022 ケリエの商人
フローゼの不注意というか好奇心というか食欲旺盛というか、とにかく毒実を食べたことによる腹痛がやっと治まったところで最寄りの人里を目指す。
「うぅ、ご迷惑をおかけしましたぁ……」
「気にしないで良いですよ。これでまた一つ新しいこと覚えられたじゃないですか」
フローゼに優しく笑いかけるマリア。
「そ、そうよね!こうやって一つひとつ覚えていけばいいのよね!」
「え、ええ」
マリアは微妙に苦笑いしながら相槌を打つのだが、先頭を歩くカインは呆れた様子で肩越しにフローゼとマリアを見る。
「(……はぁ)」
「なんですか?」
「いや、別に」
マリアはああは言うものの、フローゼが失敗する度に立ち止まらないといけないのかと思うと溜め息が出た。
「まぁ仕方ない。ちょっとずつ教えていけばいいか」
後ろでマリアがある程度食べられる木の実の特徴をフローゼに伝えているのを聞きながら、どこから手を付けていこうかと考える。
とりあえず予測出来ることを可能な限り伝えていき、事態に遭遇する度に注意深く教えていけばいいかという結論に至った。
そうして街道沿いをしばらく歩いているところで、背後からガラガラと大きな音が近付いて来る。
「なになにっ!?あのおっきいの!」
「ん?」
「あぁ、あれは馬車ですね」
背後から迫って来るのが馬車であるということはカインもマリアも遠くからでも視認できた。
馬車が通り過ぎるのを待つためその場で立ち止まり見る。
「へぇ、あたしも乗りたいなぁ」
「まぁ移動用の馬車なら今後乗ることもあるが、あれは無理だな」
「どうしてぇ?」
フローゼが疑問を呈する中、馬車がカイン達を通り過ぎようと近付いて来る頃にカインは馬車を指差した。
「ほら、装飾が豪華だろ?ってことは貴族の馬車かそれなりの身分の人の馬車だろうな。そんな馬車に俺達のような一介の冒険者が乗れるわけないだろ」
「えぇ?なぁんだぁ」
「そんな落ち込まなくてもいいだろ。まぁ次の街に着けばそこからは移動に馬車を使うつもりだからそれでいいだろ?もちろんあんな良い馬車じゃないけどな」
そう言いながら馬車が通り過ぎるのを見送ろうとしたところで執事服に身を包んだ御者の男が手綱を引き馬車を停める。
マリアは先程のカインの話の通りであるならば馬車は停まらずにそのまま通り過ぎるのではないのかと不思議そうにカインを見上げた。
「ねぇねぇ、停まったよ?」
「(ん?……まぁ、警戒する必要……はないかな?ただ、どうして停まったのか確認できるまでは――――)」
油断するわけにはいかない、と念のために注意を払っていると御者が地面に下りて馬車のドアを開く。
ゆっくりと馬車から下りて来たのは白髪の老骨な人物だった。
「(老人……か。これでさすがに危害を加えられるということはないな)」
目の前の人物から突然物理的な攻撃をされるということはないだろうと思うと同時に、どういう理由で馬車から下りて来たのかがわからない。
すると、白髪の老人が口を開いた。
「もし?見たところお若いですが、あなた方は旅の方たちですかな?」
この問いかけにどういう意味があるのだろうかと考え、慎重に答えようとしているところ――――。
「うん、そうだよ?」
「ちょ!おま――」
フローゼが何の気なしに即答した。
カインは仰天するのだが、もう答えてしまった以上仕方ない。相手の出方を見ようとする。
白髪の老人はフローゼの返答を聞いて顔を綻ばせた。
「ほぅ、やはりそうでしたか」
そこへマリアがカインに小さく耳打ちする。
「ねぇ、ちょっと警戒し過ぎじゃないの?この人からは害意は感じられないわよ?」
マリアはカインが即座に戦闘態勢に移れるほど警戒しているのを見抜いていた。
カインが警戒する理由、一人で活動しているカインは見知らぬ人物と対面する時は相手の素性がわからない時に特に警戒心を高める習慣が身に付いている。どういう理由で近付かれるのか見定めなければならない。それは生きるために必要なスキルであるのだから。
「ほっほっ、こんな若い者達だけで旅をするとは立派なものだね。もし良かったらケリエまで乗っていきなさるか?」
老人は半身をずらして馬車に招き入れるように声を掛けた。
「ケリエって?」
「俺達が今から向かう街の名前だ。今日の宿はそこにするつもりだったんだが――」
小さく話すマリアとカイン。
「ありがとうございます。じゃあお邪魔しまーす」
「ほっほっほっ、遠慮は不要ぞ」
ひそひそと話していたカインとマリアの顔が勢いよくグルンと馬車の方に向く。
「……おい、フローゼのやつ乗りやがったぞ」
「……そうね」
「……どう思う?」
「……害意はない、はずよ」
「……そうか」
マリアが言うなら恐らく大丈夫だろうとは思うものの、カインとマリアは同じことを考えた。
「(やっぱりまずフローゼには常識を教えないといけないな)」
「(フローゼさん、さすがにそれは思い切り良すぎるわ)」
外見は人の好さそうな老人なので問題がある可能性の方は低そうなのだが、どちらにせよフローゼが乗ってしまっているので仕方ないと息を吐いて馬車に同乗する。
「――ではモース、いってくれ」
「はい、旦那様」
カイン達が腰掛けたところで声を掛けられた御者の男、モースは手綱を握って馬を走らせた。
ガラガラと音を立てて馬車は進行方向に進む。
「さて、自己紹介させてもらおうかい。私はケリエで商人をしているレイモンドという」
「その、レイモンドさんはどうして私達に声を掛けてくださったのですか?」
「ああ、それはじゃな、私は昔に子どもを亡くしていてな。その時のこともあって子どもを大事にしたくてケリエで孤児院も開いておるのじゃ。それでお主たちを見かけたからのぉ」
レイモンドは優しい眼差しをマリア達に向ける。
「そうなのですね」
「(なるほど、孤児院ってことはある程度の孤児を養えるほどの財力を持ち合わせているってことか)」
現時点での真偽の程は定かではないが、カインはレイモンドが話した内容と馬車の豪華さを見て納得する。
つまり、まだ若い自分達のようなものが街道を歩いていたのが気になって声を掛けたのだということと、それだけの立場に就いてで商人を行っているのだろうということを。
「それで、お主たちはどこを目指しているのじゃ?」
「私達は冒険者をしていて、北を目指しているのです」
「ほぉ、その若さで冒険者をしているのか。大したものだ。ランクはどれぐらいなのだ?」
そこでマリアはカインの目を見た。
カインもマリアに見られた理由を理解して小さく目配せをする。
そこまで隠すほどのものでもない。
「ええっと、Cランクです」
「ほぉ、これもまた驚いた。その若さでもう既にCランクまで上がっておるのか。なるほどなるほど、腕に自信もあるようじゃな。となると私のしたことはいらぬ手助けじゃったかな?」
レイモンドは顎を擦りながら値踏みする様にカイン達を見た。
「いえ、そんなことないです。ねぇカイン?」
「ええ。こうして予定よりも早く街に着けたら助かります」
「ふむ、野盗や魔物に襲われる心配をするよりも時間の心配をする辺りに余裕も窺えると、なるほどのぉ」
カインやマリアに窓の外の景色を眺めているフローゼを見て殊更感心する。
「(他人の様子や性格を観察する癖は商人ならではってところか)」
そうして話しながら一時間ほどして街に着いた。
カルナドの街よりもひと回り小さい街であるのだが、それなりに賑わっている様子を見せている。
街の入り口から奥には家屋が多く見えるのだが、入り口側は小さな門と点在する家屋が少しある程度。
街の中に入る道とは別に二手に分かれるように道が分かれていた。
ケリエの街に着くまでの間に、宿の心配もなくなったのは、レイモンドの厚意により孤児院の空き部屋を使わせてもらうことになっている。
「さて、この道を真っ直ぐ行けば孤児院に着く」
カイン達は馬車から降りて、馬車の中に残っているレイモンドから、街とは別に分かれた道を差され、微笑まれた。
「私はこれから用事があるので一緒には行けないが夜には一度顔を出させてもらうよ――――モース」
「はい旦那様」
レイモンドはモースから書簡を手渡され、スラスラと文字を書き込んだ。
それをマリアに渡す。
「孤児院の修道女にこれを渡せばそれで通じるはずじゃ」
「ありがとうございます。お世話になります」
「気にせんとも良い。ではこの街に滞在している間はゆっくりすると良い」
そう言うとレイモンドは前を向き御者に声を掛けて馬車は街の奥に走り去って行った。
「良い人だったねぇ」
「ええ」
「まぁ、な」
警戒し過ぎだったなと反省しながら、カイン達は孤児院の方に向かって歩いて行く。




