貧乏伯爵令嬢、砦に赴任中
「ミリちゃん本当?おめでとう!よかったわね~」
ジルダ・イルケは麗らかな日差しが指すカフェで後輩のミリーデシア・ガントレーの婚約を祝した。
「ありがとうございます、ジルダさん」
ミリが頬を薄ら赤らめて嬉しそうに微笑む。
その幸せ一杯、ハート一杯の笑顔に、まだまだ独身恋人なしのジルダにはほろ苦いものもこみ上げるが、可愛い後輩を祝う気持ちの方が大きい。
「小さな頃から憧れてたんだっけ。思いが叶ったってヤツよね。ロマンチック!」
「そ、そんな大袈裟なものでもないんですけど」
「そんな事ない!政略結婚が当たり前の貴族社会に想い想われたた末の婚姻!お相手の公爵様も素敵な方のようだし!……正直言うとね、安心したわ」
ジルダは、フウとため息を漏らすとカップを持ち上げた。
ミリはジルダの賛辞と温かい言葉に嬉しげに笑うとこちらも一口、紅茶を飲んだ。
「そういうジルダさんもそろそろでは?」
「そろそろもころころも予定もないけど、さすがに帰ったら婚約話でもあるかもしれないわ。どなたか父が紹介して下さると思うけど」
「お手紙下さいね」
悪戯っぽく目を煌かせるミリにジルダは苦笑して快諾する。
「ん?ミリちゃんが婚姻と言う事はここではもう一緒に働けないかもしれないわね」
「そうですねぇ。婚姻の準備もありますし、公爵家の家の事も学ばないといけないし…」
「お祝い事とはいえ、ここでお別れなのは寂しいわぁ」
「私もです。折角仲良くなれましたのに…」
その時二人の耳に壮麗な鐘の音が聞こえてきた。
「そろそろ出立の時間ね。ね、タイミングが合ったら王都でお茶しましょうね」
「勿論です!嬉しいわ」
ジルダとミリは立ち上がると仲良く腕を組んでブルーザクト砦、馬車どまりまで歩いた。
ヴァイグル王国建国以来、年中魔物に襲われていた。
世界の三分の一を占める魔大陸と接していたからである。
この地に国を築き上げて早千年あまり。人は対魔物に様々な策を用いてきた。
その一つが最前線で魔物を食い止めるブルーザクト砦である。ここは魔力に満ちた地で、ここを拠点にし、国全体を覆う防護魔法を構築しているのだ。
効率的に選ばれた場所を守るため建てられたのがブルーザクト砦。
中には五万を超す軍人が配され、魔物を駆逐しつつ、1000人の魔女達を守っている。
魔女と言うのは貴族の血を引く女性達の事で、彼女等が聖句を言紡ぐ事で術が構築され発動している。
任期があり、5年。貴族の子女としての行事やら教育のもあるため一年のうち三か月ほど休暇が取れる。
過酷な任務であり、常に危険と隣り合わせだがそれ故一度任期を務めあげると称賛と尊敬を集められ、結婚市場でも引く手あまたなので若い、身分の低い子女達には中々人気の高い仕事場であった。
ただ、任期後は確実に適齢期は逃すため、任期中は勿論、任期前に婚約を交わすのは魔女達や貴族の親からして当然であった。
その当然に今年二十歳になる、ジルダが漏れたには事情があった。
ジルダの家は建国以来を遡る由緒ある伯爵家だが、少し貧乏だった。
というのも家、今の当主から数えて4代前のボンクラ当主が権力を嵩にきてやりたい放題した揚句、当たり前のように国王の不興を買い、北の辺境に領地を移され、お約束の様な没落を辿った。
不幸中の幸いと言うべきか彼のボンクラ当主の後継は気骨のある青年で、苦労しながら辺境を開拓していった。
そして今に至るわけだがまだまだ開拓は続けられており、かなり貧乏からだいたい貧乏を経て、少し貧乏にまで復興している。
とはいえ、災害など予測不可能な事が起こればだいたい貧乏に落ちる可能性は常にあるので、伯爵の子供達は常に金策を気にして育てられた。
その一つが伯爵家長女なジルダ、ブルーザクト砦の魔女の職である。
ここまで記されれば触れずとも察するだろうが魔女の職は
―――高給であった。しかもかなり。
北の辺境の没落伯爵の長女。
という結婚相手としてはやや不利な状況を打破する事にも勿論重きを置いてはいる。
この前帰郷した折にそろそろ、なんて話もあったから相手と具体的な事は父と兄で進めているだろう。
(穏やかで話の合う殿方だといいな)
魔女専用の乗合馬車から流れる風景を見ながらジルダは思った。
古めかしい玄関扉を開けると家族全員が迎えてくれた。
「お帰りジルダ!」
「ただ今お母様!お父様もお兄様も元気そうでよかった」
一番に母ルアンナが満面の笑顔で言い、ジルダも微笑んで返し、日焼けした顔を綻ばせる父と兄に
「今年も無事務めあげてご苦労だったな。」
「ジルダ!お帰り!お前の頑張りに今年も助かったよ!」
労われる。
「ウフフ、そう?よかったわ」
あったから。
毎回言ってますけどー
私なんで、すぐ更新とかは絶対!期待しない方がいいです!