85 ニート脱出
てらてらと太陽が輝く絶好な天気の真っ昼間だというのに、俺は寝袋に入ったままゴロゴロと自分の部屋の中を転がっている。
断言しよう、俺の人生は今現在が最高潮だ。
何もしなくても誰にも怒られないし、何かをしなければならない責任もないし、待っているだけで一日三食デリシャスな食事ができるし、これこそが俺が望んでいた理想の生活と言えよう。
「あのですね、浮雲さん」
ベルディーは俺の寝袋を足で踏みつけて捉えた。
こいつ、楽しそうにくつろいでいる俺の邪魔をする気か?
だとしたら容赦しないぞ。
「ソファイリさんの家に住んで、メルリンさんに料理を作ってもらって、ミンさんとセタニアさんに守ってもらって、何もしていない自分のことが恥ずかしくないんですか?」
なんだ、ただの説教か。なら屁理屈を返すまでだ。
「いいんだよ、どうせ俺が頑張ったって大したことはできないし。誰かさんのせいで全ステータス1だし」
「いや、全ステータスが1なのは浮雲さんのせいですよね? わたしはちゃんとバランスよく振りましょうって言いましたよ?」
「でも、レベルアップのボーナスを前借りしてたってことを隠してただろ? もし、それを知っていたら、俺はラック全振りとかいう無謀なことはしてなかったぞ」
「本当ですかね……」
疑い深そうに言いながら、ベルディーは足の指で俺の体をグリグリと攻めてくる。
「それに、お前だって別に何もしてないだろ。一日中そのピカピカ光ってるカードを弄ってるだけじゃないか。人のことを言う前に、自分のことをなんとかしろよ」
「わたしはこの世界でネトゲをする方法を確立するのに忙しいんですよ。このカードにはサーバーに接続する権限が付いていて、それを利用してインターネットに繋いで、ネトゲのサイトを開く方法を絶賛模索中なんです」
「ふむふむ。お前が頑張って何かを成し遂げようとしているのはわかったが、それが物凄くどうでもいいことだというのもはっきりとわかった」
「うるさいですね……。わたしは一応、会社員ですよ? ここにいることが仕事なんですから、浮雲さんみたいなニートではありませんよ? 浮雲さんもいいお年頃なんですし、そろそろ仕事でもしたらどうなんですか?」
仕事……だと?
とんでもない。
何が悲しくて、俺の幸せに対して非生産的なことをしなければならないのだ。
「バリーの冒険者ギルドへ行ってきたらどうですか? 一応、冒険者登録しているんですよね?」
「冗談だろ。俺は指名手配されてるんだぞ? 中に入って名前を告げたりでもしたら、真っ先にお縄にかかるんじゃないか?」
「冒険者ギルドは国とは関係ない組織なので大丈夫ですよ、多分。それにソファイリさんはしょっちゅう出歩いてるのに、一度も問題になったことないじゃないですか。辺境の地であるバリーまで、王家の手はまだ届いていないんですよ」
んんむ、確かに一理ある。
お節介なソファイリから注意しておくようにと言われていないし、おそらく、外にあまり危険なことはないのだろう。
「はいはい、分かったよ……。じゃあ、今日は気分転換にギルドで依頼でも受けてくる」
面倒臭いが、ベルディーのアホったらしい説教を聞いてるよりはましだしな。
***
家から歩いて三十分、ようやっと繁華街まで辿り着き、俺はまっすぐに冒険者ギルドの事務所へ向かった。
ここに住んでいた頃は利用していなかったが、何度か通り過ぎたことがあるので、場所はだいたい覚えている。うろ覚えの道のりを辿って、何回か左折右折をすると、俺はちゃんと冒険者ギルドの前に立っていた。
「リターン」
中に入る前に、腕の中から身分証明用の冒険者カードを取り出す。
これを見せれば最低ランクの依頼が受けれ……ん?
測定不能と表示されていたはずの冒険者ランクの項目が、いつの間にかEランクになっているぞ?
バグ……なわけないよな。
う〜ん、となると……きっとジジイが王都の冒険者ギルドに依頼の達成を報告してくれて、おかげでランクが上がったのだろう。
Eランクは最低ランクだが、これなら受けられる依頼の幅がかなり広がるはず。
前みたいな低賃金のブラックバイトをやらずに済みそうだ。
俺はるんるんとした足取りでギルドの中へ入り、様々な依頼が貼られてある掲示板の前へ向かった。さてと、Eランクが受けられるのは――
スライム退治、薬草集め、隣街の武器屋へおつかい。
今回はまともなRPGっぽい依頼が選べるみたいだ。
少しは楽しめるかもな。
「あ、モーラノイ!」
どの依頼を受けようか迷っていると、たまたま居合わせたセタニアが、建物の反対側から周りの人に変な目で見られるほどの大声で俺のことを呼んだ。
「よう。セタニアも依頼を受けに来たのか?」
「そーだヨ、Sランクになったから、いちばんむずかしーのだヨ。モーラノイ、どれがむずかしーかわかる?」
そうか、セタニアは文字が読めないんだったな。
……ん、待てよ。これは使えるかもしれない。
「ほうほう。わかった、わかった。地元ではプロフェッサーと呼ばれていた博識な俺が、どの依頼が一番難しいのか教えてやろう。だが、それには一つ条件がある」
「なに?」
「教えてやる代わりに、今日の依頼は俺と一緒にパーティーを組んで遂行してくれ。報酬は山分けな」
「え! モーラノイといっしょにおしごと!? わーい、わーい!」
「……ほ、本当にいいのか? 俺、絶対に足手まといになるぞ? 間違いなくお前が損するんだぞ?」
セタニアが無邪気に喜ぶのを見て生まれた罪悪感のせいか、急に逃げ腰な言葉が俺の口から出てくる。
自分から取引を持ちかけといて、なんたる体たらく。
悪いことをするのって意外と難しいんだな……。
「だいじょうぶ。セタニアにおまかせだヨ!」
ま、まあ、でも、本人がそう言うのなら、別に利用させてもらっても良いの……かな?
良いん……だよな?
良いんだろうな。
うん、良いのだろう。
何も問題はない。
「そっか、じゃあこれにするか」
踏ん切りがついたので、俺は適当に選んだSランクの依頼をビリビリっと掲示板から破り取った。




