021 旅立ちの先に待ち受けるもの
夜の帳の中、パチパチと焚火の火に木をくべながら座っているカイン。
火には鉄製の鍋がくべられて、食事を済ませた形跡が残っており、その火を囲むようにマリアとフローゼは横になって休んでいる。
「んぅ、はぁああ。おはようございます。見張り番ご苦労様です」
「ん?交代の時間にはまだ早いようだけど?」
「んー、どうにも目が覚めました。初めての旅で少し緊張しているみたいですかね」
マリアはにこりと優しい微笑みをカインに向けた。
カルナドの街を出て一日目、歩いて隣町を目指していた。
馬車を使っても良かったのだが、マリアが提案したこと、ゆっくりとフローゼに人間の世界を見せてあげたいということ。隣町までは歩けないこともない距離だし、カインとしてもマリアとフローゼに野営のことも教えないといけなかったのでそれを承諾した。
しかし、それがマリア自身のためでもあるということはなんとなく理解している。
カインが見た限りでは、マリアは周囲をキョロキョロしては嬉しそうに、楽しそうに笑っているのだ。話に聞いた限りではマリアも国どころか街を出たこともほとんどなかったらしい。その生い立ちは詳細には語らなかったが、ローラン神聖国の中で聖女という生を受けて育てられたということから考えると、もしかしたらそれほど自由はなかったのかもしれない。
だが、一つ気になることはある。
「なぁ、一つ聞いていいか?」
「どうぞご自由にお聞きください」
「いや、マリアは突然召喚されて驚いただろう?」
「それはもう本当に驚きましたよ。恐らくこんな経験をした人は探しても見つからないでしょうね。ですが、こんなこと誰にでも起こり得ません。神様からこんな試練を与えられるなんて私が聖女であるから仕方ありませんよね」
「…………」
どれだけ逞しいんだ。数日でこの状況をもう完全に受け入れていることに呆れてしまう。
「まぁマリアがそれでいいんならいいが、俺が聞きたいことはそうじゃなくて、その割には帰ることに急いでいるというか焦っている様子が見えないなと」
「あぁ、そういうことでしたか。神様から与えられた試練です。急いだり慌てたりして解決するものでもないでしょう?聖女たるもの、常に落ち着いて目の前の状況に対処するものです」
「…………そうか、わかった」
余りの図太さにそれ以上返すことができなかった。
「(まぁ泣かれるよりよっぽどいいか)」
実際問題、騒がれないだけよっぽど良い。
むしろこうなると召喚されたのがマリアで良かったのかも。他の人物であるならもっと騒がれて問題になっていたかもしれない。
そして火にくべられていた鍋に視線を向け考える。
結果としてもう一つ良かったのは、カインは野営の際は市販の保存食に頼っていたのだがマリアが料理上手だったという点。
これまで腹を満たせればそれでだけで良いと考えていたのだが、マリアにその話をすると「そんなわけにはいきません!できるだけ美味しい食事をします!」と猛反発された。
仕方ないと思いながらも承諾したらその手際は想像以上だった。
カインが血抜きの仕方は一通りできるので基本的にそこは問題ない。それにマリアの魔力が視える目も重宝した。具体的には生き物が持っている魔力を感知できるだけなので、その場に行かなければどういう生物なのかはわからないらしい。それでもそれがあるだけで動物の捕獲は比較的時間短縮して行えた。
マリアは魔力の大小である程度の推測はできるらしい。人間や魔物は動物よりも遥かに大きな魔力があるのだがそれも個体差があるという説明を聞いたのだがカインには理解出来なかった。
「(まぁそれも当然だな)」
「あっ、でもそれで不思議に思ったのですが、カインはどうして魔法を使わないのですか?」
カインの胸の辺りをジッと見つめながら不思議そうにする。
「そりゃあ魔力が低いからであってだな。だから剣士として生きてるんだ」
「……ふぅん、そうですか。では、カインの中に感じるその魔力はどういうことでしょうか?」
「ん?」
「いえ、正確にはカインの中に魔力の塊らしきものが視えるのですが……」
首だけ近付け何度か覗き込むように見ては首を傾げるマリア。
「気のせいだろう。俺にはそんなもんないぞ」
「まぁ、カインに自覚がないなら別に構わないのですが。あっ、そろそろ交代の時間ですからカインは休んでください」
マリアも確信がないのかそれ以上掘り下げることはなかった。
「ああ、気を付けてな」
「はい、任せてください」
そうしてカインは横になる。
「(……魔力ねぇ。マールなら俺とは比べ物にならないくらいもっと魔力はあったがな)」
そしてわざわざマリアに伝える必要もない人物の名前を思い返した。
――。
――――。
――――――。
「――カイン、起きてください」
「ん、なんだ、もう朝か……」
ゆっくりと体を起こす。
「それにしてもよく寝ていましたね。声を掛けても中々起きませんでしたよ?」
「ああ、すまない。思っていた以上に深く寝てしまっていたみたいだな」
「いえ、構いませよ。それだけ安心して任せて頂いたってことですから」
「――えっ……」
マリアの言葉を聞いてハッとなった。
寝起きで頭が回らなかったが、よく考えれば外で熟睡するなど考えられない。夜襲があれば即時対応しなければならないのだから。
テキパキと片付けを済ませて支度をしているマリアを見て考える。
「どうしましたか?」
「ああ、いや、なんでもない」
そうか、マリアの強さが任せても良いと本能的に判断したんだろうなと納得した。あれだけの強さがあれば寝落ちしたタイミングで運悪く夜襲にでも遭わない限り危険には曝されないだろう。
そうして周囲を見渡すと疑問は浮かぶ。
どこにもフローゼの姿が見当たらなかった。
「そういやフローゼは?」
「ああ、そこの森に木の実の採集に行っていますよ」
「そうか、あいつどれが食べれる木の実かわかっているのか?一応口にする前に見せろとは言ってあるが…………」
見た目からは想像もできない程に食い意地が張っているしなと心配しているとフローゼが戻って来た。
「た、ただいま」
「おかえりなさい」
「おい、木の実はどうした?ってかどうした?」
その表情は青くげっそりとしており、肩を落としてお腹を押さえている。
「――マ、マリア……ちゃん…………た、助けて――」
マリアに手を向けるその目は力がなく、その場に倒れた。
「おい!なに食った?」
「ぅ……ん、こ……れ…………」
カインに小さな木の実を手渡す。
「フローゼ、これ毒あるぞ」
手渡された木の実は明らかに毒々しい見た目をしていた。
「大変!すぐに解毒するからちょっと待ってて!――我、神の御力を持って浄化の光をここに与えん――」
マリアはフローゼに解毒の治癒魔法を施し始める。
その姿に呆れるしかない。
「(っつかその詠唱、そもそも神の力を借りて天使の解毒をするって、それどうなんだ?)」
目の前で腹痛に苦しんでいるポンコツ天使を聖女が神力を想起させる詠唱をしながら解毒に当たっている姿が滑稽にしか見えなかった。
『まぁそもそも人間の詠唱は信じることでその力を底上げしておるだけじゃからのぉ』
「(確かにそういう説を聞いたこともあるけどそういうもんなのか?)」
『深く考えるな。そういうもんじゃ』
「そうか」
結局フローゼの回復を待ってから出発することになったので予定の時間を遅らせることになった。




