063 獣人の住む森
「(本当にこんなところにいるんだろうな?)」
『なんだヨ?オレが信用できないって言うのかヨ?』
「(いや、だってなぁ――――)」
周囲を見渡すと、気が滅入るぐらい深い森の中で、湿度も高く蒸し暑さを感じさせた。
こんなところにそのイヌ耳族は住んでいるのだろうか疑問に思う。
「どうやらここに住んでいるみたいですね」
「えっ?」
カインが抱いた疑問をマリアが払拭した。
「これを見てください」
マリアは何気ない足元を指差す。
「足跡…………だな」
パッと見はただのぬかるんだ地面。だが、よくみるとどこか違和感を覚えた。
恐らくここを通るのだろうが足跡自体は随分古く感じられる。最近出来たものではない様子だった。
「もしかしたらどこかに移住したのか?」
新しい足跡が見つからない。少しばかり考える。
「まぁそれほど大きくない森ですから探せば――――」
マリアが口にした瞬間、目の前の木の頭上からガサガサと音がした。
「――――こいつは!?」
眼前、目の前には木の枝にぐるぐると身体を巻きつけた大蛇が現れる。
大蛇はシュルルと舌を出ながら得物を見定めるようにカイン達を見て来た。
「……バジリスクか」
「カイン、ポチをお願いします」
マリアはポチを預けようとする。
「いや、ここは俺にやらせてくれ」
だが受け取りを拒否した。
「えっ?」
「身体強化の魔法を確認したいんだ」
バジリスクならマンティコアよりも劣る。
まだ不慣れな身体強化だが実戦で使用感を確認したい。
ずいっと前に出てバジリスクをジッと見るのだが、バジリスクは舌をシュルルと出し入れしてこちらの様子を窺っていた。
「(よしっ、良い感じだな)」
身体強化の実感を得られる。
魔力が体内を巡り、グッと底から湧き出るような力強さを抱いた。
ジリジリと、ゆっくりとバジリスクとの距離を詰めようとしたのだが、横からシュッと人影が飛び出してくる。
「ヘビだー!」
「ちょ、おい!フローゼ!」
慌ててフローゼの肩を掴もうとするが、勢いよく走り出したフローゼには間に合わない。
「――ちっ!」
小さく舌打ちしてカインも走り出すのだが、フローゼはもうバジリスクの真ん前。
バジリスクは無手で飛び込んで来たフローゼに対してその大きな口をカパッと開けて覆い被さった。
「へっ?」
がぽっとフローゼの上半身はバジリスクに咥えられる。
「マリア!」
「わかってます!」
慌ててマリアに声を掛けた。
カインもバジリスクの身体を切断しようと斬りかかろうとする。
マリアも即座にポチを地面に置き、すぐさまフローゼの救出に向かおうとした。
今ならまだ間に合う。
フローゼを救けだせる。
だが、バジリスクはフローゼを咥えたことで満足したのか木の上に逃げようとした。
「くっ!ダメだっ!間に合わない!」
木の上に逃げられたら跳躍では届かない。
なんとかしてここで仕留めなければいけない。
せめて一刺しだけすれば恐らく怯ませられる。そうすればあとはマリアがなんとかする。
剣を投擲するように構えた。
投げようとした刹那の瞬間――――。
バジリスクはその動きをピタッと止める。
「ん?」
どうしたのかと思った次の瞬間にはバジリスクの頭部がパンッと音を立てて弾け飛んだ。
「――なっ!?」
「きゃあああああああ――――」
弾け飛んだ頭部からフローゼが落下してくる。
グッと踏み留まって剣を投げずに地面に放り投げて落ちて来るフローゼを受け止めた。
「お、おい!フローゼ!大丈夫か!?」
「……大丈夫じゃない」
「どうした!?どこか痛むのか!?おいマリア!」
「はい!」
後ろからすぐに駆け寄って来たマリアに声を掛けると、マリアはカインに声を掛けられるまでもなく治癒魔法を施す姿勢に入る。
「あいつの口の中、すっげぇ臭いのー」
「は?」
「えっ?」
フローゼはカインの腕の中でゆっくりと上体を起こした。
「……大丈夫なのか?」
「えっ?だから臭かったってぇ。すっげぇ臭いのぉ」
「いや、それは……」
確かに臭う。
「それにぬるぬるがきもちわるいー」
「違うわよ!その……怪我とかないの?」
そう。そこが気がかり。
「ん?けが?あー、それは別にないかなぁ。カイン君が受け止めてくれたし、どこも怪我してないよ?」
自分の身体をあちこち見回すフローゼを改めて見ると、確かにパッと見た感じ目立った外傷はない。
敢えて言うならフローゼの身体がバジリスクの唾液でぬるぬるしているぐらい。
「どうしたの二人とも?まるで目の前の食べ物をスライムに取られて逃げられたような顔してるけど?」
――――直後、ゴツン、ゴツンと鈍い音が立て続けに二回響き渡った。
◇ ◆ ◇
「……痛いよぉ」
しくしくと泣きべそをかきながらフローゼは歩いていた。
「自分のせいだろ」
「うぅー、マリアたん回復してー」
「嫌よ。本当に心配したんだからね」
「だってぇ」
「ちゃんと自分が取った行動には責任を持ちなさい。次からこんなこと起きないように反省しておくこと」
結局心配はいらなかったというのは結果論。
「ぶぅぅぅ。マリアたんのケチー」
「ケチとはなんですかケチとは!」
「だってぇ、しょうがないじゃない」
不貞腐れるフローゼ。
どうしてバジリスクの頭部が弾け飛んだのかというのは、フローゼはバジリスクに咥えられたあとバジリスクの口腔内で風魔法を発動させて爆発させたのだった。
「あのヘビは食べられないのぉ?せっかく美味しそうだったのに」
ブツブツと文句を言っているフローゼが何故突然走り出したのかということなのは、どうやらバジリスクを捕まえようとしていたみたいだ。
「食べられないこともないと思うが、バジリスクは体内に毒を持っているらしいから毒抜きをしないと食べられないと思うぞ?」
「だったら毒抜きしようよぉ」
「今はそんなことをしている時間はないわよ。イヌ耳族の集落を探さないと」
「ちぇーっ」
『(…………こいつ、もしかしてオレ以上に食い意地が張ってるんじゃないのカ?)』
バジリスクの死体はそのままにしてきた。
肉を食べる為には毒抜きが必要。皮も素材になるにはなるので多少勿体はなかったのだが今はそんなことをしている余裕はない。
早くイヌ耳族の集落を探さないと。
そうしてしばらく周辺の捜索をしながら歩いていると、茂みの向こうに開けた場所が見える。
「……あそこ」
「えっ?」
「なにかあるな」
「……村、ですかね?建物のように見えますね」
遠くに見えたのは藁ぶき屋根の小さな建物がいくつか。
「あそこがイヌ耳族の集落だろうな」
「危ないっ!」
その瞬間、眼前に矢が飛んできた。
マリアの頬をギリギリ当たらない程度に矢は通り過ぎて地面に刺さる。
「ひゃっ!」
「なんだ!?」
驚くフローゼの横で慌てて剣を握り構えたのだが、マリアは矢が飛んで来たにも関わらず微動だにしていない。矢が飛んで来た方向をジッと見ていた。
矢が飛んで来たのは角度的に上から。
カインも飛んで来た方角、小さな櫓があり、櫓の中には薄っすら人影の様なものが見える。
次には櫓から人影がヒュッと飛び降りて来て、スタンと軽やかな着地をした。
襲い掛かられることも想定してグッと身構えるのだが、目の前のマリアは腕を水平に伸ばしてカインの行動を制止する。
「ナニをしに来たニンゲン」
目の前に来たのは背に弓を背負った赤髪の鼻が高い犬の耳をした背の高い女性、獣人だった。
獣人の女性は背から弓を取り出し、グッと構えていつでも射ることができる態勢に入る。
「私達に戦う意志はありません。少し聞きたいことがありますので来ました」
マリアの言葉を聞いてカインは剣を鞘に納めた。
本当に戦うつもりはない。
それは恐らく相手側も同じ。
先程の矢は明らかにわざと当たらないように射られていた。
威嚇の意味が込められているのだろう。
マリアの問いかけに対する反応を待つ。
「…………カエれ」
返って来た言葉はたった一言。
「それはできないのです!私達はこの近くの村の人達がモリヤモメ症候群に侵されているのを治療したいのです!どうしても教えて欲しいことがあります!」
「ナニ?ドウいうことだ!?」
赤髪の獣人は驚き目を細めてマリア達を見る。
「お話、聞いて頂けますか?」
「……アア。ハナシを聞くだけだがナ」
獣人はそれまで見せていた警戒心を少しだけ解くことを、その弓を僅かに下ろすことで示した。




