」」」
「なっ!!?」
しかしそこで三つ首の化け物が踏み出した足が地面にめり込んでいき、僅かに体勢を崩した。
(な、何が……あっ!? そ、そうかル・リダさんがっ!?)
遅れて思い出したのは、洞窟から出る前にル・リダから頼まれた内容だった。
俺がすべきはあくまでも足止め……それもほんの一瞬でいいと彼女は言っていたのだ。
だからこそ多混竜を倒して、向こうが俺を意識して足を止めた時点で行動を開始していたのだろう。
(多分洞窟を広げながらも天井だけは表面だけ固めることであの化け物の体重が掛かった時点で崩れるようにして……だけどこれじゃあ……っ!?)
「「「ドゥルルルルルっ!!」」」
あくまでも片足だけが嵌っただけの化け物は、強引に大地ごと足を持ち上げてあっさりと体勢を立て直してしまう。
もしもあの落ちた先に転移魔法陣が有ったとしてもこれでは飛ばすことは出来そうにない。
(そ、それに考えてみたら飛ばすにも魔力を流す時間が……ほんの僅かとは言えあの化け物が相手だと致命的過ぎる……ど、どうする気なんだル・リダさんっ!?)
今更ながらにこの作戦に欠陥があるのではと思い始めてきた俺は、それでも彼女を信じようとして……そこで先ほど化け物が嵌っていた足に何かがくっついていることに気が付いてしまう。
「え……る、ル・リダさんっ!? な、何をっ!?」
「……っ…………っ……」
彼女は何事かブツブツと口を動かしながら必死に化け物から離れないように縋りついていたかと思うと、不意にこちらに気付いて……先ほど洞窟で見せたような儚い笑顔を浮かべて頭を下げた。
そこで三つ首の化け物も自分の身体に付いている存在に気付いたようで、煩わしそうに片足を持ち上げて地面に叩きつけようとする。
反射的に助けようと飛び出そうとして……そこでル・リダが俺の元まで聞こえるほどの大声で、ソレを唱えあげた。
「……へと運びたまえっ!! 転移魔法っ!!」
「っ!!?」
「「「ドゥルル……っ!?」」」
果たして彼女が唱えた魔法はル・リダごとくっ付いている三つ首の化け物を彼方へと消し去らせて見せた。
「あ……あぁああああっ!!?」
遅れてようやく俺は今までル・リダに感じていた違和感と、彼女が本当に狙っていたことに気付いた。
(そ、そうか……最初からル・リダさんは転移魔法陣じゃなくて転移魔法で一緒に飛ぶつもりだったのかっ!?)
転移魔法陣はあくまでも事故を防ぐための手段であり、リスクを気にしないのであれば普通に呪文として唱えて臨んだ場所へと飛ぶことは不可能ではない。
もっと言えば目標物だけを飛ばすことだってできなくはなかっただろう……だけれど、あの化け物の身のこなしや賢さを思えば避けられる可能性も高い。
それに何よりも彼女は魔獣としてあの化け物を産み落とした責任を取ると言っていた……だからこそこうして確実にこなせる方法として、自ら諸共転移魔法で飛ぶことを選んだのだろう。
(だ、だけど一緒に飛んだりしたらル・リダさんは……あの化け物に目を付けられていた彼女の命は……クソっ!! 何で気付けなかった俺っ!? クソっ!! 畜生っ!!)
恐らくル・リダはもう助からないだろうと感じ取ってしまった俺は、どうしようもない敗北感と無力感に思わず地面を何度もたたいてしまう。
大切な仲間を守り抜けなかった悔しさで涙すら零れそうになるが、幾ら悔やんだところでもうル・リダは戻ってこない。
何よりもまだ守らなければいけない仲間は残っている……だから何とか涙をこらえて洞窟に戻り、三人の様子を確認しようとした。
「……ふぅ……すぅ……」
「……ん……ぅ……」
「……?」
(皆は無事か……結局俺は最初から最後までル・リダさんのお世話になって……ん?)
寝息を立てる二人の傍であの三つ首の化け物が飛んでいったであろう方向を眺めているドラコだが、その手にはメモ帳のようなものが握られていた。
そこでル・リダに万が一に備えて俺が命がけの戦いに挑むことをアリシアとアイダにメモ書きで残しておくように言っておいたことを思い出した。
しかし何故ドラコに渡してあるのかと思いつつも、回収しようと受け取って……そこにル・リダからの伝言が残されていることに気付いてしまう。
『レイド様へ……騙してしまって申し訳ありません……優しい貴方様のことですから、きっと私がこのような行動をとったことに苦しんでいることでしょう……ですがどうかお気になさらないでください。これは魔獣の犯した罪で魔獣全体で責任を取るべきことなのです……だから私は犠牲になったわけではなく、ただ成すべきことをしただけなのです……むしろレイド様に押し付けるようで申し訳ありませんが、どうかドラコちゃんのことをよろしくお願いいたします……貴方様にならば信じて託すことができます……本当に勝手な事ばかり言ってごめんなさい……短い間でしたがレイド様とドラコちゃんの三人で行動していた時間はとても楽しかったです……お会いできて光栄でした……どうか大切な人達と共に幸せを掴んでくださいませ……私は遠いところからお祈り申し上げております……さようならレイド様』
「くっ……あぁああああっ!!」
別れの挨拶が綴られた手紙を読んでル・リダを……命の恩人を失ってしまった事実を再認識した俺は心の奥から悔しさと申し訳なさが感情のうねりを伴って込み上げてくるのを感じた。
だけどもう止めようも無くて、俺は今度こそ堪えることも出来ずその場に蹲って号泣してしまうのだった。
「……?」
そんな俺の傍でドラコはいつまでも、ル・リダが去った方向を見つめ続けていた。