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064 獣人の村

 

「…………コッチだ」

「えっ?」


 赤髪の犬耳女性は振り返り歩き出そうとする。


「ナンダ?」


 マリアが戸惑ったところで立ち止まった。


「い、いえ。こっちというのは?」

「ハナシをするのだろう?だからワレらの村に案内するといっているのだ。ソレともなにか?敵対する気はないと言いながらよからぬことでも考えておるのか?」

「そんなことはありません!」


 マリアは語気を強めて断言する。


「ナラば付いて来るがいい」


 歩き始める女性。

 マリアとカインは顔を見合わせた。


「どうしますか?」

「んなこといっても行くしかないだろ?」

「……ですよね」


 そうしてそのまま女性の後を付いて行く。

 歩いた先は藁ぶき屋根の木造建てが並ぶ小さな集落。


「そういえば名を名乗っていなかったな。ワタシはエクレシアという村の戦士だ」

「あっ、こちらこそ申し訳ありません。私はマリアといいます。こっちがカインであっちの女の子がフローゼです」

「……ソウカ。デハまず族長に会ってもらう」


 村の中を案内されるのだが、他のイヌ耳族はヒソヒソと何か小さく話している姿がそこかしこにある。


「なんかいやぁな感じで見られてるねぇ」

「どうやら歓迎はされてないみたいだな」

「でも、目的のイヌ耳族の人には会えたのですから良いではありませんか」


 確かに。

 ただ、この視線を感じる上で、一体どうして招き入れられたのか不思議でならない。


「ココだ」


 一際大きな藁ぶき屋根の家に案内された。


「ハイれ」


 エクレシアに招き入れられるまま家の中に入る。


「族長。ニンゲンの者が村のモリヤモメについて聞きたいことがあると言って来たので連れて来ました」


 家の中には地面に座る白髪のイヌ耳族の老人がいた。

 家の中は円形に象られており、中央には火をくべる囲炉裏がある。


「フム。ニンゲンが来たか。となるとやはりあの村は関係ないということになるのか?」


 関係があるとかないとか、意味がわからない。

 エクレシアに促されるまま囲炉裏を囲みそれぞれ座った。


「それで?どうして俺達は連れて来られたんだ?」

「その前に聞かせてもらえるか?」

「何を?」


「どうしてここに来た?」


 見定めるように族長は問い掛けてくる。


「俺達は旅の冒険者だ」

「それで私達が村を訪れた時には村の皆さんはモリヤモメ症候群に侵されていました。今動けるのはお婆さん一人だけでした」

「そうか。そんなことになっておったのだな。やはりあやつのせいか…………」


 族長は表情を落として答えた。


「どういうことか教えて頂いても?」

「……ああ」


 族長はマリア達に話して聞かせる。


「そのモリヤモメのことだが、恐らくワシらに責任がある。どうやらバジリスクによって汚染されてしまっていたものが渡ってしまったのだな」


 イヌ耳族はモリヤモメを採って人間と取引している。

 汚染されてしまったというのはどういうことだろうか。


「えっと、バジリスクですか?」

「バジリスクを知らんか?」

「いえ、知っていますが――――」


 知っているどころではない。それどころか先程退治して来たところだ。


「ああ。ワシらは多少汚染されていようがほとんど影響はないのだが、やはりニンゲンはそうもいかんかったようだな」


「では、今この村の中にモリヤモメはないのですか?」

「ある。が、森を出ようとするとバジリスクが襲って来ての」

「クッ、憎たらしいやつだ。村の中であいつに対抗できる戦力として戦えるのはワタシ一人だけだ。だが、ワタシ一人だけではどうにもならん」


 イヌ耳族、というよりも獣人の身体能力は低い者でも通常の人間の成人男性を優に上回るレベル。


 その中で戦士に位置付けられる者は一握りで、それでもバジリスクに対抗できる者はいないのだと。


 カインは族長とエクレシアの話を聞いてマリアに小さく耳打ちする。


「なぁどう思う?」

「いえ、先程のがそうとしか」

「だよな」


 マリアから返って来た答えもカインが考えたことと同じだった。


「ナンだ?なにをこそこそ話している?」

「あっ、いえ。そのバジリスクですが、何匹かいるのですか?」


 なるほど、もしかしたら複数いるのかもしれない。

 そうなると色々と厄介だ。


「イヤ、一匹だけだがそれがどうした?」

「だったらさっきあたしが倒したよぉー!残念ながら食べられなかったけどぉ」


 徐々に声量を落としていくあたり、本当に残念だったのだろう。


 フローゼに呆れているとエクレシアはバッと立ち上がり睨みつけて来た。


「オマエラがバジリスクを倒しただと!?バカなことを言うな!」


 わなわなと肩を震わせて言葉を荒げられる。


「えー、嘘じゃないってぇ。ねぇー?」

「まぁ倒したというのは結果論だけどな」

「そうですね。危うく食べられるところでしたのですから」

『まぁニィちゃんらがあんなやつに手こずるわけないわナ』


「ふざけるな!」


 尚も怒りを収める様子を見せない。


「キサマが倒したと言ったな!?証拠はどこにある!?」

「証拠ぉ?証拠って言ってもねぇ。置いて来ちゃったしなぁ」

「ならそこへ案内しろ!」

「――へ?」


 エクレシアはフローゼの首根っこを掴んで家の外に引っ張り出そうとする。


「えっ?へっ?あっ、やっ、ちょ――」

「ちょっと!何をするのですか!?」

「いいからオマエたちは族長と話をしていろ!」

「ですが――」


 連れて行かれそうになるフローゼをどうしようかと悩んだ。

 止めるべきか止めないべきか。

 しかし、バジリスクを倒したのは事実。


 そこでポチがマリアの胸元からピョンっと飛び降りてフローゼの胸の上に乗る。


「あっ、ポチちゃん――」


『しゃあねぇ、オレが付いていってやるヨ。だからニィちゃん達は話をしておいてくレ』

「(そうか、すまん。頼んだ)」


 ポチが付いて行ったことで安心してマリアの肩を掴んだ。


「いいから。死体を見れば納得するだろ?」

「しかし――」

「マリアも早くモリヤモメを持って帰らないとマズいだろ?」

「え、ええ」


 家の外に出ると大声で「動ける者は何人か付いて来い!早くしろ!」と叫んでいた。




 そうして外は「どうした!?」「こいつがバジリスクを倒したというので確認に行く!」「バカなっ!?」などと騒がしさを見せていたのだが、次第にその声と騒がしさが遠のいていく。


「それで、お主等はどうしてモリヤモメを所望する?」

「はい。モリヤモメ症候群を治療しようと思ってここに来ました」

「なんと!?あれを治せるというのか!?」

「マリアはかなりの腕の治癒術士だ」

「聖女ですからね」


 機先を制して治癒術士と言うのだが、マリアは臆面もなくいつも通り聖女と答えた。


「(フム、聖女のぉ。先程の白いオオカミ……幼体とはいえあれを使役するとなるとそれなりの…………)」

「で?モリヤモメを貰って帰れるのか?」

「それは無理だ」

「えっ!?」


 ここにしかモリヤモメはない。

 先程はあると答えたのにもらえないとなると――――。


「そんなに慌てんでもよい。モリヤモメは貴重だ。いくら族長の儂でも一存では決められんよ。とりあえずエクレシアが戻って来るまで待ってくれ」

「ああ、そういうことか。わかった」




 ――――しばらくすると、エクレシアは戻って来たのだが、その表情から窺えるのは明らかに怒気を孕んでいるということ。


「なんか怒ってるか?」

「さぁ?フローゼが何か失礼なことをしたのですかね?」


 フローゼの姿はそこにはなかったので念のためにポチに話し掛ける。


「(フローゼは無事か?)」

『ああ、問題ない。デカ乳天使は今外でバジリスクが焼けるのを見ているヨ。嬉しそうにナ』


 なるほど。

 姿がないのはそれが理由か。


 しかしポチの声色もなんだか喜びの色が見えた。


「(お前も嬉しそうだな?)」

『これは絶対美味いに決まってるからナ』


 バジリスクの毒はいいのか?

 モリヤモメを薬草に出来るのだからその辺の知識や腕があるのだろうか。

 どちらにしろバジリスクの死体の確認は済んだようだ。


『それよりも、ニィちゃん、気を付けろヨ?』

「(ん?なにがだ?)」

『その獣人のネェちゃんだヨ』

「(えっ?)」


 そういえば、目の前のエクレシアはどうして怒りの表情を露わにしている?

 それも、何に対してなのかはわからないのだが、怒りの矛先がどうも自分の方を向いているのではないのではと思えてならない。


「なぁ――――」


 話し掛けようとしたらエクレシアの方が先に口を開いた。

 そして同時に剣を抜いて突き付けられる。


「キサマ!ワタシと決闘しろ!」


 突然エクレシアに決闘を申し込まれた。



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