集合・対決⑤
『『『ドゥルルルルルルルっ!!』』』
「っ!!?」
頭上を三つ首の化け物が歩き回る振動で、固められているはずの洞窟の天井からパラパラと土砂が落ちてきている。
いつ崩れてもおかしくない状態に今すぐこの場を立ち去りたい衝動に駆られるが、幾らなんでも四人を抱えて逃げることはできない。
(せ、せめてあと一人だけでも目を覚ましてくれたら……おっ!?)
「うぅ……わ、私……あ……レイド様?」
『『『ドゥルルルルルルルっ!!』』』
「は、話は後だっ!! 逃げるから早くドラコを抱えてくれっ!!」
祈るような心境で回復魔法をかけて回っていたところ、ようやくル・リダが目を覚ましてくれた。
そして周りを見回しながら何が起きたのか思い返そうとしていたが、頭上から聞こえる咆哮に焦りを覚えた俺は慌てて叫ぶと同時にアリシアとアイダを両脇に抱え込んだ。
「えっ!? あっ!? は、はいっ!!」
ル・リダも三つ首の化け物の咆哮を聞いて何が起きているのか思い出したようで、真剣な様子で頷き返しながら頭上を見上げているドラコを抱きかかえた。
『『『ドゥルルルルルルルっ!!』』』
「ああっ!? ど、洞窟がっ!?」
「と、とにかくこの場を離れましょうっ!! ヘイストっ!!」
そして再びル・リダと並んで走り出しながら、移動速度強化魔法を全員に掛けておく。
その上で改めてアリシアとアイダに範囲回復魔法と併用して普通の回復魔法も掛けていくが、それでもまだまだ目覚める気配はなかった。
(あんな化け物と何日も戦い続けてたんだもんなぁ……そりゃ一度寝たらそうそう目を覚まさ……っ!?)
「ぅぅ……んっ……れ、レイ……ん……」
「……っ……ぁ……レ……ィド……ぅ……っ……」
「っ!!?」
意識が戻らない状態で、アイダとアリシアは苦しそうに顔を歪めながらも揃って寝言で俺の名前を口にした。
恐らくは夢の中でもあの三つ首の化け物と戦っているのかもしれない。
(俺を呼んで……そんなに俺を信頼してくれてたのか……何よりアリシア……寝言だし片言とはいえ、少しずつ喋れるようになってきたんだな……)
大切な女性二人から思われていることを実感して、またアリシアの心が少しずつ癒えてきている兆しが見えた気がして俺はこんな状況だというのに少しだけ胸が温かくなって微笑んでしまう。
『『『ドゥルルルルルルルっ!!』』』
「っ!!?」
そんな俺を現実に引き戻すように、三つ首の化け物の咆哮が聞こえてきた。
移動する前と殆ど変わらない音量で、しかも洞窟内に伝わる振動も変わりはない。
どうやら俺たちの移動に合わせるように、向こうも地上から付いてきているようだ。
「ちぃっ!! やっぱり俺の魔法じゃ振り切れないかっ!?」
「で、ですがどうしてこんな的確に私たちの後を付いてきて……あっ!? ま、まさかドラコちゃんがっ!?」
「恐らくそうだっ!! 向こうもドラコの居場所を探知して追いかけてきてるんだっ!!」
「……ぁ……ぅ……?」
不思議そうに小首をかしげながらも天井越しに多混竜達の居場所を見つめているらしいドラコ。
「だ、だけど多混竜の方はわかりますけど、今まであのでっかい奴は動かなかったのにどうして急にっ!?」
「推測だが恐らく目の前の敵に集中する習性があるんだと思うっ!! だからアリシアと戦ってる時はそっちを優先して動かなかったんだっ!!」
実際に多混竜が戦うところを何度も見てきたが、その際にあいつらは移動を止めて目の前の獲物をしとめるのに全力を費やしていた。
それがドラゴンとしての闘争本能なのか、混ぜられた魔物に引きずられた結果か……実験に使われた怒りをぶつけているのかはわからない。
とにかくだからこそ三つ首の化け物は敵が目の前から消えた今、多混竜と同じ様に探知したドラコを探して回っているのだろう。
(しかし何で多混竜達はドラコを探して回ってるんだ? いや待てよ……多混竜とドラコが探知し合えるのなら、多混竜同士も探知し合えるんじゃ……だとすれば仲間だと勘違いしているのかも?)
尤も実際にドラコを見て向こうが仲間だと受け入れてくれるかはわからないし、何よりもあんな危険な生き物にドラコを引き渡す気にはなれなかった。
仮にそれが俺たちの身を安全にするための唯一の方法だとしても……俺を救ってくれて大切な女性と合流させてくれた恩をあだで返すわけにはいかないのだ。
ル・リダも同じ気持ちなようでドラコを守るかのように腕の中にぎゅっと抱きしめながら、頭上の振動を不安そうに見つめていた。
(だけどどうするっ!? どうすればいいっ!?)
このまま洞窟を引き返していったところでいずれ行き止まりになって進めなくなる上に、そこは首都のすぐ近くだ。
そんなところまでこいつを連れて行ったら間違いなくシャレにならない犠牲者が出る。
しかしこのまま一カ所に留まっていても、いずれ頭上を化け物が行き来してる振動に耐えきれなくなった洞窟が崩壊してお終いだろう。
(くそっ!! こうなったら一か八か、ここからドラコの視線を頼りに魔法で狙い撃って……いや、多混竜ならともかくあの三つ首の化け物がそれで倒せるとは思えないっ!!)
幾ら攻撃魔法を重ね掛けしたとしても、あんな数秒しか持たないのでは三つ首の化け物を倒し切るのは不可能だろう。
或いはマジックポーションが余っていた頃ならば全てを飲み干す勢いで強引に放ち続ければ、或いはまだ可能性はあったかもしれない。
しかし現状ではもう四本しか残っていないのだ……試したところで無駄に終わるだろうし、何よりもミスった際のデメリットが大きすぎる。
(残り少ないマジックポーションを使い切ってしまうのも問題だけど……それ以上に攻撃した時点で天井を貫いてしまうから居場所はバレるだろうし、向こうだって反撃してくるはずだ……もしまたあの大爆発を起こされたらそれこそ全滅しかねないっ!!)
悔しいがもはや俺ごときの力ではこの状況は打開することはできそうにない。
むしろ下手に動いて状況を掻きまわすよりは、当初の予定通りアリシアが目覚めるのを待って彼女の援護に回るべきだろう。
しかしその肝心のアリシアが全く目覚める気配がなかった。
(ここで目覚めるのを待ってたら先に洞窟が崩れかねないっ!! 他の奴らを巻き込むのを覚悟でもっと引き返すべきなのかっ!? だけどそれじゃあ俺たちは何のためにこの国に来たんだっ!? だけどこのままじゃ……くそっ!! どうすればいいっ!?)
『『『ドゥルルルルルルルっ!!』』』
「くそっ!!」
「…………」
もどかしさから歯を噛み締めて洞窟の天井を見上げる俺の傍で、ル・リダは黙り込んだまま何かを考えこんでいるようだった。
そして腕の中に抱きしめてあドラコを見つめたかと思うと、唐突に何かを決意したように俺に向かって口を開いた。
「……レイド様……一か八か試してみたいことがございます」
「た、試すって……何をだっ!?」
「あの三つ首の化け物をどうにかするために……これ以上、無関係な人達の犠牲者を出さないためにも……」
「だ、だがあんな化け物を相手にどうしようって……何か考えがあるのかっ!?」
俺の問いかけにル・リダははっきりと頷いて見せた。
「はい……転移魔法……陣をこの場所に敷いて……あいつを魔獣の本部へと飛ばします」
「っ!!?」
予想外の提案に驚きながらも、確かにそれならば実力差に関係なくあの化け物を排除することが出来る。
(その場しのぎだが、魔獣の本部は既に滅びている元ビター王国の領内……そこでこいつが全力で暴れても魔獣以外の犠牲者は出ないだろうし、魔獣達の計画も潰せる……その後で体勢を立て直した俺たちで退治しに行くことも出来る……だけど……)
「……良いんですかル・リダさん?」
俺にとって良いことづくめと言わんばかりの話だったが、それでも思わず尋ね返してしまう。
何せル・リダからすれば魔獣は道を判ったとはいえ、元は同じ境遇の同士だったのだ。
だから俺が退治すると言った際も否定はしなかったけれど、協力するとは決して言わなかった……言えなかった。
幾ら魔獣達が目に余る悪行をしていたとしても、やはり自らの手で始末するのはどうしても抵抗があったのだろう。
しかしこの提案を実行すればそれこそル・リダ自身の手で仲間を殺すことになってしまう。
そんな彼女の心を思うと……恩人であり、俺の中ではもう仲間みたいなものだと感じているル・リダが苦しまないか心配になってしまったのだ。
「はい……元はと言えばこれは全て私たち魔獣が行った愚かな行為なのですから……その代償を無関係な人達に押し付けるわけにはいきません……自らが犯した過ちの責任は取らなければ……だからこそ私がこの手でやらなければいけないんですっ!!」
「ル・リダさん……?」
そう語るル・リダの瞳には悲痛なまでの覚悟が見え隠れして、俺は何と返事をしていいか少しだけ戸惑ってしまう。
『『『ドゥルルルルルルルっ!!』』』
「っ!!?」
しかしそこでまたあの三つ首の化け物の咆哮が聞こえたかと思うと、近くを動き回る振動で天井から崩れ落ちる土砂の量が増えてきた。
「時間がありませんレイド様っ!! どうかご協力をお願いしますっ!!」
「わ、わかったっ!! 俺はどうすればいいっ!?」
こうして居る間にも洞窟は崩壊しかけている上に、もしも今近くを誰かが通りがかったら間違いなく犠牲者が出る。
ル・リダの言う通り一刻の猶予も無いと理解した俺は、その急かすような言葉に慌てて頷き返した。
「では今からここに転移魔法陣を作りますっ!! だからレイド様は……」
「あっ!? だ、だけど転移魔法陣を作るのって時間がかかるんじゃっ!? 間に合うのかっ!?」
「……っ」
早速背中の手を伸ばして洞窟を広げながら転移魔法陣を敷こうとしたル・リダを見て、前にマキナが作る際にはかなりの時間がかかっていたことを思い出した。
尤もマナの協力があればすぐに完成したようだし、巧みな魔法の使い手ならばかなり短縮は出来るようだがそれでも限度があるのではないかと思われた。
(ま、まさか完成までの時間を稼げって言うんじゃないだろうなっ!? あんな化け物相手じゃ流石に無理だぞっ!?)
危機感からついル・リダの言葉を遮るようにして訊ねてしまったが、彼女は何故か少しだけ言葉に詰まったかと思うと洞窟を掘り進む作業に没頭しようとばかりに顔を背けてしまう。
「……背中の手も総動員すればそこまで時間はかかりません……ただ確実に飛ばすためにもあの化け物の真下に敷いてタイミングを見計らって洞窟を崩して一気に飛ばそうと思っておりますが、その為には足止めが必要なのです……レイド様、どうか一瞬で良いですからあの化け物の気をひいて動きを止めて頂きたく……そ、それと普通の多混竜の方も邪魔にならないよう始末していただければ……」
「そ、それは……っ!?」
申し訳なさそうに呟いたル・リダのお願いは、余りにも無茶で俺の手に余る内容だった。
尤もそうしなければいけない理由もわかるのだが、果たして自分如きの力でそこまでできるのか不安で仕方がない。
しかしそこで頭上から振ってきた土砂がアリシアとアイダの身体に降り注ぐところを見てしまう。
(はっ!! 尻込みしてる場合かっ!? この二人の命が掛かってるんだぞっ!! それだけじゃない、ル・リダさんやドラコ……仲間達を守るためなら俺はなんだってやって見せてやるっ!! 大丈夫っ!!! 今までだって何とでもなってきたんだっ!! 今回だってやり遂げてやるっ!!)
大切な仲間を失いたくないと思うと途端に不安は消えていき、むしろやり遂げなければという使命感が湧き上がってくる。
だから俺はル・リダにはっきりと頷きかけると、三つ首の化け物や多混竜と再び対峙する覚悟を決めるのだった。
(ただ、万が一のことを思えば……死ぬ気はないし絶対生きて戻るつもりだけど……皆と一緒に生き残るつもりだけど……それでも何が起きているのかのメモぐらい残していかないとな……)
「ル・リダさんっ!! 今から俺は洞窟を進んで、地下からあいつらの裏に回ってそこから急襲しますっ!! ただ何が起こるかわからないから、アリシアとアイダに俺が何をするのかを書いたメモを書いて渡しておいてくださいっ!!」
「は、はいっ!! わかりましたっ!! で、ですが自分でお願いしておいてなんですが、無理はなさらないでくださいませっ!!」
「わかってますよっ!! じゃあ後はよろしくお願いしますっ!!」
皆から離れて洞窟を進み始めた俺にル・リダが心配そうに叫んでくる。
そんな彼女を安心させようと改めて頷き返しながら、俺は地上にいるであろう三つ首の化け物とどう戦おうか考えるのだった。
(いや、戦うじゃない……あくまでも時間稼ぎ……いや足止めだけでいいっ!! 一瞬で良いって話だし、とにかく注意を引かないとっ!! まずはそこからだっ!!)